表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華には修羅がある~修羅道より回帰した令嬢は運命を覆す~  作者: 華洛
第二章:新しい従者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/23

22話 神力譲渡

 閂の後について廊下を歩きながら、私はまだ少し落ち着かなかった。


 一週間ぶりの地上は明るすぎるし、風臥兄さんに会うのも気が重い。

 そのうえ蒼天さままで滞在しているとなると、なおさらだ。


 どういう顔をして会えばいいのか、まだ答えが出ていない。

 前世の記憶があるせいで、ただの「久しぶりです」では済まない気がする。

 でも、だからといって何か特別なことを言うのも違う。


 そんなことを考えながら歩いていた時だった。

 廊下の先に、一人の少女が立っていた。


 見覚えがある。

 試験会場で、実技試験のペアになった相手。

 水月鏡と名乗っていた少女だ。


 私は思わず足を止めた。


 あの時は、顔を見ても、声を聞いても、どこか幻みたいに記憶から抜け落ちていく感覚があった。

 認識しているはずなのに、輪郭が曖昧になる。

 視界に映っているのに、次の瞬間には印象が薄れている。

 そんな妙な違和感が、ずっとつきまとっていた。


 けれど今は違う。

 目の前の少女の姿は、はっきりとそこにあった。


 試験の時のような狩依ではなく、今日はスカートとシャツというラフな格好だった。

 年相応の少女らしい服装のはずなのに、どこか緊張した空気をまとっているせいで、妙に場違いに見える。


 閂が足を止め、私へ向き直った。


「神奈さま。試験中は水月鏡と名乗っておられましたが、こちらは月夜見家分家、月光家の方です」


 紹介された少女は、少しだけ息を整えるようにしてから、私を見た。

 逃げない。

 ちゃんと、こっちを見ている。


「……神奈さま。はじめまして。月光輝夜です」


 私は返事をしなかった。

 ただ、じっと相手を見る。


≪神奈さま。輝夜の躰にある魂魄は、酒呑童子と闘った時のものと異なります≫


(どういうこと)


≪今の魂魄は、神奈さまの魂魄から、輝夜の魂魄を抜く前のものと同一です≫


(じゃあ……私の知ってる輝夜じゃないんだ)


≪少なくとも、あの時の輝夜ではありません≫


 輝夜が、少しだけ唇を引き結んだ。

 それから、まっすぐ言う。


「少しだけ、お時間をいただけませんか」


「……何の話?」


「神奈さまに、直接お伝えしたいことがあります」


 声音は静かだった。

 でも、軽い話ではないのだと分かる。


「……少しなら」


「神奈さま」


 閂がすぐに口を挟んだ。

 私はそちらを見る。


「ごめん、閂。この子とは、先に話しておきたい」


「ですが――」


「大丈夫。少しで終わるから」


 閂はすぐには頷かなかった。

 私と輝夜を見比べて、ほんの少しだけ眉を寄せる。


「……承知しました」


 私は近くの私室へ二人を連れて行った。

 部屋に入ってから、閂には入口で待ってもらう。


「悪いけど、音が漏れないように閉じておいて」


「はい」


 閂が印を結ぶと、部屋の周囲に薄い膜みたいな気配が張られた。

 外の音が、すっと遠のく。

 それを確認してから、私は輝夜へ向き直った。


「単刀直入に聞くね」


 輝夜が小さく頷く。


「私を知ってる輝夜は、どうしたの。消えた?」


「……消えてはいません」


 輝夜はそう言って、静かに印を結んだ。


「呼びます」


 足元の影が揺れる。

 黒い輪郭が立ち上がり、やがて一人の女性の姿を取った。


 成長した輝夜。

 けれど、今の輝夜とは違う。

 その目には、もっと深い疲れと、消えないものがあった。


≪神奈さま。この式神は間違いありません。酒呑童子と共闘した際の輝夜です≫


 影から現れた女が、私を見る。


『こんにちは、神奈姉さん。私は朔影です』


「……式神になったんだ」


『はい』


 朔影は静かに頷いた。


『今の輝夜は、まだ何もしていません。だから、恨むなら私だけにしてください』


 私は少しの間、黙っていた。

 胸の奥に、あの時の感覚が蘇る。

 閂を失った時の、あのどうしようもない絶望。


「……ひとつ、はっきり言うけど」


 朔影が身を固くする。


「【万華鏡雅叙苑】のこと自体は、そこまで恨んでない」


『……え』


「だって、あの場にいた面子なら、必要なら私を殺してでも止めるでしょ。それは分かる」


 でも、と続ける。


「許せないことは別」


 声が、自分でも分かるくらい冷えた。


「閂を攫ったこと」


 朔影の顔色が変わる。


「私に、閂を殺させたこと」


 胸の奥から、殺気が滲んだ。

 あの時の絶望は、今でも思い出すだけで身体が震える。


「それだけは、どんな理由があっても許さない」


 朔影はまともにその殺気を受けて、顔を青ざめさせた。

 膝が崩れ、そのまま床へ尻もちをつく。

 それでも、目は逸らさなかった。


『……はい』


 かすれた声で、それでも答える。


『神奈姉さんの気が少しでも晴れるなら、今ここで斃してくださっても構いません』


「それ、本気で言ってる?」


 思わず吐き捨てる。


「魂魄の一部を壊したところで、余計に虚しくなるだけなんだけど」


 そんなことで終わるなら、苦労はしない。

 怒りも、喪失も、そんな安い形では片づかない。


「償いたいなら、私じゃなくて閂にして」


 朔影が目を見開く。


「今度こそ、閂を守ってよ」


 しばらく沈黙が落ちた。

 やがて朔影が、深く頷く。


『……分かりました』


 その声は小さかったけれど、逃げてはいなかった。


『神奈姉さんがそう望むなら、そうします』


 そこで、朔影が少しだけ言い淀む。


『ただ、その前に……ひとつだけ』


「なに」


 朔影は迷っていた。

 迷って、それでも決めたように立ち上がる。

 次の瞬間、私の頬に両手が添えられた。


「え」


 何をされるのか理解するより先に、顔が近づく。


「……っ!?」


 唇が重なった。


 一瞬、頭が真っ白になる。

 柔らかい感触と同時に、冷たく澄んだ何かが流れ込んできた。

 霊力とは違う。

 もっと静かで、もっと深いもの。


≪朔影から神気が移されています≫


 太公望の声で、ようやく我に返った。

 私は慌てて朔影を押し返し、袖で唇を何度も擦る。


「な、なにしてくるの!?」


 朔影は少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。


『ごめんなさい。でも、必要だったんです』


「必要って、何が!?」


『月夜見の神気を、神奈姉さんに渡しました』


 私は唇を押さえたまま固まる。


『晴明さまがまた何か仕掛けてきても、少しは抵抗しやすくなるはずです』


「……他に方法なかったの?」


『――ありますが』


 少しだけ言い淀みながら続けて朔影は言う。


『神気は、直接挿入しないと定着しませんから』


 言い方。

 言い方がちょっとどうかと思う。


『キス以外の方法となると、……天照の神気を神奈姉さんが貰った行為を、その、私と、しないといけなくなります』


「あのさ、私は天照家の人とキス以前に、何かした記憶はないんだけど!」


 そう言った瞬間、朔影がすっと視線を逸らした。

 嫌な予感がしてきた。


『蒼天さまと、その……男女の深い関係になって、互いの躰を重ねて……』


「…………」


『伊邪那岐さまが「大いなる和」として大和という名を付けられたように神気は心の繋がりなんです。だから、神気は肉体じゃなくて魂魄に宿って、転生しても残ります』


 若干、朔影は早口になって喋っていた。

 それに反応できず、私はしばらく完全に固まった。


「……知ってたの?」


 朔影はものすごく気まずそうな顔をした。


『たまたま、見てしまって……』


「何を」


『その……学園の……生徒会室で……』


 私は頭を抱えた。

 学校で蒼天さまとしてしまったのは、互いに忙しくて、時間がちょうど合うことが学校ぐらいしかなかった。

 一応、人払いの結界は張っていたけど、輝夜なら通り抜けられるだろう。

 こと術においては私よりも輝夜が優秀だった。


 そんな、現実逃避をしていても……分かる。

 顔が熱い。たぶん真っ赤だ。


 見られていた。

 よりにもよって、輝夜に。

 しかも、それが遠因になっていた可能性まである。


「……もしかして、それ、原因だったりする?」


 朔影は少しだけ黙った。

 それから、観念したように答える。


『……間接的には』


 私はその場にしゃがみ込みたくなった。


 蒼天さまとのことは、御三家同士ということもあって、誰にも言わずに付き合っていた。

 秘密にしていたのは軽率に広めたくなかったからだ。

 でも、その秘密が、結果としてよくない方へ転がったらしい。


 ――いや。


 そこで、胸の奥に別の痛みが走った。

 私は、知っていた。

 輝夜が蒼天さまに恋心を抱いていることを。


 はっきり打ち明けられたわけじゃない。

 けれど、長く一緒にいれば分かる。

 視線の向け方も、声の柔らかさも、名前を呼ぶ時のわずかな熱も、全部見ていれば気づく。

 気づいていて、それでも私は何も言わなかった。


 言えなかった、の方が正しいのかもしれない。

 私自身、蒼天さまへの気持ちをどう扱えばいいのか分からなかったし、輝夜に何をどう伝えればいいのかも分からなかった。

 下手に触れれば、何かが壊れる気がしていた。


 だから、見ないふりをした。

 気づいていないふりをした。


 その結果が、これなのだとしたら。

 胸の奥が、ひどく重くなった。

 もちろん悪いのは朔影だ。

 閂を攫い、私に閂を殺させたことは、どんな理由があっても許されない。

 それは絶対に揺らがない。


 でも。


 もしあの時、私がちゃんと向き合っていたら。

 輝夜の気持ちに気づいた時点で、何か言えていたら。

 少なくとも、あんなふうに拗れきる前に、止められたものがあったのだろうか。


 そんなことを考えてしまう時点で、たぶん私は甘い。

 甘いし、たぶん、今さらだ。


 それでも、考えずにはいられなかった。

 いたたまれない。

 本当にいたたまれない。

 私は深く息を吐いて、無理やり気持ちを切り替えた。


「……とりあえず、この話はここまで」


 立ち上がりながら言う。


「風臥兄さんに呼ばれてるから。続きはまた夜」


『……はい』


 朔影が静かに頷く。

 今の輝夜も、その隣で小さく頭を下げた。


 私はもう一度だけ二人を見て、それから扉の方へ向かった。


 胸の奥で、月夜見の神気が静かに揺れている。

 冷たい夜の光みたいな感触だった。


 落ち着かないことばかり増えていく。

 風臥兄さん。

 蒼天さま。

 輝夜と朔影。

 そして、晴明。


 一週間ぶりに地上へ出たばかりだというのに、息をつく暇もない。


 私は小さく息を吐いて、閉じられた空間の向こうで待っている閂の気配へ手を伸ばした。





読んでいただきありがとうございました。

少しでも「いいな」と思ったら、ブックマーク・評価・感想をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ