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華には修羅がある~修羅道より回帰した令嬢は運命を覆す~  作者: 華洛
第二章:新しい従者

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20話 蟄居


SIDE:素戔嗚神奈



『琵琶湖には、平安京に落下するはずだった隕石の一部が着水。周辺一帯では急激な水位上昇が確認されており、現在も浸水被害の全容は把握できていません』


『こちら京都駅前です。ご覧の通り、駅舎の一部ガラスは破損し、周辺道路には規制線が張られています。全線通行禁止が続いており、復旧の目処は立っていません。現在は臨時バスによる代替輸送が行われていますが、利用者が殺到し、長蛇の列ができています』


『今回の隕石落下について、平安京そのものへの直撃被害は確認されていません。天皇陛下が平安宮より迎撃と転移を行い、都へ落下するはずだった隕石群を外部へ逸らしたためと見られています』


『ただし、すべての隕石を完全に処理できたわけではなく、転移先となった周辺地域、ならびに都の外縁部では甚大な被害が発生しています。平安京には各省庁街と、陰陽寮をはじめとする諸機関が集中しており、国家中枢としての機能を担っていますが、その周辺一帯では現在も救助・復旧活動が続いています』


『一方、アメリカ大使館、中国大使館をはじめとする各国大使館は平安京の外に置かれているため、都の防護圏の外側で落下被害をより直接的に受けたと見られています。複数の大使館で建物被害、ならびに職員の負傷が確認されています』


『外交筋によりますと、各国は大和政府に対し、今回の事態に関する正式な説明と再発防止策の提示を強く求めているとのことです。また、一部大使館では駐在員家族の一時退避、あるいは駐在員そのものの退去も検討されているとの情報も入っています』


『平安京周辺では、現在も複数箇所で霊的汚染の残滓が確認されており、陰陽寮および各家の術者が対応に追われています。住民の一部には避難勧告が継続中です』


『また政府関係者によりますと、平安京周辺の被害拡大と中枢機能の混乱を受け、副首都である関東・東京への一時的な機能移転案も浮上しています。これには天皇陛下の一時移座案も含まれているとされますが、宮内省および関係各所は現時点でコメントを控えています』


『専門家の間では、もし天皇陛下の副首都・東京への移座が現実となれば、単なる避難措置ではなく、国家体制そのものが非常時段階へ移行した象徴と受け止められる可能性があるとの指摘も出ています』


『さらに、出雲大社に詰めている九条征宗征夷大将軍が上京し、天御統尊天皇陛下との意見交換が近日中に行われるとの情報も一部で流れています』


 テレビから流れてくるのは、そんなニュースばかりだった。

 京都一帯を襲った、謎の隕石落下。


 平安京そのものは、天皇陛下が平安宮から隕石を迎撃し、転移させたことで直撃被害を免れたらしい。

 けれど、それで全部が救われたわけじゃない。

 逸らされた先。防ぎきれなかった外縁。都の外に置かれた施設や街。

 そういう場所に、被害がまとめてのしかかっている。


 どの局へ変えても、映るのは崩れた建物、割れた道路、黒煙の跡、泥水、泣いている人、担架で運ばれる負傷者、ヘルメット姿で怒鳴り合う現場指揮官たちばかりだ。

 そのどれもが、ただの事故では済まないと告げていた。


 画面の下には、ずっと速報の帯が流れている。

 死者数更新。負傷者数更新。交通網麻痺。避難区域拡大。外交筋が懸念。政府は調査中。東京移座案浮上。

 同じような文言が、少しずつ内容を変えながら途切れなく流れ続けていた。


 スタジオに切り替われば、神妙な顔をした司会者と、学者、元官僚、軍事評論家、陰陽道研究家と肩書きのついた人たちが並んでいる。

 けれど、誰も断言はしない。いや、できないのだろう。


 自然災害にしては不自然すぎる。

 事故にしては規模が大きすぎる。

 敵対行為にしては説明がつかない。

 そんな曖昧な言葉ばかりが、もっともらしい顔で積み上がっていく。


 ドラマも、アニメも、バラエティも、今は全部自粛しているらしい。

 子ども向け番組の時間帯ですら、臨時ニュースと特番に差し替わっていた。

 明るい音楽も、笑い声も、今はどこにもない。


《外は大変なことになっています》


(そうだね)


 私はベッドに寝転がったまま、プレハブの天井を見上げた。

 薄い天井板の向こうに空はない。ここは地下だ。

 高知市にある素戔嗚家別邸、その地下空間の中に置かれたプレハブ小屋。

 私は今、その中で蟄居中だった。


(こんなことができるのは、きっと鞍馬天狗か晴明のどっちか……)


 心当たりのある術はある。


 前世で風臥兄さんが死に、私が成人するまで当主代行を務めることになった時期があった。

 その時、私は出雲の本家にある地下室へ入った。

 当主、あるいは当主代行しか立ち入れない場所。

 そこには素戔嗚家の歴史だけではなく、禁術や神術といった、表には決して出せない術式の記録が数多く眠っていた。


 禁術・牛頭天王も、そこで見て覚えたものだ。


 前世では、結局使う前に死んでしまった。

 だから実際に使えばああなるのだと、今回初めて知った。

 後悔はしていない。

 していないけれど、少しだけ怖かった。


(予想では、神術・九天落曜砕星だと思う)


 天照。月夜見。素戔嗚。

 御三家の神力によって発動可能な神術。

 本来は月を落とし、この星そのものを砕くための術だ。

 それに比べれば、今回の隕石落下は規模を抑えたものにすぎない。

 複数の隕石を降らせた程度。

 ――いや、世間一般からすれば、それでも十分すぎるほど大惨事なのだけれど。


《そろそろここから出たくはありませんか?》


(もうちょっとこのままでもいいかな)


 一週間。

 禁術・牛頭天王を使って無茶をした罰として、風臥兄さんに蟄居を命じられてから、それだけ経った。


 一日に三食。

 閂がご飯を持ってきてくれる時以外、基本的に私は一人だ。


 いや、正確には一人ではない。

 プレハブ小屋の外、四方には陰陽師が配置されていて、封印術でこの空間ごと閉じている。

 逃げ出さないように、だろう。


 信頼のなさに泣けてくる。


 とはいえ、悪いことばかりでもなかった。

 窓のないプレハブ小屋。

 換気扇と、トイレと浴槽一体型のバスルームがあるだけの簡素な空間。

 けれど逆に言えば、外から見られずに済む。

 少々危険な修行をするには、都合がよかった。


 太公望が、バックアップから復元したスキルを使って、私はずっと修行している。


 ひとまず復元されたのは四つ。


 まず一つ目。

 スキル【在りしへ還る】


 損傷した肉体を、「壊れる以前の状態」へ巻き戻す復元系スキル。

 傷を治すのではない。傷つく前へ戻す。


 私はベッドから起き上がると、プレハブの床の中央へ立った。

 深く息を吸い、霊力を巡らせる。


 まだ、今の肉体は弱い。

 少し強めに流しただけで、すぐに悲鳴を上げる。


 霊力を右腕へ集中させる。

 じわり、と熱が走る。

 次の瞬間、骨の内側からひびが入るような嫌な感覚が走った。


 痛い。


 筋肉が裂け、血管が耐えきれず、皮膚の下で何かが弾ける。

 右腕がぶるりと震え、肘から先が不自然に膨れ、赤黒く染まった。

 霊力回路が焼けている。

 このまま続ければ、腕そのものが駄目になる。


(――在りしへ還る)


 発動した瞬間、壊れた右腕が逆再生みたいに戻っていく。

 裂けた筋が寄り、滲んだ血が内側へ吸い戻され、軋んだ骨が元の位置へ噛み合っていく。

 熱も、痛みも、破損も、壊れる前へ巻き戻される。


 けれど、感覚だけは残る。

 どこが、どの程度まで耐えられなかったのか。

 どこから先で壊れたのか。

 それが身体に刻まれていく。


 もう一度。

 霊力を流す。今度はさっきより少しだけ深く。


 また壊れる。

 戻す。

 また壊す。

 戻す。


 単純で、地味で、痛い。

 でも、こうするしかない。

 今の私の肉体は、強い霊力を扱う器として脆すぎる。


 二つ目。

 スキル【傷、未だあらず】


 自身が受けた損傷、負荷、破壊結果を、「発生していなかったもの」として処理する否定系スキル。

 これは再生ではない。負傷という結果そのものを、無かったことにする。


 数度繰り返したところで、胸の奥がずきりと痛んだ。

 まずい、と思った時には遅かった。

 霊力の逆流で、胸から肩口にかけて回路が焼けた。


 息が詰まる。

 視界が揺れる。

 膝が床についた。


 在りしへ還るで戻せる範囲を、少し踏み越えた。

 肉体だけじゃない。霊力回路の損傷が深い。


 喉の奥に鉄の味が広がる。

 咳き込むと、血が床に散った。


(――傷、未だあらず)


 その瞬間、胸を焼いていた激痛が消えた。

 血の味も消える。

 床に落ちたはずの血痕すら、最初から無かったみたいに消えていた。


 治った、というより。

 壊れていなかったことにされた、という感覚の方が近い。


 何度使っても、このスキルは少し気味が悪い。

 自分の痛みが、世界から切り取られて捨てられるみたいで。


《無茶をしすぎです》


(まだ足りない)


 足りない。

 こんな程度では、全然足りない。


 三つ目。

 スキル【奇跡は二度と許されず】


 一度発動したスキルの「成立そのもの」を破壊する対スキル型スキル。

 修羅道無限回廊で、百倍は強い私が使ってきたスキルでもある。


 一度発動したスキルは、その瞬間を境に壊される。

 二度と使えなくなるように。


 一対一なら、まだいい。

 互いに切り札を潰し合って終わるだけだ。

 けれど、あの回廊では相手が一体ではなかった。数百体いた。


 私が一体の敵の同名スキルを破壊しても、別の敵が同じものを使ってくる。

 そのたびにこちらのスキルは削られ、壊され、奪われていく。

 そうして最後には、私は負けて斃された。


 正直、この現世でスキル持ちがどれほどいるのかは分からない。

 多くはないと思う。

 それでも、念のため優先して復元してもらった。

 奥の手を見せた瞬間に死ぬ、なんて状況は、できれば二度と御免だった。


 そして四つ目。

 スキル【我、未だ完成に至らず】


 己の肉体、霊力回路を一度「旧い器」として破棄し、より高効率な状態へ再構築する自己最適化型スキル。

 これが、私の復元した本命だ。


 今の私の肉体は、あまりにも脆い。

 少し強い霊力を流しただけで、すぐに軋み、裂け、壊れてしまう。

 だからまず「在りしへ還る」で壊れた肉体を戻しながら、霊力に慣らす。

 それでも足りない部分を「傷、未だあらず」で消し飛ばす。

 その上で「我、未だ完成に至らず」を使い、肉体そのものをより高効率な器へ更新していく。


 壊して、戻して、否定して、作り替える。

 その繰り返しだ。


 私はゆっくりと息を整え、再び霊力を巡らせた。

 今度は全身。

 骨、筋、血、霊力回路、その全部へ無理やり圧をかける。


 身体の奥で、何かが軋んだ。

 次いで、裂ける。


 皮膚の表面に細かな亀裂が走り、そこから血が滲む。

 爪が割れ、髪の根元が熱を持ち、背骨の内側を熱いものが這い上がっていく。

 喉の奥から悲鳴が漏れそうになるのを、歯を食いしばって押し殺した。


 まだ。

 まだ足りない。

 もっと深く。もっと壊す。


 限界を超えたところで、私はスキルを切った。


(――我、未だ完成に至らず)


 ぞわり、と全身が粟立った。


 古い皮を脱ぐみたいに、表層の肉体がぼろぼろと崩れ落ちる。

 血と肉と霊的な澱が、剥がれた殻みたいに足元へ落ちた。

 その内側から、新しい輪郭がせり上がってくる。


 熱い。

 痛い。

 でも、それだけじゃない。


 視界が少しだけ鮮明になる。

 空気の流れが分かる。

 地下空間の外側で張られている封印術の層が、薄膜みたいに知覚できる。

 自分の中を巡る霊力が、さっきまでより滑らかに、無駄なく流れていくのが分かった。


 強くなっている。

 確かに、少しずつ。

 前よりも深く、前よりも遠くへ届く器になっている。


 けれど、問題がないわけじゃない。


 このスキルは、脱ぎ捨てるたびに私を強くする。

 より高く、より深く、より強い側へ押し上げていく。

 その代わり、少しずつ人から遠ざけていく。


 感覚が研ぎ澄まされる。

 霊力の流れが前より鮮明に見える。

 肉体の輪郭が、自分のものなのに少しだけ自分のものではないように感じる。


 高位の存在になっていく感覚。

 人外。異形。

 そう呼んだ方が、たぶん正しい。


 足元には、脱ぎ捨てた古い肉体の残滓が薄く残っていた。

 血とも、殻ともつかないそれを見下ろして、私は小さく息を吐く。


《本当に、それでいいのですか》


 太公望の声は、いつもより少しだけ静かだった。

 私は少しだけ考えて、それから答えた。


(……いいよ)


 迷いがないわけじゃない。

 怖くないわけでもない。

 人でなくなっていく感覚が、まったく嫌じゃないと言えば嘘になる。


 でも、それでも進まなきゃいけない。


 私は自分の手を開いて、握って、また開いた。

 さっき再構築されたばかりの指先は、前よりもわずかに霊力の通りがいい。

 ほんの少し。

 本当に、笑ってしまうくらい少しだけ。


(……ねえ、太公望)


《はい》


(今の私は、どれくらい耐えられるようになったの?)


 少しの間があった。

 太公望はたぶん、私の肉体と霊力回路の状態を改めて見ていたのだと思う。


 そして、返ってきた答えは、どこまでも淡々としていた。


《まだ一%にも届きません》


 思わず、乾いた笑いが漏れた。


(そっか)


 一週間。

 ここに閉じ込められてから、ずっとやってきた。

 壊して、戻して。

 壊して、否定して。

 脱ぎ捨てて、作り替えて。

 痛みに耐えて、気持ち悪さにも耐えて、それでも少しずつ前へ進んでいるつもりだった。


 なのに、まだ一%にも届かない。


 遠い。

 思っていた以上に、ずっと遠い。


 酒呑童子を斃した時の力。

 あの領域。

 あそこへ至るまでの道は、まだ果てしなく先にあるらしい。


 胸の奥に、ほんの少しだけ眩暈みたいな感覚が広がった。

 気が遠くなる、というのはこういうことを言うのかもしれない。


《ですが、進んではいます》


 太公望が続ける。


《誤差のようなものではありますが、確実に前進しています。今のあなたは、一週間前のあなたより、壊れにくく、戻りやすく、作り替えやすくなっています》


(誤差みたいなものなんだ)


《現時点では》


 容赦がない。

 でも、嘘を言われるよりはずっといい。


 私はもう一度、自分の手を握った。

 骨の軋みも、筋の張りも、霊力の流れも、さっきまでより少しだけ馴染んでいる。

 たしかに、何も変わっていないわけじゃない。


 ただ、先が長いだけだ。

 とても長い。たぶん、気が遠くなるくらいに。


 それでも。

 ここで立ち止まる理由にはならない。


 その程度のことで、酒呑童子を斃せるのなら。

 その程度のことで、風臥兄さんやみんなを守れるのなら。


 安い代償だ。


 私は床に残る古い殻を踏み越えて、もう一度、霊力を巡らせた。


 先は長い。

 だったら、少しずつでも進むしかない。



読んでいただきありがとうございました。

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