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地獄に堕ち修羅道より回帰した最強少女は運命に抗い覆す  作者: 華洛
第一章:武士見習修了試験

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14話 勝武

 青白い鎖が、みしみしと軋んでいた。


 酒呑童子の妖力に押されるたび、空気そのものが悲鳴を上げる。黄泉比良坂に満ちた瘴気は渦を巻き、足元の地面は脈打つように震えていた。あと数秒もすれば、あの鬼は再び動き出す。そうなれば終わりだ。今の私には、もうまともに剣を振るう力すら残っていない。


 荒い息を吐くたび、喉の奥が焼けるように痛んだ。牛頭天王の反動で妖力は空。霊力回路も焼き切れかけていて、愛染明王を握る指先にすら力が入らない。立っているだけで奇跡みたいな状態だった。


 それでも、目だけは逸らさなかった。


 酒呑童子は鎖に縛られたまま、こちらを見ている。怒りはない。焦りもない。ただ、退屈を少しだけ紛らわせる玩具でも眺めるみたいな目だった。その視線が、どうしようもなく腹立たしい。


「神奈姉さん」


 輝夜の声が、すぐ傍で響いた。


 振り向けば、顔色を失った輝夜が立っていた。唇は白く、肩で息をしている。鬼縛爻鎖を維持しているだけでも限界に近いはずだ。それでも、その目だけは妙に冴えていた。


「まだ手はあります」


 早口だった。迷っている時間がないのだと、その声音だけで分かる。


「神奈姉さんの魂魄を、いったん肉体から引き剥がします」


 一瞬、意味が分からなかった。


「……は?」


「このまま肉体で戦えば、次で終わります。ですが、神奈姉さんの魂は修羅道無限回廊で鍛えられています。肉体という枷を外せば、本来の出力を一時的に引き出せます」


 輝夜の言葉が、頭の中でゆっくり形になる。


 魂を抜く。

 肉体を捨てる。

 そんなもの、まともな術じゃない。


 けれど、まともな手段でどうにかなる相手なら、そもそもここまで追い詰められていない。


≪――確かに魂魄状態の神奈さまであれば、酒呑童子を斃せる可能性は極めて高いです。ですが、魂魄状態であれば、摂理により賽の河原へ向かうことになります≫


 太公望の声が割って入る。


 賽の河原。


 死者の魂が向かう場所。

 この世界の魂魄は、死ねば必ずそこへ向かう。

 そして、現世に留まり続ければ黄泉に招かれる。

 伊邪那美の力へと組み込まれ、二度と戻れなくなる。


「一分です」


 輝夜が言った。


「いえ……正確には、一分も保たないかもしれません。太公望さまのいう通り、現世の器から外れた瞬間、すぐに賽の河原へ引かれます。だから、私の禁術:留魂縫縛で神奈姉さんの魂を現世に縛ります」


 輝夜の声は震えていなかった。


「神奈姉さんの強大すぎる魂魄を現世に留めるには、膨大な霊力が必要ですが……。さきほど神奈姉さんから分離した際に、私の方へ残留した神奈姉さんの霊力で対応可能です。それと月夜見家の神力と併せたとしても、長くは保てません」


 輝夜は私の目を見ながら言った。


「一分。その間に決めてください」


 決めてください、か。


 簡単に言う。

 でも、嫌いじゃなかった。

 できるかどうかじゃない。やるかどうかだけを問う言い方は。


 私は酒呑童子を見た。


 青白い鎖の向こうで、鬼は口元を歪めている。こちらの会話が聞こえているのか、いないのか分からない。けれど、あの目は確かに待っていた。次に何を見せるのかを。


 腹の底で、何かが静かに煮えた。


 ここで終わるのは嫌だった。

 こんなところで、こんな不完全なまま、石ころ扱いされたまま終わるのは、どうしようもなく癪だった。


「……やる」


 喉がひりついた。

 それでも、声は思ったよりはっきり出た。


「一撃で終わらせるから――。一分あれば十分」


「……神奈姉さん」


 輝夜が息を呑む気配がした。

 太公望は何も言わなかった。ただ、ほんのわずかに沈黙したあと、静かに告げる。


≪承知しました。魂魄が出た後の神奈さまの肉体保全は私が引き受けます。魂魄分離後、現世側の防衛と術式維持補助に回ります≫


「お願いします」


 輝夜が短く答える。

 その声を聞きながら、私は愛染明王を地面に突き立てた。もう剣でどうこうする段階じゃない。必要なのは、もっと根源的な力だった。


 輝夜が私の正面に立つ。

 白い指先が、そっと私の額と胸元へ触れた。


 ひやりとした感触が走る。


「まずは神奈姉さんの躰から魂魄を抜きます。思うところがあるのは分かっています。でも、この瞬間だけは術を成功させるため、私を信用して術を受けいれてください」


 空気が変わった。


 輝夜の足元に淡い光の陣が広がり、幾重もの細い術線が私の身体を取り囲む。糸だ。青白く透ける無数の糸が、皮膚の上ではなく、もっと内側――魂そのものの輪郭をなぞるように絡みついてくる。


 気持ち悪い。


 内臓を素手で撫でられているみたいな不快感が、背骨を這い上がった。


「っ……!」


「動かないでください」


 輝夜の声が鋭くなる。


「少しでも魂の形が崩れたら、戻せなくなります」


 冗談じゃない。


 そう思った瞬間、胸の奥で何かが引き剥がされた。


 息が止まる。


 痛みではなかった。

 もっと根本的な違和感だった。

 自分が、自分の身体からずれていく。


 視界が二重になる。

 足元の感覚が遠のく。

 鼓動が、急に他人のものみたいに聞こえた。


 ぐい、と。


 見えない手で首の後ろを掴まれ、そのまま真上へ引き抜かれるような感覚。


 次の瞬間、世界が反転した。


「今っ。禁術:留魂縫縛!」


 私は、自分の身体を見下ろしていた。


「……は」


 間の抜けた声が漏れる。


 そこに立っていたのは、ぼろぼろの私だった。角は砕け、血に濡れ、愛染明王を杖のように支えにして、今にも崩れ落ちそうな身体。あまりにも無様で、あまりにも限界だった。


 なのに。

 痛みがない。重さがない。

 ――軽い。


 信じられないほど、軽かった。


 呼吸がいらない。

 筋肉も骨も、焼けた霊力回路もない。

 肉体の重さも、痛みも、損耗も、何もかもが消えていた。


 代わりに、自分の輪郭だけが異様に鮮明だった。


 魂魄だけになった私の身体は、青白い燐光を帯びていた。輪郭は人の形を保っているのに、その内側では霊力が奔流みたいに渦巻いている。押さえつける器がなくなったせいだ。修羅道無限回廊で何度も何度も削られ、鍛えられ、研ぎ澄まされてきた――本当の私が、剥き出しになっている。


 ぞっとするほど、しっくりきた。


 ああ。

 そうか。


 今の私は、魂魄としては万全なんだ。


 修羅道無限回廊で積み上げてきたものを、何一つ削らず出せる。

 たぶん、今の私は一番強い。


「神奈姉さん!」


 輝夜の声で我に返る。


 見れば、私の魂魄から無数の青白い糸が伸び、輝夜の術式陣へと繋がっていた。糸の一本一本が、今にも千切れそうに震えている。


「一分です! それ以上は現世に留められません!」


「神奈さま、魂魄が時間経過とともに賽の河原への牽引を強めています」


 さっきまで頭の内側に直接響いていた太公望の声が、今は私の躰を通した外の声として聞こえていた。


「肉体は此が守ります。どうか、悔いのないように」


 悔いのないように、か。


 私は笑いそうになった。

 そんなもの、最初から決まっている。


 視線を前へ向ける。

 酒呑童子が、鎖の中でこちらを見ていた。


 その目が、初めてはっきりと変わる。

 退屈でも、嘲りでもない。

 獣が、ようやく牙を剥く価値のある相手を見つけた時の目だった。


「ほう」


 低い声が、空気を震わせる。


「面白い真似をする。肉を脱ぎ捨て、魂で立つか」


 青白い鎖が、また一本弾け飛ぶ。


 輝夜の顔色がさらに悪くなるのが見えた。

 時間がない。


 私は一歩、前へ出た。

 足はない。けれど、進もうと思えば進める。意志そのものが移動になる。肉体ではありえない感覚だった。


「酒呑童子」


 自分の声が、妙に澄んで聞こえた。


「勝武をしよう」


 酒呑童子の目が、わずかに細まる。


「ほう」


「小細工なし。ただただ、どちらの武が上か決めるだけの闘い」


 青白い燐光を纏う自分の拳を、ゆっくりと握る。

 骨も筋もないはずなのに、そこには確かな手応えがあった。

 魂そのものを圧し固めたような、剥き出しの力。


「互いに持てるすべてを乗せた拳で、勝ち負けを決めよう」


 前世。

 源嵐父さまと風臥兄さんを殺した宿敵。

 その宿敵に、修羅道無限回廊で鍛えた己のすべてをぶつけられる。


 酒呑童子はしばし黙し、やがて喉の奥で低く嗤った。

 その嗤いに応じるように、鬼縛爻鎖が赤黒く染まり、一本、また一本と弾け飛ぶ。

 封を破って溢れ出した妖気が、巨体の周囲で獣の息のように脈打った。


「よい」


 その一言だけで、場の空気が沈んだ。


「人の身でなお、我に拳を向けるか。その気骨、気に入った」


 酒呑童子は茨木童子を鞘へ納める。

 そして、ゆるやかに右拳を持ち上げた。


 瞬間、空気が軋んだ。


 赤黒い妖力が、酒呑童子の拳へ、拳へ、拳へと収束していく。

 渦ではない。奔流でもない。

 圧縮だ。


 膨大すぎる妖力が一点へ押し込められ、拳の周囲の空間が耐えきれず黒く歪む。

 面ではなく、線でもなく、点。

 触れた瞬間にすべてを穿ち、砕き、終わらせるためだけに極限まで研ぎ澄まされた暴力。


「鬼極盤掌」


 低く告げられた名が、骨のない私の魂魄を震わせた。


 点の極。

 ならば、こちらも同じだ。


 私は右拳を握り込む。

 剣はいらない。

 今の私は、魂そのものが刃だ。


 修羅道無限回廊で積み上げてきたものを思い出す。

 何度も死にかけ、何度も砕かれ、それでも立ち上がった。

 肉体が壊れるたび、最後に残るのは意志だけだった。


 なら、意志をそのまま拳にすればいい。


 魂魄の内側を満たしていた膨大な霊力が、右拳へと吸い寄せられていく。

 白銀の光が圧縮され、圧縮され、さらに圧縮される。

 眩さは消え、熱も消え、最後には光ですらなくなった。


 ただ、そこに在るとしか言えない密度だけが残る。


 拳の周囲で、空間が細く、鋭く鳴いた。


 これなら届く。


 迷いも、怒りも、悔しさも、欲も。

 何もかもを一点へ落とし込む。


 私は一つだって諦めない。

 全部欲しい。

 だから、一つも零さない。


「一極崩星」


 名を告げた瞬間、世界が静まり返った。


 酒呑童子が嗤う。

 私も前へ出る。


 いや、違う。


 踏み込んだのではない。

 魂ごと撃ち出した。


 互いの距離が消える。

 視界が潰れる。

 次の瞬間には、拳と拳が、世界の中心で衝突していた。


 音は、なかった。


 点と点。

 極限まで圧縮された暴力同士が噛み合った、その一点だけが、世界から切り離されたみたいに静止していた。


 ほんの刹那。

 永遠にも等しい無音。


 そして――


 爆ぜた。


 白銀と赤黒が、遅れて世界を引き裂いた。


 衝撃は広がらない。

 逃げ場を持たない。

 一点で噛み合った破壊が、そのまま周囲の空間構造を内側から砕いていく。


 空間が割れる。

 黄泉比良坂の瘴気が吹き飛ぶ。

 現世と黄泉の境界そのものが、硝子みたいにひび割れ、砕け、剥がれ落ちる。


 遅れて、世界が悲鳴を上げた。


 轟音。

 衝撃。

 破砕。


 何もかもが一拍遅れて押し寄せ、視界のすべてを白と赤黒に塗り潰していく。


 その崩壊の中心で、私は見た。


 酒呑童子の右半身が、消し飛ぶのを。


 肩先だけではない。

 胴ごと、右半分がごっそりと抉り飛ばされていた。

 赤黒い妖気が断面から噴き上がり、鬼の巨体が大きく傾ぐ。


 同時に、頭上から眩い光が差し込んだ。


 太陽だった。


 黄泉比良坂の裂けた天蓋の向こう、現世の空が覗いている。

 金色の陽光が、死の気配に満ちたこの場所へ真っ直ぐ降り注いでいた。

 瘴気が焼かれ、闇が退き、世界の輪郭が一瞬だけ現世へ引き戻される。


 私はその光の中で、酒呑童子を見た。


 右半身を失ってなお、鬼は立っていた。


 ありえない。

 それでも、立っていた。


 その口元が、ゆっくりと吊り上がる。


「――見事」


 低く、深く、腹の底へ響く声だった。


「よもや、憑依分身のこの身で、半身を持っていかれるとは思わなんだ」


 断面から赤黒い妖気が霧のように零れている。

 それでも鬼の目は死んでいない。

 むしろ今この瞬間こそ、愉快でたまらぬとでも言いたげに爛々と輝いていた。


「よい。実によい」


 酒呑童子は、私を真っ直ぐ見た。


「肉を脱ぎ捨て、魂魄のみでここまで届くか。貴様、まことに何者だ」


 胸の奥が、熱くなる。


 認められた。

 少なくとも、石ころではなくなった。

 けれど、それで満たされるほど甘くはなかった。


「……気に入らない」


 自分でも驚くほど、低い声が出た。

 酒呑童子が片眉を上げる。


「ほう?」


「今の私は万全だった」


 拳を握る。

 さっきの一撃で、魂魄の輪郭が少し薄くなっているのが分かった。留魂縫縛の糸も、さっきより明らかに細い。


「修羅道無限回廊で積み上げたものを、何一つ取りこぼさず出せた。たぶん、今の私は一番強い」


 一拍置く。


「でも、肉体がある時の私は、お前に何一つ届いていなかった」


 腹の底が焼ける。

 認められたことより、その事実の方がずっと重かった。


「魂だけになって、ようやく届いたところで満足できるわけがない。しかも――そっちも万全じゃなかった」


 酒呑童子は一瞬だけ黙し、それから喉の奥で愉快そうに笑った。


「く、くく……よくぞ言う」


 鬼の残った左手が、腰のもう一本の剣へ触れる。


 鞘に収まったままの霊剣。

 あれが、大嶽丸なのだと直感した。


「その通りよ。今の我は、脆弱な依り代に宿る憑依分身にすぎぬ。本来の一割も出せてはおらぬ」


 その声音に悔しさはない。

 ただ、事実を事実として告げるだけの、強者の静けさがあった。


「加えて――こやつは抜けぬ」


 鬼は柄を軽く叩く。


「大嶽丸は気高い。借り物の躰で振るうことを、赦さぬ」


 なるほど、と妙に納得した。

 あの鬼の最強霊剣が、分身体ごときに従うはずがない。


 私は万全で、酒呑童子は不完全。


 確かに勝武は勝った。

 だけど、胸の内に広がるのは喜びではなく、ひどく乾いた虚しさだった。


 酒呑童子は、崩れゆく右半身を支えながら、それでも笑っていた。


「フハハハハ……よい、よいぞ」


 その笑いは、敗北を惜しむものではなかった。

 次を愉しみにする獣の笑いだった。


「完全ならざる我を打ち砕いても、勝ちとは呼べぬか。ならば待つがよい」


 鬼の眼が、灼けるように細まる。


「いずれ我が地上へ侵攻するもよし。あるいは禍津奈落へ降り、我が許へ至るもよし」


 一拍。


「次は、掛け値なしの酒呑童子を見せてやろう」


 その言葉には、誇張も虚勢もなかった。

 ただ、未来の事実を告げるみたいな確信だけがあった。


「その前に、名を聞こう」


 酒呑童子が言う。


「そこまでの拳を持つ者の名を、知らずに消えるのは惜しい」


 私は鬼を睨み返した。


「……素戔嗚神奈」


 名乗った瞬間、不思議と胸の奥が静かになった。

 魂だけの姿になってなお、私は私だと、そう言い切れた気がした。


 酒呑童子が、満足げに口元を歪める。


「そうか。素戔嗚神奈」


 その声音には、もう最初の退屈さはなかった。


「覚えたぞ」


 その一言は、呪いのようでもあり、約定のようでもあった。


 私は頷く代わりに、鬼を睨んだまま言い返す。


「次は――私が、完全なお前を叩き潰す」


 酒呑童子が、心底愉快そうに嗤う。


「よかろう!」


 その声を最後に、鬼の右半身がさらに崩れ、赤黒い粒子となって空へ溶けていく。

 やがて左半身もまた、霧散するように消えていった。


 酒呑童子が消えたあとも、しばらく私はその場に立ち尽くしていた。


 太陽の光が、まだ差している。

 黄泉比良坂に似つかわしくない、あまりにも真っ当な光だった。


 その光の中で、ふと自分の輪郭が薄れていることに気づく。


 まずい。


 足元――いや、魂の底が、急に冷えた。


 どこか遠くから、引かれる感覚がある。

 下ではない。奥だ。現世の向こう側、もっと死に近い場所へ、私の魂が強制的に引き寄せられていく。


 賽の河原。


 留魂縫縛の限界だ。


「神奈姉さん!」


 輝夜の悲鳴みたいな声が響く。


 見れば、青白い糸が次々と千切れていた。輝夜の術式陣は明滅し、彼女自身も膝をつきかけている。限界なのだ。


「神奈さま、帰還を! これ以上は黄泉に引かれます!」


 太公望の声が飛ぶ。


 帰る。

 そうだ、帰らなければならない。


 けれど、身体の感覚がもう遠い。

 肉体という器が、ひどく重く、狭く、鈍いものに思えた。せっかく解放されたのに、またそこへ戻るのかと、一瞬だけ本気で嫌になる。


 その迷いが、致命的だった。


 ぐい、と。


 魂がさらに強く引かれる。


 視界の端に、暗い河原の幻がちらついた。積み上げられた石。濁った水音。名もない死者たちの気配。あれに足を取られたら、もう戻れない。


「っ……!」


「逝かないで、神奈姉さんッ!! 私は、まだ何も! もう少しだけ力を貸して、この世界の『私』」


 次の瞬間、輝夜が無理やり術式を引き絞った。


「ッ。よし。これなら――禁術:逆天魂封」


 青白い糸が一斉に収束する。

 私の魂魄が、強引に後ろへ引き戻された。


 世界が歪む。

 光が潰れる。

 肉体が迫る。


 嫌悪感にも似た重さが、一気に全身へ流れ込んだ。


 落ちる。


 そう思った瞬間、私は自分の身体の中へ叩き戻されていた。


 肺が勝手に空気を吸い込む。

 心臓が、どくん、と重く鳴る。

 骨がある。肉がある。痛みがある。焼けた回路が悲鳴を上げる。


 重い。

 あまりにも重い。


「……っ、は……」


 膝が折れた。


 そのまま前へ倒れかけた身体を、誰かが支えた気がした。輝夜か、太公望の術か、もう分からない。


 ただ、もう限界だった。


 酒呑童子を斃したわけじゃない。

 決着もついていない。

 言いたいことも、考えるべきことも山ほどある。


 それなのに、意識が急速に沈んでいく。


 太陽の光が、まぶたの裏で赤く滲んだ。


 あたたかい、と思った。


 黄泉比良坂の中で感じるには、あまりにも不似合いな熱だった。


 その熱に包まれながら、私は抗えず、深い眠りへと落ちていった。



これにて第一章は終わりです。

読んでいただきありがとうございました。

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