赦すべからず!
一部文章を修正、誤字の訂正をしております
私は息を吸い込んでからファンナ様に話しかけた。
「社交って難しいですよね…あ、私だけかもしれませんが、夜会で目の前でお話しているご令嬢が笑っていらしても、この方は心の中では私の事を嘲笑っているのかも…と気になりだしたら、上手く会話を続けられなくなって…」
「……」
いきなりの私の独白に、ファンナ様は目を丸くしている。私は緊張しながらも自分の伝えたい事が上手く伝わるように、何度も言葉をつっかえながらも話を続けた。
「自分のことをよく知りもしない方に…見た目や噂だけで勝手に判断されて、こうだと決めつけて…否定されていることに反論をしないのは言い返さない私が悪い…と、お兄様達によく叱られました。ですが、そこで声を上げて反論出来る人はそもそも、そんな状況に陥らないと申しますか…ええっとつまり…」
段々と自分の言いたいことがこんがらがってきたぞ?しっかりしろ…
自分自身に檄を飛ばして、心を奮い立たせた。
「少なくとも私は、色々と噂されても豪胆に笑い飛ばせない性格です。直ぐに思い詰めて悩んでしまいます。兄達は頑張れと簡単に言いますが…私は別にそこで頑張らなくてもよいのでは…と思っています」
「え?」
ファンナ様が驚いたような顔をして、声をあげた。私は少し口角を上げて頷いてみせた。緊張して顔が強張っているので、悪役令嬢みたいな邪悪な笑顔になっているに違いないけど…
「頑張らなくて悩んで何が悪いのですか?夜会が苦手で人の噂話が嫌で何が悪いのですか?苦手なものをいつまでも抱えていて何が悪いのですか?」
ファンナ様のお顔がくしゃりと歪んだ。
私は勢いのまま話を続けた。
「一生許さないくらいに恨んでいて何が悪いのですか?…私はいつもこんな暗い事ばかり考えています。見た目がコレなのでそうは見えないそうですが」
ファンナ様の瞳から大粒の涙が零れた。
「アエリカ様もギルバート様も一生許さなくて宜しいのですよ。向こうが許されたと勝手に笑っていたってこちらは枕元に立つぐらいに恨み骨髄に徹…失礼…」
「枕元にたつ?ウラ?」
首を傾げたファンナ様の様子に慌てて言葉を切った。
「何でもありませんわ、興奮し過ぎてしまいました」
枕元に立ったり、恨み骨髄系は異世界人の根暗発想でしたね。興奮し過ぎた…
私は小さく咳払いをしてから、涙を拭いているファンナ様を見た。
「心の切り替えの早い方々は、いつまでも悩んだり悲しんだりするのは時間の無駄だ。頑張れ、頑張れ…と無責任に言われたりしますけどね、私には無理ですわ…ファンナ様も周りに流されて無理に赦したり、謝罪を受け入れることはしなくても大丈夫ですのよ?」
ファンナ様は俯かれた。
実はファンナ様にアエリカ様とギルバート様が接触したと思われることを、ルコルデードお兄様から教えてもらったのだ。
ルコルお兄様の密偵からの報告によると
「双方、少し距離を取り言葉のやり取りをされておられましたが、飛び道具や凶器などが振われることもなかったので、後方より距離を取りつつ控えさせて頂きました」
とのことだった。
その密偵の報告をルコルお兄様と共に聞いていたのだが、ルコルお兄様は吞気にも
「ファンナ嬢に身の危険が無くて良かったね~」
と抜かしておりましたのよ…ええ、抜かしてしまいましたのよ?
確かに凶器を突きつけられてはいませんでしたのでしょう。何も攻撃が“物理攻撃”だけとは限らないじゃないでしょう?ルコルお兄様も密偵の軍人もシュッとした顔立ちの男前…つまりはあまり言いたくないけど、負け組になったことが無い人種だと思われる。
私はルコルお兄様と密偵の男性を睨みつけた。
「人を傷つける凶器は刃物だけではありませんのよ、言葉も凶器になります…」
ルコルお兄様も密偵の軍人も息を呑んで気まずげに顔を伏せた。
声は聞こえなかったがアエリカ様とギルバート様はファンナ様に何か言葉をかけていたそうだ。
そう…きっとアエリカ様はまだまだファンナ様を追い詰めて、嘲笑う為に最大限の嘲りの言葉を放ったと思われる。
話を聞き終えたファンナ様は、綺麗な顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。
私は断りを入れてからファンナ様の横に座ると、ファンナ様の背中を擦った。
「悔しいですわね…本当に悔しい。言いたい放題に言われてしまったのでしょう?」
ファンナ様は泣きじゃくりながらも、何とか言葉を返してくれた。
「アエリカ様は私に向かって、ま…まだ…まだ修道院に入ってなかったのかっ…と言われましたのっ…どうしてっどうして…わ、私が修道院に入らねば…ならないのよっ!!私が何をしたって言うのよっ!どうして私が逃げ出さねばならないのよっ!?」
「うん…うん…」
ファンナ様は溜まっていた鬱憤のせいか、段々と泣くより怒ってきて声を荒げてきた。
「次に…こうも仰いました!私達と和解したことを見せれば、心根の優しい令嬢だとっ元婚約者にまで気遣う慈悲深い令嬢だと…周りから認められるなんて…そんなことっ…そんなこと私に言ってきたんですっ!」
「そう…そうなのね」
私は内心、アエリカ様の言動に苛立ちを覚えていた。
なんてずる賢い言い方だ。
つまりは公衆の面前でアエリカ様達をファンナ様が赦すことにより、ファンナ様の社交界での腫れ物扱いが収まると囁いたのだ。だが…それはあくまでも建前だ。本音は元婚約者が赦しているのだから、私達は赦されました!という免罪符を手に入れて意気揚々と社交界に戻りたい、ということなのだ。
ファンナ様を踏み台にして自分達が赦されようとしているに過ぎない…なんて汚い。仮に、ファンナ様が赦すと公言してしまったら、他の貴族方はアエリカ様達を表だって攻撃しにくくなるからだ。元婚約者が赦しているのだからもういいのでは…なんて風潮にでもなってしまったら、益々彼女達の思う壺だ。
「そんな下衆なことを仰る方々を赦すことはしなくてもいいですわ…アエリカ様の有り様はあまりにもひどいですわ。争いごとは好みませんが、私…あの方々を認めません」
ファンナ様は顔と目を真っ赤にして私を見詰めている。そして私が頷くと力強く頷き返してくれた。
「はいっ…私、赦すことは致しません!」
「ええっええっ!勿論赦すことなんてしなくても大丈夫ですわよ!シュリーデかお兄様方に反撃して頂きましょう!」
ファンナ様と固く手を取り合った。
自分で攻撃を…と言えない所がヘタレッぽいけれど、陽キャたちの陰に隠れてアエリカ様とギルバート様に石ぐらいはぶつけてやるぞ!と心に誓ったのだった。
そしてその日の夜…
帰宅したシュリーデに、ファンナ様とのお茶会の際のアエリカ様達の話をしてみた。案の定シュリーデは目を見開いた。
「なんだとっ!?そんな厚顔無恥な話をファンナ嬢に言ってきたのかぁ!」
無表情で怒っている…非常に怒っている…
「そんな馬鹿げた話を受けることはない!どういうつもりなんだっ!?自分達が社交界に戻る為にファンナ嬢を貶めるつもりか!?」
シュリーデがぐるんと顔をこちらに向けてきたので、同意の意味を込めて何度も頷いて見せた。
シュリーデは一度大きく息を吐き出してから、ソファに座っている私に近付いて来た。
「ああ、そうだな…実に不愉快だが手は打っているから…」
私の座っているソファの横に座ってきたシュリーデはそう言っているけど…それって私が聞き逃していた、お兄様達と進めているアレのことかな…そうだ、今が聞くチャンスじゃない?
「ねえ…それって…」
どんな計画?と聞く前に横に座っていたシュリーデの頭がコテン…と私の肩に落ちてきた。
「!!」
これって…これって…シュリーデに凭れられてるの?え…もしかして肩にシュリーデの頭が凭れられてるの!?
「あ……もう、ギルバートも何だよなぁ!情けないよ…」
「ソ…ソウデスネ」
今、肩を動かしたりしては駄目だよね?体を強張らせたままシュリーデに相槌を打った。
シュリーデは私の手を取ると、指先を擦ったり手で握り込んだりしている。そして握っている私の手を自分の口元に持って行くと、私の手の甲に唇を押し当てている。
チュッチュッ…手の甲に口付ける軽いリップ音が室内に響いている。
部屋の中に私とシュリーデしかいないとはいえ、これは恥ずかしい…
やっぱり気のせいじゃなくシュリーデの私への距離感が近付いているのが分かる。
すごく恥ずかしいけど、嫌じゃないのはきっとシュリーデにも伝わっていると思う。時折、こちらを見るシュリーデの目が艶めかしい色気を纏っている気がするのだ。
緊張と興奮で何度も唾を飲み込んでシュリーデを見詰めていると、優しく微笑みかけられた。
表情筋が仕事してるーー!?
「続きはまた今度…」
耳元で囁かれて死ぬかと思った………萌えすぎて。
✧*☆.。.:*・゜✧*☆.。.:*・゜
そんな萌えて憤死しかけた日から数日後…マリリカの夢のバイト中、常連のお姉さん達数名がお店にやって来た。
既婚者のお姉さん達だけど、普段は繊維工場で縫製の仕事をされているらしい。今日は仕事の合間に寄ってくれたようだ。
それにしてはお姉さん達は仕事疲れっていうより、声高に笑っているし何だか妙に興奮してない?
「こんにちは、何かあったんですか?」
私が果物のタルトをテーブルに運びつつ…聞いてみると、お姉さんの一人が笑顔で答えてくれた。
「あらぁ?中央広場の掲示板見てないの?ベリオリーガ殿下がとうとうご婚約されるんですって!明後日の舞踏会でお相手のお披露目だって!」
「……え?」
身内のはずの兄の婚約を、掲示板で見たよ!とお姉さんに知らされたこの衝撃をどう表現すればいいのだろうか…驚き?驚愕?そんなものじゃない…
私、妹なのにベリお兄様が婚約するの、知らなかったよぉ!?




