お披露目会の結末
ラクラの木への立ち入り調査の当日、私はマリリカの夢にバイトに入っていた。
実は先日からマリリカの夢には“ローズちゃんのお披露目会”の券を買った男性達が押しかけていた。押し掛けている理由はすぐに分かった。
「ローズちゃんのお披露目会、楽しみにしてるよ!」
そういう客に、私がお披露目会の券を見せられることが多いからだ。
つまりお披露目会というイベントという特別な場所で、私に会えるという非日常的空間を俺も楽しみにしてるから!という気持ちを、わざわざ私に告げに来ているという感じなのだ。
そのお披露目会の券を見せてもらった時に舐めるように見てみたけど、ライブのチケットみたいだね?
その浮足立っている男性達に、私は現実を突きつけていった。
「私はマリリカの夢の店員です、他所のお店で働いていません。お披露目会はラクラの木のローズさんと言う方がお披露目されるのではないでしょうか?ラクラの木に一度、お問い合わせしてみては?」
そう告げると男性達は慌てたり、私に怒ってみたり、はたまた悲しまれたりした後に、すごすごと退店して行くのだった。
それを朝から見ていたウエラさんは、げんなりしていた。
押し掛けてくる男性客に私が説明を続けていると、ラクラの木の給仕服を着ていないローズちゃんに会えないならこんな券いらねぇよ!と、逆ギレした男性が、券を投げ捨てていったりし始めた。
その券をウエラさんは舐めるようにして見ている。
「これは相当な数のお披露目会の券を売りさばいてるわね~あらぁ?この券一枚の購入価格は、銀貨四枚よ?」
銀貨四枚だってぇ!?朝定食が一週間食べられるくらいだから、お披露目会でライブのチケット並みの金額を取ってるんだ。
それを人は、ぼったくりと呼ぶ。
その問題のお披露目会だが、会が始まる前にラクラの木の店先で、券の払い戻しを求めた男性客達と店側とで揉めていて、警邏が踏み込むまでもなく暴徒と化した男性客に店内が荒らされてお披露目会は中止、店長は緊急捕縛、そしてラクラの木は無期限休業を命じられるという事態になったのだ。
因みにだけど、警邏の隊員達が暴動のすぐ後にラクラの木の店内に立ち入った時に、店の奥に給仕の女性達が隠れ潜んでいたそうだ。その中に頭からすっぽりと黒いベールを被った女性がいて、その女性を聴取すると、どうやらその黒いベールの女性がローズちゃんの代役をする予定だったらしい。
「結局、偽者まで準備して何がしたかったのかしらねぇ~」
夜空を見上げてつい、独り言を呟いていた。寝る前に屋敷の裏庭のベンチで星を見るのがほぼ日課になっている。そして……
「ラクラの木のこと?」
声がしたので、声のした方向を見ると湯上りしっとりお色気たっぷりのシュリーデが歩いて来るのが見えた。
そう、最近は寝る前に二人で星空を見ながら世間話をするのも日課になっている。
マリリカの夢の皆の前で“普通の夫婦”の会話をしてそのままの感じで屋敷でも会話をしている間に、最近はお互いの口調が変わってきている。
シュリーデがそれに気が付いているのかは分からないけど、私個人としては親しくなれた気がして少し嬉しい。
ゆったりと近付いて来たシュリーデは、私の隣に腰掛けると空を見上げた。
「“マリリカの夢のローズちゃん”の人気を妬んで自分の所で取り込んでやろうと目論んでいたんだろう、浅ましい事だ」
「そうですね、嘘をついて後に引けなくなったのか、お金を渡せば私がラクラの木に移ってくると簡単に考えていたのかも」
ローズちゃん人気をうちでも取り入れちゃお!と、ローズちゃんはこっちにもいるから!みたいなことをぶち上げちゃったしね。調子に乗って膝枕券とか出してる場合じゃないのにねぇ。
「あんな如何わしい券で世の男性の浅ましい気持ちを煽ったりするから、暴漢に殴られるんだ」
「……」
先日、私にお給金を三倍出すわよ!と言っていた三十才くらいの女性が実は、ラクラの木の店長本人だったらしく、返金を求めて店先に押し掛けた男性客に対して、その店長はローズを見たけりゃもっと金を出せ!と叫んだそうだ。
それを聞いてブチ切れた男性客達に掴み掛られて、男性から殴られて負傷していたらしい。
それにしても、私は胡乱な目でシュリーデの横顔を見上げた。
シュリーデも膝枕券で興奮してなかったっけ?浅ましい気持ちを見事に煽られていなかった?
まだ文句を呟いているシュリーデの綺麗な横顔を見て、その言葉は言わないでおいた。
シュリーデは散々文句を言った後、私の方に体を寄せてきて、更に私の手にシュリーデの手を重ねてきた。
大きくてゴツゴツした手だな。
「明日は王家主催の夜会だが……きっと色々言われると思う」
「色々?」
隣に座るシュリーデを見ると、苦々しい顔をして空を見上げていた。今日は表情筋が仕事をしているみたいだ。
「俺の婚約破棄に関する事」
「!」
シュリーデの婚約者がシュリーデの幼馴染の子息と駆け落ちした……という例のアレだね?
私が息を詰めてシュリーデの顔を見詰めていると、シュリーデは静かに話し出した。
「俺の元婚約者……アエリカ=ラナウェル伯爵令嬢と友人のギルバート=コンフラス侯爵子息の駆け落ちだが、駆け落ちと噂されているだけで、実際はラナウェル伯爵の庇護の元、二人は生活している」
なんだ~駆け落ちって言うから私のイメージ的に、着の身着のまま夜行列車に乗って最果ての漁師町にでも逃げ出したのだと思ってたけど違ったみたいだ。
まあ当たり前か、二人共貴族の子供達だもんね~自分で自活して生活なんて無理でしょうね。
「コンフラス侯爵はギルバートを勘当していて、ギルバートの婚約者だったファンナ=マーガレド伯爵令嬢は今でも未婚のままだ。それが憶測を呼んで、色々噂をされているんだが、ファンナ嬢は気丈な方で全て受け流していると聞いている。本当にギルバートは馬鹿だよ」
そう言って鼻で笑っているが、シュリーデは表情を歪めている。
「当時、俺はギルバートから、かなり詰られたんだ」
「詰られた?」
シュリーデは私の方を見て頷いた。
「ギルバートが言うには、アエリカ嬢という婚約者がありながら、複数人と関係を持ってアエリカ嬢を苦しめるのはどういうつもりだ!とか、事あるごとにアエリカ嬢を罵倒して辱めていることを恥ずかしいと思わないのか!とかね。ローズも聞いたことがあるだろう?」
シュリーデに聞かれて目が泳いでしまう。
「あの、シュリーデが非常に令嬢方に人気があるのは知っているけれど」
シュリーデは苦笑している。
「そう?人気人気と言われているけど、実際どうなんだろうなぁ。俺に言い寄ってくる女性なんて知れてるよ?遊んで欲しそうな未亡人とか」
ひえっ!?
「何が何でも公爵家に嫁入りしたい令嬢とか?俺が嫡男だから公爵家の跡取りだって思い違いをしている令嬢も多いみたいだし」
え?違うの?
私が首を傾げていると、シュリーデはニヤッと悪人顔で笑った。
「公爵家を継ぐのは姉夫婦なんだよ、だから俺は王都で警邏に所属してるんだよ」
「あ!」
なるほど!私はシュリーデの家庭内事情に興味なかったから、公爵家の跡目がどうとか知らなかった。
「だから俺が資産として持っているのは警邏の給金と親から貰った子爵位の爵位くらいだけどって説明すると、金目当ての令嬢は寄り付かなくなったよ。それでもギルバートは俺が遊び回っていると激怒して、アエリカ嬢を擁護し続けたんだ。いくら弁明しても取り合ってくれなくて挙句にアエリカ嬢と二人でいなくなった」
「あ……そうだったのね」
「ギルバートが俺の話を全く聞いてくれなくて、正直アエリカ嬢と婚約破棄より一番の親友だと思っていたギルバートに裏切られた方が堪えた」
大きく息を吐いて再び顔をあげて夜空を見上げているシュリーデは、不謹慎だがとてもとても綺麗だった。
親友が自分を信じてくれなくて女を取っちゃったか……あれ?そもそもだけど……
「アエリカ様はシュリーデの噂に対して、どのようなご反応をされてたの?」
「ん?そうだな、ギルバートの陰に隠れて黙ってたな。俺が君を罵倒したりしたことがあるのか?とアエリカ嬢に問いかけても怯えているのか、ギルバートに縋り付いて、それでギルバートが余計に俺に怒鳴ったり、夜会や人目のある所でもお構いなしに騒ぐから余計に噂が広がったような気がするな。ああ、実際グロリーにも言われたことがある。噂の出所を確認したのか?って……まあ今更だけどな」
噂の出所……おかしなものね、ギルバート様がシュリーデを詰っている時に間違っていることを言っているなら、それは違う!と声を上げることも出来たはずなのに、アエリカ様は怯えて放置していた感じだ。
つまりはギルバート様の後ろに隠れて煽っていた……とも考えられる。
シュリーデはギルバート様が信じてくれず、裏切られたことに注視してしまい、誰がその噂を撒いたのかを注視することを忘れていたのかな。
私なら真っ先にアエリカ様を疑っちゃうけどね。根性悪くてすみません。陰キャ気味の私は人はまずは疑ってかかってしまうのだよ。
「兎に角、明日の夜会では噂を払拭出来ればいいなと思ってる。協力してくれるか?」
「ん?何をすればいいの?」
シュリーデが私の方に顔を近付けて来た。
「夜会の間は俺の側を離れないでずっと一緒にいること」
「ふぎぃ!」
夜中にびっくりして変な声を上げてしまった……
だって耳元でそんなこと囁くとは思ってもみなかった。
ひぃぃぃと思いながら顔を上げると、シュリーデが蕩けるような魅惑の微笑みを浮かべて、私を見詰めていた。
こんな時だけ無駄に表情筋に仕事をさせないで下さい。
シュリーデの表情筋よ、普段からもっと仕事しろ。




