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練習ですから

一部文章を変更しています。

ウエイトレスとしての圧倒的なスキル不足を痛感した私は、プレミオルテ公爵のメイド達を“お客様”に見立ててウエイトレスの給仕の練習をしていた。


「お待たせ致しました」


お客役としてソファに腰かけるリサとナフラの前にお皿とティーカップを置いていく。


実際の重さを経験した方が良いだろうということで、ティーカップには本物のお茶を、皿には本物のケーキが載っている。


ナフラの前に置くとナフラからすぐに指導が入る。


「ケーキの配置はこちらの方はお客様の手前はいけませんよ」


「はいっ!」


ナフラの言葉をメモに書き残す。


「お皿をテーブルに斜めに差し入れないように平行にして…」


「はいっ!」


「すみませ~ん、お茶のおかわり下さいな~」


リサがノリノリでお客役を演じてくれて、次々とオーダーを入れてくれる。


「はいっただいま!」


慌てずゆっくり優雅に動いているように見せながら…素早くワゴンに戻ると、魔法で保温されているティーポットを手に取り、リサの座っているソファへ舞い戻った。


「失礼致します、お茶のおかわりで御座います」


「ありがとう~」


リサの前の空になっているティーカップにお茶を注いでいく。注ぎ終わった後、ティーポットの注ぎ口を布巾で押さえて雫の飛び跳ねを防ぐ。


一礼をすると静かに後ろに下がった。


「中々良いです、ね?ナフラさん」


「見よう見まねで…と仰っていましたが、問題無いですね!」


リサとナフラの満足そうな笑顔にホッとして笑顔になった。


「さ…殿下交代ですよ」


リサがそう言って席を立った。同じく立ち上がったナフラに座るように促されたので、二人と交代してソファに腰かけた。


リサとナフラは流れるような動きで、給仕をしてお茶とお菓子を出してくれる。


勉強になるなぁ…なるほど。メモを取りながら二人の動きを見ているとナフラが


「私達の前で落ち着いて給仕出来るようになられましたが、お客様…特に男性の前で緊張されるのを見ると…まだまだで御座いますねぇ」


と、指摘されてしまい…気分が落ち込む。


そう…ナフラの言う通り。私は男性客の前ではまだまだ緊張してしまい、失敗が多い。何故かその失敗も人気?だと言われて…珍妙なウケ方をしているらしい。世の中マニアックな人が多くてらっしゃる…


リサは、首を捻りながら


「う~ん、護衛の方を相手に練習してみたんですよね?」


と言ったので頷き返した。


護衛のお兄様方達は一番に練習台に名乗り上げてくれたほどだ。しかもマリリカの夢の店内に本当の客としてやって来て、現地実習に付き合ってくれたのだ。


「それもやったの…一通りの使用人を相手にして慣れたのは良いんだけど、皆さん優しいでしょ?こう…荒ぶるお客様に対応する練習が出来ないというか…」


色んな無理難題…とまではいかなくても、状況に応じた接客の仕方を学びたいのだが、公爵家にお勤めの方々は総じて品が良い。


私を窮地に追い込む接客を求めないように…使用人達の方が気を使ってくれている…と思うのだ。


「怖そうで文句を言いそうな人…で練習したいのになぁ」


思わずそう呟くと、あら!と言ったナフラが


「でしたらシュリーデ様にお願いしてみては?ひとりだけ、殿下の練習相手に選ばれて無いとこの間、拗ねていらしたし…」


と何か不思議なことを言った。


「す…拗ねて?」


驚いて聞き返すとリサが、いいですね!と、手を打った。


いやいや?待て待て?


あの…あの、シュリーデ=プレミオルテですよ?一応、私の旦那様(仮)状態ではあるとしても、一を言えば十を返してきそうなお小言魔王(注:リサ談)ですよ?


「シュリーデ様が帰られたら頼んでみては?」


「そうそう!是非殿下から直接頼んで差し上げて下さいね、いいですか?下から見上げて『お願い』と伝えて下さいね?」


ナフラと変な注文をつけてきたリサに促されて、帰宅して来たシュリーデ様に、渋々ながらも練習台のお願いをすることになった。


「おかえりなさいませ、シュリーデ様」


「ただいま戻りました」


「…」


「…」


お互いに無言で暫し見詰め合ったが、私の後ろに居たナフラの咳払いにハッと気が付いて口を開いた。


「あ…あの…シュリーデ様に、その…お願いしたいことが…」


シュリーデ様は目を見開き、無表情で私を見下ろしている。怖い…どうしよう…


「殿下、頑張って下さい」


リサが私の後ろで囁いた。


う…うん…頑張る!


「私と一緒に……ふぅ……練習して下さい!」


「!」


緊張して端折り過ぎた……シュリーデ様がビクンと体を動かしている。


「な…にを練習されるので?」


シュリーデ様が珍しく言葉を濁している。


私は慌てながら…今度は言い間違わないように、深呼吸をしてから口を開いた。


「私の給仕の練習に付き合って下さいませんか!!!」


「そっちかーーーーー!?」


私が叫んだ瞬間、シュリーデ様が公爵家のダイニングルームの床に倒れ込んだ!?どうしたの?何があったの?


アワアワしながら、執事のルベスを見ると大きく頷いてから、倒れ込んだシュリーデ様に何か耳打ちをしている。


「……よし、いつでもいいですよ。食事の後の食堂で練習しますか?」


シュリーデ様はいきなりシャキーンと立ち上がって、いつもの調子で饒舌に私に話しかけてきた。


一体何が起こったというのだろうか…


では、夕食後に…と約束をして食堂でシュリーデ様と夕食を頂いた。食事中もシュリーデ様はいつもの如く、殿下は今日は何をされていましたか?とか、夜会の招待状が届いていますよ、ドレスを選びましょうとか…色々と話しかけてくれるので、聞きながら相槌を打っていた。


さて…いよいよ給仕の練習の始まりだ。メインの食器が片付けられたので、私は食後のデザートの乗ったワゴンをメイドに借り受けると、優雅に座ってこちらを無表情で見ているシュリーデ様の近くまで押して行った。


うぅ……緊張する。胃が痛い…


「食後のお茶をお持ちしました、本日の菓子はロロのパラーゼで御座います」


ロロは桃に似た果物でパラーゼはババロアみたいな食感の食べ物だ。これ…マリリカの夢のメニューに入れたいよ


「ああ…ゴホン…お願いします」


シュリーデ様の反応が、何だか変だ。もしかして緊張しているの?


茶器同士の音をたてないように気を付けながら手に持つと、且つ優雅に見えるように微笑みを浮かべて、シュリーデ様の横に立った。


「失礼致します」


「はい……」


やっぱりだ…シュリーデ様も緊張している気がする。


ティーカップをシュリーデ様の前に置き、ケーキを載せた皿も置いた。


大きな音も立てていないし、動きにもミスは無かったはず…ただ緊張していて声が震えてしまっていたのは失敗だと思った。


心配になりナフラの方をチラッと見たら、笑顔で頷き返してくれたので良かったんだ…と思うことにした。


シュリーデ様は、茶器と皿を何度か見てから頷き…そしてカップを手に持ちお茶を飲んだ。


ただお茶を飲んでいるだけなのに、その姿が綺麗過ぎるっ!流石モテ男ナンバーワンだ!…んん?あれ…でも良く見るとシュリーデ様の手が少し震えている。


ジィーッとシュリーデ様を見詰めていると、ティーカップを置いたシュリーデ様がいつもの壊死した表情で私を見てきた。


「あまりこちらを見詰めないで下さい、緊張しますので…」


「!!」


私が驚いて飛び上がりそうになったのはまだいいとして、ルベスとジョナ以下公爵家の使用人達までもが、小さく悲鳴を上げてビビっているような動きをするのは何故なんだろうか?


シュリーデ様は無表情のままロロのパラーゼにスプーンを入れて、食べている。


そのシュリーデ様の耳が赤い…赤いぞ?


エレガントに食後のデザートを食べ終わったシュリーデ様は、横に立っていた私の顔を見上げた。


「お味如何でしたでしょうか?」


対お客様用のスマイルを浮かべてシュリーデ様を見ていると…一瞬、眉間に皺を寄せたが


「問題無いと思います」


とだけボソッと答えてくれた。


「ありがとうございます!」


生粋の公爵子息から問題無いと言われて心底安心して、フニャと笑顔になった。


シュリーデ様は無表情で私を見ていたかと思ったら…突然、笑顔になった。


お父様やお兄様達の前で微笑んでいた、貴族の貴公子のような微笑みじゃない…フワッと蕾が綻ぶような笑みだった。


「さて…お部屋までお送りしましょう」


シュリーデ様は笑顔を引っ込めると、いつもの無表情になり立ち上がると私に手を差し出された。


今でも十分にモテているけれど、今見たいな笑顔を見せればいいのにね…


私の部屋へ向かう廊下を歩きながらシュリーデ様と明日の予定の話をする、これも最近の日常だ。


「明日はドレス工房の者を呼んでいますので、夜会用のドレスを新調致しましょう。明日は…そうですね、色々と楽しみに待っていて下さい」


「はぁ…」


色々と楽しみ?なにかあるのかな?


シュリーデ様は私の部屋の前で足を止めた。


シュリーデ様は、少し微笑みを浮かべて私を見詰めている。


おお…こういう笑みもいいですね、なんというか色っぽいとでもいうのかな。


「では…おやすみなさいませ」


シュリーデ様はエスコートしていた私の手を少し掲げ持つと、指先に口付けを落とした。


これだ…!シュリーデ様と夕食を一緒に食べた日は必ずエスコートをして部屋に入る前に手の甲にキスをする。


初めてされた時は、卒倒しかけたけど…流石に三回目ともなると慣れてくる、慣れって怖いね。


そして私が部屋に入るまで、扉の前で見張り…いえ、見守ってくれるまでが最近の流れなのだ。


「あの…」


部屋に入りかけて廊下に無表情で立っているシュリーデ様を振り返って見た。


「何か?」


「どうして私が部屋に入るまで…その見ていらっしゃるんですか?」


そう…これが一番気になっていることなのだ。


無表情のシュリーデ様の返事を待っていると少し首を傾げたシュリーデ様は


「何かあってはいけませんからね…」


とだけ言った。


家の中の廊下で何があるっていうの?


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