距離感が埋まらない~シュリーデ~
俺はローズベルガ殿下のことを随分と誤解をしていたと思う。殿下は俺が謝罪を口にするたびに眉を下げられて泣きそうな顔をされる。
ローズベルガ殿下は目鼻立ちがはっきりしているせいか、気が強い性質の女性だと思っていた。
しかし殿下と話してみると、その印象はガラリと変わる。兎に角、始終俯き加減でほぼ、相槌しかしてくれない。目が合ってもすぐに逸らされてしまう。
やはり俺は相当嫌われているらしい……
ローズベルガ殿下の瞳は、夕闇が訪れる前の空の色と同じ色でとても綺麗な茜色なのだ。
その瞳を覗き込もうとすると、目を伏せるので中々見ることは叶わないのだが、いつかはその瞳を覗き込んでじっくりと見てみたい。
「おい……また見に行くのか?」
グロリー=クスラ大尉が休憩時に市井、マリリカの夢へ行こうとしている俺の前に立った。
「そうだけど?」
グロリーは大きく息を吐いた。
「お前……路地裏の窓から店内を覗き込むな、下の奴らが見たら噂になるぞ?」
「何がだよ?殿下の様子を確認しなきゃ危険だろ?」
「危険……」
「なんだよ?」
俺は何度も突っかかって来るグロリーを睨みつけた。その時……
「今日はマリリカの夢に行くんだろ?」
「そうそう、今日はローズちゃんの出勤日だしな~」
「えぇ?嘘ぉ、お前何で知ってるの?」
「ローズちゃんに直接聞いたからに決まってんだろ!」
突然聞こえてきた話し声に、休憩室の中を覗き込むと警邏の若い隊員たちが、ローズちゃんやら、マリリカの夢やらと、噂話をしているようだ。
「ローズちゃんだと?」
思わず発した声が低くなる。
休憩室に入ろうとした俺の体を、グロリーが押し戻した。
「お前から事情を説明されているから、俺はあの“ローズちゃん”が殿下だと知っているが、あいつらにしてみたら、マリリカの夢で働いている可愛い可愛いローズちゃんだと思っていても不思議はない。まあ、既に人妻だけどな」
人妻!なんと淫靡な響きだろうか……あのはにかんだ笑顔の可愛いローズベルガ殿下に似合わない言葉だ。
何という事だ、昨日言っていたグロリーの話は本当だったのだ。確かに警邏の若い奴らのはしゃぎっぷりに警戒心が募る。ローズベルガ殿下本人はのほほんとした顔で……
「何が人気になる原因なんですかねぇ?」
なんて言っておられたが……
「殿下は自覚が無さ過ぎる」
「うん、無防備だな」
「あいつらが店に押し掛けて無体を働いてきたらどうするんだ?」
「いや、待てよ。護衛をつけてるだろ?」
「だから、店内で如何わしい行いをされたら、ローズベルガ殿下では防ぎようが無いだろうが!」
つい興奮して大きな声を出したので、休憩室に居た部下達が一斉に廊下に居る俺とグロリーを顧みた。
そして何故だかニヤニヤしながら俺に近付いて来た。
「副隊長、お疲れ様でーす」
「あ~そう言えば副隊長は」
「ローズベルガ殿下ってどうなんです?あの王女様ってきっと我儘で怖そう」
「屋敷で威張り散らしてるんじゃな……」
俺は部下達を睨みつけた。
「ひぃ!!!」
睨むと同時に魔力をぶつけてやったので、今年入ったばかりの新人の隊員が立っていられなくなったのか、へたり込んでしまった。
「おいおいっこらこら!そんなに魔質をぶつけたら、体調崩すかもしんねぇだろ?止めてやれー」
グロリーがそう言いながら俺の肩を叩いたので、仕方なく魔力を引っ込めた。
「お前ら、不用意に指に触れたり笑顔を見ようとしたりするなよ?いいかっ!?分かったな!!」
「ひぃぃ!!」
俺が脅しつけると部下達は一斉に敬礼した。
「何だかわかりませんが…了解ですぅぅぅ!!!」
「はいぃぃ!」
「ふぇぇぇ」
まあいいか、見張りの護衛にもローズベルガ殿下に近付く不埒な輩がいたら所在と本人確認をして、すぐ報告するように申しつけてるしな。
そして俺は休憩時間になると急いでマリリカの夢に出かけた。路地裏の小窓からマリリカの夢の店内を覗けるこの場所は、もはや俺の定位置だ。
「……短いな」
一度気になり出すと、つい目で追ってしまう。
ローズベルガ殿下の給仕服の裾の長さだ。歩く度に脹脛が微かに見えている。
気のせいか、店内にいる男の客がローズベルガ殿下の後ろ姿を鼻の下を伸ばして見ている気がする。
「ちっ!」
「シュリーデ様、あまり身を乗り出しますとローズベルガ殿下が気にされてしまいますよ?」
護衛のスプリクが俺に後ろから、囁いて来る。
知ってる!分かってる!ローズベルガ殿下には望みのまま、自由に生活して頂きたいのだ。だから心配ではあるけれど、こうして見守っている。
俺に出来るのは見守ることだけだ。自分から殿下を突き放してしまったのだ、近付いてはいけない。
「しかし気になるな。あの身丈、短すぎやしないか?」
思わず小声で呟くと、スプリクが咳払いをした。
「まあ確かに殿下のほっそりとした足首がよく見え……すみません、もう言いません」
俺が振り向いて殺気を向けると、スプリクは早口で何かゴニョゴニョと言っている。
「そんなにご心配なら、店内に入られては?」
リサ!?お前……そんな……
「こんな所でウロウロしていては、つけ回しと勘違いされて警邏に捕まってしまいますよぉ」
「ナフラ!俺はそんなものとは違……」
ナフラはジロッと俺を見下ろした。(因みに俺は窓の下で屈んでいる)
「コソコソしている時点で、つけ回しと何ら変わりは御座いません」
ナフラは俺が子供の時から使用人として働いている、乳母のジョナに続いて逆らえない使用人の一人だ。ナフラに鋭く切り込まれて反論すら口に出せない。
その時、ガヤガヤと話し声が聞こえてきたので、花壇の陰に身を潜めると、先程ローズちゃんが~と下卑た笑い声をあげていた警邏の部下達の姿が近付いて来た。
「あいつら、性懲りもなく……」
部下達はそのまま堂々と、マリリカの夢の店内に入って行ってしまった。
急いで窓の外から店内を覗き込む。
傍目からは完全なる変質者に見られているかもしれないが、構うものか。
接客に出て来たローズベルガ殿下を前にして、部下達がデレデレとしているのが見える。
「ああん?ローズちゃん今日も可愛いっすね!だとっ!?ローズちゃんから、あ~んしてもらえたら最高なんだけど、だとぉ!?あいつらぁ…明日は鍛錬場百周走らせるぞ!!!」
「シュリーデ様……読唇術で言葉を読み取らない方が、精神衛生上宜しいかと」
俺の後ろで他の護衛がごちゃごちゃ言ってくるが、それどころじゃない。
舌打ちをしながら窓にへばりついていると、給仕中のローズベルガ殿下と目が合った。
ほんの少しだが、ローズベルガ殿下の口角が上がっている。
俺に笑いかけてくれた……初めてじゃないか?
「!」
顔に熱が昇る。なんだこれ?なんだこれ……もしかして俺、照れてるのか?
「帰る……後は頼んだ」
「は?え、はい?」
スプリクにそう言い付けると、俺はマリリカの夢から逃げるように離れた。
しかしこんな時でも俺の表情は壊死していたようで、警邏の詰所に帰った途端……
「あれ?ローズベルガ殿下の所に行ってたんじゃなかったか?そんなおっかない顔して警邏に出てたのか?」
グロリーにそう言われてしまったのだった。
自分の表情筋の働かなさぶりが初めて憎らしく感じたのだった。




