黒キ羽は地下暗礁に舞う1
エミカからの依頼により、ルリの監視、保護の継続が言い渡されたゼノ。
その大きな弊害となる「紅い少女」の対処に思考を費やしていると、災害は早くも自分たちの巣の中で孵化する。
____ハイドラシティ 傭兵旅団BSF地下内部
「──どんな感じだ?」
研究機構GRDIOのエミカからの依頼によりルリの監視、保護が言い渡され、その翌日。
常に任務が続いたような状態になるため、他の依頼に容易く手がつけられないが、それを補う報酬により、俄かに懐は一先ずの安定が保てている。
「ふーむ……ぁー……」
丸眼鏡をかけ、さらに虫眼鏡で銃器を観察する老婆がゆっくり唸りながら、時折腰を叩く。
「……腰を叩くか見るか、どっちかにできないのか」
「ふん、老体に鞭打たせるたぁ大した肝っ玉だぁね?ババァを舐めるんじゃないよ」
「ナメてはないだろ……。で、どうなんだ」
「大して問題はーなぃ。磨耗がすこしあるくらいだぁねぇ……ほれ」
カウンターの向かいにある作業台で解体されたものをさっさと組み直し、出来上がった銃を投げ渡す。
だいたい、いつものことだ。慣れたように受け取り、ホルスターに戻す。
「投げるなよ……」
老体がハンドガンといえど片手で投げるだけの腕力があるなら、普通に渡してほしいところだ。
「弾はこんだけかぃ?」
「あぁ」
続いてすこし角が潰れた箱を二箱カウンターに置き、確認をする。
9mm弾、いわゆるハンドガン用の弾薬だ。
「けち臭いネェ……」
「倹約って言えないのか」
「弾は撃つものだよ……けっけけ」
「いつも通り趣味の悪いババァだ」
「また来なぁ……倹約家なりのカネを用意してねぇ〜……」
気味の悪い薄ら笑いをしながらカネと弾が交換される。
こうした傭兵業を行う上での必需品である銃や弾、必要な情報を持ち合わせる情報提供者。それらを幅広く取り扱う者たちもまた、この地下に住み着いている。
こうしたバイヤーの類は比較的地上に近い階層に多く店を構える。
そして傭兵たちが屯するのはその逆となる。
最下層に行けば行くほど、嘘とカネに埋もれた闇人、あるいは傭兵を狩る傭兵といった血泥な者達が多く住む。
売人と傭兵の階層間には酒場や依頼が飛び交う広場のような場もある。
自分自身、地下の全てを網羅していることもなく、当然一周隅々と周ったこともない。
ただ、案内板通りに喋ればこうなるというだけだ。
「あー……はぃはぃ」
……最後に嫌味を売られたが、こちらは買わずに適当にあしらう。
硝煙と血しぶきを浴び続け、老いた身があの一例だ。
死んでも死ななくても、正常な精神で傭兵を終わらせることなど期待するだけ無駄だ。
「(何からすればいい……)」
さて、弾薬は補充できたが、同時に問題も多いのが現状だ。
依頼主に約束された情報提供。契約時に交わされた条件の一つなのだが、最初に得られたのは──
『いい?次に紅い子が貴方の前に現れるなら、早くて明日。あの子の再生時間を稼いでくれた子の働きを無駄にしないようにね』
口頭で伝えられたのは、あの紅い奴の再来を意味するもの。それも早くて明日、つまり今日から。
そして謎も増えた。
再生時間とは何だ?
いや、なんとなくは把握している。つまりは、『アレ』は殺せないということだ。
殺す方法が皆無なのかは分からないが、現時点では殺せないのだ。
「……」
「クソッ」
「くにゃっ!!」
「っ?!」
考え悩まされていると、突然の小さな衝撃。
こちらは大丈夫だったが、相手は目線下で尻餅をついていた。
子供……?
「あう……ご、ごめんなさい、あの……えと」
「あぁ……?いや、大丈夫か」
「おーいリユー──っておや、ゼノじゃないか。こんにちわ〜」
「能天気な……またミナキから逃げてんのか?」
「ま、まさか。この子の付き添いだよ」
「んー、お兄ちゃん、早く行こう?」
「は?」
「あ、ははは。いろいろあるんだよー……じゃ、じゃあね!」
「お兄ちゃん」だと……?
シグは明らかに気まずそうに苦笑いを浮かべ、青いフードを被った子供と共に人ごみの中へと消えていった。
とうとう犯罪者に昇格したか?……もとより普通の法に並べれば皆が犯罪者ではあるのだが。
いや……そんなことはどうでもよかった。
目の前のことをなんとかしないとならない。
邪魔なものは殺せばいい。そうすれば障害は消える。その一般的で非情な論理が通用しない。
これでは敵を目の前にしてなす術が無いのと変わらない。
考えたことのない疑問と謎、壁に、無意識に歩いていた足を止める。
弾は撃つもの……か。
踵を返し、先ほどの老婆の元へと向かった。
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「──けけけ……なんにするんだい」
老婆の笑いをよそに、店のカウンターから小さな紙切れを拾いペンで箇条書きをしていく。
そして、全てを羅列した後、捨てるように老婆の前に差し出した。
「ほぅ、やっぱり弾は多いほぅがいいだろう……?カネはあるのかい」
「『倹約家』だからな。貯蓄があるんだよ。婆さんこそ、用意はできるか?」
「火薬と焦土にまみれた体は死ぬまで欲するンだよ……任せなぁ」
老婆は先ほどとは違った笑みを浮かべ、紙を目から離したり近づけたりして羅列を読んでゆく。
がさつに二つに折りたたみ、手のひらをこちらによこす。
「……ほら」
差し出された手に切手をのせ、それを相手は確認する。
金券というやつだ。
「ヒッヒ……確かに」
「切手になるとまたあの小娘を通してカネを受け取らなきゃならんね……ネジの飛んだのと話すと面倒なんだがね」
ネジが飛んだ小娘とはアマネのことだろう。一字一句間違いはないが、本人は不在のため、反論は返ってこない。もちろん俺も異議を唱えはしなかった。
老婆は切手を受け取ると短く笑い、そのまま奥の部屋へと消えていった。
「物は試しだ……」
そう。やってみなくては、分からない。
やらなくてはならなくて、やらなければ分からないのならば、こうする他ない。
俺もこの場を去ろう。そう思った瞬間のことだった──。




