再起ニ縛ラレシ者3
____コーバスハイウェイ
危険区域から数分後、空になった弾倉に弾を込め直しながら今後の対応を頭の中で練る。
予備の弾薬も無く、これ以上の長期戦は芳しくない。
人外相手など猶更、勘弁してほしい本音を殺しながら、こちらが無事で済む策を模索する。
「大変だね、傭兵さんって」
「あ? お前は……誰だ?」
「ああー、お客さんだよ。いろいろあって同乗中さ」
切羽詰まる状況のなかで助手席の存在に気づく。
振り向くことなく話しかけた相手の顔は見えないが、気配がとても薄く感じる。
陰が薄いというより溶け込む、まるで暗殺者の雰囲気に近しいが同業者だろうか?
「その言い方じゃクライアントの類じゃないだろう?」
「まぁね。ま、自分もバンバン暴れたりする立場なんですけどね」
「そうかよ……。それより、問題はアレだ」
弾込めを終え、銃にマガジンを差し込み初弾をロードし、車のパワーウィンドウを下げる。
車内には気持ちの良い風は入り込まず、突風の音だけが騒がしく聞こえるはずなのだが。
『──イヒヒッ……ハハハッ!シネッ、シネェッ!!』
「耳障りな、奴が!」
聞こえてくる叫び声、数百メートル後方、揺れ動く邪気に向けて牽制射撃をする。とっくに無意味なのは言うまでもなく、ハンドガンでは射程的にも厳しいものがある。
常時動く射線のなか、再びスナイパーライフルに切り替える。
今度は使い慣れた『L96A1 AW』に持ち替え準備する。シグが車に搬入しておいたらしいが、頼んだ覚えはない。しかし迷惑というわけにはならない。同じボルトアクションのものでも手に馴染むコイツなら、調整の勝手は分かりきっている。
反撃の兆候無く、ただ一直線に追随し相手の動きに起伏も感じられない。
少しは疲弊しているのだろうと思ったが、やはり命中を確認しても効果がまるで無いように見えるのは変わらなかった。
揺られる銃身、風、常に変化し続ける車両、すべてを考えようにも相手の弱点が見つからない。果たしてあるのかすら考えてしまう。
仕事をしていて一筋縄ではいかないことはよくある。
それは装備、戦力、環境、挙げればキリのない要因すべてに勝る状況下のほうが珍しいくらいだ。
だいたいにして不利から始まる状況を、一瞬だけ勝てるようにするには経験と労力、土壇場でのリアルラックに縋るだけの余裕がそいつに備わっているかだ。
今この現状での幸運値……?
残念だが微塵も感じられないな。
「ふーん『あいつ』、か……」
「クソ、やっぱり効いてない……てか、なんか言ったか?」
「痛みはダメージを最小限に抑える有効な人体の働き。だけど、アレにはその概念が無いとすれば?」
「どうゆうこと?きゃぁっ!!」
「チッ……ようやく撃ってきやがった」
「つまり単純さ。痛みを感じる必要が無いんだよ」
『アハハハハァッ!!痛クナイヨー?サァ、皆モ撃タレロ〜〜!!!』
「お、追いついてきましたよ!?」
「クッ!走れ!!」
「まかせなって〜アクセル全開で行くよ!」
シグがさらにアクセルを踏み込み、スピードが加速していく。
銃を手放さないよう注意し車内に収め、前を向いたまま話す相手に先ほどのことを聞き返す。
「さっきの話し、詳しく話せ」
「あいつは死なないんだ。本当だよ、痛みを知らない無痛者で、殺戮マシーン」
「他の奴?まさかあんなのが複数体いるのか?」
「まぁ……そんな感じだよね。でも、あれは別格なのさ」
「あれ以上に吹っ飛んでるものはないかって程にね」
だったら、簡単だ……。
再び構え直し、スコープ内のレクティルに捉える。
この通りラックなんて持ち合わせていないんだ。片っ端から狙い潰していく他ないだろう。
「試してやる……!」
「そんな……もうこのまま逃げましょうよ!やっつけても意味無いじゃないですか……」
「だから倒せないってオネーサン、あれはヒトじゃないんだ」
「ヒトでもバケモンでもいい!──いいか、この世界に入ったが最後はやるかやられるかだ。……この単細胞で壊れた楽園ではこれが常だ」
「殺られたくなかったら倒すしかない。理解できないなら黙って事が終わるのを待つんだ」
「黙って見てるなんてできませんよ!!それにこんな危険な世界、理解できるわけないじゃないですか。ゼノさんの考えを全部頷けなんてできない!」
「あーそうかい、じゃ理解しなくていい。何も考えずに目を閉じてさっきまでの様に丸まっててくれ」
「うっ……それこそ私を……あそこで助けなければ良かったじゃないですか。そうすればこんな事……!」
「──君、少し寝なよ」
「ゼノさ……!ん……ぅ…………」
睨みつけていた瞳が虚ろになり、シートにもたれかかる。
薄い布切れを口元に寄せられ先程までの怒りと戸惑いは寝息に変わる。
後部座席に身を出したのは謎の人物。体はこちらに背が向いたままでやはり顔は見えないが、腕を伸ばしルリを眠らせると、ゆっくりと元の位置に戻る。
「やるならどーぞ、傭兵さん」
「いつまで日常側の人間でいるつもりだ……コイツは」
「教えてないの?この人の今の身なり」
「…………だから何だ」
「逆にかわいそうだよ。優しさのつもりならアナタは悪人だ──ねぇ、シグ?」
「そこ僕に振る~?ま、全部自由だからね。ウソでもホントでも僕は見届けるよ」
「やっぱ面白いよ……アナタみたいなヒトは」
「…………」
レクティル中央に映る標的にすかさず引き金を引く。
カーブが少ない直線コースに入り、同時に敵も直線で走る。ブレと風に気をつけ、思い描く弾丸の軌道は脳天ただ一つ。
「ネーネーマダ逃ゲル……ッ──???」
一段と響く銃声が耳元に残る。
即座に素早くボルトを引き、空の薬莢を弾き飛ばし次弾を装填する。
標的は衝撃でバランスを崩し、漆黒に染まるアスファルトに体を叩き付けながら視界から消えていく。
確実に潰した。それで駄目なら、認めよう。だとすれば、この依頼は失敗に終わるわけだ。
死なない。なら納得だろうさ。倒せるわけがない、殺せない。
この目でそれを見るまでは。
「シグ、停めろ」
「いいのかい?」
依頼をただでは終わらせはしない。
これは異常だ。だからこそ確認しなければならない。
このまま逃げれば未完遂だが、それこそ今この瞬間での選択すべき安全策なのだろう。言っていることが本当なら、倒すことはできない。
ただ、自分一人で行く分には問題が無いはずだ。依頼も同じく、コイツが助かっていればいいのだから。
いつもと違う感覚が、誘っているのか奮い立たせているのか、または恐怖かはわからない。わからないほどにあれは危険なものに違いはない。
「あ、その必要はないですよ。代わりに行くんで」
「何だと……?」
「その為にここにいるんだからそうでしょう?」
「そこの眠り姫を任せますよ」
それを抑止する邪魔者もいないと踏んだが、予想外だった。
ルリを眠らせた本人も同じことを考え、あれを任せろといった。冷静にでもなれという事かと思ったがいまいち違うようだ。
「早死は嫌いでしょうし。いいでしょ、それじゃお世話様──」
「待て──お前は」
「知る必要も覚える必要もないと思うんですけどね」
「ま、次会ったらにしてください……では」
「……おい!?」
何者かという質問を適当にあしらい、背伸びをする。
窓を開け、背中から外に出ようとドアの窓枠に腰掛ける。初めて顔を向け、こちらを見た。
「くっ……」
「…………?」
「消えた……?! シグ!」
「バケモノVS.バケモノ。勝つのはどっちだと思う?」
「単純に強いほうかな? 僕たちには分かりっこないけど」
「あいつも……だっていうのか」
「あと少し、飛ばすよ」
突如視界が光り、暗闇に慣れた目は視力を一時的に失う。
まぶしさは一瞬だったが、そこには既にあの姿は消え、車内には冷たい風だけが吹き続ける。
運転席側から窓は閉められ、エンジン音が目立つようになり、力んだ体の力が少しだけ抜けたような気がした。
「……?羽?」
首筋にかゆみを感じ、手で探ると黒い小さな羽根がつままれた。
残ったのは羽。他にもいくつか、後部座席に落ちていた。
見覚えのあるその羽の色は、天使の羽などではないことは確かだった。
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____ハイウェイ某所
『────ゥゥゥゥ?????グ………??』
『ァァァァァァ???!!!ァァァ??』
深い闇空に響き渡る断末魔。
悍ましい獣のような奇声が静寂を汚す。
『ュグググ???……』
あぁ、「あいつ」は反復の役割を持ってる。
反復……
反復は繰り返す。……たとえそれが心臓だろうと頭部でもね。
「さぁ、せめて細切れにしてあげるよ。グネグネにねじ曲がったところですぐに復活してしまうのだろうし?」
「──残念だけど、そこまでにしてもらえるかしら?」
やはり。
これは無敵だ。
でも、これは説明書も保証もない。
使い続ける限りには、もう一人かそれ以上の監視が必要だろう。
そのうちの一人だ。
『No.36、ステータス0%に達しています。リカバリアブル完了までに回収か援護を』
「シンフ……触りどこのないくらいの状態のこの子を触れっていうの?冗談でしょう」
ここまで体が損傷しようと欠損しようと無関係なコレは、いまも折れ曲がった両腕を地面に叩き付け殺気を放ち続け、時折断末魔を上げる。
見るに堪えないものだ。
全身が血まみれで、表情は確認できず。射撃手の命中力は流石と褒めるべきなのか、頭部以外にも四肢はしばらく再生不能だろう。
付近のガードレールは大きく歪み、路面にはその破片、もしくは何かが高速で引きずられたような黒い跡。
へし折れた街灯はチカチカと点滅を繰り返し、その不気味な明滅の下にヤツは死んでいる。
死んでいるのに動いているのが、これほどに奇妙に感じるだろうか。
『では、再起動まで守備してください。ロストは許可できません』
「えぇ。動き出してくれれば回収もできるでしょうよ。せめて足だけでもね」
「邪魔はしないで下さいよ……どうせ、するんでしょうけどさ」
二人。
今は少なくとも二人はいる。感じるのだ。
「そうね。それが命令だから。相手くらいならできるわ」
「それはこっちだって同じ、なんですけどもね」
自分は盾となるべくここにいる。
盾はいかなる障害も通してはならない。
自分は大きな盾だ。薄い紙切れではない。
──自分はNo.54。
相対する片方に属する一つの駒だ。




