紅色の襲来
心地よい風。
少しずつ緑が増え、寂しい地面が一層活気付いてきたころ。
最近は快晴続きだ。
ただあいも変わらずというか、いつもより少し眠いかもしれない。
それも日課に並ぶ日常的なようなものになっていた頃に、転機はいつだって唐突に自然な流れでやってくる。
「ふあぁ……ぅう」
背伸びをした瞬間に襲われる、クラリとした目眩にしばらく硬直する。
そうは言っても、この欠伸と気だるさは何もいま始まったことじゃない。
放課後まで引きずってきたのだから、相当疲れているか、寝不足か。
どちらにしろ、足早に帰路に向かっていたのだけど、実はちょっと寄り道をしていた。
それは──
「ピー」
「うん、そう」
「ううん……うん」
「ピッ……ピー」
「でもね……」
人目につかないようにこじんまりと私、人である「ルリ」は名も知らぬ鳥と普通に会話を交わしていた。
なんとなくの理解で話が通じるのだけど、未だその原因はわかっていない。
校門で待機していたその鳥は、私を見かけた瞬間にスムーズ、且つ自然に肩に着陸。
周りの視線を少し浴びながら、挨拶代わりか2、3回突かれた。結果、離れなくなってしまったので、急遽帰宅方法を徒歩に変えた次第なのだ。
「へー……」
「ピャァッ!」
「わっ!?なに」
いつも通り落ち着いた川音を背景に、橋のへりに寄りかかり耳を傾ける。
以前にも通った場所に近いけど、少し離れた橋……。
少しだけ、まだショックから立ち直れてないのか、自然と避けていた。
そんなことを思いながら聞いていると、鳥は何かに気づいたように姿勢を変える。舞い上がる翼、顔面で突風受け止め前髪もハネる。
何を思ったのかと、こちらも姿勢を起こし飛んでいく姿を追うのだけど──。
「──っ……?!」
頭のなかに頭痛のような痺れが一瞬走る。
ピリッとした感覚。
「ケタケタ……!エヘヘ……へへ」
赤い姿が私の目の前に控えられていた。
「──ククッ」
全てを笑うその表情は、嘲笑うという言葉がその通りだ。
私の目前には赤い、小さな子が特徴的な衣服に身を包み小さく笑い続けていた。
フードで顔ははっきりとは見えず、ユラユラと揺れる。
私の視界も揺れる。
クラクラと、嫌な感じだ。
「ネエ、オネイチャン……フフフッ」
「な、なに……?」
「ツギハ、オネイチャン」
「……え?」
一歩。
姿勢を低く、今にも噛み付いてきそうな威圧感に思考が焦る。
あまり良くなさそうなことは確かだ。
また一歩。顔の半分は隠れていても感じ取れる恐ろしげな表情が、私に恐怖を与える。
──そして。
「オネーチャン、死ーンダ!」
「…………!!」
全部を聞き終わる前に本能が反射する。
走れ、と。
だから走った。
出来る限りの全力疾走で橋を渡りきり、後方を確認する。
「アハハハ!!……待テー」
「はや、くない……!?」
体力に自信は無い。
だからこれが限界だ。
それでも異様なスピードで追いかけてくる追手の手には、歪な形をした剣のようなものを引きずってきている。
まさかそんなものを振り回す気なの……!?
「無理……一体、どうなってるの」
もし追いつかれて、振り下ろされたらどうなるだろう。
あまり考えたくは無い。
それにそんなものどこから……。
勝算が薄れるほど嫌な汗と速い鼓動を敏感に感じる。
「オッワーリー♪オッワーリー♪ギリギリ?ザクザク?」
恐ろしい。
とんでもない……狂気だ。
あがる息を整えようにも、恐怖が邪魔をする。
「はぁ、はぁ……」
気づけば周りは静かで、まるで隔離されたようだった。人の気配は失せ、重い空気が、重圧が意識を削る。
遠のく、歪む視界。
────遠くで、エコーのかかったエンジン音が徐々に聞こえた。
エンジン?
──響く爆音。
橋の方から音と共に現れた、道路に写る影。
車が……飛んでいる。
少し山なりになっている橋で、どんなスピードで走ってきたのだろうか。
その名の通り大ジャンプだ。
上がったものは下がる。
重力はいつも下向きだから。
勢い良く大ジャンプを果たした車は、勢い良く落ちる。
車体は…………派手なバウンドをして着地────したあとに、跳ね飛ばした。
なにを?
目で追ってしまった。
次に舞うは赤。
紅がたなびく。
対象は数メートル先に飛距離を引き延ばし、粗雑に宙を舞ったそれは電柱に激突した。
無機物と有機物が跳ねた音は最悪だった。
「ひっ…………」
車は、跳ね飛ばした衝撃で横転しかけるが、小さくドリフトして回避。私の前でドアが乱暴に開く。
「ぁぁぁああ……最悪だぜ……嬢ちゃんよ」
「──あ、あの時の……」
「……乗りたければ乗れ。特別救済だ」
煙る焦げたゴム臭と辺りを覆う白煙。
奥で崩れる、瓦礫と砂埃。僅かに見えるシルエットはピクリともしない。
運転席の窓から項垂れる姿と、後部座席を大きく開け放つ姿。
見覚えのある人物達に、私は突飛に再会を果たす。
「────なに、してるんですか……」
私は引きつった顔に状況に合わない冷静な応対をして、その場に崩れ座り込んだ。




