交差する夜明け2
突然の奇異な発言にその場の空気がガラッと変わった。
例えて言うなら、熱風がこもった部屋にクーラーの冷気が熱を流すようにサラッと包み込んでいた多湿を霧散させるあの感じ。
俺の場合、それを続けた冷気の末路、悪寒、つまるところ嫌な予感しかしないという意味。
「すぴー…えへへ…──」
……1名を省いて。
そんな中、最初に先陣をきって口を開いたのはミナキだった。
「アマネさんの代わりに…という事ですか?」
動揺気味でもいつもと変わらない敬語口調で、再度確認をする。
「うん、そうだよ?」
至って単純な返答。こちらもいつもの陽気な顔で肯定する。
「ほら、僕も一応傭兵で冒険者だからさ。偶にはカラダを動かしたいなーって思ってね」
「し、しかし…旅団を束ねる立場ですよ?も、もしも死んでしまったりしたらどうするんですか!?」
シグの発言に対し、自粛を促すミナキ。
待て、依頼を受けるのは俺なんだ……それに怪我を通り越していきなり死亡判定。いや、この世界でなら間違ってはない。が、不謹慎だ…自分にも当てはまるから尚更。
「それに…、サポート無しに夜間の依頼は危険すぎます!」
さらに言葉を続けるミナキに、笑顔のままシグの口が開いた。
「質問だけど、それは旅団の存続を心配してるからかな?それとも…」
「違いますっ!シグさんのことが心配なんで…はっ…!?」
その言葉を口にした瞬間、シグの口角がニヤッとした。
「じゃあ~、ミナキがオペレーターね?」
「ぁえっ?!」
自身の失言と更なる可笑しなシグの言葉にミナキは混乱して力の抜けた声をもらす。
「で、でも……」
ここで言葉の勢いがなくなり、急に黙り込んでしまう。
シグはそこだとばかりに、さらに決め文句を続けた。
「僕が死んじゃうかもしれないからダメなんでしょ?なら、僕の命をキミに預けるよ。生かすも殺すも、ミナキ次第さ」
狙ったかのようなセリフを口にし、シグは真剣な顔でミナキを見つめた。逆に俺の顔は死んだような顔をしているだろう。救えねぇ……
「ぅ──わ、わかりました……」
決着はついた。当事者である俺は全く関与せずに勝手に決まった。
しかし、まんまと口車に乗せられたな。ミナキ……
シグはニコッと笑って「ありがとう」と、礼を言った後、
「自信を持って。ね?僕の補佐だし、ミナキだったらできるよ」
どこまでも抜け目の無く、ずる賢いヤツ。
シグの独特な会話術と雰囲気に呑まれ、すっかり丸め込まれてしまった。
スライムみたいに半固形で言動、行動、姿を変え相手を動かす。それがシグだ。使い勝手のいい道具とも言えるその口は幾度となく小難しい法やら策を潜り抜け、いたるところに方策を布いてきた。
ミナキは恥ずかしさを隠すように手に持っていたクリップボードで顔を隠して俯いているがこちらからは、顔があたふたしているのが丸見えになっている。
「どうかしたの?」
「い、いいえ…頑張り、ます……」
シグが尋ねるとミナキはビクッと動き、ボードから少し顔を出して頬を染めながら答える。
シグはうんうんと頷き、
「よし、じゃあ準備しよっか!」
と、いつになく張り切るシグに、肩を叩かれる俺。
ぁぁ……もう帰って寝たい。
「はぁ…」
「ほらほら、夜が明けちゃうよ?」
「俺には選択権はないのか?」
「生活費は?」
「……」
俺の意見は議題に上がる事なく、虚しくもここまで話が進んでしまった。
「クソ…こうなるとは思いもしなかったぞ……」
「曰く付きワンデイってね。平凡な日常じゃ、つまらないでしょ?それに僕もちょっと用事があるんだよね」
「何言ってんのか分かんねーよ──大ばか冒険野郎め……」
口車に乗せられたミナキと共に、俺までシグの思惑に引っかかってしまっている気がする。
あの会話に入らなかったこと自体がそう思える。
ミナキは未だに棒立ち、アマネはぐっすり快眠中。
シグと俺は取り留めもない会話が続き、一抹の不安を抱えながらも時計は0時をまわる。
一日が終わり、次の一日が時計の秒針を刻み始め、
3月24日が始まる。
___BSF施設内武器庫
3月24日、午前0時過ぎ
シグに勝手にパートナーを組まされる羽目になり、ミナキがオペレータに、アマネはぐっすりシグの仕事部屋で寝てる中、夜間任務を受けることになってしまった。
これではもはや、シグに雇われているに変わりない。雇われ損と言っても過言ではない。
「いやぁー久しぶりに外出るなぁ~」
危険と言われてもマイペースなシグ。
一番の不安要素がよく喋り、余計に不安を煽られる。
「あ、そうだこれプレゼントね?」
そう言って武器庫で手渡されたのは、小型の拳銃だった。
「何だ、これ……デリンジャー?暗殺に使う銃だろ」
「そうだよ。一緒に依頼をする記念にね、と思ってさ」
渡されたのはレミントン・モデル95・ダブルデリンジャー。暗殺にはもってこいの超小型の拳銃で、全長12cmほど、装弾数は41口径弾でたったの2発と、何とも心頼りないサイズはポケットにすっぽり収まる大きさだ。
「どうしろと」
「まあまぁ、持ってなって!」
返そうとする手を無理やり押し込められ、仕方なくホルスターの空きポーチに突っ込んでおいた。
それほど気にはならなかったが、果たして使い道があるのかは不明瞭だ。
「暗殺でもする気か」
「依頼のことかい?まぁ、いいじゃん!後で話すからさっ」
「おい……ならこの銃は…」
「お守りさ」
お守りって……安く済まされたものだ。
今回の依頼受注者はシグの為、内容が全くつかめない。挙句、その内容をここでは教えそうにないときた。
俺が予定していた依頼を一応確認するもシグの仕業なのか、受諾期限切れになっていた。結局、勝手に決められた依頼に無理やり連れて行かれることになる始末。
残念ながら当初の予定は既に跡形も無い。
『──チャンネル合わせ完了、聞こえますか?シグさん、ゼノさん』
「あぁ、聞こえる」
「あれ、いつも僕のこと名前で呼ばないのに…」
『─ッ!?プツッ…』
「あはは、黙っちゃった」
「余談はそこまでにしろ……行くならいくぞ。全く……」
へいよーと、軽い返事が返ってきた所で武器庫を後にする。
『ぅ、ううんっ──目的地までは施設内通路が使えます。時間短縮のため途中で車両に切り替えれば人目に付くことは無いと思います……』
「…分かった」
「あ、ゼノ。終わったら泊まってく?」
「頼むからそういうのは終わってから言ってくれ…お前と死ぬのはゴメンだ」
フラグばかり立ててくるシグをわざわざツッコミながら行き先の分からない現場まで足を運ぶ。
傭兵人生の中で三本指に入る賑やかで、それ故危険で中身不明な依頼に向かう。
不安要素盛り沢山の、イレギュラーな午前1時が幕を開けた。




