舵を失った沈没者4
「だ、誰か!!来るなぁぁぁ!!!!」
「なんだ!?」
「……!」
短いバースト射撃の発砲音と男性の悲鳴が上がった後のこと。
無理やりに巻かれたゼンマイは狂ったネジと共に周りのパーツを巻き込んでギリギリと廻りだした。
フユタは声の上がった方へ静かに向かう。そしてその後ろをついて行った私がふと横を見ると、居なかったはずの存在が姿を現す。
気づかないうちに化け物も密かに距離を詰めていて、まんまと化け物の思惑に沈められてた。人間よりあの物体の方が知能が高かったのか、わたしがちゃんと周りを見ていればよかったのか。
もうそんな後悔は意味をなさない。
殺気はわたしに確実な狙いをつけて地面を奇妙な足音とともに襲い掛かってきた。
「いっ……!!」
こんなの…勝てない……!
フユタに助けを求めようとするが、姿が見えない。角を曲がったところで発砲音が聞こえ、フユタも別のモノと戦っていてこちらに気づいていない。あろうことか分断されてしまった。
「うぅ…!」
怖気ついている場合じゃない──
「この……っ!」
頼ってばかりじゃ──
「わたしだって────」
死んでほしくない────
「────傭兵なんだからっ!!」
目の前まで急接近している化け物に向かって叫び、力任せに銃口を向けてトリガーを目一杯引く。
バラバラと次々に薬莢を弾き出して地面に金属の筒が流れ落ち、転がっていく。
攻撃に対して化け物は建物の壁に器用にへばりついて壁を這って回避に徹する。
銃口もそれの動きに合わせて連続で鉛玉を撃ち込むと、今度は壁を伝って建物の屋根に姿を消した。
「どこに……?」
一瞬にして姿をくらまし、上からの奇襲に備えて見晴らしのいい場所に移動しようとした。
地面と壁にはさっき化け物が通った道筋に沿って弾痕が無数にまとまりなく残って、自分の素質の無さを物語っている。
銃自体そこまで命中性能は良くないとはフユタが言っていたけど、やっぱり技量の差はまだまだある。
フユタ達に迷惑をかけないようにする為にも、もっと訓練し────
『しぶといですねぇ~~。しぶといのはゴキブリぐらいにしてくださいよぉ?』
「っ!?」
人の声?フユタでもカイでもない。別の誰かの声が聞こえ、近くを一瞥すると暗闇の隅でレンズのようなものが少ない光で反射した。
「だれか…?」
──────?
急な衝撃に腕が持って行かれる。
暗闇の中からマズルフラッシュが辺りを照らしたかと思うと、金属と金属がぶつかり合ったときの特有の破裂音と、粉々になった金属片が散らばりながら手を離れる自分の銃。
構えていた銃はマガジンが抜け落ちて、発射機構のある部分を打ち抜かれ使用不可能になってしまった。
どこから……!
さっきの場所を急いで見ると、もうそこには誰もいなかった。
あれはメガネ…?なにか光っていたけど……。
「リユーーー!!どこだぁーーー!!!」
フユタの声だ!…とにかくフユタのとこに行かなきゃ。武器も壊されてしまったし、このままだと狙われてしまうだけだ。
─────ベチャ
今度は、なに……?
作為的に仕組まれているのか、窮地はわたしに対して間を空けることなく襲いかかり、死へ誘う。
フユタのもとへ走り出そうとすると、次は影がいた反対側から生々しい粘着質な液体が落ちる音が耳をよぎる。距離はあるけど確実に何かいる気配。
無視をすればそれでいいものを私の体はそれを拒否した。いや、できなくなっていた。
自分では理解できていないほど、私の体は混乱していた。恐怖に負け、見なければさらに怖くなると思うようになってしまい、頭が回避より確認を優先している。
怖いのを知っていながら進んでしまう、お化け屋敷のような感覚だ。
そういえば、お化け屋敷……懐かしいな……三人でコーバスシティーにこっそり行ったっけ。
カイが一番最初に突撃したのになぜか出口を出てくるのは最後だったんだよね。
あれ、おかしいな…なんでこんな時にこんなこと……
わたしもおかしくなっちゃったのかな。
死ぬかもしれない場面で昔の思い出が浮かぶ。死んでしまうから?もう二度とこんな風にできなくなるから?
そんな、こと……
「リユーーーーーッッ!」
「フユ──!」
後ろからフユタの声が聞こえた。でもそれより近い真横に。厳密に言えば真横の空中に化け物がわたしに向かって飛び込み、凶器で切り裂くその瞬間だった。
動きを目で追うだけで見ていることしかできない。そのままアレは怪力を振りかざし、わたしは────
!!!────
何かが切れた音。
切れたのはわたし?
でも、痛くない。痛くない?じゃぁ、き…れたのは────
「───生きるんだ……」
「な……んで……?」
狂った歯車による狂気はネジを壊した。
血飛沫に塗れながらフユタはそれだけを言って地面へ飛ばされた。
「フ……ユタ?」
今の今までわたしの名前を呼んでいたのに……ようやく会えたのに、返事は返ってこない。いつもみたいに笑顔でわたしを見てくれない。ねぇ、どうして……
深く抉られた傷口からは大量に出血し、わたしが駆け寄ってしゃがんだ場所はすぐに血だまりを作った。
怪物は一撃を振りかざした後、再び姿を消した。
どこに消えたのかは分からず、どこからまた襲ってくるのかもわからない。
ただ、今度こそ襲われたらなす術はない。
フユタは建物の壁に叩きつけられ地面に落ちた。本当ならわたしがなってた状態……なのに……
「ぅく……っ」
恐怖に対する限界を超え、その場で涙を浮かべて泣きそうになってしまう。不安は涙を誘い、しまいにはその場で泣いてしまう。
両手を傷口に当てているから涙を拭えずにあふれた涙がフユタの顔に当たる。
『リユ、聞こえるか?手短に言うぜ────』
……!カイ?
耳にかけていた通信機から声が聞こえ咄嗟に助けを呼ぶ。
「カイ!どこにいるのっ?……フユタが、ケガしてっ……それで……!」
『──いいか……こいつら…音や……の感覚が鋭い………特に音……』
「カイ?聞こえる?それにノイズ……」
なんで……通信機の調子が悪いの?ノイズが入り混じりうまく聞き取れない。音?
しばらくノイズは続き、そのまま電源が切れたように何も聞こえなくなってしまった。
そういえばこの通信機、混乱で頭が回らなくて気づかなかったけど、ちゃんと動いてた……?
それによく考えれば、はぐれてしまったときにフユタと通信機を使えばよかったはず。少なくともフユタは間違いなくそうする。
「……ぅグ……リ、ユ」
「……!フユタぁ!」
「怪我はないね……無事で何より……」
「でも、フユタが…!」
「……ん?……これ、俺の、涙……?」
「わたしの、だよ…っく」
顔に落ちた涙を手で撫でて「はは…」と力のない笑みを浮かべて「泣き虫だな……」と言うフユタ。
「ごめん、なさい……フユタ……わたし……!」
「ゴメンな、リユ……」
「なんでっ…!なんでフユタがあやまるの?……な、んでっ……!」
大粒の涙が次々に流れ落ち、血だまりににじみを作る。
フユタの体温は徐々に熱を失い、冷たくなっている。目も虚ろになって、ただ力を感じない手で頭をなでる。
「リ……ユ。これ……持っててくれないかな……」
「……っく……?」
震える手に握られていたのは二つの腕ベルト。
いつも二人が付けていた青い、深海の色。
「……?フユタ……?」
「理由を探すんだ……」
「生きる訳も」
「戦う訳も……」
「忘れちゃ、駄目だよ……?」
「ねぇ!何を言ってるの?フユタ!」
「避けれない運命に呑まれ……ない、で、くれ……」
わたしが最後に見たフユタの顔。
その顔は笑っていた。いつも私を見るときの優しい笑顔で。
「……くない」
「重くない……」
「命なんかに比べたら、全然重くなんかない…」
傍に落ちていたフユタのAK-47を拾い上げる。
「おやすみ、なさい……」
最後にそう伝えた。もういっそこの場にいたい。ずっと……助からなくても。
でも、だめなんだよね。ここにいちゃ。
わたし、行くね……?忘れないから、ぜったい。
何をすればいいのか分からない。でも今は生きるために視界をぼやけさせる涙を拭う。
ベルトをポケットに入れてその場を離れた。
そして必死に探した。
もう一人の大切な人のもとへ向かうために。




