↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才の姉が私の顔を欲しがったので、頭脳と交換してあげました。返してほしい? それ、私の同意が要るんですよ  作者: 空の異変


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

第二話 鏡より、問題集

最初に変わったのは、制服のスカートだった。


11月の終わりの朝、ホックを留めようとして指が止まる。昨日まで余っていた布が、今朝は足りない。


「柚葉、朝からなにもたもたしてるの。遅れるよ」


「いま行く」


安全ピンで留め具をずらして、ブレザーの裾で隠した。


12月に入ると、頬に赤いものがぽつぽつ出はじめる。


洗顔料を替えても、翌朝には新しいのが一つ増えている。


廊下ですれ違った玲香が、私の顔を見て足を止めた。


玲香の頬の線は、先週よりはっきり細い。


「うわ。それ、潰さないほうがいいよ」


親切そうな声だった。


玲香の手には、ドラッグストアの袋がふたつ提がっている。


「お姉ちゃん、それ全部化粧品?」


「そうだけど。なに、あんたも使いたいの?」


「別に」


「だよね。塗るとこ増えて大変そうだもんね、柚葉は」


その晩から、玲香の部屋からは毎晩、メイク動画の音声が漏れてくるようになった。


「ベースは薄く。ここで一回、ティッシュオフしてください」


知らない女の人の声を壁越しに聞きながら、私は去年の数学の問題集を開く。


スマホには、城ヶ崎からのメッセージが一件だけ届いていた。


「今週むり」


先月までは、毎晩三件は来ていた。


冬休みに入るころ、玲香の制服の袖は余りはじめ、私のブラウスは第二ボタンのあたりが引きつれるようになる。


鏡は、あまり見なくなった。


    *


問題集の最初のページには、去年の私の字が残っている。


赤ペンのバツが5つ。その横に、小さく「なんで?」。


二次関数の最大値の問題だ。定義域が0から2までの版なら、去年の私にも解けた。


同じ問題の、定義域が a から a+2 に変わっただけの版。これに去年の私は5回挑んで、5回とも白旗を上げている。


「はい、はじめまして。……今年もよろしく」


シャーペンを持つ。


グラフを描く前に、手のほうが先に場合分けの線を引いていた。


動くのは定義域で、軸は動かない。それさえ見えれば、あとは軸が区間のどこにあるかを確かめるだけだ。


答えを出して、解答のページをめくる。


合っていた。もう一度めくり直しても、やっぱり合っている。


「……え、これだけ?」


声に出してから、部屋に一人なのを思い出した。


5つのバツの隣に、小さく丸をつける。


筆箱から消しゴムを出すと、紙のケースの角が一か所だけめくれ上がっていた。指で押さえても、また起きてくる。


その夜、数学の問題集を二冊、最後まで解いた。


「柚葉、いつまで電気つけてるの。電気代」


「もうちょっと」


翌日、英語の長文を開いて、3行目で止まる。


単語がわからない。


頭の回転がいくら速くなっても、知らない単語は知らないままだった。


古文も同じ。助動詞の活用表は、覚えていない段はどこからも出てこない。


「頭がよくなれば、全部できる」


そう決めつけていたのは誰だったか。私だ。


前提が間違っていたなら、やることを並べ直せばいい。


単語帳を買いに行った本屋で、玲香と鉢合わせた。


玲香の手には、ファッション誌が三冊。


「なにそれ」


「単語帳」


「今さら? まだ勉強してんの?」


「してるよ」


「無駄なのに。あんた、昔から何回やっても覚えられないじゃん」


「昔は、ね」


「……なにそれ。感じ悪」


玲香は鼻で笑って、レジに向かった。


私は単語帳を一冊と、古文の助動詞だけを扱った薄い問題集を一冊、レジに持っていく。


    *


1月の最初の週、変化は終わった。


朝、リビングの姿見の前に、玲香が立っていた。


「お母さん。ねえ、ちょっと来て」


「なに、朝から……あら」


母は菜箸を持ったまま、玲香の横で動かなくなった。


「玲香、あなた……」


「すごくない? これ私だよ」


父が新聞の上から顔を出す。


「見違えたな」


玲香は鏡越しに、廊下に立っている私を見た。


「柚葉も見れば? 顔、大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「ふうん」


「ま、こっちが本来の私なんだけどね。当然でしょ」


私は答えずに、自分の部屋へ戻った。


机の上には、今日の予定を書いた紙が貼ってある。


英単語100個と、古文の助動詞を「らむ」まで。数学の過去問は、大問ふたつだけにしてある。


その紙の端に、クリップで一枚のプリントを留めてあった。


年明けに学校の掲示板から一部もらってきた、湊南(そうなん)大学図書館の一般利用案内。


「高校生の方も、生徒手帳の提示で利用登録ができます」


開館は平日の夜9時まで。利用登録の窓口は、平日の夕方6時で閉まるらしい。


3学期が始まったら、どこかの放課後で行けばいい。


プリントを留め直して、英単語の1個目に取りかかる。


夜の11時。予定の最後の行に線を引いて、私は机の上を片づけはじめた。


消しゴムのかすを手のひらに集めて、ゴミ箱の上ではたく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。