2話 婚約
「グロリアとしての人生をやり直せるなら、今度こそ幸せになりたい」
というわけで、私はバッカスとの婚約を避けようと頑張った。家族を説得し、他貴族達を誘導し、私はバッカスの婚約者にならないようにした。
そして、バッカスは伯爵令嬢エミリーと婚約した。これでよし。そう思っていたんだけどな。
「俺はグロリアと婚約したかったんだ。なんでグロリアは俺から逃げようとするんだっ。俺はグロリアのことが好きなのにっ」
学園の昼休みに、バッカスがそんなことを言いながら追いかけてきた。なんでだよ。意味不明なんだけど。
もしかして、あれかな。バッカスは手に入らないものにはこだわるけれど、手に入れたら飽きる的な、そういう性格なのかな。二つ前の前世で例えると、ソシャゲのガチャを回すことは楽しいけれど、キャラを入手したら熱が冷める的な感じの人なのかもしれない。
「バッカス第一王子様には、エミリー様という婚約者の方がいます。ですから、私が邪魔することはできません」
私はきっぱり言って断る。これでいい。
バッカスはショックを受けたのか、急激に青ざめていった。そんな顔できたんだな。
「俺はエミリーにもう飽きたんだ。今の俺はグロリアのことが好きで仕方がないんだよ。だから、グロリアは俺を選んでくれ。じゃないと、俺はもう無理だ。グロリアが望むなら、エミリーに罪でも着せて殺すから。頼む」
バッカスが切実な様子で言ってくる。すごく嫌なんだけど。
だって、バッカスの危険な性格を、私は知ってしまっている。今世でもバッカスは浮気性だし。バッカスは冤罪を作り出すことにも、処刑にすることにも、一切ためらいがない。
そんなバッカスが怖くて仕方がない。すごく冷たいけれど有能と言われる第二王子の方が、まだマシなんじゃないかとさえ思う。
「いいえ。私はバッカス第一王子様を選ぶことはできません」
こちらの思いをしっかり伝えていれば、バッカスも諦めるだろう。そう思っていた。
でも、バッカスが泣き出しそうな目をしつつ、制服のポケットから何かを取り出した。もしかして、あれはナイフだろうか。
学園の生徒が刃物を持つことなんて、間違いなく禁止されているはずだ。でも、バッカスは第一王子だから優遇されているし、武器の所持も特別に許されているのかもしれなかった。
「許せない。俺はグロリアのことが好きだと言っているのに、グロリアは逆らうんだなっ。グロリアが他の男に取られるくらいなら、今ここでグロリアを殺してやるっ。グロリアの浮気なんて許さないっ」
バッカスの発言はおかしい。なんで私の浮気を心配しているんだ。
「浮気も何も、まず私は誰とも付き合っていません」
とりあえず、冷静に返事したけれど。まずかっただろうか。媚びた言葉でもかけた方がよかったかな。
「うるさいっ。グロリアが他の男とくっついたら、それは浮気なんだよっ。だって、グロリアは俺と恋愛すべきなんだからっ」
バッカスの発言が理解できない。今の私は、バッカスの婚約者でもないし、恋人や愛人でもない。そもそも、バッカス自身は浮気しまくるのに、他人には一途を強要するのか。
「いえ。そんなことを言われましても」
私は否定しようとして、後悔した。バッカスが飛びかかってきて、ナイフで刺してきたからだ。
すさまじく痛い。でも、疼痛なんて我慢しなきゃ。走って逃げなきゃ。
でも、ふらふらしてうまく進めない。まずい。大量出血で死にそうな気がする。血を急激に失っていくからか、ひどく寒い。震えが止まらない。
「あははははっ。死ねっ。死んでしまえっ。これでグロリアは俺のものだっ」
バッカスの絶望したような叫び声を聞きながら、私は倒れてしまった。ああ、自分は失敗してしまったんだ。一体どうすればよかったんだ。
そして、私の意識は遠のいていった。そのあと、私はきっと亡くなったのだと思う。
気がつけば、私はグロリア侯爵令嬢としてまた生まれ変わっていた。この人生をまた繰り返さないといけないのか。
「バッカスにもう殺されたくない。怖いよ」
そう呟いてしまう。私が生き延びるためには、一体どうすればいいのだろうか。




