転職とは 2 売られた喧嘩は買うタイプ
二日後の水の刻より半刻早く。
俺はグリンベルク王立学院の会議室にいた。
初めて足を踏み入れた学院の重厚で格式高い佇まいに、俺は背筋が変に伸びて腰が痛くなった。
森の土で泥だらけの靴底を見てぐりぐりと入口の床に擦り付ける。
広い室内には、ところ狭しと受験者が緊張した面持ちで座っていた。ざっと見て50人。厳つい軍人みたいなやつから賢そうなご令嬢まで、年齢はバラバラだがみな小綺麗で金持ちそうだ。
俺が部屋に入った途中、何人かが鼻を押さえた。
視線が俺に集まる。
……臭いのか?
眉根を寄せて口元に扇をかざすご令嬢の冷たい視線に、俺は思わず今日着てきた服の匂いをくんくん嗅いだ。
広げた扇の扇面に描かれた大ぶりの金色の花が壁みたいに視界を隔てた。
「場違い」
そんな言葉が頭に浮かんだ。
あー、ライモンドには悪いけどこりゃダメだ。
さっさと試験を受けてまた職を探そう。
俺は試験が終わったあとのことをもう考えていた。
はたと受験者の一人と目が合う。
べったりと整髪料で髪を撫でつけ、高いですと言わんばかりの服装をしたヒョロヒョロの男。神経質そうな顔と人を見下したような目つき。
少しクセのある甲高い声が部屋に響いた。
「この歴史あるグリンベルク王立学院の教員試験会場に随分場違いな方が座ってますね」
そいつは俺を見て鼻で笑い、カツカツと靴底を鳴らし近づいてきた。
「ヴィルヘルム・マルサンカークだ」
「あのマルサンカーク魔法工科大学の理事長の息子の?」
「ああ、院も首席卒で、先日のマルサン論文も金賞だった」
その男が動くと周りが小さくざわめいた。
神経質そうな男は、周りの羨望にニヤリと頬を上げた。
「清掃員の応募はここではないですよ?」
「――貧民さん?」
その瞬間、室内にどっと笑いが起こる。
自分の持っている服の中でも一等綺麗なものを着てきたつもりだった。けれど、どうやら俺は相当浮いているらしい。笑っているのは貴族だろうか。平民らしき数名の受験者が同情したような目で遠巻きに見ている。
住む世界が違うやつら。
もう絶対、会うこともない。
だからだろうか。
考えるより早く口が動いた。
「着てるものや持ってるものの《《お高さ》》で筆記試験の点数が決まるんだったらアンタはたしかに満点かもしれないな。けど、もし俺が受かってアンタが落ちたらホント大笑いだ。いま笑ったやつもね。中身が《《お安い》》ってバレちまう」
べったりヒョロ男と先ほどまで俺を笑っていた者たちが血相を変えた。生意気な貧民め、と俺の周りを取り囲む。俺も自棄っぱちで睨み返し一触即発な重い空気が会議室に漂う。
その空気を打ち破るかのように会議室のドアがばたんと開いた。
「君たちは何をやっているんだね?試験が始まるから席に着きなさい」
試験官の言葉に、驚くほどあっさりと俺を取り囲んでいた者たちが席に戻っていった。悪い印象を試験官に持たれたくなかったのだろう。
べったりヒョロ男も俺に憎々しげな視線を這わせたのち席に着いた。
本当に胸糞の悪い、クソったれだ。
腹の底から、ふつふつと静かに湧き上がる熱を感じた。
クズ魔石だって使い方次第で高級魔石の何倍も魔気を取り出せるんだぞ。
始めという合図とともに試験が始まった。




