三角四角の始めと終わり2
「ブルーメ、今日は遅くなるのかい?」
銀の突き匙亭の女将マルタが、水で濡らした手で熱々のコーメを次々と握っていく。
昼の新メニュー、コーメ握り定食を始めて三日。
いまや昼の看板メニューとなりつつある。
「今日はすぐ帰れると思う。たいした用でもなさそうだし」
俺は包んで貰ったコーメ握りを懐に入れて歩き出した。
あの魔気災害から五日。
学院から急な呼び出しがかかった。恐らく、災害の聞き取りだろう。
正直、あの日のことははっきりとは覚えていない。
面接を受けて、気づいたらやけに疲れていて樽電池にもたれかかって寝てしまった。
夢か現かよくわからない記憶が、途切れ途切れに頭のなかに残っていた。
「おい、そこの銀アタマ」
「……なんだよ赤アタマ」
学院の校門で無遠慮な中低音の声に呼びかけられ、俺は言い返した。
声の主である赤銅の髪の男は可笑しそうに笑った。
「お前も呼び出しか?俺もだ」
そう言ってレオンハルトは勝手に隣に並ぶと、そのまま歩き出した。
会議室に着くと、学院の関係者と思しき面子がズラリと勢ぞろいしていた。
そのなかには面接の試験官だった者たちや、ライモンドもいた。
「今日君たちを呼んだ理由は、二つある」
場の中心に座る、金縁眼鏡に学院の紋章の入った紺帽子を被った少し小太りの男性が口を開いた。
「まず、レオンハルト・アイゼンフェルト。今回の採用試験を准教授採用で合格とする」
レオンハルトは当然のことだといった表情のまま、貴族らしい優雅な立ち居振る舞いで礼をした。
「――そして、ブルーメ・クンツェ。君は、一年の試用期間付き講師として採用することに決まった」
「……へ?」
言葉の意味が理解できず、しばらくキョトンとしていた俺をレオンハルトが小突いた。
ぱちん、と魔気が走ったように瞬きする。
「え、えーー!!俺が、講師?!何かの間違いじゃなく??!あ、ありがとうございます。いてっ」
慌ててお辞儀をしようとした俺は、よろけてまた椅子の脚に脛をぶつけてしまった。
その慌てふためく様に、場にいた者は苦笑いしつつも面接をした時のような目で見る者はいなかった。
「そして二つ目。今回の魔気災害だが、箝口令が敷かれた。あの日学院内にいた者全てにだ。君たちも他言無用として欲しい」
レオンハルトの眉がピクリと動く。
「公式記録は、実験中の魔気暴走事故として処理することとなった」
「……あれほどの未聞の災害を、ただのB級事故にするつもりですか?」
レオンハルトが冷ややかな目を向けた。
「真実を公表すれば、王都が混乱に陥る。そして、原因究明が難航している。今回の魔気災害は、単なる樽電池の過剰同期が原因ではない」
「――わからないから、外に出せない、という理由ですか?」
それはあまりにも――
レオンハルトがそう続けようと息をスッと吸い込んだ。
「そのために、貴方たちがいます」
いままで黙っていたライモンドが、そう言って口元だけで静かに笑った。
その二つの翡翠には、講師に採用されたことで頭いっぱいの銀の花が映し出されていた。




