今日は本当に良い天気
「あら?魔火コンロが止まっちまったよ」
銀の突き匙亭の女将マルタはコンコンと指先でコンロを弾いた。
「いま王都全体が大規模魔気障害なんだとよ。復旧作業中とやらで仕事にならねえから、俺も今しがた帰って来たんだ」
常連客の一人がそう話しながら、エールグラスに片手を伸ばした。
「ふうん、夜の営業までに直るといいけどねえ。ブルーメは今ごろ頑張ってるかねえ。それにしても、今日は本当に良い天気さね」
そう言ってマルタは抜けるような青空を見上げた。
◇
中央公開実験場は、重い空気に妙な静けさ、暑さと寒さが同時に広がっていた。
かろうじて残った魔気灯が不規則に点滅している。
点滅するたびに実験場の影がゆっくり伸び縮みしていた。
12基の樽電池はその中央で赤く光り、低い唸りがまるで脈動のようだ。
室内は凍えるほど寒いというのに、レオンハルトの額からは汗が噴き出ていた。
不気味なほどの静寂のなか、樽電池の唸る音だけがくっきりと響く。
天井が異様に遠い。
レオンハルトが辺りを見回すと、実験場の片隅で頭を抱えガタガタと震えている金髪の若い男がいた。
「お、俺は悪くない…設計も予備実験も、こんなことにはならなかったんだ…!」
こいつはアンゲーベン商会の、確か――。
「あ、ああああ貴方は!アイゼンフェルト家のレオンハルト様!た、助けて下さい…早くしないと、爆発してしまう」
レオンハルトと目が合うと、イディオットは両手で床を掻くように這いながらレオンハルトの脚に縋り付いた。
「落ち着け。イディオット・アンゲーベン。何が起こった?境災班はどこだ?」
イディオットが涙と鼻水を流しながら必死な形相で口を動かした。
「さ、最初は正常だった。同期率が90を超えた辺りから、おかしくなって。波形が、全部揃って…!周波数が、学院の固定周波数に近づいて」
「動力魔石が建築固定式と共振だと…?ありえない。境災班は…おそらく外周か。中心まで入れていない。実験場を封鎖するので精一杯だろうな」
レオンハルトは銀色を視線で追った。
青紫の瞳は、赤く脈動する樽電池を静かに眺めている。
その隣で試験監督長がうっすら笑っているのが見えた。
「さて、どうするか」
レオンハルトは銀色を視界に収めたまま思考を巡らせた。
おそらく、あまり時間はない。




