ヤッタローの初稼働 食堂魔工具その3
「ヤッタ…ロー?変……いや、あんまり聞かない名前だねえ」
女将さんが気を遣った様子でしどろもどろ答えた。
ブルーメはそんなことなど構いもしない。
「試しにその鍋蓋を開けて、昼休みに賄いで使った皿、全部入れてみてください、女将さん」
どこか誇らしげなブルーメに女将さんは目をぱちくりさせながら、テーブルの賄いの皿をガチャガチャと重ね始めた。
蝶番で樽に留められた鍋蓋は、開けるとギィと少し重い音を立てた。
「あら、ザルの網が入ってるのかい。ちょっと前にダメになった蒸し器の中皿も。…これはコップも入れていいのかい?」
もちろんとブルーメが頷くと、女将さんは樽の中を覗き込みながら皿やコップをドンと入れる。
ブルーメはバケツの水を2杯、樽に入れガチャンと蓋を閉めた。そして鍋蓋につけた不格好な手作りの掛け金をくるんと回すと、木樽に括られた針金に引っ掛けた。
「水はそれだけなのかい?それになんだか金具が取れそうだねえ。もっときつく締めなくてもいいのかい?」
「水は最初だけ入れたら後は循環するんで。あと金具はきつく締め過ぎると却って壊れるんですよ。振動は逃がした方がいいんです」
不安げな女将さんの様子そっちのけで嬉しそうに語るブルーメ。
ふうんと女将さんが不思議そうな顔をしたまま、ヤッタローは動き出した。
ブゥン…
低く唸るような音がする。
そこにすぐ別の音が混じる。
ジジジジ……パチパチパチ…!
サブンッ!!バシャッ!!!ギィィーン!!!!
「だ、大丈夫なのかい?!凄い音がしてるよ、ブルーメ」
「大丈夫ですって。まあ待っててください。いま魔気泡で汚れを落としてるところなんで」
水が大暴れするような、聞いたこともない音に慌てる女将さん。ブルーメはその隣で鼻歌まじりに涼しい顔をしていた。
そのうち音は小さくなり、ポタポタと水の落ちるような音が聞こえると、今度はゴォと巻くような低い風の音にヒュウゥ…と鍋蓋から漏れる細い音。
最後に蒸気が蓋の端の逃げ道から細く立ちのぼると、ヤッタローは静かに動きをとめた。
それは、たったの3分の出来事だった。
ブルーメに促されて女将さんがそろりと鍋蓋を開けると、ほんのり温かい空気と、甘さと青さの混じった森のような香りが流れでた。
「皿もコップも水滴1つなくピカピカじゃないか!」
触ればキュッと音がしそうな綺麗な食器が樽の中から現れたことに、女将さんは興奮しながらブルーメを見た。
ブルーメは満足げに頷き、口の端を上げる。
「1日バケツ2杯の水と一掴みの砂。これで皿洗いから乾燥まで終わります。」
そして思い出したように付け足した。
「あ、1日の最後に樽の真ん中の樋からゴミがでるのでそれは竈の燃料にでもしてください。乾いてるからそのまま使えますよ」
炭だらけの顔で、得意そうにブルーメがぽんと樽をたたく。
銀の突き匙亭に新しい名物が誕生した瞬間だった。
そして、その奇妙な音をたてる不格好な木樽の話は、「たったの3分で皿をピカピカにする樽」として、またたく間に街中に広がっていった。




