勇者
神の御力ってのは、そりゃあ神々しいものでして。
ええ、そりゃあもう立派な光で。
え?どんな光なのか、ですかい?
黄金の光でさあ。
そりゃあ目も眩みそうなほどの輝きでねえ。
ただですねえ、その力を見るたび、あっしは思うんでさ。
ああ、神も、人間も、同じなんだなって。
黄金の輝きってのは、言ってみりゃあ、あっしらが命より大事にしている金――黄金と同じじゃねえかって、ふと思ったんでさあ。
それからは、神ってのが、どうにも俗物にしか見えなくなりましてねえ。
あっしらが大好きな黄金と同じようなものを見せれば、馬鹿な人間は餌を前にした野良犬みたいに引っ付いていく――そう、神様が思っているようにしかみえないんでさあ。
そう考えると、妙に納得しちまいまして。
今では、この言葉を気に入ってやす。
いや、別に理由はないんですがねえ?
『神のご加護も、金次第』
どうです?いい言葉じゃあないですかい?
「灰かぶり」商人セン
持つ者と、持たざる者。
この両者は、搾取する者と、搾取される者でもある。
それは、私が生まれた時から当然のものとして存在した。
当たり前にあった住居。
当たり前にあった食事。
当たり前にあった衣服。
朝起きたら食事が用意してあって、それを食べるのが当然で。
親に甘えて、先生から色々なことを学んで。
少しづつ人や、学ぶ内容は変わっていったけど、具体的に何がどう変わったかというと、さして気にしたことがないというのが私の記憶だ。
別にどうということもない、幼い頃の思い出。
それが、今から10年程前の思い出だ。
そして、根本は今も何も変わってはいないと思う。
自分は搾取する側であると。
しかし、思うのだ。
――――自分は、搾取する側にさせられているに過ぎないのではないかと。
「あ・・・」
か細い、消え入るような声が私の耳に突き刺さる。
絶望に染まりながらも、わずかの希望に縋ろうとするその姿が、私の胸を締め付ける。氷の剣に直接心臓を貫かれでもせねば、これほどの痛みはしないのではないだろうか。
「・・・爺。これは、本当に必要なことなのか?」
「もちろんでございます、坊ちゃん。あなたに必要なことだからこそ、私はあなたになさって欲しいのです。」
真剣に問うたつもりだが、爺はにこにことした表情のまま、態度を変えない。禿頭が印象的な老年の男だが、その面の厚さと、肝の太さは未だに底が見えない。
「坊ちゃんのために、特別に用意した亜人です。手間がかからないように、仕込みも十分にしたのですから、是非やるべきことをしていただかねば」
「・・・」
私は、か細い声を発した者を――――幼い亜人の奴隷を見る。
本当に、小さい。10になるかならないといったところだろうか。
肩口にようやく届く、栗色の髪。
愛らしい容姿。
子供らしいくりくりとした瞳は、きっと輝かしいばかりの純粋さを誇っていたのだろう。
――――その耳が、獣のものでなかったならば。
恐らくは猫型の獣人であろうか。
そう推測したのは、はっきりとしなかったためだ。
猫型特有のピンとした耳――はなく、その半分ほどの大きさの耳らしきものが乗っかっていた。
色と半端な形からの推測では、はっきりしない。
恐らくは刃物で切られたであろう傷跡は、いまだ完全には塞がっていない。薄皮が覆うのみで、痛々しさが募る。
だがそれすらも一部でしかない。
少女の全身に刻まれた無数の傷跡と、火傷の痕。それらと比べれば、これはほんの一部なのだ。
柱に鎖によって縛り付けられてた少女は、身動きすることも許されず、ただ呻く。
私には、わからない。
「坊ちゃん。あなたに足りないのは、覚悟でございます。なるほど、確かにあなた様は優秀だ。幼い頃より受けた英才教育は、遺憾なく成果を発揮し、先代より引き継いだ名門ランカスターを、見事に束ねていらっしゃる。」
爺が、わかっておりますとばかりに私の肩を掴んだ。
長年共にいた爺の手は暖かい。
触れられるだけで、安心した。――昔は。
「領主というものは、とてつもなく重い重責を担っています。支配する者には、様々な特権が与えられます。それは何故でしょうか?特権とは、当たり前のものではありません。領土を奪おうとする侵略者たちのために、その身をもって民を守ります。民のために法を敷き、道路を造り、治安を守るための部隊を作ります。あなた様が敵に屈したその時、それは名門ランカスターの終焉を、引いてはあなたを支え、祭り上げた人々を裏切ることになるのです。」
「・・・しかし」
「覚悟といっても、色々あります。私には、坊ちゃんはランカスターを、領土を守ろうという意志はあるだろうと感じます。ですが――決定的に、最も大事な覚悟が足りていない。それは、命を奪う覚悟でございます。」
私には、分からない。
これが、必要なのか。
本当に、大事なことなのか。
「命を奪うという意味を知りなさい。命という価値を知りなさい。それが、支配者に求められることなのです。」
そういって、爺は腰にさした短刀を渡しに手渡す。黙って受け取り、私は少女に目線を向けた。
微かに少女は視線を動かすも、それ以上にこれといった反応は示さない。
例え、鎖に縛られていようとも、抵抗くらいはするのではと思った。
しかし、気付いてしまった。
いや、気付きたくなかったのだろうか。
彼女の両手足の先端――手首と足首から先が、存在しないことに。
「爺、この子の四肢は――」
きっと、今の私は間抜けな顔をしているのだろう。
自分でいうのも何だが、確信が持ててしまった。
まともに言葉も言えないのだ。当然だろう。
そんな自分に、吐き気がする。
「おお、そのことですか!これも、坊ちゃんのためを思いましてなあ。万が一にも坊ちゃんに危害を加えるような事があってはならない故、このような措置をとらせていただきました。」
にこりと、爺は微笑んだ。
「さあ、坊ちゃん。この亜人を殺しなさい」
分からないんだ、私には――――
◇
神剣の輝き。
それは、全てを呑み込み、浄化する希望の光。
世界を在るべき世界へと導く正義の象徴。
黄金の輝きは大地を覆い、空まで届き、世界を金色の輝きに染めた。
神剣は、ブリュンヒルデにとって絶対的な信頼を寄せるものであり、事実ルマヌシュ神に賜ってより、幾多の人外を『浄化』してきた。
神の御光に抗えぬものはなく、故にルマヌシュ神の偉大さに疑いの余地などなく、人々は至高神を讃える。
――――はずだった。
「くは・・・ぎゃっぎゃ。こいつは効いたぜぇ」
光が消えた時、声と共に現れるは、血塗れのダラン。
一際大きな巨体と、人間ではあり得ない暗緑色の鱗。
異様な邪気を纏った二振りの大鉈が、その異様さに拍車をかける。
ブリュンヒルデは、驚愕とともにリザードマンを見た。
何故生きているのかと。
浄化の光を受けて、何故立っていられる?
ところどころ鱗が剥げ、全身から出血してはいるものの、リザードマンの四肢は健在だ。気力も衰えることがなく、いやむしろ覇気が増した感さえある。
ずん、とダランは大鉈を地面に突き刺す。
それだけで、地面が揺れた。
魔的なものだとは思っていたが、あれは――――
「神剣――ヴィア・ムルタムと言ったなぁ。くはっ、今まで祝福された奴らは山ほど見てきたが、お前みたいな奴は初めてだ。随分とルマヌシュに好かれているんじゃねえか?」
心底楽しそうに、ダランは言葉を発する。
心地いい。
この焼け付く痛みすらも、快い。
「こんどばかりはぁ、こいつに助けられたぜ。」
そういって、ダランは大鉈を頼もしそうに見つめる。
爬虫類そのものの顔なので、「恐らく」としてか言えなかったが、少なくともブリュンヒルデにはそう見えた。
「・・・あり得ない。何をあなたはしたのです?神剣の浄化に耐えきるなど。いや、違う。その鉈は何なのです?」
ブリュンヒルデは感じていた。
神の顕現に等しい浄化の光が、呑み込まれていくのを。
金色の輝きが、消されていくのを。
そして、同時に見たのだ。
鉈から発する邪悪な波動が、闇に染められたような、いや闇そのものの「何か」が迸る姿を。
ぴしりと、ブリュンヒルデは神剣の刃先をダランに向けた。
「答えなさい、穢れた亜人よ。一体、何を殺したのです!?」
それは、悲痛な叫びだった。
神の力に抗しうる力。
呪物となってなお耐える力。
それは――いや、そんな馬鹿な話が――――
「ぎゃっぎゃ、さぁてなあ。色々潰してきたからいちいち覚えちゃいねえぜ。」
ダランは、再び鉈を手に持ち、無造作に構えた。
「そら、どうした、こいよ戦女神。何をぼさっとしてやがる。目の前に亜人がいるんだ、ならやることは一つだろう?」
俺の息の根を止めたいんだろう?
その言葉に、ブリュンヒルデは微かに顔を強張らせた。
「・・・いいでしょう。あなたが何をしたのか分かりませんが、邪悪な事に変わりはありません。あなたを下し、この終末の世界から解放して差し上げます。」
「邪悪だとか、解放だとか言っている時点でずれているんだがな。――まあ、いいぜ。突っ立っていてもつまらねえだろう?来いよ、遊んでやるぜ、『女神様』?」
「――――!!」
返答はなく、代わりに端正な顔立ちに憤怒を浮かべ、ブリュンヒルデは決意を新たに神剣を握った。
この亜人は、危険すぎる。
なんとしても、この場で浄化してみせると。
「懺悔は、あの世でしてください。残虐なる亜人よ――!!」
「ぎゃっぎゃ、いい顔だ!そそるねえ!!」
黄金の魔力光に包まれたブリュンヒルデと、邪悪なる魔力に満ちた大鉈を手にしたダランは、互いに真正面からぶつかり合う。互いの莫大な「力」が激突し合い、大地を揺らした――――
◇
二振りの大鉈は、生き物かのようにしなやかで変幻自在の軌道を描き、ブリュンヒルデを屠らんと牙を向く。対するブリュンヒルデが手にするは、神剣とはいえ、形状そのものは至って普通の直剣。質量に大いに差があり、体格の差は言うまでもない。
では、ブリュンヒルデが屠られるのは宿命か。
否
その常識を覆してこそ、神に賜りし神剣――――!
ヴィア・ムルタム、『大いなる旅路』という名の神剣に込められた莫大な魔力は、その持ち主たるブリュンヒルデに対しても、多大な恩寵を授ける。筋力の活性化に伴う敏捷、筋力、持久力の上昇を促し、体内活力の充実は、動体視力の上昇と、恐怖心の軽減、闘争心の向上を促す。それでもなお有り余る魔力そのものが身体機能を補助することにより、万夫不当と呼ぶに相応しい力を獲得することに成功している。さらに神剣の御名を解放することにより発動する光の波動は、触れるもの全てを『浄化』する。まさにルマヌシュ神の顕現に等しき力を持つのだ。
人間という枠を超えたブリュンヒルデは、その勢いのままにダランに迫り、剣を振るった。激情に駆られた剣は、透き通るような流麗さこそないものの、天の業火のような苛烈さを誇り、敵の首魁を屠らんと攻め立てる。
神の加護を、寵愛を一身にうけたブリュンヒルデには、如何なる悪鬼も抗しえないのか。
否。
その全てを打ち砕いてこその、血塗れのダラン――――!!
鋼鐵。
それが、ブリュンヒルデがダランに抱いた感触。
如何なる強大な物理的防壁も、どのような魔力障壁をも打ち破ってきた神剣をもってしても、未だに打ち破れぬことに、敵の尋常ならざる堅さにブリュンヒルデは瞠目した。
こちらの方が、間違いなく速さで上回っているはずなのに、破れない。
速さでは勝っていると言うのに、届かない。
疑念は動きを鈍らせる。
観察力すらも曇らせる。
ブリュンヒルデは気付かなかった。
一合い、また一合いと剣を交えるたびに、ダランが凄惨な笑みを浮かべていたことを。
ダランの手にする大鉈の、漆黒の澱みが拡散し、浸食しようとしていたことを。
「――――!?」
『それ』に気付いたのは、優に百合いはしたという時。
攻めども攻めども崩れない敵に痺れを切らし、今一度御名の解放をしようとした際だ。
体が、重い――――?
異様な脱力感と、体の痺れを感じ、ブリュンヒルデは動きを止めた。
そして、輝きが澱みつつある神剣を目にする。
「ぎゃぎゃ、流石だな。『こいつ』は大飯喰らいなんだが、これだけ喰らってもまだそれだけ余力があるか。神剣というのも伊達じゃあねえな。」
楽しげにいう亜人を前に、ブリュンヒルデは再度驚愕する。
敵の異様さ。
今まで出会ってきたものと比べても、桁外れの規格外という事実。それが、ブリュンヒルデの激情を鎮める。
「さて、こんどはこっちの番だ。」
楽しませてくれ。
大鉈が、振るわれる。
心底楽しげに、興奮のためか、その双眸を血走らせながら。
その巨体を、その重量を、遺憾なく利用し、ダランは大鉈を振るった。
その様はさながら血に飢えた野獣。
されども確固とした技量を備えた、狡猾な獣。
手にした大鉈は小枝のように軽々と振るわれ、獣のようにしなやかな動きをもってブリュンヒルデに迫り来る。
一合
左横に切り払われた大鉈を、ブリュンヒルデは神剣をもって受け止めた。
その一撃の重さに、骨が軋み、風圧をもって視界が歪む。
二合
がらんどうになった右横に、もう一振りの大鉈が振るわれる。
視界が歪みながらも、反射的に伏せ、直撃を回避する。
三合
上段からの振り下ろし。
神剣をもって受け止めるも、返す刃をもって再度剣を叩き、ブリュンヒルデの体は仰け反らされる。
もはや、一方的な展開であった。
血に狂ったダランの猛攻は、止まることがない。息継ぎもなく、脅威的な破壊力をもって振り下ろされる大鉈の直撃は、ブリュンヒルデの加護を打ち破る。
刃が交わるたびに、ルマヌシュの御力は奪われていき、体は重しをつけられたかのように鈍くなる。
「ぎゃっぎゃ!ルマヌシュの『至高神様』に頼みっぱなしだからそうなんだろうがぁ!」
ダランの奏でる剣舞の嵐は、もはや止まることがない。
膠着はとうに破れ、ブリュンヒルデはただ後退し、辛うじて攻撃を流しながら耐え凌ぐのみ。
だが、そのような状況がいつまでも続くわけもない。
疲労の末に、ついにブリュンヒルデの力が抜ける。
その隙を、ダランは容赦なく突いた。
神剣はあっさりと弾かれ、追撃をかけたもう一振りの大鉈が、ブリュンヒルデの右腕を切り払う――!!
血飛沫と共に宙に舞った腕を、ダランはつまらなそうにみた。
終わりだ、戦女神よ。
最後は呆気ない者だが――それも戦だ。
人間にしては上出来よ。
返す刃をもって、ブリュンヒルデの首を断ち切らんとしたその時――――強大な魔力が突如立ち上る。
反射的にダランは背後を見る。
ブリュンヒルデを断ち切らんとした大鉈に、強大な魔力を秘めた光弾がぶつかり、一瞬ながら動きを止めた。
光弾が放たれた方向にいるのは、一人の人間。
まだ若いだろう。黒髪黒目の、見慣れぬ服を着た10代後半であろう少年は、傲然とした様子でダランを見据えた。
「――――っけ、化け物が。調子乗りやがってよぉ。」
つまらなそうに、少年は髪を掻く。
「ブリュンヒルデさんよ。下がってな!!この化け物は、俺の獲物だ!!」
「いけません・・・勇者様。」
片腕を失いながらも、ブリュンヒルデはよろよろと立ち上がる。
祝福のおかげか、出血は抑えられているようだ。
「まだ、あなたには早すぎる。召還されて間もないあなたでは、その悪鬼に立ち向かうには――――」
「んなことぁどうでもいいんだよ!!」
傲然と少年はいった。
それが、当然であるかのように。
「気にいらねえ奴が、俺の好いた女を殺そうとしている。それで戦う理由なんざ十分だろう!?」
ダランは、少年を観察する。
やたらと派手な動き。無駄に溢れている。
戦士ではない。魔力の扱いも粗末なもの。
だが、その身に宿った強大な魔力が、ダランは僅かに逡巡させた。
実力に見合わない幼さ。
その原因は、何にある?
「おい、化け物。感謝しろよ。この俺が・・・勇者ミコト様が、お前を潰してやるからなああぁぁぁ!!!」
勇者。そう名乗った人間は、傲慢な態度を崩すことなく、ダランに光弾を放ち、ダランを倒さんとわめき散らした――――
・・・・・・勇者w




