光
『皆』って、素晴らしいですよねえ?
知ってますか?『皆』って、正義なんですよ?
何をしたっていいんです。
そのせいで、誰がどんな被害を被ろうと、いいんです。
『皆』のすることは、正しいんですから。
ほら、見えますか?聞こえますか?感じますか?
今日も、明日も、明後日も、ずっと彼らは殺し続けるんです。
肉を裂き、皮を剥ぎ、腕をもぎ取り、足を切り落とします。
刈り取った首を使って、的当てをします。
女は犯します。正気を失っても、死ぬまで犯し続けます。
でも、彼らは「善人」です。いい人たちなんですよ?
――――だって、彼らは『正義』なんですから。
いやあ、楽しい世の中ですねえ?
「皮肉屋」傭兵ムジール
振るう。
無情に振るう。
無我に振るう。
何も考えず、何も思わず、突き抜けるような興奮と火照った体に身を任せ、ダランは大鉈を振るった。
鉄塊のようなそれらを、短刀でも扱っているかのように振るうその姿はまさに怪物。突如現れたリザードマンという異端は、ルマヌシュ法国の戦士達の下に容赦なく降り立ち、暴力を振りまいた。血潮が飛び散り、肉片が舞い、煤けた大地が朱く染まった。
「さあ、見せてもらうぞ。貴様達の力を――――!」
闘争への予感と、飛び散る血潮に酔ったダランは、高らかに吼え、二人の戦士を肉塊へと変貌させる。そして、法国の戦士の集団へと勢いよく飛び出した。
熱い。
ああ、熱い。
体が、燃えそうだ。
いい。
実にいいぞ。
加護を与えられし戦士達よ。
その『浄化』の力、存分に見せて貰おうか。
そして――――
ダランは、大鉈を振るい、視界が赤黒く染まっていきながらも感じていた。
隠せようもない莫大な魔力を。神の寵児にのみ許された、黄金の魔力光を。
黄金の戦女神ブリュンヒルデ――
お前はどんな戦いを見せてくれる?
さあ。
さあ――見せてくれ。
神に与えられし力、神に賜った神剣の力。
ダランは、下唇を千切れんとばかりにめくりあげ、凶相に満ちた笑みを浮かべた。
頼むから――――失望させてくれるなよ?
第七話 光
怨念に塗れた武器は、無銘ながらも呪いの品と化し、強大な魔力を付与された武器と同等の強度を獲得する。「呪詛」という霊的な属性を身につけたそれらは、偉大なる世界の創造主の法則が内において、特殊な能力を発揮する。
幾多の人々の無念と憎悪、悲哀を浴び続けたものは、負の力を次第に帯びていくのだ。魔術を聖職者の中には邪道と罵る者もいるが、それは見方の問題であって、たいしたことではない。呪詛を帯びた武器というのは「邪悪」であるのだ。
負の想念は、何かにしがみつこうとすると同時に、周りを引きずりこもうとしながら反発するという一見矛盾した属性を持つ。しがみつくというのは、武器だけでなく、それが触れた生命に対してにでもある。呪いの品に触れた者には、無条件での精神への浸透が行われるのだ。それはすなわち、精神への攻撃に他ならない。そして、周りの生命を自らのもとへ引きずり込まんとする、それは物理属性への破壊を促すだけでなく、霊的な次元の存在をも干渉するという意味合いを持つのだ。つまりは、位階の異なる相手に対しても高い効果を期待できるということに他ならない。
反発。これは、物にしがみついている怨念に原因がある。負の想念は、死者や、それに血を吸われた者たちの怨念によって構成されている。それらは生きている者たちを恨み、引きずり込まんとする。だが、それが聖なるものならば取り込むことは叶わない。そのため、負の想念は聖なるものを「反発」し、「破壊」する。もちろんそれは、並大抵なことではない。邪悪は清浄なるものによって清められる。――それが、本来の世界の理だからだ。
だが、あまりにも――あまりにも苛烈に殺された者たちの念は、妄執というに相応しい執念をもつ。その念は、全てを憎む。敵を、味方を、善悪問わず憎む。自分すらも含め、世界の全てを憎むのだ。そして、その力が武器に宿った時、その武器は強大なる「呪物」と化すのだ。
だが、そういったものへと変貌するのは、極めて稀である。数多の神が与えた祝福によって、大地や武器は浄化される。そもそも、ただ人や動物を殺した程度では、呪いは生じない。それこそ、圧倒的な生命力と知能を併せ持ち、高い精神力を持つような生命体の怨念が素体にでもならなければ、「呪物」への昇華はなり得ない――――が、逆に言えば、その条件を満たせば強大なる「呪物」は手に入る。
ダランの持つ二振りの大鉈も、その中の一つである――――
大鉈の一撃は、法国の戦士達の加護を突き抜き、板金鎧を砕き、その身に達すると容赦なく肉体を肉塊へと変貌させる。
集団の中へためらいなく飛び込んだダランは、ただの一振りで5,6人ほどを血祭りにあげた。そこで異常に気付いた法国の戦士は、相手が一匹の亜人と気付いて軽蔑の目を向けた。次いで手にした獲物を構え、愚者を屠らんとし――体が言うことを聞かないことに気付き、驚愕した。そしてその表情のまま頭が吹き飛び、戦士達の意識は散っていく。
聖戦士に授けられた加護は強大だ。
その物理への耐性は、熟達した魔術師の防護壁にも匹敵する。
重量の軽減は本来なら一人で身動きが取れないほどの重装備を皮鎧でもつけているかのような動きを可能にし、ぬかるみを舗装された道路のような走行を可能にする。
だが――それだけだ。
本来、恐るべき能力であるそれらは、ダランの前においてはなんら意味のないものと化す。たとえ加護を受けていようが、ダランの手にした呪われし大鉈はその加護に「反発」し、「浸食」し、「破壊」する。加護の抵抗を踏みにじり、打ち砕き、蹂躙する。大鉈に触れたその瞬間、加護は掻き消え、法国の戦士は生身の人間と化す。
「たかが人間」ごときに、抗えるようなものではないのだ。
さらに言えば、ダランの膂力をもってすれば、法国の加護が万全であったとしても打ち破ることは十分に可能だ。圧倒的な重量と速度をもって振り下ろされた一撃を耐え凌ぐ力を、法国の戦士は持ち合わせていない。そしてそれは、ダランのみならずキシュガルの戦士全てに共通の事であった。
ダラン程とは言わぬも、そもそもリザードマンという種族は膂力に秀でた種族である。鍛えたりせずとも、人間の並の兵士の5倍といえば、その異常さがわかるだろう。これがキシュガルともなれば、八倍近くの差をつける。さらに、一族が長年培ってきた戦闘の記憶は、生まれた子供たちに受け継がれる。如何にして足を動かすか、どのようにすれば無駄な動作なくスムーズに動きを繋げられるか、どこを狙えば敵を倒せるか。そういった戦士としての能力を、本能として受け継いでいるのだ。長年培ってきた熟練の戦士のみが手に入れる経験というものは、どうしようもなく劣化してしまうものの、人間とは比べようもないほどの高い素養を備えているのがリザードマンなのだ。
そういうもの達が、戦うための訓練を行い、効率良く生命を屠るための訓練を行い、幾多の修羅場をくぐり抜けたならば、戦場を生き抜いた人間の戦士達と、いやそれ以上の場数をくぐり抜けた者たちはどうなるだろうか。
ダランの暴虐なる覇気に圧され、動きを止められた戦士達はダランにその体を肉塊にされ、辛うじて生き残った者たちも後から続行してきたキシュガルの戦士に容易く命を消されていく。勝利を当然としていた法国の戦士では、優れた能力に慢心せず、己を鍛え上げたキシュガルの戦士にとうてい勝てるはずがない。リザードマンとはいえ、祝福された武装は有効であるはずだが、それを十分に使うこともできず、体を凍らせたまま法国の戦士は死んでいく。
――――つまらん。
闘争への予感に、強力な加護を備えた戦士へ、期待に胸を膨らませたダランは、この惨憺たる様に早くも苛立ちを感じていた。
加護とは、選ばれた者が受けるはずだ。生半可な精神の持ち主や、才能のない者には与えられないはずなのだ。だというのに、なんだこの無様さは。なんだこの惰弱さは。
ダランは、先日戦った慟哭の森の長を思い出す。
優れた技に、並外れた体力、状況判断力も決して悪くない。
そして何より、魂の強さ。
一振り一振りが長い間培って得た確かな技。
長い闘争の歴史によって得られたであろう無駄を全て省いた動き。
それらは、強者のみが与えられた者だ。
肉体だけでない。
精神の強い者だけが得られるものだ。
――――あの者が使った技が、加護なのか、精霊の力かは判然としない。
だが、与えられる力とは、強者のみが与えられるべきなのだ。
そうしなければ、闘いに価値がなくなってしまう。
魂のない、虚飾に満ちたものになってしまう。
それでは、肉塊がぶつかり合っているだけなのだ。
故に。
「どうしたルマヌシュの戦士よ!貴様等の力はその程度か!?斧を持て!剣を振るえ!槍を構えろ!貴様等の敵はいるぞ。目の前だ、すぐそばに!貴様等の命を奪おうと、迫っているぞ!」
ダランは吼える。
闘えと。
そこに、お前たちの存在意義はあると。
「闘え、戦士達よ!盾を持て、前を見ろ!魂を奮い立たせろ!活路は一つだ。前に、ただ前へ進め!我らを打ち砕いて見せろ!」
振るう。
砕く。
切る。
断つ。
キシュガルの戦士は攻める。
肉を裂き、骨を砕き、血飛沫を浴び、前へと進む。
足掻いて見せろと。
戦士ならば、力の限り闘ってみせろと。
一切手を抜くことなく、キシュガルは攻め続ける。
首魁たるダランを先陣に、一丸となって突き進む。
目指すは、ルマヌシュ法国聖戦士団が隊長、法国の象徴、神の愛娘――黄金の戦女神ブリュンヒルデ。
「さあ、どうするのだブリュンヒルデ。貴様の怨敵は目の前だ。憎い亜人は隣にいるぞ!貴様の部下は役立たずだ。どうする?どうするのだブリュンヒルデ!」
ダランは吼え、挑発する。
有象無象と化した戦士たちを切り払い、叩きつぶしながら叫ぶ。
こんなものではないだろう。
もっと、みせてくれるのだろうと、確信しているが故に。
そして、ダランの直感は的中する。
ブリュンヒルデから感じた魔力が、突如跳ね上がったのだ。
ついで、力の収束を感じる。
突如、目映い光が溢れる。
これは・・・!?
ダランの視界は光に染まり、そして――――
◇
死を迎えた時、魂は天へと昇る。
それは、この世の絶対の理。
人間であれ、亜人であれ、魔族であれ、幻想種であろうとも、いかなる化け物であろうとも、生きるべくして生まれた生物は、必ずその魂は異なる位相――幽界、すなわち天へと召されるのだ。
天上の神が決められた、唯一無二の定めだ。
その理に抗う術はなく、故に神に従うことこそ、最も正しく、幸せなことなのだ。
そう、思っていた。
――――だからこそ、神に愛された彼女だからこそ、この現状に悲しみを感じていた。
「命が・・・喰われていきます」
彼女が感じたのは、「死」が呑み込まれていくことであった。
「死」とは、救いなのだ。
悲しみに溢れるこの世界から救済される、絶対の救世なのだ。
生命がその機能を停止するとき、魂は肉体から抜け落ち、天へと向かう。
それが本来の在り方だというのに、あの亜人――一際巨大なリザードマンに命を絶たれた聖戦士の魂は、天へと向かっていかないのだ。
不審に思い、目を凝らすと、亜人の手に持つ大鉈にその魂が吸い込まれているのが見えたのだ。青白く輝き、幽かに燐光を発する物体がその証。
「魂を、吸収している?異なる位相の存在に干渉できるとでも?」
「禍々しい憎悪を、奴の武器からは感じます。恐らくは、『呪物』と化したのでしょうな。」
ブリュンヒルデの呟きに答えるのは、聖戦士団において最古参の一人、副隊長ドリアノス。長年の祈りから、司教にも匹敵する祝福を行える万能な戦士だ。人望も厚く、様々な交渉を一手に引き受けている。
「そうですか。・・・ならば、許すわけにはいきません。」
『呪物』は、神の理に反するものだ。救済を許さず、死してなお、この世に魂を留め、苦痛を与えるものを許してはならないのだ。
ブリュンヒルデは、腰に下げた直剣を抜く。剣身に精緻に彫られた装飾と、幾何学模様の刻印が業物であることを知らしめるが、それよりも剣が放つ黄金の輝きがドリアノスの、聖戦士達の両眼を奪う。
美しい――故に痛々しい。
「・・・行くのですか?ブリュンヒルデ様」
「当然です。あの悪鬼を止められるのは、もはや私だけでしょう。あの亜人を打ち破り、罪なき人々を救わねば」
一切の淀みなく、ためらいなくブリュンヒルデは言い切った。
それが、ドリアノスには辛かった。
「せめて、今代の『勇者』が使い物になっていれば良かったのですが・・・」
「あの者は、召還されて日が浅い。戦場に出ていただくわけには行きません」
それに――と、彼女は続けた。
可能な限り、自分達の不始末は、自分でつけねばと。
黄金の剣が発する光が、増していく。
持ち主の意志に呼応するかのように。
否、剣は使い手を選び、使い手のために力を解放する。
それが、剣の意志がため――――!
強大な魔力が――否
神の祝福が、神の御力そのものが顕現する。
黄金の粒子がブリュンヒルデの身に纏われ、その身を覆う。
金色の輝きは極光と化し、一瞬周囲を満たすも、即座に剣に集束される。
彼女は振るう。
願いを込めて。
全てのものへ、永遠の安らぎを願って。
「ヴィア(大いなる)・ムルタム(旅路)――――!」
その御名を、解放する――――!
感想お待ちしてます。




