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人外闘争伝   作者: HR
6/16

聖戦士

見えるか?薄汚い亜人達を。

臭うだろう?穢れた亜人の腐臭を感じろ。

拳を振るえ。武器を持て。魔術を使え。



殺せ。穢れた血で我らが大地を染め上げろ。


            ――――魔術師ガドルカノフ

戦女神が激励をすると同時に、その背後にいた聖戦士達が一斉に雄叫びをあげ、蛮族のもとへと向かう。騎乗ではないのに白銀の板金鎧を身に纏った彼らだが、その動きは驚くほど軽い。ぬかるんだ大地に足を取られることもなく、まるで鎧などつけていないとでも言うように大地を駆ける。


 ルマヌシュ法国の加護を受けた戦士は、装備の重量軽減が為される。それは並の男が簡単に片手で馬を一頭持ち上がることができるほどの軽減であり、そのために聖戦士が纏った重装備はなめし皮程度の負担しかかからないのだ。


それは鎧だけでなく武器にも為される。本来ならば持てないような重量の大槌や、モーニングスター、バスタードソードといった強大な膂力が必要な武器ですら扱いうるのだ。故に聖戦士達が使うものは破壊力に重点を置いたものが多数を占める。


移動する際にも本来ならば容易く足を取られるであろうところだが、これすらもルマヌシュの加護により、平地のように駆けることが可能になる。


重装部隊にあるまじき速度に迫りながら、彼らの手にした得物が黄金の光に包まれる。信仰の力により神聖の力を武器に纏わせたのだ。そうして蛮族達にためらうことなく突撃する。


対する蛮族――――カラヌス族と呼ばれる彼らは人族だが精霊を信仰するもの達だ。大地を豊かにする精霊から力を分けていただくものたち。自然からの恩恵のみを頼りに生きる彼らが身に纏うは、獣の皮と骨をもって作られた鎧。手に持つは魔獣の骨をもとに作られた剣。


無造作に切られた髪を肩までたらし、カラヌスの戦士は迫り来るルマヌシュの戦士を見据える。次いで族長が発する雄叫びとともに大地を駆けた。


互いに小細工は無用と迫り、距離が詰まる。

そうして、両者は衝突し――


――――哄笑が、大地を満ちた。









第6話 聖戦士









聖戦士の一人、アクモスは楽しげに大槌を振るう。それだけで薄汚い蛮族の肉体はひしゃげ、骨がつぶれ、脳漿が飛び散るからだ。何も考えずに叩けばそれでいい。ルマヌシュの加護は強大だ。防御は加護に任せれば心配はいらない。愉悦と滾る血に身を委ねて血潮を浴びればそれでいい。


「そらそら、どうした蛮族ども!わざわざ押し潰されに来たんだ。感謝しろや!」


アクモスの叫びは聖戦士達が皆胸に抱いたことであった。

強大なる加護は蛮族の振るう得物が鎧に直撃したとて、衝撃を緩和してしまう。

聖戦士達は一度攻撃を受け止めて自分の最大の一撃を相手の脳天にたたき込めばいいだけなのだ。一振りすれば敵はひしゃげ、大地にその血肉を浸す。だが次の瞬間には後続の蛮族が自分のもとへと迫り来る。それを叩きつぶし、また次が来る。その繰り返しだ。


凶相を浮かべた聖戦士達。

だが彼らに、良心の呵責は微塵もない。

それは彼らの行動が善意を基にしているためだ。


――――亜人達は生まれながらに穢れた存在であり、生きていることが誤りである。


それは神聖ルマヌシュ法国において全ての国民が教わることであり、特に聖戦士団においてはその教育が徹底される。

亜人とは死ななければ決して救われないと。

法国において亜人とは蔑視の対象という程度ではない。

殺すことが善行であり、賞賛されるべきことなのだ。


しかし、今彼らが戦っている者達は人間だ。

ならば、この行為は悪徳ではないのか。


その答えは否である。

理由は単純明快だ。

彼らが信奉する至高神ルマヌシュはこう仰せられたからだ。



――――至高神たる我を崇め、敬わぬものは人にあらじ。



つまりはかの神を崇めぬ者たちは全て愚者であり、亜人であると。

故に聖戦士達はためらいなく手にした武器を振りかぶり、蛮族の首を掻ききる。

体を押し潰し、大地を血で染め上げる。


「はあっはぁ!感謝しろよ蛮族ども!生まれ変わって人間になりやがれ!」


アクモスの発する叫びは、つまるところ聖戦士達の総意であるのだ。

そして、自身の在り方に一欠片の疑念も持たぬアクモスは、ひたすらに前へと進み、その白銀の鎧を真っ赤に染めながら、ついに目標へとたどり着く。


「――――よう、お前が大将だな?」


聖戦士アクモスが見上げるは、蛮族の戦士が長であろう男。

一際立派な髭を生やし、淡く輝く蛮族の鎧に身を包み、大斧を手にした巨漢。

明らかな劣勢に陥っているにも関わらず、その双眸に濁ったものはなく、強烈な殺意がアクモスに叩き付けられる。


アクモスは煩わしげに男を見た。

たかが蛮族風情が。反抗的な目つきをしやがる。

気にいらねぇ。

お山の大将が、何を偉そうにしていやがる。


「・・・いつになれば、気づくのだ」


蛮族の長は力強く言葉を発する。重厚な声がアクモスの耳に突き刺さる。


「あぁ?」


「自分達の行為が愚行と、いつになればお前達は気づくのだ!何人殺せば、何人拐かせば良いのだ!どれほど悪意をまき散らせばいい?滅びるまでとでもいうのか!?」


「おう、わかってんじゃあねえか、おめえ。」


あっさりと、アクモスは認めた。その事実が、蛮族の長に隙を生み出す。


「なにを・・・!?」


背後から忍び寄った別の男が、背中から心の臓を短剣をもって突き刺した。

がっくりと糸の切れた人形のように長は倒れる。

突き刺された短剣が抜き取られ、赤黒い液体が大地を染め上げていく。


「エルフどもと同じものを信仰している奴なんざ、死ななきゃ救われねえよ。」


微塵の迷いもなくアクモスは言い切り、じゃあな、と呟くと同時に手にした大槌を振るう。


蛮族の長の頭は潰れ、潰れたトマトのように飛び散り大地を赤く染め上げた――――





大地は挽肉のように砕け散った血肉に覆われ、大気はそれより発せられた臭気を法国の戦士へ運ぶ。

むせかえるような血の臭いが、アクモスの鼻につき、顔を顰めた。


「かぁ、いつになっても慣れねえなあ、この臭いはよ。臭いったらありゃしねえ。」


「よく言うぜ。いつも一番乗りで切り込んでいくのはお前だろうアクモス」


ぼやきに律儀に答えた同僚に、まあな、とアクモスは返す。



――――確かに、アクモスはいの一番に戦場へ躍り出る。


心地よさ。

それが理由だ。

法国の教義には、ルマヌシュを信仰しないものは処断すべきとあり、勿論そのことをおろそかにすることはないが、それよりもアクモスは闘いが好きだった。


血の臭いは好きになれないが、戦槌を振るい、敵がひしゃげる感触が好きだった。

人型だったそれが潰れ、肉塊へと変貌していく様が好きだった。

だが、その結果生じる血の臭いがどうしても慣れなかった。

戦士の中にはこの臭いが癖になるという妙な奴もいるが、どうしてもそうはなれなかった。



「まあ、な。」


だから、アクモスはこういった問いにはてきとうに流す。

闘いを好みながらも血を厭う。それは法国の戦士としては異質であるからだ。



「――――そら、撤収の時間だ。ぼやぼやしてっとお前も燃やされちまうぜ?」


「はいはい、言われなくても、戻るわ。」


そういってアクモスと同じ部隊の仲間は、陣地へと帰還しようとする。


法国は、戦場で死んだ者を必ず燃やす。それは、浄化の意味もあるが、現実的な問題として、死体を放置していると腐食鬼となり、あらゆる生命に害をなすからだ。そのため、たとえ原型をとどめていない死体であろうと、神聖魔法をもって清め、ついで炎をもって滅するのだ。



「しっかしよぉ」


と、アクモスの仲間――デンはつまらなそうに欠伸をした。


「毎度毎度、雑魚ばっかで張り合いねえよなあ。蛮族ばっか相手にしてたら、俺たちの腕が錆びちまう。たまには亜人を相手にしねえと退屈で仕方ねえよ。」


確かに、とアクモスも思う。

近頃は蛮族の反抗が激しく、その討滅に駆り出されているのがアクモスの部隊――ブリュンヒルデ傘下の者たちなのだ。

彼女は殺して救わねばと言っているが、それにしても最近は出撃の頻度が多い。一体、何を思っておられるのか。


そこまで思ったところで、アクモスは思考を放棄する。

彼女は自分たちとは遙か上の次元にいる。

神の加護が自分たちとは比べものにならぬ程に授けられ、愛されている。

ならば、きっと自分たちには思いもよらぬ考えがあるのだろう。

自分達は、それを信じて戦えばいいのだ。


「まあ、いいじゃねえか、ブリュンヒルデ様を信じれば――」


ふと、アクモスは空を切る音を感じた。

その瞬間、ぐしゃりという音と共に、視界が朱く染まる。


なんだ。

そう思い、アクモスは目を拭う。

それと同時に鼻につく臭気を、アクモスがいつまでたっても慣れないものだと認識する。


――血の、臭い。


「――――ほう、ならば、闘え。我らキシュガルと」


爬虫類型特有の、ガラガラとした声が突如耳に突き刺さる。

その発せられた方向をアクモスは振り向き、そして、見た。


人族の優に倍はあろう巨体。

はち切れんばかりに溢れた筋肉。

強者のみが許された、無意識に発せられる威圧感とそれに伴う炯々とした眼光。

リザードマン特有の暗緑色の鱗。


そして――あまりにも大きな、鉄塊のような二振りの大鉈。


アクモスはただその姿を見つめた。


ああ――


無造作に、リザードマンは大鉈を振るった。アクモスの体目がけて。


俺は――


大鉈が、アクモスの上半身を掻き消した。首だけを残して。

衝撃緩和の加護は、はじめから存在しないとばかりに。


足だけ残った体は、上半身がなくなったことを忘れたかのように立ち尽くす。

それは、アクモスの残った首も同様だった。

その速さのあまり、アクモスは痛みを感じることもなかったのだ。


何を思うこともなく、アクモスの意識は霧散した――――。





闘争とはほど遠い、一方的な虐殺をダランはつまらなそうに見た。

ルマヌシュ法国とカラヌスの戦闘は、予想通り一方的な展開に終わったのだ。

精霊とルマヌシュ神では、加護の質が違う。純粋な戦闘では、勝ち目がないのは分かっていように。それでもわざわざ白兵戦を正面から挑んだのは、何か理由があるのだろうか。いや、何かしらの理由はあろう。それが自分達の意思なのか、精霊に唆されてのことかは分からないが。


今、ダラン達がいるのは崖の上。先ほど行われた戦闘という名の虐殺は、法国の北方に位置する峡谷地帯にて行われたものだ。谷とはいっても軍同士がぶつかり合えるような場所だ。その大きさは推して知るべしだろう。


ダランは、慟哭の森の闘いが終わった後、そのまま進路をルマヌシュ法国北方に転換。

ブリュンヒルデがいるという情報から、この地へ駆けてきたわけだ。

途中傷を負った部下の回復を早めるため、薬を購入したり、物資の補給を行った後、聖職者連中の祝福を施した。多少値は張ったが、経費は出るのだ。文句はない。



――――いた。



谷底にいる者たちが豆粒ほどの大きさにしか見えないが、ダランの優れた視力は標的を容易く捕らえる。

猛禽の如き眼球を細め、ダランは薄く笑みを浮かべた。


血まみれの人間どもに混じって、一人だけ真新しい鎧を纏い、銀色に輝く者。

鎧に覆われて尚映える、新雪のような肌と腰まで伸びた黄金の髪。

何よりも見間違えようのない、溢れんばかりにと神に施された祝福が為す莫大な魔力。



黄金の戦女神、ブリュンヒルデ――――



「ふむ、確かに巫山戯た魔力だな。ルマヌシュ法国で讃えられるのも納得だ。」


ダランの横で呟くはキシュガルの戦士が一人、ガリアス。

卓越した片手斧の使い手で、幾多の猛者を血の海に沈めている。先の闘いでは、上級騎士の魔力付与を為された盾ごと頭蓋を叩き割った。


「へい、それに周りの兵士も厄介でさあ。全員加護付きで、物理の耐性が特に高くなっていやがりまして・・・リザードマンの攻撃にも耐えていやした」


そう進言するは、今回の依頼人ドロホフ。

この発言に、周りの戦士が殺気を向けるも、飄々とした様子は変わらない。


「ルマヌシュ神らしいな。『至高神』などと、自ら名乗っているんだ。自分の力を誇示したくてたまらないのだろう。」


ダランも、ドロホフの進言を気にした様子はない。

使える者は使う。

人族であれ、有能ならば関係がないというのがダランの考えだ。


「しかし、それはどこの部族だ?リザードマンにも、雑魚は腐るほどいる。そいつらと一緒にするというのなら、次は許さん。」


しかし、侮蔑を許す気はさらさらない。

故に、これは最終通告だ。

二度はないと。


「へい、心に留めておきやす。」


どこまで解したか判然とはせぬも、それでダランは会話を切る。



さあ、時間だ。



ルマヌシュ法国の戦士よ。闘いの時間だ。

血で血を洗い、汗を流し、雄叫びをあげ、己が全てを差し出し合う時が来たぞ。



ダランは飛び出す。

誰よりも早く、闘争へ赴くために。

落下の衝撃なぞ、ダランには微々たるものでしかない。


鼓動が、早まるのを感じた。

血が騒ぎ、脳内麻薬が分泌される。

全身が叫ぶのだ。

求めるままに為せと。



生命を、燃やせと――――


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