救い
――――皆殺せ。亜人どもは、死ななければ救われぬ
聖騎士リューイ
深く胸に突き刺した大鉈を引き抜き、慟哭の森の長を横たわらせる。次いでその見開いた目を閉じ、断ち切った両手をひっつかみ、大斧と共に横にゆっくりと置く。
そうして、ダランはため息をつく。
それは興奮と落胆のためだ。
この男は素晴らしい使い手だった。
全盛期の力を取り戻したであろうそのとき、ダランは自身の魂が震えるのを感じていた。血潮が沸き立つのを感じていた。
刃が交わるたびに伝わる剣圧の凄まじさ、男が発する気迫は歴戦の強者のみが纏うことを許される勇者の証だ。
だから残念に思ったのだ。
なるほど、剣技はほぼ互角。
だが種族の――生まれ持った差がためか、ダランに目立つ傷はなく、男は着実に剣圧によってその肉を切り刻まれていった。
焦りからか、怒りからか、屈辱からか――とにかく、男は狂おうとした。
「狂化」は絶大な力を得るが、動きが単調になりがちだ。そのようなものの対処は至極容易いし、なにより――隙が生じた。戦いのさなかだと言うのに、自身の力を上げることを意識し、このダランのことを意識の隅に置いたのだ。
これほどの猛者が、隙をさらすとは。
ダランは、戦いから遠ざかることを、恐ろしさを感じざるを得ない。
ブランクがあけば、俺もこうなるのかもしれない。
魂に脂肪がついてしまうのかもしれない。
それだけは、あってはならない。
ダランは無造作に大鉈を振るう。
空を切る鋭い音とともに男の首が断ち切れ、ダランはそれを大切に掴む。
それでも、この男は俺の勲章だ。
心を湧かせた、慟哭の森の長。
俺は、お前を忘れない――――
キシュガルの戦士達が、戦った戦士達の首を携えながらダランのもとへとよって来る。
報告を受けると、倒した敵の数は36名、こちらの死者は0。重傷が1、軽傷が8だということだ。
森の者たちは首領を討ち取られ、戦える男達は7割近く死んだ。依頼は十分に達成できただろう。
重傷の者は囲まれて魔術を喰らったらしく、かなり鱗がただれている。とはいえキシュガルの生命力は図抜けている。しばらくは動けないが、安静にしていれば問題はない。
軽傷のものはいくらか切り傷を負っていた。鋼鐵の大剣でも素手で受け止められる戦士の鱗に傷を与えるとは、中々優秀な「血」を引き継いでいた者たちだったのかもしれない。
そういうと、一人の戦士が否定した。
奴らにたいした技術も魔力もありませんでした。ただ――凄まじい執念でした、と。
そうか、とダランは静かに頷いた。
ああ、げに素晴らしかな森の戦士よ。
偉大なる亜人たちよ。
勇気ある者たちよ――――
第5章 救い
「いやぁ、お疲れ様でした、旦那!今回も見事な戦いだったそうですねえ!憎っくき熊との見事な鍔迫り合い!乱れ舞う剣舞!奴の加護つきの斧にも動じることなく・・・」
「黙れ、人間」
戦士達の首を森と草原の境で積み上げていた時、ここまで動向していた人間がお世辞とともにへらへらと現れたので手早くダランは黙らせる。怒鳴るよりも静かに、唸るように言った方がいい事をダランは良く知っていた。
「へっへ、そんなこといわねえでくだせぇよ旦那ぁ。あっしら人間が散々手こずった奴らをたった数刻で片付けてくれたんだ。お礼は弾みますぜぇ。なんなら、この森の奴らを慰みにどうですかい?」
――――が、男にはさっぱり答えた様子がない。
「森にはエルフもいるんでさぁ。ちいとばかり胸は小せぇが、そのしまり具合ときたら、天下一品ですぜ?獣人どもは、男はみれたもんじゃねえが、女は揃いもそろって別嬪ぞろいですからねぇ、いくらかなら旦那の方に融通しても・・・」
あまりにも無造作にダランは大鉈を振るう。男の首を狙って。
別に、死んでも構わないと。
「へっへっへ、そんな怖いことしねえでくだせぇよ、旦那。」
が、男はその体格に反して不気味なほど軽やかに宙を舞い、ダランの一振りを躱してのけた。
「イイ動きだ・・・だが、いささかその体には不釣り合いだな。どうだ、お前のその無駄な贅肉、俺の鉈でえぐり取ってやろうか?ソウすれば、わざわざ魔力が付与されたものなぞなくとも良いかも知れぬぞ?」
だらりと腕をたらしながら、静かに唸るようにダランは言う。
「流石ですねえ。いい目をしていやす。・・・が、まだあっしも死にたくないんでね、そろそろ次の依頼の話をさせてくだせえや。」
へらへらと、おどけたような笑みを浮かべて男は言った。
その様を見て、ダランは男の評価を上げた。
何らかの魔術で身体強化をしているようだが、その身のこなしはたいしたものだ。手を抜いていたとはいえ、自身の攻撃を紙一重で見切ってのけた。
――――この男、侮れん。
「で、依頼とはなんなのだ、人間。」
「へい。あっしはしがないギルドに属しているもんなんですが、ちょいと困った依頼が入ってきやしてねえ。」
へへ、と男は頭を掻く。
それから男は言葉を続けた。
「依然旦那が戦われたドリクセンの連中なんですが、あの戦いの後どうにも面倒なことをしているらしいんでさぁ。サンセベリアとドリクセンの領土争いだったっていうのに、奴らちょいと面倒なところに援助を要請したと。ただの国ならいいんですが、それが神聖ルマヌシュ法国となると、話が違って参りやす。」
「あの気違いどもか。とすると、出てくるのはリューイかガドルカノフといったところか?」
――――神聖ルマヌシュ法国。
ドリクセン帝国の北西に位置するその国は、人間至上主義を高らかに謳うことで有名だ。亜人の存在そのものを否定し、撲滅を主張することで亜人達から最も嫌われている。
至高神ルマヌシュを信奉する彼らは、人間が最も優れた存在だと疑わない。その態度は、他の比較的亜人と友好的な人間国家が敬遠するほどだが、神の強力な加護を与えられたその武力は決して侮ることができない。
――――特に、近年はその傾向が著しい。
「いつもならそうなんでしょうが、どうも情報によれば、あの『戦女神』が援軍として来るそうなんでさぁ。」
「ほう、だがあれはあやつらの聖女だろう?わざわざ他国に出させるのか?いつ殺されるともわからぬという土地に。」
「いや、どうもその聖女様自身が出陣を望まれたそうでして・・・まあ、あの国が考えていることなぞ、わかりはしやせん。」
お手上げとばかりに男は嘆息した。
ダランはくつくつと薄く嗤う。
「なるほどな、それで俺たちにあの戦女神を殺せと」
男は低頭しながら手もみする。
「もちろんお礼は弾みます。あれに出てこられては、ちょいとサンセベリアはまずいんだそうでして。」
ダランは楽しげに笑みを浮かべた。
――――なるほどな、そういうことか。
「いいだろう。ところで、お前名前はなんという?」
「へい。ドロホフ、と申しやす」
いうとドロホフと名乗った男は笑みを浮かべた。
ダランもにんまりと笑い返した。
薄々わかっていたことだが、これで確信に変わった。
このドロホフという男はサンセベリアに関わっている。
あの王国が有利になるように工作しようとしている。
王国に直に関わっているか、俺を侮辱した領主の直属かは分からない。
俺たちキシュガルをいいように利用して、捨てようという腹か。
なんと、愚かな。
俺たちがその程度見抜けないとでも思っているのか?
いずれ落とし前は必ずつけるが、まずは闘いだ。
人間どもの考えることなぞ、くだらなく、卑しいものばかりだ。
金を得て、戦う。
戦って、金を得る。
肉体を削り合い、魂を抉り合う。
それ以外に、何が必要なのだ――――?
◇
薄暗い部屋の中、一人の翁の表情が不意に変わった。
好々爺といった風情が常だが、唇をめくりあげ、目元を一層緩ませ――楽しそうに、笑みを浮かべた。
「どうやら、ドロホフはうまく取り入ることに成功したようですな。血塗れのダランは戦女神との戦いを了承とのことです。」
「・・・ふん、拍子抜けするくらいあっさりと了承したな。」
憮然とした様子で男は――女かと見紛うばかりの、透き通るような声の男は言った。次いで、空になった杯にワインを注ぐ。
「ですから、私の言った通りでございましょう?強者を当て込みさえすれば、御しやすいことこの上ないと。」
ひょひょ、と翁はしてやったりといった様子だ。
その様を見て、男は翁を睨み付ける。
「爺、ならば何故はじめから教えてくれなかった。そうと教えてくれれば俺とて――」
「いいえ、坊ちゃんは納得しなかったはずです。そういうお方でしょう、あなた様は」
毅然とした様子で翁は言い、それに言い返す言葉を男は持たない。
その事実が、男を苛ませる。
「・・・否定はしない。確かに、俺は傲慢だ。だがこれでは、あまりにも我が兵が浮かばれぬ。」
坊ちゃん、と翁は優しく呼びかける。
「兵というのはただの駒でしかありませぬ。騎士も、将軍も、戦場という場所では全て駒でしかないのです。この私も――あなた様も。」
ですから、と翁は続ける。
「情は捨てねばならぬのです。強くなりなさい。情けは人を弱くします。人の上に立つには、捨てなければならないものがあることを知りなさい。」
「・・・」
「ふむ、まだ納得がいかない様子。では、別の手段を講じるとしましょうか。言葉だけでは分からぬこともあります故に、ね」
翁は笑みを浮かべた。底のない漆黒の瞳だけが、静かに男を捉えながら――――
◇
怒号が轟き、血飛沫が舞う。
血と土が混じり、ぐちゃぐちゃとなった大地を這いずり廻り、槍を杖代わりに逃げ惑う兵、狂ったように叫びながら剣を闇雲に振り回す兵、緊張の余りに魔術を乱打しすぎて気絶し、そのまま殺されたもの、暴れ回った末に囲まれて八つ裂きになったもの、足が滑って転んだところを後ろから刺されたもの。戦いに出てきた者たちというのはそれが殺すものであれ、殺されるものであり醜いものだ。
戦争というのは禄でもない。
生き物というのは生き抜くためにはどんなことでも成し遂げる。
常々汚らわしいだの、不浄だの、非道徳的だのと呼ばれていること――それらはこの名の下に全てが消え去る。
何故か。
それは生き物のあるべき姿だからだ。
生き抜こうという意志が為す、正しき姿だからだ。
だから、俺たちはこんな目にあっているのだ。
こんな目にあわせているのだ。
――――そう、思っていた。
怨念と血に満ちた戦場に、突如光りが走る。
その先にいた者たち全てが光りに呑まれ、塵となって消える。
負の念とはほど遠い、気高き光、黄金の輝き。
数多の民草が乞い願う、幸福の在処。それを具現化した魂の輝き。
その光のもとにあるは、黄金の甲冑に身を包んだ一人の女性。
腰まで届く太陽すらも霞むような黄金の髪。
宝石すら霞んでしまうような輝く碧眼。
大理石のように白く、新雪のようにきめ細やかな肌。
天空の神々かと見紛う美貌。
「――――さあ、みなさん。もう終わりにしましょう」
硝子よりも、水晶よりも透き通った美声。
その美しさは美の神クラウディアに勝るとも劣らないと讃えられるほど。
「救わねばなりません・・・あの哀れな生き物たちを。」
宝石すらも霞む、至極の瞳から一筋の涙が垂れる。
彼女は、悲しんでいるのだ。
この大地に生まれた生き物たちを。
虐げられたる生命を。
彼女の先に見えるは、北方の蛮族。
魔術や神からの加護を持たず、原始的な精霊の加護に頼る未開人。
故に彼女は指示を出す。
彼女が従える強靱な聖戦士達――神聖ルマヌシュ法国が戦士達に指示を出す。
「さあ皆さん――殺してください。彼らは、死ななければ救われません。」
彼女の名はブリュンヒルデ。神聖ルマヌシュ法国において、極めて強力な加護をもって生まれた聖女。黄金の戦女神と讃えられる法国最高の戦士である――――




