『勇者』
ああ、分かっていたさ。
俺は――――特別だってね。
ずっと前から、分かってた。
『勇者』哀漸命
俺の名は、哀漸命。
どこにでもいる高校生だ。
趣味は、読書に漫画、ゲーム。
読書は、最近ネット小説にはまっている。
転生。
異世界トリップ。
チートにハーレム。
そういったものが大好きだ。
まあもちろん、人前でそのことを言ったことはないが。
高校生活は、まあはっきりいって糞だ。
何も考えていない馬鹿達。
盛りのついた雄雌のような周りの学生という名の間抜け面ども。
そんな奴らに囲まれた俺は、奴らを嫌悪していた。
俺はあいつらとは違う。
その思いを胸に秘めて、俺はずっと生きてきた。
厨二病という言葉は知っていて、自分がそういう者であるという自覚はあったから、決してそういったことを口にしたことはないが。
俺は、他のやつらより偉い。
その思いを密かに胸に潜め、俺は勉強した。
こんな奴らに負けたくない。
俺は、偉い存在なんだ。
そうして勉強した結果だろうか、学年において5番以内から抜け出たことはない。
それが、俺にとって誇らしいことであった。
だが、周りの奴らは俺を侮辱する。
勉強だけの根暗だと。
周りに関心がなさ過ぎだと。
気取っているなと。
笑わせる。
何故俺がお前等のような人間に合わせなければならないんだ?
お前らは、将来俺にひれ伏すんだぞ?
だったら、黙って俺を敬えばいいんだ。
そう思っても、流石に口に出すのはまずいと思った。
だが、口に出さずとも、何かを感じとったのだろうか。
クラスの奴らの俺への態度は、月が経つごとに悪化していった。
話しかけても、あからさまに無視された。
隣の女子が露骨に机を離すようになった。
机の中に、得体の知れないものが入っていた。
上履きが、ゴミ箱に入れられていた。
机に、『死ね』と書かれていた。
下らないと思った。
こいつらは屑だ。
数を頼みに、他者とは違う『俺』という存在を潰しにかかっている。
卑怯者の集団なんだ。
そう思った時、学校に行く必要を感じなくなった。
家にいる時間が長くなった。
もちろん、俺は間抜けな引きこもりとは違う。
定期的にジムに通い、筋肉を鍛えたし、毎日走り込んでいる。
家でもネットにのめり込んだり、ゲームに逃避するような馬鹿な真似はしない。
通信教育で、高卒認定を取れるよう勉強をしているし、将来のために資格をとろうともしている。
だからだろうか。
初めは怒っていた両親だが、俺の様子を見てくれていたのだろうか。
さして文句をいうこともなく見守ってくれた。
まあ、それも当たり前だ。
俺は、ただ逃避する馬鹿とは違う。
だが、二次元やネット小説にはまっている時点で、俺はやはり逃避したいのだろう。
今の自分が認められないのだろう。
特別になりたい。
それは、幼い頃からずっと抱いてきたものだった
常人では、決して届かぬような。
選ばれた者だけがたどり着ける超越の域。
そんな思いを抱きながら、俺は日々を生きてきた。
だから、ネット小説を見ているのはその代用なんだろう。
最強。
特別。
その言葉が、俺の脳裏から離れない。
きっと、いつか。
必ずなれる。
そう思い、過ごしていたある時、夢を見た。
テンプレのような威厳のある髭を蓄えた白髪の老人。
老人は言った。
力が欲しいかと。
ぼんやりとした頭だったから、俺はあまり良く考えなかった。
だから、俺は迷わず言った。
力が欲しいと。
――――よろしい。ならば、汝に力を与えよう。
汝が分霊を我が世界へ召還し、大いなる力を与えよう。
その力をもって、我が名、ルマヌシュの栄誉を勝ち取るのだ。
老人はそういうと、突然消えた。
それから、急に光りが満ちて――――
気がつくと、よく分からない場所にいた。
とりあえず、ゲームみたいな場所だなと思ったのが第一の印象。
自分の周りには何か茶色いローブを纏った人間がいて、そいつらがなにやらぶつぶつと言っているのが聞こえた。
それから下を見ると、なんかもう複雑すぎて意味不明な記号の羅列。
けど、そんなことはどうでも良くなった。
「我が国へ、ようこそお越しくださいました。勇者様――」
その人を見た時、確信したね。
ああ、俺は間違っていなかったってさ。
腰まで伸びた金髪と碧眼の、びっくりするぐらい美形な女性が俺に笑みを浮かべてきたんだ。
それからは、まあネットに転がってる三流のテンプレチートな物語と同じだと思ってくれ。
自分が勇者として選ばれたということ。
神により、凄まじい力を与えられたこと。
この世界は穢れており、世界を救うために俺は呼ばれたのだということ。
違うのは、これは単なる妄想じゃないってことだ。
異世界は実在して、俺は選ばれた存在だということ。
何故かしらんが、綺麗な女性が俺に好意的だということだ。
ちなみに、与えられた力は神聖なものらしい。
邪悪な生命を一掃する、光の化身のようなものらしいぜ、俺は。
簡単な説明を受けた後、金髪の綺麗すぎる女――ブリュンヒルデという女性は、すぐに戦場に赴かねばならないと言って、去ろうとした。
ああ、すぐにわかったよ。
実にテンプレな展開だ。
だから、俺は言ったんだ。
俺も連れて行ってくれってな。
そりゃあ、そうだろう?
俺に惚れさせるいいチャンスだこれは。
だが、駄目だって譲ってくれないんだ。
周りのモブキャラどもも、そうだとうるさいし。
中にはあからさまに睨んでくる奴もいた。
そういう奴には睨み返してやったがね。ああ、もちろんブリュンヒルデには隠れてな。
女の前なら、いい格好しないと。
で、だ。
結局譲ってくれないから、俺は城の中に待ちぼうけをくらったわけだ。
けど、それはどうでもいいことなんだな。
ほら、さっきも言ったろ。
光の化身だってさ。
どうも、この体テレポートができるみたいんだわ。
いやあ、すげえなこの体。
そういうわけで、さっそくブリュンヒルデちゃんのところへ行ったわけだがね、どうも、さっそくテンプレな展開のわけだわ。
馬鹿みたいにでかい蜥蜴みたいのが、これまたばかでかい鉈?みたいのを振り回してブリュンヒルデちゃんを追い詰めているわけさ。
ああ、確信したね。
今こそ、チートでハーレムを作るチャンスだとさ。
だから、手に魔力を集めて蜥蜴に向かって投げた。
初めての魔力行使だってのに、何も考えずにできちまった。
なるほどね、これが神様補正って奴か。
自信が、湧いてくる。
今までの自分とは、違うんだということがわかる。
「っけ、化け物が。調子のりやがってよぉ」
自然、口調も荒くなる。
でもまあ、いいだろう?
いい女の目の前だ。格好いいとこ見せてやらねえと。
「いけません・・・勇者様。召還されて間もないあなたでは、この悪鬼に立ち向かうことは――――」
「んなこたぁどうでもいいんだよ!」
俺は叫んだ。
確信という名の自信が、俺の胸に満ちあふれる。
俺はやれる。
やれるんだ。
「気にいらねえ奴が、俺の好いた女を殺そうとしている。それで戦う理由なんざ十分だろう!?――――おい、化け物。感謝しろよ。この俺が・・・勇者ミコト様が、お前を潰してやるからなああぁぁぁ!!!」
自信を胸に、俺は戦いに飛び込んだ。
俺ならできると。
選ばれた、俺ならば――――!!
◇
乱雑。
端的に言って、その一言に尽きた。
豪雨のように降り注ぐ、光弾の嵐。
その威力は、確かに凄まじいものだ。
ルマヌシュ神の力をそのまま引き出しているかのような光の奔流は、とどまることなくダランを、引いてはその周辺を襲った。
大地は抉れ、谷は崩れる。
土石流がルマヌシュ、キシュガルを問わず戦士達に襲いかかり、呑み込まんと迫り来る。
無論、キシュガルにその程度が通用するはずもなく、軽々と土石流を飛び越え、勇者の攻撃範囲から逃れているが、ルマヌシュの方はそうもいかない。悲鳴をあげながら幾多もの戦士たちが土砂の中へ呑み込まれていった。
生き残りや、指揮官の連中から制止する声が飛ぶも、一向に聞き入れる様子はない。いや、むしろ邪魔者は消えたとばかりに光弾の量をさらに増やした。
「すげえや、こりゃ最高だ!全てが思いどおりだぜ!」
喜びに打ち震えながら、少年は光弾を放つ。
その様は、さながら玩具を与えられた童のよう。
莫大な魔力は尽きることなく、光弾は放たれ続ける。
「はっは、どうした!でてこいよ化け物!この俺が、ぶち殺してやっからよ!
「・・・俺は、初めからここにいるぞ勇者。貴様が勝手に見失っただけの話だ。」
雨あられと放たれる光弾がようやく止んだ時、煙の中からダランは現れた。
鱗が所々抉れ、血を滴らせながらも、泰然とした様は変わらない。
「へっ、どうした化け物よお。さっきまでの調子はどこにいったんだ?ああ、わかるぜえ。俺に怯えちまったんだよな?安心しろよ。てめえみてえな噛ませ犬、一瞬で楽にしてやっからよ!」
先ほどと変わりこともなく、少年は傲然と吼えた。
その事実がダランに確信を抱かせる。
「・・・童だな」
「?あぁ?」
「お前は、素人そのもの・・・戦い方を知らず、戦の何たるかを知らず、己の能力を知らない。身につけたものは何もなく、ただ与えられた力に酔いしれ、無邪気に遊ぶ童・・・それが、お前だ、勇者よ」
キシュガルの戦士は、ダランの様子を見て、即座に退避した。
ブリュンヒルデは、立ち上る邪悪な力の奔流を目にし、直ちに残存兵を撤退させるよう指示をした。
ドリアノスは放たれる覇気に、濃密な殺意にその身を震わせた。
「――――っへ、知ってるぜ。口だけは達者な奴は、大した力もないくせに、態度ばかりでかいんだよなぁ。特に、お前みたいなモブキャラはさ」
そして、『勇者』という少年は――嗤った。
少年は、気づかない。
ダランの怒りに。
周囲の焦りに。
他者の思いに。
「――く、くはは、ぎゃぎゃぎゃ。いいぜえ、教えてやるよ。『僕ちゃん』?」
一瞬、だった。
ルマヌシュの戦士も、キシュガルの戦士も、ブリュンヒルデすらも視認できない、神速の踏み込み。
音速を超え、風を上回る、常軌を逸した速さ。
速さだけならば、ダランに勝る者はいる。
瞬間的な速さなら、鍛え抜かれた獣人の方が上だろう。
だが、その初速の速さ。
それは異常であった。
莫大な筋肉を備えた、超重量級戦士。それが、ダランである。
卓越した技は、極限まで無駄を省き、優れた体捌き、重心、軸の移動技術は動きのロスを許さない。
だが、その重さはネックとなり、どうしても優れた軽量級の戦士には、初速で負けていた。
だが、今はどうだ。
その初速すら、まるで敏捷さを旨とする戦士のよう。
羽のような軽さは微塵も感じず、重量級のみが纏う質量と覇気をもって、時間すらも置いていき、ダランの大鉈は『勇者』の首筋に吸い込まれるように、導かれるかのように行き――
――――『勇者』の首から上は、たち消えた。
◇
あ、れ?
こいつは、どういうことだ。
モブキャラの動きが、妙に遅く見えらあ。
なんで、こんな間延びした動きをしてんだ?
うん?
いや、おかしいのは俺もだ。
全然、体が動かねえや。
いや――なんだ、こりゃ。
なんで、急に昔のことを思い出すんだ?
あいつってさあ。本当に――
いや、あいつまじ調子のってっから――
みことってさ、ほんと――
なんだ。
なんなんだこれは。
大体、何が悪いってんだ。
相手をしなくなったことの、何が悪い。お前等と一緒にいるのが、嫌になっただけだろう?
俺の方が、偉いんだ。
俺の方が、優秀なんだ。
なのに、何故だ?
なんで、俺を馬鹿にする。
なんで、俺を貶すんだ。
なん、で――――?
何か、熱いものが、頭部を襲った。




