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人外闘争伝   作者: HR
10/16

撤退

いつか――――必ず届いて見せる。

あの憎き御座へと。

何千年、何万年かかろうともな。



      『穢れしもの』不浄のヴァスタ










違和感。


それが、愚者に鉈を振り抜いた時の感触。

人間を倒した時の肉と骨が潰れ、金属である兜を砕いた時の心地良いものがない。

代わりに鉈から伝わるのは、本来伝わるはずのない手応え。

何か、スライムのような、不浄の泥を叩いたような。




「――――ひゃっひゃ!下界のやつらにしちゃあ、よくやるじゃねえか!?ええ!?」



絶対的な視線。

侮蔑の嘲笑。



「こいよ、ここまで。まあ、これたらの話だがなあ。ええ、なりそこない?」


傲慢。

尊大。



その感触に、かつて闘ったものをダランは思い出し――



――――糞が、と毒づいた。




第10話 撤退




勇者の首が、ダランの鉈によって消し飛ばされる。

だが、起きるであろう出血はない。

首をなくした勇者――という名の愚者は、ゆっくりと倒れ、地に伏すが音もない。

代わりに、体が透き通るように薄くなり、紺碧と黄金の粒子が体から抜け出るように溢れだす。

それとともにさらに体が薄くなり、愚者の体は何もなかったかのように消え失せた。



――――やはり、分霊体か。



ダランは、歯をぎりぎりと噛みしめた。

煮えくりかえるほどに、怒りが湧き立つが、それと同時に、納得もする。


この世界とは違う次元には、この世界に多大な影響を及ぼしかねない者たちがいる。

それは、神や悪魔といった者や、上位の精霊が該当する。

彼らの力は絶大で、この世界に権限するだけで、その力の余波により大きな影響が生じるという。

その影響が何であるかは、ダランには判然としない。

実際に、その彼らが現われることはないからだ。

その代わりに現界するのが、彼らの従僕や眷属――――主に『使徒』と呼ばれる者たちだ。

奴らは神に比べれば力の弱体化が少なく、世界への影響力も少なく済むために比較的顕現しやすいのだという。


故に、こいつか。

ダランは、内心呟く。

それならば、あの増長ぶりと、愚かしさにも納得がいく。

分霊は、あくまで本体とは別であり、言ってみれば自分と同じ能力を持ち、人格も等しい人形のようなものなのだ。本体と直にリンクしている場合もありはするが。



ダランはあの男の発言と行動を見てとった。


力に溺れたような様子。

周りの状況を考慮せず、自分の役目だけを愚直に達成しようとする愚かしさ。


恐らくは、神の奴隷――それも、隷属者達の中でも、大した力はない輩。

もしかしたら、神によって力を与えられたのかもしれない。

その程度の、矮小な輩。


そしておそらくは、直にリンクしているタイプなのだろう。

本体には大した影響がないとわかっているからこその、あの暴挙。

醜悪にして、下劣。

闘争を汚す愚図意外の何者でもない。



「ルマヌシュ神も・・・堕ちたものだな。あのような下らぬ輩を送ってくるのだ、器が知れる」



そう言って、大鉈の先端を向けた。



「なあ、そうは思わないか、ブリュンヒルデ――――」


黄金の戦女神こと、ブリュンヒルデに。



「あの者は、召喚されて日が浅かった。故に、この場に招く気はなかったのですが、どうやら自力で来られてしまったようですね・・・残念なことです。せめて、あと一年能力の理解に努めていただければ、あなたのような亜人に倒されることもなかったでしょうに」


「過ぎたことを今さら悔いても遅いが・・・もう、いい。興が削がれた。貴様を殺して、この依頼は完遂だ。さっさと死んでもらおうか、ブリュンヒルデ。」



その言葉に、ブリュンヒルデは唇を噛みしめ、毅然としていった。


「今だ、私の使命は果たされてはおりません。あなた達亜人を、引いてはルマヌシュ神に従わぬ人間を滅ぼさぬ限り、救済は叶わない――!私も、法国も、このようなところで消えるわけにはいかないのです。」



ダランは、周りを見据える。

キシュガルの戦士達に攻め込まれ、戦線が崩壊しかかったところをブリュンヒルデが押し返すも、『勇者』の暴挙によって、さらに法国戦士の被害は増している。その点、キシュガルの戦士には目立った損傷のある戦士はいない。

出鼻を挫かれた法国の戦士には圧倒し、間抜けな神の奴隷の攻撃を直撃するような輩はいないからだ。


つまりは、キシュガルの戦士に消耗はないのである。


「それで、満身創痍なその様でどうやって俺を止めると?まさか、この俺がお前を逃がすとは思っていないだろうな?だとしたら、愚かにも程があるぞ。」



「誰も、手段がないとは言っていません。このような状況に陥った以上、『彼ら』が

まもなくくるでしょう・・・」


ダランは鼻で嗤った。



「もう死ね」



もういいと、ダランは大鉈を振う。

上段からの振り下ろし。

単純なようでありながらも、全身のばねを無駄なく生かし、十分に体重を乗せた一撃は片腕となり、魔力も枯渇しかかっているブリュンヒルデには到底受け止められる一撃では――!



まだだ、まだ、こんなところで私は――――!!



意思の力が、彼女になけなしの力を振り絞らせる。

その結果、大鉈と直剣は交わり、火花が散りながらも鍔ぜり合うことに成功する。


「ほう、意外だな。これで仕舞いだと思ったのだが。」


受け止められたことに、微かに驚きながらダランはさらに大鉈に力を加える。

その圧力に、徐々に刃先を仰け反らせながらもブリュンヒルデは堪え、耐える。


決死の覚悟で全身に力を加え、死ぬわけにはいかないと。


「・・・ふん。実に嫌な目だ。」


何を思ったか、ダランは語る。


「お前は、全く迷いがないな・・・見ていて痛々しい程に。」


「あたり、まえです・・・神に祝福された私が、何を、迷うというのです。私が皆を導き、この、終末の、世界を、終わらせなくてはいけないのです・・・。」


ダランの呟きに、ブリュンヒルデは律義に答えた。

それが、自身の存在意義であると。

それが、自身の生まれた意味なのだと。


「馬鹿らしい。やはり、お前はここで死ね」


呪詛に塗れた鉈は、強大な魔力に干渉し、力を収奪する。

それは、ブリュンヒルデの力を弱らせる。


「くっ、ぐうう・・・!」


駄目なのか、私では。

この悪鬼に勝てないのか。

力が、力が欲しい――――!


薄れゆく意識の中、ブリュンヒルデは切に願う。

この悪鬼を倒す力を、与えてくれと。


突如、ブリュンヒルデの視界は光に染まった。

焼きつかんとばかりに激しい光がブリュンヒルデを襲う。



そして――――









痛み。

それだけが、脳裏をよぎった。


「っ、はあ――」


痛い。

心臓が、鷲掴みされたかのように痛い。


「――っつ、あぁ」


重い。

全身に、鉛が張り付いているかのように、動きが重い。


だというのに、体だけは動き続ける。

心は動くなと言うのに、体はその命令に逆らい、ひたすらに動き続ける。

ひたすらに、右腕を振り続ける。

何故かなど、理由はとうに忘れた。


感覚も、不明瞭だ。

視覚は朱く染まり、聴覚は不協和音に襲われ判然としない。

嗅覚はぼやけ、触覚も分厚い皮を被ったかのように曖昧だ。


何か、暖かいものが、私の顔にかかっていることだけが分かる。

遠くで、誰かが何か言っているのが聞こえる。

手にした物が、何かにぶつかっているような、そんな感覚だけが微かに伝わる。


それだけだ。

私を包む世界は、それだけしかない。


それだけ。

それだけ。


頭に靄がかかったようだ。

思考も纏まらない。

朱かった視界が白くなっていき、私は――――








ブリュンヒルデから力が抜け、その身を断ち切らんとした瞬間襲ったのは、悪寒。

瞬時に殺気の方角に向けダランは大鉈を構えた。


襲ってくるのは、衝撃。

黒く淀んだ球体がダランの大鉈に激突する。

それは、屈強な膂力を備えるダランをもってしても後退させられる重い一撃。

その一撃に瞠目するも、即座にダランは体勢を立て直す。

続いて、背後から殺気。

太陽のごとく煌めく、光の槍がダランを襲う。

それをもう一振りの大鉈をもって受け止める。大鉈が加護によって為された奇跡を食いちぎるも、ダランは飛び跳ねるように横に飛んだ。

重量に見合わぬ軽快な動きだが、それをほめるような者がこの場にいるはずもなく――



「――っく、相も変わらず良く動くな、ダラン」



「ひっひ、まだ死んでおらなんだか、蜥蜴」




代わりにダランに耳に突き刺さるは、聞き知った聖騎士(お坊ちゃん)の澄ました声と、好敵手(気違い)の嗄れただみ声。



「ほう、お前等が揃ってくるとは珍しい。お前等の仲の悪さは分かっていたつもりだったがな。どういう風の吹き回しだ?



その二人の声に、ダランは意外そうに声をあげ、両眼を見開いた。


右手にいるのは、若い男だ。

金髪碧眼の絵に描いたような美丈夫。

男娼をやらせれば、間違いなく売れるだろう容姿だが、両眼から発せられる殺意が燃え上がらんとする様は、戦場を駆け抜けた者でしかあり得ぬものだ。

豪奢な装飾の為された白銀の板金鎧を身に纏い、直剣を手にしたその姿は神聖なる神の従僕というに相応しい様。



優れた剣技と、強大な奇跡をもって幾多の亜人を屠ったルマヌシュ法国の英雄――聖騎士リューイ。



転じて、左方に目をやる。

にやにやと笑みを浮かべながら周囲に黒く淀んだ球体を浮かべ、各個に円運動をしながら転回している翁。

黒いフードをすっぽりと身に纏い、白髪の皺だらけの顔だけが目に映る。

もう白寿に迫るのではないかという容姿だが、その足取りをしっかりとしており、双眸には爛々と迫り来るものがあった。

何よりも、その身に宿る濃密な魔力。

信仰からなる加護ではなく、精霊による祝福でもなく、幾多の研鑽と修練によって手に入れた破格の魔力量。


このような男は一人しかいない。


ルマヌシュ法国においても、人類の中においても一際異端な魔術師、ガドルカノフ――――



「貴様が、我らの姫を殺めようとするからこの地に来たのだ。ダランよ。ルマヌシュの聖戦士だけでなく、姫まで殺めようとは・・・その罪、無間地獄に相応しい。」


静かに、されど歴然とした怒りをもって、リューイは言った。


貴様を決して許しはしないと。



「だが、今は姫を救うのが先だ」


「それを、俺が見逃すってかぁ?」


楽しげに、ダランは言った。

自然、口調が荒くなる。


「じゃから、儂がおるんじゃろうが。しばらく見ない間に、雀の涙ほどの理性も脳みそも失ってしまったか?蜥蜴。」


ガドルカノフが、楽しげに口を挟んだ。

周囲に転回された球体が、ゆっくりと宙を舞う。



「ぎゃっぎゃ、まさか。聞いてみただけさあ。――――さあ、その女を持って帰りな。しばらく戦線復帰は無理だろうがな。」



リューイのダランへ向ける視線がきつくなる。

表情こそ変わらぬも、瞳の奥で怒りが満ちているのが見て取れた。



「次は、逃しはしない」


そういうと、リューイはブリュンヒルデを背負う。

それとともに黄金の粒子が立ち上り、二人を覆った。

粒子は二人を包みながら回転し、竜巻のようになる。

そして、突如粒子が掻き消えると、二人の姿も消えていた。



「転移の奇跡か・・・随分と羽振りがいいんだなあ?ルマヌシュ神ってのは。お前も鞍替えしたらどうだ、ガドルカノフ」



「ひっひ、何を寝ぼけたことを言っておる。『奴ら』がただで力を与えるわけないじゃろう。加護とは、しかるべき代償を支払ってのもの。祈っただけで力を与えるほど、奴らは都合の良い者じゃないわい。――――特に、ルマヌシュ神はのお。」


「ならなんでそこにいるんだあ?お前が理由もなくいるはずがないだろう?」


「儂のことなどより、自分の心配をしたらどうじゃ?戦女神の抹殺が、お主の依頼じゃったのだろう?」


ガドルカノフは、楽しげに笑みを浮かべる。

邪悪な――という形容がぴったりな笑みを。



「ぎゃっぎゃ、いいのさあ。もう十分に働いた。ルマヌシュの奴らは潰したし、ブリュンヒルデも片腕を失った。魔力も枯渇させたし、当分戦線には出られやしねえさ。」


それに――とダランは続けた。


「お前、わざと遅れて来ただろう?」


「・・・ひっひ、相変わらず、無駄に勘はいいのお。」


「馬鹿か。あんなタイミングで出てきて、偶然のわけがないだろう。何を考えてやがる?」


なに、大した理由はないわい。あえていうなら――――趣味じゃの。死ぬ間際まで追い込まれたなら、何かしら得るものがあるかもしれぬしなぁ?」


相変わらずだ、とダランは苦笑する。

何を考えているのか、分からない男。それがガドルカノフ。

戦場での行動は支離滅裂。

味方を巻き添えにしての広範囲魔術の行使を当たり前のように行い、今までも大量人間を殺している。

味方していたはずの軍を突如裏切り、敵側に与した事例も数多い。

信頼というものからは、最も縁がない。

それでもその多大な功績と実力から、今もなお生き、戦線に赴いている男だ。

5年ほど前からルマヌシュ法国に仕官し、ルマヌシュ法国側で亜人を虐殺し続けていると聞くが――



「まあ、どうでもいいか。それより、せっかく出向いたんだ。歓迎しねえとな。」


どうやってルマヌシュ法国に信用されたのか疑問ではあったが、ダランにはさして興味がなかった。


手にした大鉈を、無造作に持ち、ダランはガドルカノフを見据える。

ダランに構えはない。

戦場では、どこから攻撃がくるなどという前提はないし、常識など無意味なことを知っているからだ。

故に構えはない。

あらゆる方向からの攻撃を想定し、常に気を巡らす。

それが――――戦場の常なのだ。



「相も変わらず、いい殺気じゃ。身震いしそうなほどにのぉ。お前とやり合うというのも実に――ああ、実に心躍るが――今日は、まだ早いのじゃ。」


「・・・?」



「ひっひ、これからじゃ。これから、もっともっと面白くなる。なあダランよ、つい先日じゃ。ルマヌシュ法国に、『御子』が生まれたぞ。」


その言葉に、ダランは一瞬驚愕し、次いで薄く笑みを浮かべた。


「ほう・・・つまりは」


「『堕神』どもが動き始めたということじゃ。迷宮の底で、地上を喰らわんと、爪を研いでいた奴らが来るのじゃ!魔族どもの動きも最近はきな臭い・・・ひひ、笑いが止まらぬのお。波じゃ、時代の波が押し寄せておる。ああ、楽しい、楽しいのぉ!!」



ひとしきり高らかに嗤うと、ガドルカノフ周囲に転回された黒い球体が大きくなる。

それは速度を増していき、ついにはガドルカノフの隈無く覆った。



「ではな。次に会う時はどうなっていることやら・・・」



黒く淀んだ球体に包まれたガドルカノフは、そういうと宙に浮かぶ。

それから一瞬にしてその場を去った。

文字通り、掻き消えて。


転移か。

自身の魔力のみで為し得るとは、つくづく呆れた奴だ。







鼻につく、血と泥の臭気が心地よい。

見れば、キシュガルの戦士達が近寄ってくる。

大地を駆ける戦士の足音を聞きながら、ダランは確信していた。


新たなる、闘争の予感を。


かつて受けた、屈辱を晴らす時が近いことを――――






潰えた戦士達の叫びと悲鳴、怨嗟の声は全て大地に呑まれて消えた。

亜人も、人間も、命を削り合い、虚しく散っていく。

誰が知ることもなく、誰が悲しむこともなく。

それは、自分の意志がためか。

それとも、自分の意志と信じてのことか。

誰にも、分かることはない。


だがそれでも、世界は変わらず回り続ける。

喜びも、悲しみも、怒りも嘆きも、全てを呑み込み大地は在り続ける。





かくも残酷に、世界は廻る――――





更新停止のお知らせ。


一身上の都合で、更新を停止します。

連載再開の予定は未定ですが、必ず完結させます。

中途半端になってしまい、申し訳ありません。



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