襲撃 【第二章 復讐編開始】
夢を、見ていた。
地平線の彼方まで続く、青々とした草原。
その中で群れる、無数の動物達。
背後に目をやれば、鬱蒼と茂る森。
不気味な感じを誘うようではあるが、そこに住む人達はとても優しくて、芯のある人達だと知っていた。
肌を撫でるように吹く風が心地いい。
草花の奏でる香りが鼻腔を癒す。
いつも乳を貰う山羊や牛達の鳴き声が、耳に優しく響き渡る。
「――――」
ふと、自分の名を呼ばれて後ろに目を転ずる。
そこにいるのは優しげな表情を浮かべた両親。
その背中に隠れるようにいるのは、今年五つになった妹。
懐かしい、日々のことだ。
今はもう、決してたどり着けない、一抹の泡と化したもの。
夢だというのに、知っていた。
いや、夢なんかじゃないんだ。
これは、昔の話。
平和だった頃の、愚かだった頃の話。
――――これは、全てを失う前の話。
第二章 復讐編
第一話
風を切る音と共に、無数の矢が閃光のように宙に飛び立つ。
雨あられと降り注ぐそれらが敵に届くと同時に、悲鳴がつんざくように響きわたった。
放たれた矢は魔術的に強化を施されたもので、並の鎧は容易く貫く。
故に、人間達は裸で敵と戦っているようなものなのだ。
――――ここ、サンセベリア王国では、亜人達の叛乱が日常的に行われるようになって久しい。
契機となったのは、慟哭の森と呼ばれる亜人の一団が王国に反旗を翻し、幾度となく人間達を追い払ったことだ。
彼らは鉄の意志をもって人間達に抗い、自らの意志を貫いたのだ。
特にその中でも名を馳せたのが、長であった戦士ドラン。
風の加護を受けた斧を振るい、あらゆるものを切り伏せたその姿はまさに豪傑と呼ぶに相応しい姿であり、幾多の戦場において名を馳せた戦士が立ち上がったのである。
この叛乱は、サンセベリア王国が雇ったリザードマンによって押さえ込まれる結果となるも、叛乱の様子はエルフ達の魔術によって各地に散る亜人達に広まり、結果爆発的に叛旗を翻しているのだ。
ただ、この場においては些か状況が異なる。
仲間と共に、森に隠れながらひたすらに弓をつがえ、少年は矢を放った。
放つ際に魔力を付与された矢は、容易く人間の鎧を貫き、命を絶つ。
魔力を込められたことにより、微かに淡い燐光を纏わせた鏃は無慈悲に人間どもを貫き、その肉体を抉り、血潮を振りまいた。
一撃で絶命させることができなかったものもいるが、矢が刺さった瞬間の衝撃でその部位は吹き飛び、悲鳴をあげながら地面をのたうちまわることになった。
一撃一撃の威力は実に強大。
その射撃能力の高さも素晴らしいの一言。
だがそれでも、人間は数という圧倒的な力をもって迫り来る。
「ねえ、やばいよライル。そろそろ逃げないと」
隣で同じように草木を盾に矢を放つ少年が、焦りを交えた様子でいう。
明るい金髪を若草色に染めたぼろ布で覆い、全身を同じような色の衣服で覆った少年は、その顔にも草の汁を塗りつけている。だがそれでも間近で見れば隠しようのないほど整った美貌が窺える。
少年の名はニコ。
森に暮らすエルフである。
「ああ、何言ってやがるニコ。糞虫どもが湧き出てやがるんだぜ?全員つぶさねえと意味ねえだろうが!」
「いや、けどライル。あいつらどんどん出てくるから、もう僕等の弓も・・・」
「何いってやがるニコ!だったら糞人間どもから奪いとれよ!そこに腐るほどいるだろうが!」
ライルと呼ばれた少年は、憤然と怒鳴りつけると、平然とした様子で草陰から飛び出した。
ニコと同じように全身を周囲に合わせ擬装を施すも、隠しようもないほどに整った顔立ち。ただ先ほどの少年がどことなく儚さを醸し出しているとすれば、こちらの少年の目つきは悪く、淀んだ様が窺える。
少年が飛び出すと同時に沸き上がる人間達の怒声。
あそこだ。
殺せ、八つ裂きだ。
いや待てお前等。頭は連れてこいと仰せだ。
馬鹿野郎、何人殺されたと思ってやがる。
いや、だがエルフだ。高く売れるぜ。
お楽しみくらいさせろや。
そういった下卑た叫びを、少年の優れた聴力は手に取るように把握する。
戦いの最中、幾多の足音とそれに伴う鎧の擦れる金属音。悲鳴と怒声と轍の響き。
何よりも戦場に響く肉が断ち切れ、砕け、血潮が舞う音。
それらに入り交じり、掻き消えるはずの声を少年は確かに感知した。
――――っけ。
それらは、もはや少年にとって聞き慣れた声。
自分達を、「エルフ」を見る時の人間の声。
いや、奴らにとって、「エルフ」というのは記号でしかない。
「物」の記号でしかないのだ。
だから、奴らはああいうことしか言えない。
自分達をただの売り物か、もしくは性処理用の道具か、あるいはただの家畜か。
そういう見方しかしていないのだ、人間は。
少年の目に炎が灯る。
黒く淀んだ、禍々しい炎が。
奴らを許すまじと、怨恨によって培われた邪悪な炎が少年の身を焦がす。
走りながらその両手に魔力を込める。
瞬時にその両腕に込められた魔力は莫大。
だが両拳に込められた魔力を隠蔽し、少年は敵の油断を誘う。
何だ、てぶらじゃねえか。
いや、あれでもきっと準備はしてんのさ。ちんけな子供騙しの魔術をさ。
はっは、可愛いじゃねえかぁ、たっぷりかわいがってやらねえとなあ?
おいおい、お前またそれかよ。飽きねえなあ、
殺してやる、屑ども。
その双眸に一際巨大な憎悪の炎を燃やし、少年は魔力を解放した。
風刃。
魔力によって生成された風の刃は幾多にも重なり合い、迫り来る人間達を「削除」した。
多重に重ね連ねた刃の網は、慢心しきった人間達を容易く捕らえ、微塵切りと化したのだ。
何が起きたのか、自分がどうなったのか理解することなく人間達はその体を肉片に変え、命を散らした。
なんの予兆もなく、色もなく、音もなく発する風の刃。
それは少年が編み出した技の一つ。
生き延びるための秘技。
「はっは!糞人間どもが!弱いんだよ!」
少年は自身の力に確信し、高らかに声をあげた。
雑魚が。
調子に乗るなと。
少年は比較的形の残った胴体を見つけると、それに足を乗せ周囲を見た。
森を抜け出た先の、人間達のいたその場所は草原。
少年によって切り刻まれ、血を吸い上げた大地。
歓喜に満ちた少年は愉悦に満ちた表情で後ろから近づきつつあるニコを見据えた。
満月が少年を照らし、歪ながらも幽玄な様を醸した――――
◇
「・・・そっちはどうだった?ニコ」
「う~ん、あまりいいとは言えないねえ。多少は金を持っているとは思ったけど、精々が銀貨数枚。荷物もちゃちだし、鎧もぼろぼろ。こりゃろくに手入れもしてないから、二束三文にしかならないよ。」
「まじか・・・あ~あ、ちょうどいい稼ぎになると思ったのになぁ。」
そういうと、目つきの悪い少年――ライルはごろりと地面に敷いた毛皮の上に横たわる。
そのまま果実を口にし、だるそうに空に目線を向けた。
「ちっ、やっぱそこらの盗賊じゃあ、禄なの持ってねえよな。どうするよニコ、そろそろ山や森を出て、町にいかねえか?」
「・・・ここを出て、どうするの?」
何とも言えない、表情の見えない様子で、ニコは言った。
「この国じゃ、僕らはどこへ行ってもつまはじきだよ。」
「だから、この国から出るのさ。北に行こうぜ。ヴェルン公国に――――あそこなら、一応は暮らしていける。」
気怠そうにライルは言う。
未だ若輩で、その身に宿す魔力もエルフとしては少ない彼が行使した魔術は、決して少なくない影響を与えたのだ。
魔力の使いすぎによる頭痛と目眩、倦怠感がライルを襲っていたのである。
とはいえ、一撃で幾人もの人間を屠る力をこの若さで得ているのは希有だと言えよう。
「ヴェルン公国?名前だけは聞いたことあるけど・・・どんな国なの?」
「あそこは、領主同士の争いが絶えなくてどこも傭兵を欲しがっているんだとさ。だから、俺たち亜人でもまともに働けるって話だ・・・そう、おっさんが昔言ってた。」
そういいながら、ライルは起き上がり、荷物を背にもたれていたニコを見据える。
「行こうぜニコ。ここにいたってどうなるもんでもない。しけた盗賊から物をぶんどるよりも、雇われながら死体から物をはぎ取った方がましだ。なあ、そうだろう?」
「・・・うん。まあ、そうなんだけど」
じゃあ決まりだ、とライルは言うが早いが、手早く荷物を纏め出す。
「一番の収入は、馬車を手に入れたことだな!これで荷物をたくさん詰め込める!」
さあ行くぞとばかりにどんどん話を進めるライル。
その様を見て、ニコを淡く笑みを浮かべた――――
どこにおいても、例外はいる。
それが周りから羨望の眼差しを受けるか、憎悪となるか、はたまた初めから相手にされないか。
それはまた様々であろう。
亜人が多数を占める人間から迫害を受けるのは、サンセベリア王国において当然のこと。
そして、その迫害に抗して叛乱を起こすのも、必然といえる。
だが、それが全てではない。
黙って従うのではなく、叛乱を起こすのでもなく、自由気ままにその日暮らしをするものたち。
金と、自身の自由のために動く者たち。
エルフ族のライルとニコ。
二人組の、傭兵である。
◇
森を抜け、青々とした草原を二人はひたすらに北へと進む。
馬車を手に入れたことにより今までのような疲労感はなく、代わりに轍の音と振動が心地よい眠気を誘う日々が続いた。
時折見かける動物も兎や狐といった穏やかな生き物しかおらず、数体を矢で射抜き日々の糧にする。本当は大型の魔獣がいれば食料としてもよいし、賞金を稼ぐこともできるので二人としてはそちらの方が都合が良かったのだが、出ないものは出ない。
焼いて食べ、余った分は干し肉へと加工しながらなだらかな大地を進んだ。
そうして進んでいる内に、いつしか広大な草原は途切れ、丘陵のある地形へと変化していく。
無数の岩石がそこら中に散らばり、馬車では進むのが困難と判断し、二人はヴェルン公国へと続く街道を通ることにした。
「あ~、暇だなあ」
がらがらと、石畳の上を馬車に闊歩させながらニコはぼんやりと呟いた。
白磁のような肌に太陽のように輝く黄金の髪。
中性的な顔立ちに穏やかな表情を浮かべた様は、性別の判別を悩ませる。
「ん~確かに。このところ何もないからなあ、ただ乗ってりゃいいだけだものな」
ふわぁ、と欠伸をしながら応じるのはライル。
盗賊との戦いのように顔を隠したりするようなこともなく、ましてや良く晴れた日のためか、その明るい金色の髪に整った顔立ちと白い肌が良く映える。
こちらは持ち前の鋭い目つきと素行の悪さから男だと判別するのは容易だろう。
そんな二人が二頭の馬に引かせる中型の馬車は、丈夫な木々を材料に作られている。
車輪は鉄板により補強が施されており、もの持ちの良い仕上がりとなっているのだ。
本来ならば御者が必要なのだが、その問題はエルフの固有能力「心話」によっていとも容易く解決される。
自然との繋がりが強いエルフは、人間とは違い、動物や木々との会話が可能なのだ。
そのためライルとニコは馬に北へ向かうように頼み、乗せてもらっているようなものなのだ。それ故、特に何がおこるということもなければ自然、退屈が常につきまとう。
旅の途中であるため物資も限られている状況では、だらだらと食料を消費し時間を潰すわけにもいかず、かといって先ほどまで徒歩での移動をしていた彼らに娯楽道具を積み込む余裕があったわけでもない。
結果として二人は手持ちぶさたにぼんやりと移りゆく景色を眺めているのである。
――――否。
「いた」のである。
最初に感じたのは、臭い。
穏やかな風が運んでくる、何かを燻したような煙の臭い。
次いで襲うは、良く嗅ぎ慣れたもの。
「ライル・・・」
「ああ、分かってるぜニコ」
不安げなニコに対し、ライルは楽しげに唇をめくりあげ応じる。
怯えた様子の馬をなだめながら、二人はさらに馬車を進める。
すると、怒声とともに鉄同士を打ち合わせたような剣戟の応酬の音が耳に突き刺さるも、すぐにそれは止み、悲鳴と怒鳴り声が二人の耳に響いた。
それからまもなくして視界に映るは、血潮と肉塊と化した人型だった何か。
物言わず地に伏す骸となった何か。
そのそばには嬉々とした様子で血に塗れながら腰を振っている人間の男達。
肌の白い同じく人間の女が衣服をはぎ取られながらそのピストン運動に体を合わさせられていた。
半壊した馬車からは、様々な荷物が集団の男達の手によって引きずり出され、周囲に散らばっているのが見て取れた。
「ライル・・・」
「ああ、わかってるぜぇニコぉ!!」
わざわざ臭いに気付いた時に逃げずにまっすぐ進んだのは何故か。
二人が愚かだからか。
否。
では、闘争を求めてか。
否。
では、暴力の臭いを感じ、義侠心を奮い立たせたか。
いやいや、それこそ愚かの極み。
嘆息するニコと対照的に、ライルは心底楽しげに弓をつがえた。
「全員潰して、荷は頂くぜぇ!!」
ぎりぎりと引き絞られた矢が、風を切る音と共に空を駆け抜けていった――――
◇
少年は、愚かではない。
状況判断能力が優れていなければ、この無慈悲な世界で生き残ることなどできはしない。
戦いにさしたる執着はない。
必要以上にリスクを負うのは、愚か者のすることだと知っているからだ。
――――結論を端的に言えば、金だ。
生きるには、食料や燃料、道具や武器など様々な物が必要だ。
それらを手に入れるには、金をたくさん持つのが手っ取り早い。
傭兵とは、命を賭けて(ベットし)金を得る商売。
それ故、できるだけリスクを低く、より多くの金を得ようとする。
盗賊の真似事を――盗賊そのものになることも珍しいことではない。
それは、未だ年若い二人のエルフも同様である。




