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psychoうだと笑いんしぇ

 軽い返事を聞いた後ドアを開けたのは、あの奇抜な色の男であった。

 上着は着ておらず、あのタイトなスーツに黒のデニム。口には飴玉をくわえ、随分と楽しげにくっくっと笑っていた。

「なかなか久しい場所なんし、楽しげなとこよさぁ。旧友とも逢えたんしに」

「そっか。だったら良かった、虐められてないみたいで何より」

 ゲナ・ゼナは変わらない。珍妙な話し方も笑う声も、一晩で早々変わらない。その色も何もかも。

 半身を起こした巴椰へと腕を伸ばしてその身に絡め、ゲナは彼に甘く笑みかけた。

「シェリーが治ったらお別れしぁに、今のうちに友達しておこうと。逆叉は無口ちゅうしょ」

「それがあの子の良いところだろ。あんたは眼に痛いし何言ってんのか理解に苦しむし」

「辛辣しゃあね。話したくないかし?」

 まるで子犬のようにじゃれつき、成人した男性とは思えないほどけらけらとよく笑う。眼鏡越しの瞳も、感情をよく表して。

 巴椰の頬や額にキスを繰り返し、ゲナは人形を抱くかのように強く彼を腕の中に抱いた。

「、苦しい苦しい。抱きつきたいならシェリーさんの豊満おっぱいにして来い、俺にすんな馬鹿」

「シェリーはあの銀狼一筋だった。それが最っ高『psychoう』やったに、俺はあんヒトと居るんしょ」

「またそのpsycho……あの人狼なのにサイコなの?」

「ヒトの形を取っていりゃんしに、あん様の友人は皆『psychoう』なんしょ」きひひと、実に当人が一番『psycho』に笑む。「見ていて退屈せんしょ?人間同士仲良くしやしょうや」

 そうしてまた、飽きたらずにキスを。友人らしいバードキスなのだが、いい加減犬と戯れているかのような錯覚さえ覚える。兎角あそこの人達はキスが好きらしい。

 考えた途端にシェリーにキスされたことを思い出し、巴椰は思わず、とっさにゲナを避けて顔を背けた。

「ごめん、そろそろやめて。ちょっと色々あって、その、キス駄目」

「へ?--あァ、もしかして昔の話?話してくれたあの……」

 誤解をして納得し、ゲナは言われた通りに巴椰を離した。思い出しているのか、笑顔は失せていた。

 どうでもいいくだらない話、暇潰しのトラウマ混じりの話。あまり他人に話しても面白くもない、ただ空気を濁してしまうだけの話なのだ。それはとやかく止めるほどでは無いのだが、微塵も楽しいものではない。

「あれは参考になりんしたぁ。世の中何があるか解らんりんに面白ぁ、それでもあん様なら納得だわ」

「納得すんな。親友だぜ?同性だぜ?意味不明だろもう……」

「はぇ?」何故かぽかんと、ゲナは小首を傾げた。「あん様、あの狼の妾じゃなかしょうや?」

 どこかで何かが食い違っていた。言葉の端々、なるべく気をつけて話していたのだがそれでもだ。どこで何をどうしてしまった。

 二人して食い違う話にぽかんとしていると、また戸が叩かれた。

「ゲナ」ひょこりと顔を覗かせ、逆叉が彼を呼んだ。彼女もこざっぱりとし、口には飴玉を含んでいた。

「竜がぶっつん。面白い?」

「わぁお、行きやんし!」ばっと身を翻し、ゲナは飴玉を噛み砕いた。

 廊下では再び彼の怒号が。凄まじい怒りをぶち撒けているのは恒例だが、キィンッだのガンッだのやたらと物騒な音までする。わやわやと逃げる足音は明らかに楽しんでいるのだが。

「巴椰、また!『psychoう』にcrazyな逃走劇しやらんしゃ!」

「あぁ、冴も疲れてんだから適当に止めてやって。あと、馬鹿やってるネコも一発なら殴って良いから。でないと止まんない」

 「了解なんし!」と鷹揚に手を振って駆け、ゲナは逆叉とともに廊下へと走っていってしまった。

 ほんの少し彼女が笑顔を見せたのに思わず心臓が高鳴り、巴椰は異様に高揚して枕を叩き、その中に顔を埋めた。それは妄想に耽る乙女と変わらない調子で。

 遠く近くの喧噪嵐。真っ白な頭の中でそれは心地よく、しかし過ぎていった。新たな訪問者を待ち、戸は堅く閉ざして。

 時計の針がかちりと鳴り定刻を告げた時間、また戸が叩かれた。今度は忙しなく数度。

「巴椰。あァ、やはり帰っていたか」

「コール」彼をその眼に映し、声を聞いた途端、巴椰の心はまた弾んだ。

「お帰り。少し話があるんだ」

 いつもと変わらない姿が大きな安堵を誘い、彼はその出で立ちのまま巴椰へと足早に寄った。

「あれ、ゲナならさっき居なくなったけど。ゲナに用事なんじゃないの?」

「あれは私の旧友だが、もう話すことはない。あいつはサイコサイコと煩い、話していても実験が薬が観察の対象がとそんなことばかり……お前のことも『psychoう』だとさ」

「うわぁ……あいつコールにもそうなのか」呆れと安心が同時に渦巻き、思わず言葉に出ていた。「それじゃあ、俺に何か?」

 彼が部屋に来るとは珍しいことなのだ。日陰植物のような彼があの箱の中から出ること自体、あまりない。

 あぁと、コールは巴椰の眼をじっと見た。

「何か、と言うほどでもないんだがな。うちの馬鹿が迷惑をかけたのも謝りたいんだが、あの女狼について。お前が心配するだろうと、逆叉も冴も告げ口をしてきた」

「、シェリーさん!?」考える間もなく食いつき、巴椰はコールに鼻が付くほどに迫った。

「シェリーさん、大丈夫なの?あんなにぶっ刺されて生きてるとかもう化け物だ」

「そうだよ、化け物だ。それでも治り始めている、一週間もすれば完治する。片腕の喪失を置いてはな」

 さらりと答え、コールはいつもより増して聖母らしく微笑んだ。誰でもこの卑怯な笑顔には勝てず、どんな言葉にもすっかり安心した。

 良かったと一気に脱力して彼の胸に頭を預け、巴椰は安堵のため息を吐き出した。

「ブレットにもきっちりお見舞い行かせるから。元はと言えばあの馬鹿犬があんな美人弄んだのが悪いんだし」

「お前は散々な女尊男卑だな。あの狼も不憫な話だ」

「何でそっちに肩入れすんの。不憫なのはシェリーさんだろ」

「いいや。あの狼に直接聞くといい。散々聞き飽きただろうがな」

 鈍い子、と彼は、巴椰の前髪を掻き上げて髪を解き直してやっていた。その眼は慈愛に溢れ、大丈夫だから心配するなと諭して。

 その髪の匂いを胸中一杯に嗅ぎ、巴椰はゆっくりと彼を離した。

「また、本借りに行く。今度は『ああいうの』じゃなくて真っ当な小説」

「あまり大人をからかうと汚されてしまうぞ」ふーっと鼻から息を吐き、コールは呆れるも優しい笑みを浮かべた。「気を付けなさい。私の友人なのだから」

 この人もまた我が儘。それも良い我が儘なのだ。心を許せるくらいの、優しく甘い我が儘。

 時計を確認し、巴椰は打って変わって面倒そうにあぁと声を漏らした。頭に浮かぶのは白銀の色、真っ白なその色だった。

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