第8話:管理されたい女、管理したい男
護愛の置き手紙を見た時、亜炉麻は激しく後悔した。
護愛はヤンチャな子ではない。
大人しくて優しい子だ。
運動神経は良くない。
ダンジョン探索に興味があったわけでもない。
はっきり言って、探索者の才能があるとは思えない。
それなのに護愛はダンジョンへ向かった。
亜炉麻はシングルマザーとはいえ、収入に困っているわけではない。
それどころか年収800万以上稼ぐキャリアウーマンだ。
自己管理さえできていれば、護愛がお腹を空かせることはあり得ない。
護愛に十分なお金を回せていないのは亜炉麻の浪費癖のせいだ。
ブランドもののファッションやバッグ。
合コン。
酒。
衝動を抑えきれずに買い込んでしまう。
誰かに頼りたくてホストに心を委ねてしまっている。
探索者時代に従えた魔物の餌代は毎月30万以上だ。
その結果があの置き手紙だ。
亜炉麻はすごく不安だった。
浪費癖を隠すための嘘が原因で、もう護愛の顔が見られなくなるのではと。
でも護愛は帰ってきた。
剣で服を切られたような跡はあるけど、どこも怪我していない。
それどころか服の汚れすらほとんどない。
スケルトンの骨で作った武器まで所持している。
誰かの入れ知恵があったのはすぐに分かった。
「護愛、誰と一緒にダンジョン探索したの?」
「昨日知り合った人だよ」
「名前は?」
「フェルザーさん」
「どこの国の人?」
「日本人だよ。ハンドルネームって言ってた」
護愛はSNSに触れていない。
それなのにどうして相手はハンドルネームだったのか?
よく分からない。
「ねぇ護愛、フェルザーってどんな人だった?」
「んーっと、ダンジョンに詳しい人だったよ」
「性格は?」
「うーん、なんて言えばいいんだろう? すっごい性格悪いんだけど、大事なことは教えてくれるし、危ないことをしたらきちんと注意してくれる感じかな」
まるで元カレの話を聞いているみたいだった。
自分勝手だけど、頼りがいがあって引っ張ってくれる。
絶対良い男だ。
護愛のためにも逃がしたくない。
だから家族に取り込んでしまおうと思った。
性欲を煽って外堀を埋めていけば、きっと一緒になってくれる。
自分からアタックを仕掛けていけば、元カレのように疎遠にはならないはず。
そして最後は三人で幸せになれる。
亜炉麻はそう願って、フェルザーと接触することにした。
翌日。
かつて従えた魔物たちを引き連れて、護愛と一緒にフェルザーの到着を待った。
待ち合わせ場所は宝塚ダンジョンの1階だ。
約束の時間を過ぎてもフェルザーは一向に現れない。
今日は来ないのだろうか?
諦めて帰ろうとダンジョンを出た時、その男は現れた。
容姿は整っているが、美容意識が高いとは思えない。
服装も地味で、あまり異性と遊び回っている感じはしない。
思っていたタイプと少し違った。
それでもやることは変わらない。
フェルザーに顔を近づけ、誘惑するように取り込もうとした。
護愛との交際は許可するし、きちんと守ってあげるならダンジョンに連れ回すことだって許可する。
断る理由はないと思った。
それなのに計画は失敗した。
ほんの数分の間に自分の浪費癖を見破られてしまったのだ。
亜炉麻はショックだった。
自分のせいで娘の貰い手を失ったのではないかと。
まだ11歳の護愛は本来なら結婚を考える年齢ではない。
勉学に励み、将来の夢に向けて頑張るよう教育を施す時期だ。
しかし、中卒の亜炉麻は護愛に勉強を教えられない。
大学に通わせるだけの意義が見出せない。
勉強する理由も上手く伝えられない。
学校が、社会が求める普通の生き方を教えられない。
教えられるのは探索者としての人生経験。
それと魅力的な異性の捕まえ方だけだ。
だから護愛には早く良い男を捕まえてほしいと思っていた。
娘の幸せを願って。
フェルザーは自分の浪費癖を見破りながらも、支援を約束してくれた。
思い通りにならない男だけど、心地良い着地点へと導いてくれる。
自分本位で人を振り回すけど、きちんと流れを管理してくれる。
欠点は容赦なく罵るけど、改善を求めない。
フェルザーにはそんな魅力があった。
ほんと、元カレによく似ている。
護愛よりも自分が好きになってしまいそうだった。
◆◆
亜炉麻は常識の欠片もない女だった。
どこから説明すればいいか分からないくらいに。
しかし、魔物使いの探索者の先輩として学ぶべきところはたくさんある。
ダンジョンの中でステータスを見せてもらったが、その実力は間違いなく本物だ。
名前:魔乃 亜炉麻
メインレベル:225
スタイル:魔物使い
スタイルレベル:184
HP:64450 / 64450
MP:11989 / 11989
力:2921
防御:1645
魔力:1923
魔法防御:984
素早さ:3052
免疫力:1245
取得済みスキル
テイム(専)
魔物召喚(専)
魔物送還(専)
魔物強化(専)
魔物硬化(専)
招集命令(汎)
探索者感知(汎)
魔物進化(専)
一斉指令(汎)
魔物覚醒(専)
絆の具現(専)
一斉召喚(専)
テイム条件緩和(専)
魔物合体(専)
魔物吸収(専)
絆の継承(専)
以下省略
従魔
イビルホーンラビットLv173 ×1
エリクシルキャットLv177 ×1
エデンシープLv162 ×1
ヴァンパイアロードLv142 ×1
カイザースライムLv165 ×1
グランドドラゴンLv139 ×1
その他多数
状態:普通
累計経験値:94,125,344,932
次のレベルまでに必要な経験値:1,717,667,993
これが亜炉麻のステータスだ。
スキルといい、従えている魔物といい、その数は半端じゃない。
しかも探索者として活動していたのは12~16歳の間──たったの四年間らしい。
自己管理さえきちんとしていれば、尊敬を集める魔物使いになっていただろう。
本当に勿体ない。
「そうだ。仕事が休みのときは、私も連れて行ってくれる?」
「二人でならな。ただ、護愛と三人で探索するのは避けたい」
亜炉麻が同行すれば、護愛が命を落とす危険はほぼなくなる。
ただ、どうしても三人では探索したくなかった。
「どうしてよ」
「二重教育を避けたいんだよ。護愛が混乱するだろ?」
亜炉麻には探索者としての教育に口を出してほしくない。
「口出ししなければいいじゃん」
「あれこれ言いたい衝動を抑えられないだろ」
ろくに自己管理もできない人間が、未熟な探索者の行動に黙っていられるとは思えない。
しかも亜炉麻は俺よりずっと経験豊富な元専業探索者だ。
自己管理能力を除けば、ほぼ口を出せなくなってしまう。
俺の威厳だって損なわれる。
そして俺と亜炉麻、二人から教育を受けた護愛はどうなるか?
「ママはこう言ったのに」
「フェルザーさんはこう言ったのに」
と混乱するのが目に見えている。
はっきり言ってろくなことがない。
「……否定できないわね」
「護愛に伝えたいことがあれば、一旦俺を通してくれ」
亜炉麻の教えを伝えるべきかどうかは俺が決める。
教育の矛盾を避け、護愛の混乱を防ぐための最適な手順だ。
「分かったわ」
一度ダンジョンを出た後、生産代行の件も話し合った。
亜炉麻は魔物使いとしてだけではなく、鍛冶師、錬金術師、裁縫といった生産スタイルにも精通している。
ただ、亜炉麻には一切頼らないことにした。
はっきり言ってしまえば信頼がない。
素材の紛失はもちろんのこと、完成した道具をフリマアプリで売り捌き、酒代に変える可能性さえ想像できる。
それだったらお金を払ってでもスキルシェアサービスを活用したい。
もしくは完成品を直接買ったほうがいい。
魔物を借りようとも思わなかった。
まず俺のレベルでは亜炉麻の魔物を従えることができない。
下手すればダンジョン内でトラブルになり、殺される可能性だって否定できない。
借りるほうが危険というわけだ。
「もー、まるで私が役立たずみたいじゃん!」
「それはないから安心しろ」
俺の実力が足りないせいで起用するのが難しいだけだよ。
しばらくは成長するのを待っていてくれ。
というか、役立ちたいなら護愛のためにもっと頑張れよ。
浪費を抑えてご飯を増やすだけでもいいんだからさ。




