第2話:ゾンビ掃討作戦
「ただいまー」
誰もいない自宅。
時刻は19時を過ぎているのに母親は帰ってこない。
今日も仕事が忙しいのだろう。
「はぁ……」
護愛はため息をつきながら、夕食の準備に取り掛かる。
もっと愛されたい。
構ってもらいたい。
毎日が寂しい。
独りでいるのが嫌いな護愛だったが、学校に行こうとは思わなかった。
別にいじめられたわけじゃない。
「すぐに学校をさぼってずるい」
「私なんか習い事を週6でやらされてるのに」
「服装自由過ぎ」
「何で勉強しろって言われないの?」
クラスメイトに言われた言葉の数々。
みんな真面目で義務感の檻に囚われている。
そのせいで全く話が噛み合わない。
「お金がないからゲーム機を買って貰えない」
「もっとお腹いっぱいご飯を食べたい」
「ママは朝から晩まで仕事漬け」
「パパのことを聞かれても分からない。知らないから」
不満を共有しても、誰も共感してくれない。
疎外感に苛まれるばかりだった。
学校の先生たちも護愛を理解してくれなかった。
「きちんと登校しろ」
「将来が大変だぞ」
「ルールは守れ」
「義務教育なんだからしっかりやれ」
クラスメイトとは目線が違うだけで、言っていることは大して変わらない。
ある優しい先生は学校に通う理由を「良い大学に入って、良い就職先に就くためだよ」と教えていた。
その言葉に護愛はショックを受けた。
先生たちの導こうとする未来は、貧しい家庭を想定していない。
みんな「小学生」や「女の子」ってラベルだけで判断している。
ラベルの規格に合わない子には間違った対応しかできない。
そう悟った護愛はこの日以来、全く学校に通わなくなった。
護愛は今日の出来事を思い返す。
宝塚ダンジョンで出会ったフェルザーのことだ。
性欲剥き出しで、魔物には冷酷。
ドライな性格で、全く配慮してくれない。
まるで人の心がない。
欠点だらけの人だけど、学校のみんなとは違う。
義務感の檻に囚われていない。
ママと同じで常識の外にいる。
「子供は学校に通え」「危ないから帰れ」なんて言わない。
それどころかエアガンを持たせるし、挙句の果てには「自分を撃て」なんて言い出す。
平然と怖いことを言うけど、好奇心をそそられた。
寂しくて、退屈な日々にさよならできるかもしれないと思った。
だから──
【明日から探索者になりたいと思います。心配かけたらごめんなさい。でも、止めないで! 護愛より】
置き手紙を残し、護愛は翌日も宝塚ダンジョンへ向かった。
◆
宝塚ダンジョンの入り口。
護愛はその近くのベンチに座っていた。
「おはようございます」
ベンチから立ち上がり、元気に挨拶する護愛。
俺はそんな彼女を無視してダンジョンに足を踏み入れた。
「な、何で無視するんですか?」
追いかけてきた護愛が抗議する。
「ダンジョンの外で話しかけるな。お前みたいに法律でがっつり守られた人間は、関わりがあることを第三者に知られると面倒なんだよ」
「ご、ごめんなさい……」
「分かればいいよ」
合流手順を指示しなかったのは俺の責任だ。
護愛を責めるつもりはない。
「ああ、そうだ。一旦ダンジョンの外に出て、木の枝を拾ってこい」
「え、何に使うんですか?」
「スライムを突く武器だよ。エアガンで撃つと、BB弾がベタベタして使いにくくなるからね」
「あー!」
そんな斬新な発想に聞こえたか?
エアガンを使っていたら、自然と行きつく発想だよ。
数分後。
木の枝を拾いに向かった護愛が戻ってきた。
拾ってきた木の枝は、十分な長さと太さだ。
途中で折れてしまうことはないだろう。
「よし、じゃあスライムは木の枝、ゴブリンはエアガンで始末してこい。2階までの魔物は基本的にお前が一人で片付けろ! 俺はその間に3階と4階にいるゴーストの数を減らして、お前が安全に歩けるようにしておく」
「はーい」
護愛はエアガンを受け取ると、軽やかな足取りで探索を始めた。
もたもたしていたら、護愛を待たせることになりそうだ。
俺もゆっくりしていられない。
ダンジョン3階。
「ゴースト! 中央の部屋まで野生のゴーストを誘導しろ!」
俺はすぐさま従えているゴーストに指示を出した。
ゴーストは闇属性魔法で攻撃し、闇属性を無効化する。
この特性を活かして、野生のゴーストを壁の中から引きずり出すのが目的だ。
ゴーストは潜伏できなければただの雑魚。
物理攻撃無効化の特性はあるが、元々魔法使いのスタイルで活動していた俺の敵ではない。
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
「ファイアボール!」
引きずり出したゴーストは1体ずつ着実に全て処理していく。
まだどこかに潜伏しているかもしれないが、これだけ数を減らせば十分だ。
この調子で4階のゴーストも同じように処理──するはずだった。
「フェルザーさーん! 1階と2階の魔物の処理は終わりましたー!」
「いくら何でも早すぎない?」
「えへへっ」
褒めてと言わんばかりの態度だけど、お前に求めたのは生産スタイルの鍛冶師だよ?
変に張り切られても困るんだ。
「まだ効率的にレベルを上げる準備が整っていないから、少し待っていてくれ」
「何するんですか?」
「見ていれば分かる」
というより、口で説明するよりも実際に見た方が早い。
俺は護愛を置いて、ダンジョン4階に足を踏み入れた。
目に付いたゴーストは始末しておくが、誘い出すことはしない。
護愛をあまり待たせないよう、レベル上げの準備だけに専念したい。
このフロアではあちらこちらから、カタカタと不気味な音が聞こえてくる。
歩く骸骨──スケルトンがその原因だ。
「ファイアボール!」
俺はそのうちの一体に狙いを定めて、魔法で焼き尽くした。
効率的なレベル上げに必要なのは、このスケルトンだ。
「テイム!」
一度は動かなくなったスケルトンが息を吹き返す。
俺はそのスケルトンを連れて、護愛の待っている3階へと引き返した。
パァーンパァーン!
フロア内にエアガンの音が鳴り響く。
どうやら護愛は勝手に魔物と戦い始めたようだ。
待機を命じたはずなんだけどな。
「キモイキモイキモイキモイ!」
登り階段近くの部屋で護愛の姿を確認した。
「オォォォォ!」
案の定、エアガンの的になっていたのはゾンビだ。
ボロボロになった布切れ。
緑色に腐食した肉体。
異臭を放ちながら、体液を撒き散らすその姿は醜悪の一言に尽きる。
非常にしぶとく処理の面倒な魔物だが、動きは極めて鈍い。
距離を取りながらエアガンで撃ち続けていれば、護愛でもいずれは倒せるはずだ。
手助けする必要はない。
自分の力で魔物を倒したかったみたいだし、その意思をしっかり尊重してやろう。
護愛は徐々に後退しながら、何度もゾンビに向けてエアガンを発砲する。
もう20発はBB弾を撃ち込んでいる。
人型の魔物とはいえ、全くためらいがない。
教育の成果が出たみたいだ。
「ふぇ、フェルザーさん。助けて!」
護愛は俺に助けを求めるが、ゾンビの動きはもう完全に停止している。
ゾンビに直撃したBB弾は回収しない主義なんだ。
無駄に撃ち込まないでくれ。
「助けても何もそのゾンビはもう死んでるだろ」
完全に死体蹴りだよ。
いや、元から死体か。
「あっ、ほんとだ……って、ほ、骨、骨が動いてます! フェルザーさん後ろ!」
落ち着きを取り戻したのも束の間、今度はスケルトンにエアガンを発砲した。
「おい、このスケルトンは俺が従えた魔物だよ」
「あぅ……」
「俺は待機してろと言ったはずなんだけどな」
「ごめんなさい」
「『待て』ができないお前には、今度リードでも付けてやるよ」
護愛にリードを付けてダンジョンを散歩するのは、なかなかそそられるものだ。
「わ、私は犬じゃないですよ!」
「ああ、そうだな。お前は『待て』ができない犬以下だった」
「うぅ……」
「犬になれるよう頑張れよ」
「わ、わん……」
犬の物真似をしろとは言っていない。
勝手な行動は慎めと言っただけだ。
「スケルトン、フロア中のゾンビを一ヵ所に集めろ。ただし、攻撃の許可はしない。また、リビングアーマーに狙われるくらいなら、その近くにいるゾンビは無視して動け!」
指示を受けたスケルトンはカタカタと音を立てながら動き出す。
ちなみにゾンビの誘導はスケルトンでなければならない。
ゴーストに誘導させると、ゾンビたちはすぐに見失ってしまうからだ。
「えーっと、今の命令は……?」
「ゾンビを一ヵ所に集めて焼き払うんだよ」
「火炎瓶でも使うんですか?」
「さすがにそんな物騒なものは持ち歩いてない」
ダンジョン探索しているのに、何で最初に思い浮かぶのが火炎瓶なんだよ。
「魔法で処理するんだよ!」
「えーっと、フェルザーさんって魔物使いでしたよね?」
「今はな」
最近まで魔法使いのスタイルで活動していたって言わなかったっけ?
そもそも魔法が使えなかったら、ゴーストを倒せないんだよな。
「魔法使いや治癒師のスタイルで学べるスキルは、大半が他のスタイルでも活用できるんだよ。俺が最初にそこら辺のスタイルを勧めたのはそういう理由だ」
「あー、そうだったんですね」
「で、俺は元々魔法使いとして活動してたんだよ」
「合わなかったんですか?」
「いいや、むしろ適性はバッチリだったよ。ただソロ活動には向かなかったからね、前のパーティが解散したのをきっかけに魔物使いに切り替えたんだ」
ダンジョンマチアプで探索者仲間を募るなんて、効率が悪いからな。
ルッキズムの蔓延するあんなクソアプリは滅べよ!
「あー……」
魔法使いがソロ活動に向かないと言われても、護愛には実感できないか。
このフロアに至っては物理攻撃の通らないゴーストがいるせいで、魔法使いこそソロ活動に最適なスタイルと映りかねない。
「スケルトンが戻ってきたぞ」
誘導するスケルトンの後ろには、ゾンビの群れが通路を埋め尽くしていた。
「ひぃーっ、怖い怖い怖い! ぞ、ゾンビの大群が迫ってきてますー!」
護愛は俺の指示も待たずに次々とエアガンを発砲する。
「護愛、ずっと同じ敵を撃ち続けるな」
敵を倒したときに経験値を得られる条件は、一回でもその対象を攻撃することだ。
だからより多くの経験値を吸うつもりなら、同一個体に何度も攻撃するべきではない。
「無理です。この状況でそんな……」
慣れないうちは仕方ないか。
初見だったら、俺だって冷静でいられたか分からない。
「バースト!」
「バースト!」
「バースト!」
俺の放った魔法がゾンビの群れを焼き尽くす。
この瞬間はいつ見ても爽快だ。
「獲得経験値は1,868。合計42体をまとめて処理できたみたいだ」
ゾンビの経験値は1体あたり45。
本来なら合計1,890の経験値となるが、そのうちの1体は護愛にエアガンで撃たれていたゾンビだ。
つまり1体分だけ護愛にも経験値が分散されたのだ。
「す、すごい」
「数の多いゾンビはこうやって倒すと効率が良いんだよ。MPの消費を抑えられるしな」
無駄に体力豊富で経験値の低いゾンビは、普通に倒すとめっちゃ効率悪いしな。
「でも、フェルザーさんのスケルトンまで死んじゃいましたよ」
「元々使い捨てる予定だったからな」
経験値を与えていないスケルトンなんて、4階に降りればわんさかいるのだ。
その価値は護愛の拾ってきた木の枝一本と変わらない。
わざわざ大切に扱う理由が全くない。
「酷いですよ!」
ほんと無駄に情を注ぐんだな。
しかもあのスケルトンは俺が従えた魔物だ。
どこに情を注ぐ要素がある?
「確認もせず発砲したお前が言うな!」
「えっと、それは……」
俺は効率的に経験値を稼ぐため、従えたスケルトンごと巻き込んだに過ぎない。
生きるために動植物を食べることと大した違いはない。
対して、護愛の発砲は単なる理不尽な暴力だ。
しかもその判断要因は見た目が怖いからだと思われる。
どちらのほうが酷いか。
もはや第三者の判断を交えるまでもないね。




