第1話:魔物使いの才能は管理と選別で決まる
ダンジョン──1999年に世界各地で発生した不思議な空間は、まるでゲーム世界を連想させると話題になった。
魔物が存在し、魔法を使える。
さらには物理法則も異なる不思議な空間だ。
魔物の所有する『魔石』は新たな動力源として注目され、今や世界中のインフラを支えている。
俺はその資源を持ち帰り生計を立てる職業『探索者』を目指して、ダンジョン探索に勤しむ日々を送っていた。
兵庫県宝塚市にあるダンジョン──通称宝塚ダンジョン。
その内部は石の壁で覆われており、床は平坦で歩きやすい。
壁にはたくさんの松明が灯されており、陽の光が届かない空間でありながら常に明るい。
しかもその灯りは消えることがない。
岩山を掘り進めてできた天然の洞窟とは根本的に異なる造りだ。
ダンジョン1階。
先へ進むと早速魔物の姿を確認した──が、どうでもいい。
緑色のドロドロとした不定形生物スライム。
ギャッギャと騒がしい雑魚モンスターの代表格ゴブリン。
どちらも雑魚だ。
今や経験値にする価値もない。
俺はその雑魚どもを無視して、2階へ続く階段を降りることにした。
「えーっと、これは売れるかなー?」
ダンジョン2階。
幼い少女の声が聞こえてきた。
ダンジョン資源を求めて踏み入れたのだろう。
少なくとも迷子ではないようだ。
「やれやれ」
正直呆れる。
こんな低層で換金できる資源なんて魔石しかない。
その魔石さえも拾えるのは3階からだ。
たった一言でド素人──それ以前にダンジョンの常識さえないのが丸分かりだ。
3階へと進む途中、俺はその少女に遭遇した。
「ほぉ!」
星と蝶の模様が織り込まれたワンピース。
髪を結ぶパステルカラーのリボン。
長いツインテール。
いずれも幼いからこその魅力を引き立てている。
俺が理性の欠けたロリコンだったら、襲っていたかもしれない。
という冗談はともかく、そんな可愛らしいロリ系少女が熱心に小石を採集していたのだ。
ただ、勧誘しようとは思わなかった。
この少女は明らかにダンジョン探索のノウハウを知らない。
足枷になるのは明白だ。
10体ものスライムに囲まれているのが、何よりもあり得ない。
ピンチに陥っているわけではない。
共同作業をしているのだ。
すなわち、この少女は俺と同じ魔物使いだ。
スライムは荷物として持ち運ばなければ、主の歩く速度に付いてくることさえできない。
まさにお荷物だ。
そんなスライムを10体も連れているこの少女は、魔物使いとしてのセンスを微塵も感じさせない。
「えっと、誰ですか?」
少女は俺の存在に気づく。
「通りすがりの探索者だよ」
「私、魔乃 護愛って言います。お兄さんは?」
何でいきなり名乗るの?
しかも多分その名前って本名だよね?
もう少しリテラシーを高めたほうがいいと思うよ。
「さっきも言ったけど、通りすがりの探索者だよ」
「名前を聞いているんです!」
知る必要ある?
まあ一応適当に名乗っておくか。
「じゃあフェルザーとでも呼んでくれ」
「えーっ、外国の人だったんですか?」
「ただのハンドルネームに決まってるだろ」
悪い子じゃなさそうだけど、ダンジョン外の常識も欠けている気がする。
……それも当然か。
今は平日の真っ昼間。
護愛の年齢なら、学校に通っていなければおかしい。
それなのにダンジョンにいるということは、そういう子なんだろう。
「ネット上で使ってる名前?」
「いや、その場で適当に考えた。記号となる呼び名さえあれば十分でしょ?」
「名前をそんな言い方する人、初めて見ました……」
ハンドルネームで呼び合うSNSの文化に疎いのか?
「それで何の用だ?」
「あっ、これ見てほしいんです!」
そう言って護愛はカバンに手を伸ばす。
もう何が言いたいのか丸分かりだ。
「あーはいはい、ゴミだね」
「まだ何も見せてないじゃん!」
「どうせこの辺りで拾った素材でしょ? こんな低層で拾える時点でゴミ確定だから見る価値ないよ」
「見てくれてもいいじゃん!」
「時間の無駄」
俺はホストじゃないんだ。
都合の良い対応をしてくれると思わないでくれ。
外見はとっても俺好みなんだけど、なんというかめんどくさい幼稚さを感じる。
下手したら悪者扱いされそうだし、さっさと退散しよう。
もう用は済んだだろうし。
「じゃあな」
「ま、待って……」
「まだ何か用か?」
「私、お金を稼ぎたいんです……」
「俺に身体を売って稼ぐつもり?」
ベッドもシャワーもないダンジョンじゃ、できるプレイなんてたかが知れている。
それでもそういうお誘いなら大歓迎だ。
手持ちのお金はあんまないけどな。
「違います! 私は稼げる探索者になりたいんです!」
ちっ、面白くない。
「ふーん、じゃあ頑張ってね」
それがどうしたの?としか言いようがない。
「あの……だから私に稼ぐ方法を教えてください!」
教えを乞う相手は選んだ方がいい。
俺はまだレベル12だからね?
とはいえ、ダンジョン探索の常識くらいはある。
せっかくだからいっちょ前にアドバイスしてやるか。
マウントを取るのは気持ちいいしな。
「じゃあ、魔法使いか治癒師にスタイルチェンジして」
魔物使いのスタイルはソロ活動するなら都合が良い。
ただし、上手くやっていくなら高い管理能力を求められる。
俺は護愛にその管理能力があるとは思えない。
「ど、どうして?」
「俺だって魔物使いとしてやってるんだ。役立たずのスライムを10体も連れていたら、もうそれだけで才能がないって分かるよ」
おまけに魔物へ愛情を注ぐタイプにも見える。
その愛情が裏目に出て、無駄なコストを支払い続けるとしか思えない。
「この子たちって強くならないの?」
「一応強くはなるよ」
「じゃあ、いいじゃないですか!」
「ゴブリン未満の雑魚にどうやって経験値を与えるつもり?」
スライムのような弱い魔物は「魔物吸収」のスキルでもない限り、経験値を分け与えることすら難しい。
どう考えても素人が扱える魔物じゃない。
「えっと、それは……」
テイムした魔物はエサ代がかかる。
一緒に戦えば獲得できる経験値が分散される。
下手な魔物を従えれば、足枷になるだけだ。
即戦力しか求めない中小企業を見習ったほうがいい。
「お前だって自分で赤ちゃんを育てられないことくらい分かるだろ? 同じことだよ」
「こんな可愛いのに……」
そういう評価軸で判断するから才能ないって言ってるんだよ。
……というか、スライムって可愛いか?
その感性が理解できない。
「才能ないっていう評価に反論するなら、そのスライムたちを皆殺しにしてね」
「ちょっ、フェルザーさんって悪魔なんですか!?」
「やっぱ無理なんだね」
「当たり前です! こんな懐いてくれた子たちを殺すなんてあり得ません!」
それでいい。
無理して自分を偽っても、すぐに限界が訪れるからな。
「えーっと、魔物使いをやめたら指導してくれます?」
「投資価値がありそうならね」
あんま期待していないけど。
「魔法使いでも治癒師でもやります!」
「俺に同行するなら鍛冶師か錬金術師をやってくれ」
魔法使いや治癒師は探索に欠かせない役割だ。
それだけに学校や仕事で忙しい兼業探索者には任せたくない。
もっとも、護愛は学校に行ってなさそうだけど。
「分かりました!」
鍛冶師と錬金術師は生産をメインとしたスタイルだ。
本来は熟練探索者がサブスタイルとして身に付けていくものだが、俺は生産活動に時間を費やしたくない。
その時間をレベル上げに費やして、護愛に作らせたほうが効率的だ。
「じゃあエアガンでゴブリンどもを始末してきて」
名刀だろうと、木の棒だろうと、ダンジョン外の素材と技術で作られたものは等しく攻撃力0の武器となってしまう。
エアガンだって例外ではない。
それでもエアガンを持たせたのは、射程と速度に優れているからだ。
経験値を吸う武器としても都合がいい。
何せ経験値の獲得条件は「自分で1回以上攻撃して魔物を倒すこと」だからだ。
「エ、エアガンを使うんですか?」
「そのほうが効率いいだろ?」
「は、はい。そうですよね」
良い子の護愛はエアガンを持つだけで罪悪感に駆られるのか?
変にブレーキを掛けられても困るんだよな。
「まずは俺を撃ってみろ」
「まままま待って! 人に向けるのは……」
「向けるだけじゃなくて、撃つんだよ」
「もっとおかしいですって!」
「俺が撃てって言ってるんだよ。気にせずやれ!」
「そもそも何でフェルザーさんを撃たなきゃいけないんですか?」
「人型の魔物に遭遇した時、ためらわれると迷惑だから」
俺も素人とはいえ、レベル12はあるんだ。
護愛に撃たれたところで大したダメージにはならない。
「し、死にませんよね?」
自殺幇助を求めているように見えるか?
そもそもエアガンだぞ。
ダンジョン外で撃たれても普通は死なないよ。
「当たり前だろ!」
「な、なら撃ちます……」
護愛は恐る恐る銃口を俺に向ける。
その表情はこわばっており、まるで実弾の入った銃を握ったかのような緊張感を漂わせていた。
そして視線を逸らしながら引き金を引く。
撃つのがよほど怖いらしい。
パァーンという音と共に発射されたBB弾は、俺の胸元に直撃した。
大した痛みはない。
ダンジョン特有の物理法則を実感する。
「だ、大丈夫です?」
「余計な心配しなくていいよ。それよりも床に落ちたBB弾を詰めたら、さっさとゴブリン退治してきて」
まずはレベルだ。
スタイルを変えるのは、後からでもいい。
「フェルザーさんは?」
「見学してるよ」
「……」
不服そうだったが、何も言わなかった。
それなりの理由はあると理解してくれたのだろう。
護愛が2階の魔物を掃討している間、俺は暇だったので一人無意味にストレッチをしていた。
こういう時間は何をすればいいんだ?
「お、終わりましたー!」
そうこう悩んでいるうちに護愛が戻ってきた。
あまり数を倒したようには見えないが、気にしなくてもいいだろう。
エアガンで魔物を撃つことに慣れてほしいだけだ。
「ステータスを見せてみろ」
「どうすればいいんです?」
「両手の人差し指を外側へ広げるように動かせ。スマホにおける拡大操作だと思えばいい」
「えっ?」
護愛は困惑しながらも、言われた通りに指を動かす。
「あっ!」
本人にしか見えないメニュー画面が開かれたのだろう。
その後は俺が指示するまでもなく、ステータス共有にこぎつけた。
メニュー画面の操作だけは俺よりも理解が早い。
名前:魔乃 護愛
メインレベル:4
スタイル:魔物使い
スタイルレベル:4
HP:20 / 20
MP:9 / 9
力:7
防御:3
魔力:5
魔法防御:9
素早さ:5
免疫力:1
取得済みスキル
テイム(専)
従魔
スライムLv1 ×10
状態:普通
累計経験値:70
次のレベルまでに必要な経験値:24
レベル4とはいえ、ステータスに恵まれているとは言い難い。
生産スタイルを勧めたのは正解だったようだ。
「スタイル変更も今のメニュー画面で操作できるから覚えておけ」
「はい」
先輩ヅラするのはこのくらいにしておこう。
まともな両親なら、幼い娘のダンジョン探索を容認しない。
ましてや知らない男と行動を共にするなど認めるはずがない。
俺の教えは活かされない可能性のほうが圧倒的に高いのだ。
過剰な投資コストを支払わないためにも今日はこれで解散しておきたい。
「今日はこれで終わりだ。大体いつも同じ時間帯に活動しているから、また参加したくなったら来い」
「分かりました。あ、明日からよろしくお願いします」
「ああ、そうそう。3階以降は絶対に一人で行かないようにな」
「怖い魔物がいるんですか?」
「こいつらだよ」
俺は近くの壁に指を差す。
「えっ?」
しかし、護愛にその意図は伝わらなかったようだ。
「出てこい!」
「ひっ!」
俺の指示に呼応したゴーストたちが壁の中から姿を現した。
護愛は全く予想できなかったのだろう。
驚いた拍子に尻餅をついていた。
「こいつらは壁をすり抜けてくるから、不意打ちを受けやすいんだよ」
何より護愛はHPが低い。
ゴーストの不意打ちを受けたら、あっさりと致命傷になりかねない。
「そ、そうなんですか……」
「従えるならすっごい優秀なんだけどね」
「と、とりあえず分かりました」
エアガンを返却した護愛は、逃げ出すようにダンジョンの外へと駆け出していった。
お化けを怖がるお年頃はもう過ぎていると思うのだが……
「キュ~」
護愛のテイムしたスライムたちはその場に取り残されていた。
そのうち野生に戻るだろう。
殺せなかったとはいえ、置いていくことはできたのだ。
ギリギリ及第点と評価してもいい。
護愛はステータスに恵まれていない。
ダンジョン探索に適した性格とも言えない。
ただ、期待できることもある。
幼い少女が平日の真っ昼間に探索していたのだ。
友人もいない不登校児だろう。
それならば探索にたくさんの時間を費やせる。
今日の教育時間はせいぜい一時間ほどだ。
一日限りの関係で終わってしまったとしても大した損失ではない。
僅かな人的投資で、使い勝手の良い探索者を迎えられるチャンスを作ったのだ。
極めて合理的な判断をしたと思う。
少なくともダンジョンマチアプ『クラン』に時間と金をつぎ込むよりはよっぽど効率的な人的投資だ。
……というか、クランは会費と時間を返せ!
俺が魔法使いのスタイルをやめて、ソロ活を決めたのはクランのせいだからな!




