第16話:ウンディーネ討伐作戦
ダンジョン9階。
作業をする護愛の近くにはまだまだたくさんの武器が積み上がっている。
俺が10階で戦っている間、さぼっていたのだろうか?
あまり減っているようには見えない。
少なくとも作業ペースが落ちていることは明らかだ。
「戻ったぞ」
「律文さーん、もう疲れましたー」
開口一番にこれか。
疲れるのは分かるよ。
めんどくさいのもね。
でももうちょっと頑張ってくれ。
生産レベルを上げるにはインゴットライン工が模範解答なんだよ。
「報告だ。作業しながら聞いていてくれ」
とりあえず生産の話は後だ。
まずは明日以降のことを話しておきたい。
「はい」
「10階のボスフロアで本来いないはずの魔物を確認した」
「どんな魔物ですか?」
「ウンディーネだ」
「ウンディーネ?」
ゲーム体験の乏しい護愛はウンディーネの名前を聞いてもピンとこないのか……
「水の精霊だよ」
「ほ、ほんとですか!」
何で嬉しそうなんだよ!
本来いない魔物が、しかもデスマッチを想定したボスフロアにいたんだ。
どう考えても不安になる場面だろ!
「で、そのウンディーネが思いのほか強かった。はっきり言って、今の俺たちでは勝ち目が薄い。だから明日以降はボスをスルーして11階に進もうと思う」
ボスを倒さずとも先に進めるんだ。
わざわざ倒すことにこだわる必要はない。
「ちょっと待ってください!」
護愛が完全に作業の手を止めた。
もう少しマルチタスクに慣れてくれ。
「どうした?」
「ウンディーネを倒しましょう! 強い魔物、しかもボス補正込みなら効率良く経験値を稼げると思うんです!」
「勝てないと判断したから撤退してきたんだよ。分かってる?」
「勝てますよ!」
……お前、どこからその自信が湧いてくるの?
最初から捨て駒のつもりだったスケルトンランサーはまだしも、大事に育てていたリビングソードがやられたんだよ?
「あのおじさんはこの水着が水耐性100%って言ってたじゃないですか! だからこれを着ていればウンディーネの攻撃を無効化できると思うんです」
「お前が盾になるつもりか」
「はい」
想像していたよりもずっとまともな対策案だ。
とはいえ、護愛は事実上の護衛対象。
あまり危険な目に遭わせるわけにはいかない。
もし盾にするならば、ウンディーネの攻撃を無効化できる確信が欲しい。
「だったら明日までの宿題だ。その水着をサーチ・アイで調べろ」
あのおっさんが、もしくはサーチ・アイを連れた魔物使いが適当なことを抜かした可能性だってある。
水着の性能を直に確認させなければ安心できない。
「えっ?」
「亜炉麻ならサーチ・アイ系統の魔物を従えているだろ?」
亜炉麻は100体以上の魔物を従えていたんだ。
その中にサーチ・アイ系統の魔物がいないとは考えにくい。
仮に従えていなかったのなら、当初の予定通りボス部屋はスルーだ。
「知らないですよ」
「とりあえず聞いてこい。多分従えているはずだ」
「分かりました」
「これで話は終わりだ。あとは積み上がった武器の山をさっさと片付けようか」
このまま捨てて帰ってもいいけれど、まだ探索を切り上げるには早すぎる。
効率的に時間を使うためにもインゴットライン工は続けたほうがいい。
「……」
「俺も手伝ってやるからさっさと終わらせるぞ」
「えっ?」
何を驚いているんだ?
周囲に敵のいないこの状況なら、魔物どもへの指示が不要なんだ。
だったら俺だって鍛冶師のスタイルに切り替えて、生産レベルを上げようと考えるよ。
効率的な成長を考えたら、当たり前じゃないか?
「あ、ありがとうございます」
感謝しなくていいよ。
無駄な時間を過ごしたくないだけだからね。
護愛も「私の生産経験値を横取りすんな!」くらいに思ってほしいよ。
スケルトンたちから奪ったこの武器の山は貴重な生産経験値なんだからね。
◆
その日の夜中──正確には翌日の深夜2時。
俺のスマホがぶーぶーとバイブ音を鳴らしていた。
こんな時間に誰だよ。
【宝塚ダンジョンの10階にウンディーネがいたってほんと?】
Li〇eの通知。
送り主は亜炉麻だ。
【ああ、本当だ。正直俺も信じられない】
【悪質な魔物使いの仕業かもしれないし、ダンジョン警察に通報したら?】
珍しくまともなことを言うじゃないか!
もしかして酒に酔ってる?
【却下。面倒事が増える】
とはいえ、亜炉麻の提案に乗るつもりはなかった。
魔物使いの犯行となれば、当然俺も嫌疑をかけられる。
事情聴取を受ける可能性だってある。
そうなれば無駄な時間を取られるだけだ。
それに俺はボスフロアを抜け出す術はもちろん、無視するやり方だって知っている。
あのままウンディーネが存在し続けようと別に困らない。
【律文くんってダンジョン警察を信用できない人?】
いつの間にか、亜炉麻にも俺の本名が伝わっているのか。
護愛は平然と喋るなよ。
【そういうわけじゃないよ。時間を取られたくないだけ】
【あー、分っかるー!】
理解を得られたようで何よりだ。
【で、何か用件があったんじゃないのか?】
【ごめん、肝心なことを言い忘れてた。明日は護愛ちゃんを休ませるからよろ】
【急な予定が入ったのか?】
【筋肉痛の予定だって】
それは予定って言わない。
【ああ、そうそう。ウンディーネを従えたいなら、浄水器を持っていってね】
有益な情報は助かる。
でも俺の家に浄水器なんてないよ!
仮にあったとしても、あんな大きなものを持ち運びたくない。
……というか、亜炉麻はもうウンディーネを倒す前提で考えているんだな。
ウンディーネはwebの情報によれば、物理・魔法共に全て水属性だ。
あの水着が本当に水属性耐性100%なら、理論上はノーダメで倒せる。
ただし、レベルは32。
現状レベル15の護愛にとっては、数段格上の魔物だ。
亜炉麻は娘がウンディーネと戦うことに不安を感じないのか?
もっとも余計な不安を煽るつもりはない。
【分かった】
テイムする気ないけどね。
【あっ、そうだ。ついでだから聞いておきたい。護愛のもらった水着は水耐性100%だった?】
【うん。それはばっちりよ】
亜炉麻は俺たちを止めない。
水着の水耐性は100%。
ウンディーネの攻撃行動は全て水属性。
もう戦わない理由がなくなったな。
俺も腹をくくるか。
……俺自身は戦わないけど。
◆
二日後。
いよいよウンディーネ討伐の日がやってきた。
「おはようございます!」
ダンジョンに足を踏み入れると、護愛が俺に朝の挨拶を交わす。
その目はいつもよりずっと輝いていた。
「ああ、おはよう。随分楽しそうだな」
「はい! 強い魔物を倒して、ぱぁーってレベルを上げられるんですよ。ワクワクするじゃないですか!」
地道なレベル上げには興味ない癖に興奮し過ぎだろ。
こいつ、思っていた以上のドパガキだな。
これでボスフロアにウンディーネが出なかったら、ショックで寝込むんじゃないか?
ダンジョン9階。
ウンディーネと再戦する前に準備しておきたいことがあった。
「ウンディーネと戦う前に武器を確保しようか」
「インゴット生産はもう嫌です……」
「いや、今からやるのはインゴットの生産じゃないから」
「へっ?」
「ウンディーネを倒すための剣を作るんだよ。斬撃が弱点だからな」
「銃刀法は大丈夫なんですか?」
「ダンジョンを出る前に捨てればいいよ」
「も、勿体ない……」
即席の武器なんて使い捨てるのが普通だよ。
護愛はもっと使い捨てることを学んだ方がいい。
俺はスケルトンたちから武器を奪い、護愛の前に並べる。
護愛はスケルトンたちの武器を分解して、自分用の剣を作り始めた。
作業を続けて約30分。
対ウンディーネ向けの剣が完成した。
その大きさは1.5メートルにも及び、護愛の身長を上回る。
もうちょっと扱いやすさを考えた方がいいと思う。
それだけ大きな剣を長時間振るっていたら、明日はまた筋肉痛で動けなくなるよ。
ダンジョン10階。
俺たちは早速ボス部屋に向かう。
その場で待機して数分。
土色に輝く魔法陣からゴーレムが姿を現した。
処理手順は二日前と同じ。
ゴーストをけしかけて、高みの見物を決め込むだけだ。
1分。
3分。
5分。
やはりすぐには決着が付かない。
この時間はほんとに暇だ。
「これだけ暇だとインゴットライン工をしたくなるだろ?」
「絶対ないです」
即答で断言するとか、どんだけインゴットライン工が嫌いなんだよ!
もうトラウマになっているじゃん。
もしかして俺、運動嫌いを根付かせる体育の授業を批難できない立場になった?
「まあやりたくなったら言ってくれ」
「今度はトランプでも持ってきます!」
……何でそうなるんだよ。
せめて一人で出来る遊び道具を選べ。
「とりあえず効率化を図りたいから、俺は一度ボス部屋を出る」
「え、ボスを倒さなくても出られるんですか?」
ボス部屋から逃げ帰った話をしただろ。
その時点で気づけ。
抜け出す術を知らなかったら、俺はもうウンディーネに殺されているんだよ。
「魔物に乗ればいいだけだ」
それだけ告げて、俺はボス部屋から抜け出す。
その数分後、ドーンという大きな音がフロア内に響き渡る。
ようやくゴーレムが倒されたようだ。
「ゴーストどもは俺の元に戻ってこい!」
俺はすかさずゴーストに招集命令を出す。
ウンディーネと対峙させたら、速攻で殺されそうだからな。
「護愛は今のうちに魔石を拾っておけ」
扉越しに指示を出す。
「はい」
ゴーレムの落とす魔石はそれなりの大きさだ。
拾わないでいるのは勿体ない。
それから数分後、護愛が何かに気づいたようだ。
「魔法陣が青く輝いてます。ついにウンディーネがくるんですね!」
「そういうことだ」
「頑張ります!」
いよいよウンディーネのお出ましだ。
「危うくなったら上空にファイアボールを放て。その時はデモンダイスとリビングソードを囮にして、ガーゴイルがお前を連れ去る」
「分かりました」
戦いに参加しない俺の役目は可能な限り安全対策を講じることだ。
きちんと育て上げた魔物は犠牲にしたくないが、いざとなれば捨て駒にすることも視野に入れている。
「デモンダイスは上空から戦いの様子を監視。護愛の危険を感じたら、直ちに一の面で俺に体当たりするといい」
本当に危うい状況になったら合図を出す余裕もない。
そのため、戦いの様子を監視する指示も出した。
俺にできる安全対策はこれで全てだ。
後は護愛の健闘を祈ろう。




