第11話:変質者は古き良き水着を広めたい
デモンダイスをテイムしてから探索すること約50分。
7階に降りた時の向きを「上」と定義した場合、左上のエリア以外は全て回ったことになる。
その間に倒した魔物はマミーが21体、デモンダイスが7体だ。
このフロアにいるはずの唐傘小僧には一度も遭遇していない。
魔物の出現間隔や位置はランダム性があるものの、ここまで偏るだろうか?
8階へと続く階段はすでに発見している。
効率的に探索するなら、さっさと先に進むべきだろう。
だが、どうしても未探索のエリアが──いや、唐傘小僧と遭遇しない理由が気になる。
効率を度外視した探索方針は流儀に反するのだが、どうしたものか……
「律文さん?」
護愛は俺の本名を知った瞬間、本名で呼ぶようになった。
呼び方を切り替える必要あった?
「なんだ?」
「いえ、考え事をしていたみたいなんで……」
「気にしなくていいよ」
護愛に効率を度外視する理由を押し付ける手もあるが、それはさすがにダサすぎる。
そもそもそんな発想が浮かぶ時点で、モヤモヤ感が集中力を削いでしまうはずだ。
やはり唐傘小僧と遭遇しない原因を調査しよう。
「8階に進むのは後だ。唐傘小僧の群れを狙う」
これまで一切遭遇しなかったということは、未探索のエリアに集まっている可能性が高い。
言い換えれば経験値が集まっているわけだ。
決して効率の悪い判断ではない。
未探索エリアに踏み入る理由は十分だ。
「律文さんもシャワーが欲しいんですか?」
「いや、いらない」
シャワー目的で唐傘小僧を従えたらどうなるか?
服の着脱時間は増えるし、持参する荷物にバスタオルが追加される。
どう考えても効率を悪くするだけだよ。
「唐傘小僧が一ヵ所に集まっていたなら、効率的に経験値を稼げるってだけの話だ」
「8階に進むのとどっちが効率いいかで迷ってたんだ……」
何でがっかりするんだよ!
お前は性欲にかまけて成長効率を度外視する男に──事後処理目的でシャワー代わりの魔物を求める男に抱かれたいのか?
さすがにないだろ?
「当たり前だ」
安定した収入を得られる専業探索者になるのは最優先事項だ。
現状1日あたりの手取りは1000円未満なのに効率的な成長を求めないほうがおかしい。
◆
未探索エリアの中心部に近づくと、ザーッという雨音が何度も耳に響いてきた。
天井のあるダンジョンには降らないはずの雨。
スキルによって雨を降らす唐傘小僧が近くにいる証拠だ。
雨音を頼りに歩き続けると、小さな小屋に行き着いた。
唐傘小僧はこの中にいる可能性が高い。
「開けていい?」
「いや、ちょっと待て」
唐傘小僧は攻撃性の低い魔物だが、探索者への嫌がらせを好む。
ならば扉を開けた瞬間、何か仕掛けてくるだろう。
その被害を免れるため、ここは捨て駒として捕まえたスケルトンに扉を開けさせよう。
「罠の可能性がある。一旦離れようか」
扉を開ける予定のスケルトンを除き、俺たちは小屋から距離を取った。
約5メートル──これだけ離れておけば何かあっても大丈夫だろう。
「護愛、エアガンを渡せ」
「は、はい」
俺は護愛に貸していたエアガンを手に取り、天井に向けてBB弾を一発発射。
小屋を開けろという合図だ。
スケルトンは扉を開く。
その瞬間、あり得ない量の水が溢れ出した。
まるで小屋が巨大な水槽であったかのような水量だ。
唐傘小僧の降らせた雨水なのだろう。
扉を開けたスケルトンはその勢いに飲まれて、俺たちのほうまで流されてきた。
新手の合流方法だろうか?
さらに小屋の内部にいたと思われる唐傘小僧も3体ほど流されてきた。
自分たちで降らせた雨水に流されるとはなんともシュールな絵面だ。
「こいつらはデモンダイスとガーゴイルがやれ!」
安全な探索には壁役の成長が必要不可欠だ。
デモンダイスとガーゴイルには優先的に経験値を与えたい。
「扉を開けたスケルトンがぐったりしていますけど……」
「ほっとけばいいよ」
一応付いてこいと指示は出すけど、無理やり立ち上がらせる気はない。
ましてや回復させるつもりはない。
捨て駒なんてその程度の扱いで十分だろ。
「大丈夫なんですか?」
「……」
心配する価値がないって言っているんだよ!
意図を理解しろ!
流されてしまったスケルトンのことは無視して、水が溜まっていた小屋の調査を開始。
内部には19体もの唐傘小僧が衰弱した状態で見つかった。
自分たちの降らせた雨水に浸かり続けて弱っていたのだろう。
あまりにも頭が悪い。
「やれ!」
小屋の中にいた唐傘小僧19体全てにトドメを刺して外に出る。
「可哀想……」
……護愛に撃たせるべきだったか。
余計な倫理の枷はさっさと外してやらないとな。
「余計なことを考えるな」
そもそもダンジョンの魔物なんて、倒しても数時間後には元気にリホップするんだ。
倒して状態をリセットしてやるほうがよっぽど優しいだろ。
唐傘小僧を一掃した俺たちは小屋を後にする。
不審な足音が聞こえてきたのはその直後だった。
タッタッタッと何者かの足音がこちらに迫ってくる。
魔物のものではない。
他の探索者が向かってきているようだ。
それから程なくして、小太りのおっさんが俺たちの前に現れた。
足音の正体はこのおっさんで間違いない。
「あーーーっ!」
俺たちを見るや否や、おっさんはまるで泥棒を見つけたかのように叫ぶ。
何か悪いことをしたか?
「ぼ、僕の素材がーーーっ!」
おっさんは叫びながら、俺たちをすり抜けるようにして小屋へと入っていった。
だらしない体型の割に素早い動きだ。
「素材って何のことでしょう?」
「さぁ?」
あの小屋には唐傘小僧がぎゅうぎゅう詰めになっていただけで、それらしき素材はなかった。
唐傘小僧の落とす素材が目的だとしても、喚く理由が思いつかない。
それだけありふれた魔物だ。
「8階へ進もうか」
頭のおかしいおっさんなど相手にしたくないからな。
「ま、待つんだー!」
その場を離れようとしたその時、おっさんは俺たちに声をかけてきた。
いや、正確には護愛に話しかけてきた。
「なあ、君は僕の作る水着に興味あるよね? あるよね?」
「はっ?」
こいつ、ロリコンの変質者か。
「わ、私に装備を作ってくれるんですか?」
……護愛はもう少し警戒心を抱け。
お前はお菓子に釣られて知らない人に付いていっちゃう幼児未満かよ。
「うんうん、お代はいらないよ。僕に水着姿を見せてくれればそれでいい」
「ありが──むぐっ!」
俺は護愛の口を塞ぐ。
そして庇うように前へと出た。
「何のつもりだ?」
「可愛い女の子の水着姿を見たい。ただそれだけだよ!」
変質者は俺に問い詰められても顔色一つ変えない。
後ろめたさをまるで感じない。
「君だって同じ男なんだ。可愛い女の子にスク水を着てもらいたい願望は理解できるだろ?」
「……」
理解はするよ。
でも同意したくない。
「男女共通のセパレート水着なんて美しくない! 古き良きスク水こそ女児の魅力を引き立てるんだよ!」
この無駄に熱く語るフェチっぷり。
裏表のない純粋な変質者に思える。
なんというか、ある意味で信頼できる。
「り、律文さん。いきなり何をするんですか!」
口を塞がれていた護愛が俺に抗議する。
「飼い犬のリードを引っ張ったようなもんだ」
「えっ?」
説教したくないから、そういう言い回しをしたんだ。
伝われよ!
「……僕よりマニアックな趣味なんだね」
いや、違うから。
変質者のお前にだけはドン引きされたくねーよ。
「おじさんの作る水着って良い装備になりますか?」
「探索初心者なら役立つと保証するよ。サーチ・アイを連れた魔物使いの子は僕の作った水着を制限レベル10、防御力26、水耐性100%と解析していたからね」
装備のことはあまり詳しくないが、制限レベル10でそのスペックは破格に思える。
しかも水着なら、別の衣服を重ね着しやすい。
お金は取らないみたいだし、護愛も乗り気だ。
この変質者の話に乗っておくか。
悪いやつではなさそうだし。
「制限レベル? サーチ・アイ?」
護愛は制限レベルすら知らないのかよ。
「ただの衣服ではなく、装備として機能するための条件レベルだよ」
教えてなかったとはいえ、さすがにこのくらいは知っていてほしかったよ。
探索に関わらない人間でも知っている常識だからな。
「律文さんも知ってたんですか!」
「知らないわけないだろ」
「サーチ・アイのことも?」
「当たり前だ」
サーチ・アイは装備や素材の価値を精査してくれる魔物だ。
当然、魔物使いからの人気は高い。
餌代も比較的安価で済み、実用性に長けている。
なお、戦いでは役立たないし、このダンジョンには生息していない。
「水着のことは俺からも認めよう。ただし……」
「お触り厳禁って言いたいんだよね?」
「そういうことだ。あと撮影もな」
「分かってる分かってる。僕は紳士だからね」
俺は真面目にやりとりしているんだよ。
自称変態紳士の寒いノリはやめろ。
「完成までどれくらいかかる?」
「3時間もあれば作れるよ」
3時間も経過したらダンジョンの外は真っ暗だ。
青少年保護育成条例で定められた補導対象とはならないが、その予備軍として護愛が警察の目に留まるかもしれない。
そうした事態はできるだけ避けたい。
受け取りは明日にしよう。
「ならば受け取るのは明日この場所で、時間は14時前後で構わないか?」
「うん。分かったよ」
取引は成立だ。
しかし、護愛の初防具が変質者の作ったスク水になるとはな。
色々と間違っている気がするよ。




