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第二話 同行者

 少女を連れて歩き始めてから、どれくらい経っただろうか。


 太陽は頭上にあった。焼けた街並みはいつの間にか背後へ消え、目の前には荒れ果てた大地が広がっている。かつて畑だったのかもしれない。草は枯れ、土はひび割れ、風が吹くたびに砂埃が舞い上がる。


 男は黙々と歩いていた。


 後ろから聞こえる小さな足音。一定の間隔を保ちながら、少女がついて来ている。振り返ることはなかった。足音が聞こえる。それだけで十分だった。


 少女は何も話さない。男も話さない。二人の間にあるのは沈黙だけだった。まるで偶然同じ方向へ歩いている旅人同士のように。


 男は時折、空を見上げた。雲は薄い。今日は雨は降らないだろう。それだけ分かればいい。余計なことは考えない。考えることをやめたからこそ、ここまで生きて来られたのだ。


 昼を過ぎた頃、男は道路脇に放置された自動販売機を見つけた。錆びついている。ガラスは割れ、中身は空だった。とっくに誰かが持ち去ったのだろう。男は少しだけ期待した自分に苛立った。こんな世界で都合良く食料が手に入るわけがない。


 歩き続けるしかない。


 ふと後ろから音が消えた。


 男は足を止める。数秒、沈黙。振り返ると、少女が立ち止まっていた。疲れた様子で地面を見ている。


「どうした」


「別に」


 嘘だ。疲れているのは明らかだった。だが男も何も言わない。励まし方など知らない。


 しばらくして少女は再び歩き出した。男も前を向く。また足音が聞こえ始める。それだけだった。


 夕方、二人は廃墟となったガソリンスタンドを見つけた。屋根は半分崩れているが、風を凌ぐには十分だった。人の気配はない。獣もいない。今夜の寝床にすることを決めた。


 少女は無言で隅に座り込む。男は集めた木片を積み上げ、小さな火を起こした。ぱちぱちと薪が弾ける音が響く。


 戦場では嫌というほど火を見た。街を焼く炎も。人を焼く炎も。だが今目の前にあるのは違う。人を温めるための火だ。


 男は水筒を少女へ渡した。少女は黙って受け取り、小さく口を付けてから返してきた。


「ありがとう」


 男は何も答えなかった。


 夜は静かだった。遠くで風が鳴っている。少女は壁際で膝を抱え、やがて寝息を立て始めた。男も目を閉じる。


 眠れなかった。


 昔から眠りは浅い。戦場で身についた癖だった。小さな物音ひとつで目が覚める。銃声が聞こえた気がすることもある。実際には何も鳴っていないのに。


 男が薄く目を開けると、少女の姿が見えなかった。


 立ち上がろうとして、やめた。好きにすればいい。あの子にはあの子の人生がある。自分には関係ない。


 男は再び目を閉じた。


 数分後、かすかな足音が近づいてきた。そして止まる。しばらくして、壁際に腰を下ろす気配がした。


 逃げようとしたのだろう。あるいは水を探しに行っただけかもしれない。どちらでもいい。


 ただ不思議だった。もし自分なら、こんな得体の知れない男の側に戻って来るだろうか。


 戻らない気がした。


 男は薄く目を開ける。少女は膝を抱えて眠っていた。小さな身体だった。戦争がなければ学校へ通い、友達と遊び、くだらないことで笑っていた年頃だろう。


 男は視線を逸らした。考えれば思い出す。失ったものを。守れなかったものを。


 その時、小さな声が聞こえた。


「……ママ」


 寝言だった。少女は眠りながら泣いていた。


 男は動けなかった。何か言うべきなのかもしれない。慰めるべきなのかもしれない。だが言葉が出てこない。そんな資格が自分にあるとも思えなかった。


 やがて男は立ち上がった。自分が使っていた毛布を手に取り、少女の肩へそっと掛ける。少女は起きない。ただ少しだけ身体を丸めた。


 男は再び壁にもたれかかった。火はほとんど消えかけている。


 明日も歩かなければならない。海までどれくらい残っているのか分からない。母親が本当に生きているのかも分からない。何も分からない。


 それでも朝は来る。


 男は目を閉じた。そして今度こそ、眠りへ落ちていった。

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