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<22・Request>

「どうしても、お願いしたいの!」

「え、ええ、え?」


 突然頭を下げられた二人は、唖然として顔を見合わせていた。

 十八歳のメイドのライラと、十四歳の執事見習いであるロワである。金色の髪が美しいライラは、ローラが幼い頃から面倒を見てくれた仲良しのメイドだった。そして赤髪のロワは、実年齢よりずっと幼く見える上小柄な少年であるが、とても一生懸命で使用人みんなから可愛がられている。

 二人とも、マリーが一部から嫌がらせをされていた時に庇ってくれたメンバーだった。どちらもローラにとっては、信用の置ける使用人だと言っていい。

 むしろだからこそ、この依頼をするわけだが。


「わけがわかりません、お嬢様。ちょっとわたし、耳がおかしくなったんでしょうか」


 戸惑うライラに、隣でロワもうんうんと頷いている。そりゃそうだろう、いきなり「ローラに叱られている演技をしてほしい」なんて頼まれた日には。


「どうしても、必要なことなの」


 本当の理由なんぞ説明できない。

 ただ二人は昔からローラと親しいし、信頼してくれていると知っている。そうでなくても、家主の一人であるローラの命令は基本的に絶対だ。信頼関係があろうがなかろうが、そう簡単に逆らえるものではないのである。


「私は二人の適当なミスをでっちあげて、庭で怒鳴るから……二人は、私に理不尽な理由で叱られてるって演技をしてほしい。なんなら、ロワを殴るフリをするから、ライラはそれを庇って私を非難するとか、そういうことまでやってほしいんだけど」

「い、意味が分かりませんが!?え、どうしてそんなことを……」

「お願い!どうしてもやらなきゃいけない理由があるの。こ、今度ね、学校で演劇のオーディションがあるんだけど……私演技が全然だから、とにかく練習しないといけなくって」


 滅茶苦茶でっちあげだった。しかし、演劇の練習だ、と言われたことで二人は明らかに安堵した顔になる。

 家では両親が仕事をしている時もあるし、煩くしては使用人の仕事の邪魔にもなる。庭の方がスペース的にも練習しやすいというのは、わからなくもない。

 とはいえ。


――……庭でやるってことは、他人に思い切り目撃される可能性があるってこと。……二人が、気づかないといいんだけど。


 これも、計画の一つだった。

 シューラたちの行動のおかげで、ローラの黒い噂はじわじわ広まっているはずである。その上で、今度はもう一つ手を打つことにしたのだった。

 つまりローラがいじめているのは、マリーだけではないということ。

 使用人たちも理不尽にこき使っている、いじめている。そのイメージを、一人でも多くに定着させようというのである。

 ただの噂だけではない。もっと影響力の大きい組織に、それを目撃させなればいけない。そう、例えば新聞社のような。


――こっそりノラ新聞社には情報をリークした。ローラ・スピネルは表向きは普通の令嬢だが、実は裏では凄惨ないじめを行っているらしい……と。


 彼らにはバレないようにこっそり写真を撮ってスッパ抜くのがいい、みたいなアドバイスまでしてある。リークの手紙はアネットに匿名で投函させた上、新聞社の周辺を見張らせている。

 あとは会社がある場所で彼らが出発したのを逆算して、この屋敷の周辺に到着するであろうタイミングで〝いじめ〟の様子を目撃し、写真を撮らせればいい。ノラ新聞社が持っている最新式の小型カメラならば、ライラとロワに気づかれることなく写真を撮ることも可能なはずだ。


――一度そういうすっぱ抜きが出てしまえば、後で気づいたライラたちが否定しても意味がない。脅されて、庇わされていると思われるのがオチなんだから。


 それに関してはマリーもそうだ。

 いずれ、ローラが自ら悪評をバラ撒いていることはマリーの耳にも入る。彼女がいくらローラを庇ったところで、脅されていると世間が思えばもう関係ないのである。

 あとは、その悪評が王様の耳にも入り、アンディに婚約破棄するように命令の一つも出してしまえばおしまいだ。順当に、ゲームのシナリオ通りに事が進むはずである。


「私、悪役令嬢の役がやりたいの。自分ができない役ってかっこいいし、面白そうでしょ?」


 ただ、とローラは苦笑いして言う。


「でも、私人を怒鳴るとか、悪口を言うのって全然得意じゃなくって。小説とかで読んで、いじめっ子のイメージはついてるんだけど……。だから、二人には精一杯演技してほしいの。決まった台本がまだあるわけじゃないから、アドリブでやってくれればいいからさ」

「そういうことでしたら」

「まあ、お嬢様の頼みだし。僕達でいいなら、やりますよ」

「ありがとうね、二人とも」


 それから、ごめんなさい。

 心の中で呟く。真実を知れば、彼女らは間違いなく傷つくだろうとわかっていながら。


――私は、本物の悪役令嬢にならないといけない。……ゲームの中で、悪役令嬢・ローラがどういう言動をしていたか、思いださないと。


 庭の一角。丁度、カメラで隠し撮りできそうな、植え込みがある場所の近く。タイミング的には、そろそろいいはずだ。ローラは息を大きく吸い込んで、精一杯の〝演技〟を始める。

 ゲームで見た、シナリオ通りのことを言えばそれで、いい。そう、確か。


「〝あんた達。どうして私があんた達を呼び出したか、わかってんでしょうね?……私が起きる前に、倉庫の掃除を全部終わらせておけって言ったじゃない。なんで終わってないわけ?〟」


 二人ではとても終わらない、埃まみれの倉庫の掃除を強要した。今のローラは、そういう〝設定〟だ。

 演技だとわかっているライラとロワは、露骨に体を震わせてみせる。実は、演技の練習、と言った時にこの二人を呼んだのは一応合理的な理由があってのことだ。というのも、ライラは学生時代に通っていた学校で演劇部に所属していたのである。ロワはそういう経験はないが、執事として働いてお金をためた後は舞台役者を目指したいということを言っていたことがあった。多分、今でも夢は変わらないだろう。

 そういう意味で、この二人を選んだ。彼女たちには、そう思っておいてもらわなければいけない。


「〝お、お嬢様、ごめんなさい……〟」


 ロワが弱弱しい声を出す。俯き、震える姿はまさに本当に怯えているかのよう。素晴らしい演技力だ、と心の中で褒め称えつつ、植え込みの方にちらっと視線をやった。微かにレンズが光ったのが見えた気がする。気配もある。――うまい具合に、マスコミをおびき寄せることに成功したようだ。

 そもそも新聞社や雑誌出版社は、隙あらばマリーに関して取材をしたがっていると知っているのである。少しでもマリーと、マリーを保護するスピネル家に関してニュースがあれば飛んでくるだろう、という確信があったのだ。


「〝で、でも、その、あの〟」

「〝なに?言いたいことがあるなら言ってごらんなさいよ〟」

「〝あ、あの量を、半日で掃除するのは、無理です。僕と、ライラさんだけじゃ〟」

「〝はあ?言い訳してんじゃないわよ、このクズ!〟」


 目で合図してから、思い切り右手を振りかぶった。そして思い切り振り降ろす。

 実際はまったく掠っていないが、事前の打ち合わせ通りロワは思い切り吹っ飛んで尻餅をついてくれた。あまりにも見事がすぎる。


「〝お、お嬢様、おやめください!なんでこんなことするんですか!あんまりです!〟」

「〝うっさいわね、ライラ!次はあんたを蹴っ飛ばすわよ!〟」


 それともなに?とローラはロワを庇って立つ少女を舐めまわすように見下ろしながら、わざと厳しい物言いをする。


「〝この間みたいに、全裸で風呂掃除させられたい?それがお好みなら、そうさせてあげるけど?〟」


 前にもそのような仕打ちをしました、というような言動。これはかなり強烈なはずだ。年頃のメイドを裸にさせて掃除させるなんて、あまりにも残酷がすぎる仕打ちである。

 流石にそれはやりすぎじゃ、と一瞬ライラは眉をひそめたが、すぐに気を取り直してその場に膝をついた。


「〝お、お嬢様、酷いです……あんまりです!お願いします、わたし達が悪かったですから、もう、あんなことは……!〟」


 遠くで微かに、シャッターが切られる音が――確かに聞こえた。




 ***




「な、な、なんですか、これ……」


 その新聞記事が出たのは、翌日のこと。

 父から直々に記事を見せられたアンディは、唖然として何度も文字を、写真を読み直すこととなった。

 自分が愛するローラが、使用人たちを虐待していた?マリーのことも陰で虐めて、追い詰めていた?なんだ、この出鱈目な記事は!


「お父様!いくらなんでもあんまりです、こんな滅茶苦茶な記事を信じるのですか!?」

「……儂だって信じたくないさ、アンディ。だが、写真もあるし……出してきたのが天下の国営メディアだ」


 アンディの父は、渋い顔でアンディを見て言う。


「写真もある。録音データもある、と新聞社は言っている。……何かの間違いと信じたいが、もしこれが本当なら……言いたいことは、わかるな?流石に、聖女を虐待しているようなご令嬢とお前を、結婚させるわけにはいかない。陛下の耳に入るのも時間の問題であろうしな」

「ありえません!絶対に何かの間違いです、そうに決まっています!ローラとマリーは、あんなに仲がいいというのに!まるで本物の家族のように……!」

「そうだな、お前たちは何度も一緒に出掛けて、絆を深めていたのだったな。知っている。だが……」


 父が言わんとすることも、わかる。

 つまり、真偽を自らの目で確かめてこいと、そういうわけだ。そして本当だとわかった時は、ベリル家の名誉のために婚約破棄をも視野に入れろというわけである。

 彼がそう考えるのも無理はなかった。というのも、ちらほら国のエライ人から言われることが増えていたからだ――聖女マリーとは、騎士団の優秀な人間が結婚して子孫を成すべきではないかと。そして、それはアンディがふさわしいのではないか、と。

 無論アンディは既に婚約者がいる身であるし、マリーがそんなこと望むとも思えないので断り続けてきたのだが。


「わ、わたくしが……自分で、本当のことを、確かめます!」


 とにかく今は、そう言うしかなかった。だが、問題がある。最近、国のレジスタンスの活動が活発になっていて、騎士団は大忙しなのだ。つまり、仕事の予定がみっちりつまっているのである。果たしていつ、まともにローラと話ができるかどうか。


――ローラ……一体何が、どうしてどうなってるんだ……!?


 とにかくせめて、電話でだけでも話をしなければ。



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