<21・Intimidation>
彼女達を呼び出すのは、難しいことではなかった。なんといっても、ローラがいるスピネル侯爵家の専属メイドなのだから。
「二人を呼んだ用件、わかってる?」
赤いおさげ髪をした、十五歳の少女アネット。
黒髪をおだんご状にまとめた十九歳の女性、シューラ。
二人はローラの部屋で、真っ青な顔をして佇んでいた。自覚があるからだろう。というのも、彼女達は。
『ちょっと、もっと力入れてこするんだよ!マジで使えないのね、アンタ!ほら、アタシの靴に泥跳ねただろうが!』
マリーがこの家に客人として来たばかりの時、こっそり彼女を虐めて憂さ晴らしをしていた筆頭株がこの二人だった。大変な風呂掃除をマリーに押し付けてずぶぬれにしていた現場をローラが見つけ、こっぴどく叱った件は記憶に新しい。
その後はメイド頭のジュリアナにも伝えたし、両親にも報告を入れている。監視の目も厳しくなって、以降は二人が表だってマリーを虐げることはなくなったはずだ、ただ。
――知ってるんだよね。……あんたら、ジュリアナや私が見てないところでは、時々陰口叩いてるってことくらいは。
人の心を縛る権利は、誰にもない。不満を持つのは彼女達の自由だ。だが、それを口にするか、隠すかは選ぶことができるはずなのである。
本当にいい度胸をしているものだ。特にシューラの方は九年も務めた古参のメイドである。ここを追い出されたら、相当困ったことになるのはわかりきっているだろうに。
「あ、アタシたち、その、もうマリーには何もしてませんから……」
掠れた声でシューラが口を開いた。思わずローラは声を上げて笑ってしまう。そんなにびびり散らかすなら、悪口なんて言わなければいいものを。
「私、まだなーんにも言ってないのに。へえ、呼び出される理由があるって自覚があるんだね、シューラ」
「そ、それは、その、だから」
「不満があるなら、私達家族に直接言えって言ったよね。そりゃ、聖女ってちやほやされてて、特別待遇の仕事させてもらえてるのが羨ましく見えるかもだけどね。あの子は今、国防を担う大事な仕事をしてるんだよ?あの子を虐げるってことはつまり……王様に逆らうも同然なんだけど、それはわかってるのかな?」
「だ、だから、アタシたちは何も!」
そうやってムキになってる時点で、自白しているも同然なのだが。薄暗い部屋の中、ローラは目を細めて笑いかけてやる。この状況で嘲り笑われることほど、彼女達にとって恐怖なことはないと知っているからこそ。
「あのねえ、万が一……万が一あの子がさ、鬱になって自殺でもしたら、どれほどの損失があると思ってるの?」
ゆっくりと視線を、アネットの方へ向ける。シューラ以上に、赤髪の少女は今にも倒れそうな顔色になっていた。そもそもこの二人は同じ孤児院出身で、姉妹のように仲良しであることも知っている。不満を持っていたのは事実だろうが、実際いじめを主導していたのはシューラの方だろう。気の弱いアネットは、実質シューラの金魚の糞に近いということもわかっているのだ。
彼女たちの陰湿な行動に対して、充分すぎるほど怒りは持っている。だがそれはそれとして、この二人には利用価値があるのも事実なのだ。
なんせ彼女達の孤児院はとても大きく、未だにそこにいた先生や孤児らと繋がりがあることも知っているのだから。
「あの子は聖女なんだよ?万が一のことがあったら、スピネル家が責任を問われるんは明白。場合によっては、貴族の地位を剥奪されるなんてことになるかもね。ねえ、そうなったら……あなた達はどう責任を取ってくれるのかなぁ?」
「わ、わたし、わたし達はっ……」
「仕事を押し付けるとか、水ぶっかるとか、そういういじめはもうやってないよね。でも、悪口言ってるのはちゃんと聞こえてるんだよ?私、これでも地獄耳なんだー」
小柄なアネットを、わざとらしく上から覗き込む。ああ、まさに悪役令嬢らしいふるまいではないか。
「『お嬢様に取り入ったお邪魔虫』『貴族のエライ人と枕をしてるに違いない』『アンディ様に怪我をさせたくせに英雄気取り』『まるでバケモノ』『本当は聖女じゃなくて、この世界に災いを齎す魔女なんじゃないの』……他にもまだ、いろいろ言ってたよねえ?」
「も、申し訳ありません!」
流石に、ここまで言えば観念するしかないと悟ったのだろう。慌てたようにシューラがアネットの頭を抑えて、二人揃って頭を下げてきた。
「お、お許しを……アタシたち、どうしても、どうしても我慢できなくて……!」
「ガマンできなかったら、悪口言ってもいいわけ?しかも枕営業までしてるみたいな言い方、女として最低としか言いようがないんだけど?」
「ほ、本当に、ごめんなさっ……」
「もう一度お父様とお母様にしっかり指導してもらう?まあ、次は……このお屋敷を追い出されるかもしれないけど。私としてはそれでもいいよ。マリーを苦しめる要素が一つでも減るならそれに越したことはないし」
本当ならば、さっさとそうするべきだったのかもしれない。だが、彼女たちがまだ悪口を言っている、と気づいたのがそもそも遅かったのだ。
同時に、思ってしまったのである。このしょうもないメイド達は別のことに使える、と。ならば、まだ生かしておいた方がいい、と。
それは彼女たちの悪口を、もはやマリーが全然気にしていないと知ったからというのもあるのだが。
「お、お許し、を」
アネットが掠れた声で続ける。
「こ、この家を追い出されたら、わたしたち行くところがありません。お仕事、他に、ないし……今更孤児院にも戻れないから、だから……」
ガタガタ震える様は、いっそ滑稽なほどだ。さすがに脅かしすぎたかもしれない、と少しだけ罪悪感を覚える。だが。
――私は、悪役令嬢だから。
心を鬼にしなければいけない。
とことん悪者を演じて、アンディとマリーをハッピーエンドに導かなければいけないのだから。
「そ?じゃあ……私の言うこと、なんでも聞いてくれるよね?」
「え?」
「悪口のこと、報告しないでいてあげてもいいよ。その代わり、私の言う通りに動いて貰うから。あんた達に、特別なお仕事を与える。それがちゃんとこなせて、かつもう二度と悪口を言わないなら許してあげる。どう?」
彼女達には選択権などないはずだ。シューラとアネットは、かくかくと壊れた玩具のように頷いた。
「OK。じゃあ……まずシューラ」
私は疑似姉妹の姉の方へ目を向ける。
「シューラはさ、同じ孤児院の友達と、休みの日に逢うことが多いよね?」
「え?あ、はい、そうですけど……」
「同じ孤児院出身で、今はトルコ公爵の家にお仕えしているメイドのナンシーだっけ。あの子とも仲良くしてたよね?次の休みの日、ナンシーと会う約束してくれないかな。必要ならナンシーと休みのシフトがあうように、私の方で調整してあげるから」
「え……」
怯えていたシューラの目に、困惑の色が宿る。まあ、何でこんなことを命令されるのかまったく想像もつかないことだろう。自分だってシューラの立場ならわけがわからないと思ったはずだ。
この国の貴族制度において、公爵という地位は貴族の最上位に当たる。王族の親戚に与えられるのがこの公爵の地位であるからだ。ただし、王族とは違って王位継承権はない。例えば王様の妻となったお后様――お后様の家が元々伯爵だったとして、王様の妃となった時点で家の階級が公爵まで引き上げられる、と言う仕組みになっているのだ。
公爵になれば、他の貴族にはない様々な特権が与えられることになる。行政への影響力も強くなる。ゆえに、我が娘をぜひ王様の伴侶に!と考える貴族は多いわけだが――まあそれはさておき。
トルコ公爵の家は、現王様の母上――つまり先代のお后様のご実家である。家としての発言権も影響力も非常に大きな家だと言っていい。
孤児院時代シューラと仲良しで、今も交流がある十八歳のナンシーは、そのトルコ公爵の家で仕事をしているのだ。これは、既に調べがついていることだった。
「な、ナンシーと会って、それで何を?」
「そのナンシーに、さりげなく吹き込んでほしい話があるの」
ナンシーは、家のご家族にも可愛がられているメイドであるようだ。そのくせとってもお喋り。今回の仕事をやらせるのに、ぴったりだと言える。
「『スピネル家の令嬢・ローラが……マリーのことをとても嫌っている。マリーが婚約者のアンディに横恋慕して奪おうとしていると勝手に思い込み、虐めを行っていて見るに堪えない』……そういう噂を、ナンシー経由で流させなさい」
「は……?」
「は?じゃないよ。聞こえなかった?何でもするんだよね?」
「そ、そうですけど、なんで……」
その理由を、教える必要はない。絶対に逆らえない立場であるのだから、疑問など抱かず言われた通りにすればいいのだ。
さらに、ローラは隣であっけにとられているアネットに目を向ける。
「アネット。あんたは自分の孤児院の先生に手紙を書きなさい」
「て、手紙、ですか?」
「そ。今シューラに言ったのと同じ話を、手紙に書いて孤児院の先生に相談するの」
彼女たちがいた孤児院はとても大きなところだ。この孤児院は様々な貴族たちにコネクションがあり、孤児たちを使用人として雇ってもらえるように様々な家に斡旋していることも知っている。実際、シューラとアネットも孤児院の斡旋を受けてこの家に雇われることになったはずだ。
スピネル家はこの国でも有数の名家。その家の令嬢が、よりにもよって英雄としてもてはやされる聖女を虐めている。そんな話が孤児院の経営者らの耳に入ればどうなるか。
スピネル家に孤児たちを斡旋するのは控えようと思う可能性が高い。そして控える理由を、それとなく同じ施設の大人達の間で共有するだろう。
知る人間が増えれば、その分悪評も広まりやすくなる。横のつながりが大きい組織の者達ならば尚更に。
「お嬢様がマリーに虐められているではなく、お嬢様が虐めてるって噂を流す、んですか?それ、お嬢様が、悪者になるんじゃ」
「うん。それでいいの」
「なんでそんなこと」
「貴女たちがそれを知る必要はないよ」
疑問を抱く少女たちを、ローラは封殺する。彼女らに、教えてやる義理はないのだ。
半ば脅迫のような形でこのような命令を下しているのである。どうせ、シューラとアネットもローラに対して不信感MAXになっているはずだ。そのままにしておいた方が、むしろ都合がいいというもの。
「言う通りにしてね、二人とも」
ローラはわざとらしく、悪どい笑みを浮かべてみせるのだ。
「もし逆らったら……どうなるか、わかっているよね?」




