<20・Weapons>
「マリー、すごく評判がいいみたいですよ」
学生であるローラと違い、マリーとアンディには仕事がある。この二人の休暇が重なることは少ないため、ここ最近はどうしても三人で会える機会が減っていた。
だからこそ、マリーがいない間に、アンディとマリーの話をすることもできるわけだが。今はローラの家のテラス席で、アンディとお茶会をしているところなのだった。
「やはり、魔法の知識と能力が桁違いだとかで。新しい魔法もどんどん見つけているし、オリハルコンの効率の良い精製方法も見つけつつあるとか」
「オリハルコンについても聞いたんだ?アンディ」
「ええ。この間、マリーの研究ラボを視察する機会がありまして。その時にいろいろ状況を伺ったんです。彼女の同僚の皆さん、ものすごく絶賛していらっしゃいました」
なんだか自分のことのように誇らしいです、と言うアンディはとても嬉しそうだ。
アンディも、マリーの事は相当気に入っているのがわかる。やはり命を救って貰った恩はあるし、妹のように大事に思っているのも確かなのだろう。
そう、現状はまだ、そういう気持ちでもいいのだ。ローラはそう割り切ることにした。どう見てもアンディはマリーを恋愛対象にしていないが、それでもいい。
妹のように思うということは――その幸せのためならば、多少なりの犠牲は払えるということなのだから。
「それ、似合ってます」
アンディはローラの中指の指輪を指さして言った。
「オリハルコンは名前だけ聞いたことがあったんですけどね。想像以上に綺麗な石で驚きました」
「これはあくまで精製したものだから、大昔にあった天然石とはだいぶ見た目が違うんじゃないかって話だけどね」
うらやましかろう!とローラは自慢げに指輪を掲げてみせる。この間逢った時、少しだけ魔法も教えて貰ったのだ。お世辞にもローラはセンスがいいとは言えないので、残念ながら血さな火の玉を出すことだけで一時間もかかってしまったけれど。
「これを使うと、私でもちょこっとだけなら魔法が使えるようになるんだってさ。凄いよね。……ちょこっとだけでも使えれば、私も大事なものを守れるようになるし」
そう、それが大事なのだ。
追放されてもできれば――できることならば影ながら二人を支えていたいから。名前を捨てて、姿を変えることになったとしても。
そして自分自身をも守ることができる。自分を守れない人間に、誰かを守ることなどできやしないのだから。
「国王陛下は、他国との防衛のため、大昔に存在したゴーレムを復活させたいとお考えのようなのです」
アンディはクッキーをつまみながら言った。
季節は既に夏になっているが、この国は夏でもそこまで暑くはならない。酷いと40℃になる令和日本の気候を知っているローラからすると、非常に過ごしやすい気温なのだった。尤も、この国にはまだエアコンがないので、万が一温暖化などでそこまで気温が上がってしまったら一気に詰むことになるわけだが。
目の前をひらひらと黄色い蝶が飛んでいく。今バラ園で咲いているのは夏のバラ・サマーランドローズだ。オレンジ色の花が特徴で、この花は多種多様の蝶を引き寄せることでも有名なのだった。
「ゴーレムって確か、召喚獣の一種だっけ?」
「はい。……議会では慎重論も出てるんですがね。大昔にこの世界が滅びかけたのは、召喚獣が暴走したせいと言われていますから」
ただ、とアンディは続ける。
「陛下もそこはきちんとわかっておいでです。あくまで攻撃するためではなく、国の防衛を任せるためだけにゴーレムを呼びだしたいのだと。他国から飛んできたミサイルや戦闘機を防ぐ壁としての召喚であると」
「確かに。正直、そういう兵器ってこの国より進んでるところ、多いもんね」
「ええ。まだ迎撃システムなどが万全ではないですから」
まったく皮肉な話である。前にも語ったが、この世界の文明は十五世紀から二十世紀初頭の範囲で推移している。ガソリン車はあるがちっとも普及しておらず、基本的な輸送を馬車や蒸気機関車に頼っているあたりでお察しなのだ。
にも拘らず、戦争に関わる兵器だけは随分と先進的なのである。――人間のエゴが見えるようで、なんとも嫌な気分になる話だ。トラックやエアコンや全自動洗濯機がないのに、なんで戦艦や駆逐艦、ミサイルなんかばかりが進化していくのだろうかと。
本当は誰だって、戦争なんかしたくないはずだというのに。
「……綺麗事じゃ、世界は守れないものね」
ローラはぽつりと呟く。
「守るための軍隊っていうのは、本当に守るためだけにあるのか?兵器は、召喚獣は、魔法は?……結局それを発明することがダメというより、それを使う人間に罪があるはずなんだけど。どんな力だって人を傷つけることも守ることもできるはずなんだから」
「そうですね。騎士団にいると、どうしても現実を見ることが多いので……わたくしも考えてしまいます。本当のところ、わたくし達が暇であればあるほど、あるいは失業してしまうくらいの方が世界にとっては良いことのはずですから」
「皮肉だね」
「ええ、本当に」
ふう、とアンディはため息をついた。彼の視線が上に上がる。なんとなくローラも空を見た。
少しだけ雲が出ている。今日の予報は夜に雨が降るかも、とのことだった。が、この様子だと夕方にはもう降り出すかもしれない。使用人たちに洗濯物に気を付けるように言っておかなければなるまい。
「……アンディ」
ローラは口を開く。
「もう傷は、大丈夫?」
「ありがとうございます。きちんと治りました。ただ、傷痕は少し残ってしまったので……あまり人前で肌を晒さないようにしなければなと思っています。特に、マリーがとても気に病みそうなので」
「そうだね」
マリーがあの日のことをとても悔んでいるのを知っている。トイレが混んでいたのも、外の騒ぎにすぐに気づかなかったのも彼女のせいではないというのに――自分が早く駆けつけなかったせいで、アンディに怪我をさせたと思っているのだ。
どこまでも優しい子だった。怒りのままブロークンベアを惨殺し、それを誇れという周りの声に泣きそうな顔をしてしまうほどには。
「マリーは、仕事を貰えて……いざとなったら一人でも生きていけるんだろうけどさ」
ゆっくりと動いていく雲を目で追いかけながら言うローラ。
「ただ、本人は……本当はどうしたいのかなって、思って」
「どう、とは?」
「魔法の研究をすればするほど、それが人を殺すために使われる可能性も高まるわけでさ。優しいあの子は、それがとても辛いんじゃないかなって、そうも思ってしまって。それに、多分そのうちあの子、結婚の話も出るでしょ?」
わざとその話題を出した。案の定、アンディは眉間に皺を寄せている。
ビンゴだ、と思った。実はローラ自身、遠まわしに知り合いを経由して〝マリーの結婚相手は騎士団のメンバーから選んだ方がいいのでは〟ということを政府の偉い人の耳に入るように仕向けたのだ。全ては最終的に、アンディがマリーと結婚するための布石である。
「ローラも知ってましたか。……マリーの聖女としての血を絶やしたくない、国のために子孫代々役立ってほしい……と、思う方々がいるのもわかるのです」
ですが、とアンディは続ける。
「だからといって、好きでもない相手と婚約させるのは、あまりにも残酷ではありませんか。騎士団の中からその婚約者を選ぶのはどうか、みたいな話も聞こえてきますし」
「まあ、マリーと結婚したい騎士はいっぱいいるだろうね。聖女様だから、国からも膨大な援助が出るだろうし」
「はい。そもそも、マリーが魔法の研究に携わる最大の理由は、元の世界に帰る魔法を発明するためだったはず。彼女をこの世界に無理やり縛り付けておくわけにもいきません。もちろん、わたくし個人としてはとても寂しいですけど」
一刻も早く帰る為の魔法を見つけないと、と呟く彼。アンディも相当心配しているようだ。マリーはまだ十六歳だから、本当の結婚はニ十歳になるまでできない。それでも早いうちに婚約者を決めることはできる。ローラがアンディと、八歳で婚約したのと同じように。
そしてこの国の制度上、一度婚約者になってしまうとその約束を反故にするのは相当難しいのだ。その時点で、ほぼほぼマリーの未来が決まってしまうと言っても過言ではないわけで。
「私も思う。マリーがもし、どうしても結婚するなら……本当に好きな人と結婚してほしいって。それも、マリーを任せられるくらい、強くて、優しくて、器が大きい人。騎士団のメンバーって選択は悪くないんだけど……なんというか我の強い人が多いイメージだからなー」
ローラはわざと、笑って言った。冗談に聞こえるように。
「困ったことに私、どーしてもアンディよりもマリーに相応しい騎士って思い付かないんだよねえ。アンディ、マリーのことお嫁さんにしてくれるー?」
「それじゃあ重婚になっちゃうじゃないですか」
「いやいや、でもマリーを任せられるのアンディだけだもん。どう?可愛いし優しいし最高の女の子だよー?」
「どちらかというと娘にしたいんですよねえ。うちでバックアップできればそれが一番いいですしねー」
「なるほどそう来たか」
お互いジョークでしかないのはわかっている。だからこそ、アンディも怒った顔一つせず、笑いながら話に応じてくれるのだろうから。
正直、ローラは心の底から本気なのだけれど。
――……いい具合に、事は進んでる。……ただ、本当に王様や政府のエライ人が、マリーに他の男をあてがうようになったら目も当てられない。
最初に想定した物語とはだいぶ違うけれど、別にいのだ。
途中の道筋がどれほど違えど、最終的な結末が同じものにさえなってくれるのならば。
――その前に、なんとしてでも婚約破棄に持っていかないと。……そのためには。
ちらり、とローラは屋敷の方に視線を向けた。
そろそろ、ローラの悪評を流しにかかる頃合いだろう。




