<19・Bonds>
自然公園での一件から、約一か月ほどが経過した。
既にアンディは退院しており、マリーの魔法の研究も始まっている。彼女は仕事から帰ってくると、夜二人だけで紅茶を飲みながらローラに話をしてくれるのだった。
「この国の魔法とあたしのとこにあった魔法、多分大本は同じものだったんじゃないかなって思うんです」
マリーは一冊の本を見せながら、ローラに教えてくれた。
「この世界に昔あった魔法については、多少歴史書の中で触れられているし、研究書も残ってはいるんですよね。ていうか、あたしの前にも王様が研究を許可した事例、僅かながらあったみたいで。今代の王様じゃないし、ちょっと資料古いんですけど」
「そうなんだ?」
「はい。えっと、魔法の仕組みについてどれくらい話しましたっけ?」
マリーはくるくると手首を回してみせる。
「あたしが魔法を使うところは、先日ローラさんも見たとは思うんですけど」
「まあねえ。呪文唱えて放つやつだよね」
「はいです」
彼女がどういった形で魔法を使うのかについては、ゲームの知識もあるのでおおよそわかっている。確か、自らの魔力を対価として発動するもの、だったはずだ。そのきっかけとなるのがスペル。便宜上、どのような人間であっても魔力がゼロということはないので、訓練した上で正しい知識を身につければ誰でも魔法は使えるようになると聞いている。
ただし、魔法が封印されてきたこの世界では、その訓練を指導できる人間なんぞいなかった。魔力という導火線に火をつけるのに必要なスペルも伝わっていないし、そもそもこの世界の人間は魔法世界から来たマリーと比べて魔力の絶対量が少ないという問題がある。つまりマリーがこの世界の人々に魔法を広めたいならば、新しい魔法を発見するのみならず良い訓練方法や、コスパの良い魔法の開発なども必要というわけだ。
「あたし達がいた世界では、みんな小さな頃から魔法を訓練するので、多かれ少なかれみんな当たり前のように魔法が使えたんですよね。ただ、その詳しい仕組みを知っていた人間は、そう多いものじゃないというか」
彼女の指が、まっすぐ地面を指さした。
「魔法っていうのは、何かの力を借りて発動させるものなんです。召喚魔法の場合は召喚獣と契約することになるんですけど、通常の魔法はもっと別のものとの契約になります。簡単に言うなら……世界そのもの」
「世界、そのもの?」
「この世界が、宇宙に浮かぶ惑星というものである、ということはローラさんも学校で勉強してると思うんです。惑星はその中心に莫大なエネルギーを蓄えています。そのエネルギーはまさに、神と言うに相応しい。そう、あたし達は、神様の上に住まわせて貰っていると言っても過言じゃないんです。通常の魔法は、其の神様たる惑星の中心核と契約し、そのエネルギーを借り受けて奇跡を起こすんですね。いわば、魔力でその借金を返しているようなもの、と言いますか」
「へえ……」
まさか、そんな仕組みになっていたとは。実に興味深い――ローラは前のめりになる。
魔法については、可能な限り知識をマリーから得ておかなければいけないと思っていた。万が一の時、小さな魔法だけでも使えれば身を護ることができるからだ。
自分はいずれ婚約破棄によって、この家を追い出される可能性が高い身分である。その時、一人で身を立てていくためにはなんらかの力が必要だ。魔法があれば、できることがぐっと増えるはずである。
あの事件から一か月も待ったのは他の準備もあるが、マリーの研究が少しでも進むのを待っていたというのもあるのだ。まあ、アンディの心身の負担を考えて、彼の回復を待ったのもあるのだが。
「あたし達の種族は、特になんらかの媒介を用いなくても、惑星の中心にある神様と契約し奇跡を起こすことができます。これはあたし達が根本的に高い魔力を持っているから、っていうのもあるんですけどね。魔力が高ければ高いほど、契約は成立させやすいですし」
ただ、とマリーは続ける。
「そもそも、どうやらこの世界の人たちは……かつて魔法があった時代であっても、種族としての魔力はそこまで高くなかったみたいです。だから、神様と契約をかわすために必要な媒介がありました。それが、オリハルコンと呼ばれる鉱石です」
「あ、ゲームであるあるなやつ……」
「げーむ?」
「ご、ごめんこっちの話!」
いけない、ついメタ発言が出てしまった。ローラは引きつり笑いをもってして誤魔化す。
「オリハルコンで作ったアイテムを用いることで、少ない魔力でも契約し魔法を使えるようにしていた、みたいですね。つまりこの世界の人々が魔法を使うなら、まずはオリハルコンという合金を作る必要がある、というわけです。これは、あたしが魔法を使う時にも補助具として大いに役立つでしょう。世界を渡るともなれば、いくらあたしでも普通にやったら魔力が足らないわけですし」
「オリハルコン……聴いたことないな。そんな金属あったかな」
「現存はしてないみたいですね。大昔に魔法があった頃、この国にはオリハルコンの鉱山があったみたいです。でもその金属はとっくの昔に掘りつくされてしまったみたいで……かつてはそれを人工的に精製して代用していた、と。幸い、精製方法の記録は残っていました」
ほら、と彼女は本を見せてくれた。どうやら今日持ってきた分厚い本はそのための資料だったというわけらしい。
水色の光り輝く宝石の絵が描かれている。さらに、その周囲には古代語で細かい説明がびっしりと。
「うっ」
ローラは思わず呻いていた。まったく読めない。
「……ごめん。私その……古代語の成績、壊滅してて」
「ローラさん、苦手でしたかあ」
「超絶苦手。私達が喋ってる言語と見た目が似ているのに、実際解読方法とか文法が全然違うからかえって混乱しちゃって……」
恐らく本来は、ラテン語のような謎アルファベットの羅列みたいになっているのだろう。ただ、元が日本人であるローラにはカタカナと漢字が文字化けして並んでいるように見えるのだ。なんというか、生理的嫌悪感が募る文字、とでも言えばいいか。
「元々この国で生きてる人の方が、混乱するものかもしれませんねえ……こういうのは」
苦笑いするマリー。
「まあ、あたしも人のこと言えません。辞書使いながらどうにか解読してるってかんじ。でも、昔から語学は苦手じゃないんですよね。魔法の研究って古文書の読み取り作業もいっぱいあるから、いろいろな言語が読めないとお話にならなかったので」
「ひょっとしてめちゃくちゃ頭いい?マリーって」
「そんなんじゃないです。興味あることだけ得意ってだけなんで」
そうだ、と彼女はポケットから何かを取り出した。その手に乗っていたのは、小さな紫色の指輪ケースだ。ぱかり、と開かれると案の定指輪が入っている。
ただし、宝石にあたる部分に嵌っているのはダイヤモンドではなく、さっきの本に描かれていたような鈍く輝く青い宝石?金属?のような物質だ。
「試しにこれだけ、精製できたんです。まだ小さいので大したことできないですけど……小さな魔法を使うだけなら、これで充分です」
「ちょ、え?」
マリーは言いながら、ローラの左手を手に取った。そして中指に、その美しい指輪をはめてくれる。
「ローラさんに、あげます」
彼女はにっこりと微笑んだ。
「これがあれば、小さな魔法なら……訓練と知識次第で、ローラさんにも使えるようになるはずです」
「なんで……」
「守るための力が欲しいと、そう言っていたでしょう?」
あの事件の後、ローラがマリーに零した愚痴。マリーはそれを覚えていたようだ。
「小さな防御魔法とか、回復魔法だけでもとても役立つはずです。あたしが知ってる知識、出来る限りで教えます。その力で、どうかアンディさんを助けてあげてください!」
「……いいの?これ、試作品でしょ?貴重なものじゃないの?」
「はい。でも、ラボの人たちもみんな許してくれました。あたしが大事な人にどうしてもあげたいって言ったから」
慈しむように、マリーはローラの手を撫でる。その手があまりにも優しくて、少しだけ泣きたくなった。
多少無理にでも魔法を教えてもらおう、と思っていたのだ。まさかマリーの方からそんな提案をしてくれるなんて思ってもみなかったのである。
魔法は守る力であると同時に、殺す力でもある。怒りにまかせてブロークンべアを殺したこと、それを自分達に見せたのをマリーが悔んでいたことを知っている。その上で、何もできなかったと悩むローラをなんとか励ましたいと思ってくれていたことも。
これは、彼女なりに出した結論なのだろう。
小さな魔法だとしても、それがローラの心の支えになるのなら――きっとそう考えて、これをプレゼントしてくれたのだ。
「……ありがとう」
青い宝石は、ランプの明かりを反射してキラキラ光っている。
「大事に、するね」
「あ、薬指にはめちゃだめですよ?あたしの世界では、薬指にはめるのは結婚指輪だけってことになってるんで!中指がいいんです、中指が。左手の中指には、家族の証を嵌めるのがいいって言われてたんです」
「かぞく……」
「そうです、家族です!」
マリーは少し照れたように頭を掻いた。
「あたし、元の世界にずっと帰りたいと思ってたんですけど……でも今は、同じくらいこの世界にいたいと思ってもいるんです。アンディさんとローラさんと、皆さんともっともっとずっとに一緒にいたい。血の繋がりなんかなくても、本物の家族みたいになれたらなあって……すみません、図々しくって」
「図々しいなんて、そんなこと、ないよ」
家族の証。
なんて素敵な言葉だろう。ローラはそっと、指輪のリングを撫でた。
「私も……私にとっても、貴女は大事な家族だよ、マリー。本当の妹みたいに思ってる」
だから、いつか。
「いつか、私が貴女を守ってみせるからね」
「ローラさん……」
そう、できるはずだ。
この力を得れば、きっと。




