<18・Wish>
自分は、あまりにも甘かった。
本当の本当に二人の幸せを願うならば、それ以外の全てを捨て去る覚悟を決めなければいけないというのに。
何が悪役令嬢だ。
このままでは、最悪の結末しか待っていないではないか。
「最悪の結末って、なに?」
暗闇の中、ホンモノのローラが不安げな顔でこちらを見上げてくる。
「わたしにとっては、貴女が婚約破棄される時点でサイアクでしかないんだけど?」
「……ローラ。貴女も見ていたよね。アンディとマリーが、どれだけ命を賭けて私を守ってくれたのか」
最近、気づいたことがある。それはローラが願えば、高い確率でホンモノが夢に出てきてくれるということ。そしてホンモノのローラは目に見えないだけで、ずっと自分達のことを見守ってくれているということ。
ツンデレなだけで、彼女だって優しい女の子なのだ。ニセモノのローラのことを心から心配してくれているのだろう。だからこそ。
「あの二人が一緒になれば、この国の未来のためにも繋がる。それが間違いなく、最良のハッピーエンド。何より」
ローラは包み隠さず、ホンモノに全てを語るのだ。
「このままいくと、マリーには辛い結果しか待っていない。どういう意味か、聡明なあなたには想像つくでしょう?」
「…………」
ホンモノは露骨に視線を逸らした。多分、彼女も理解はしていたのだろう。
アンディがブロークンベアに立ち向かい、マリーがそれを救ったというニュースは大々的に報道された。新聞もテレビもラジオも大賑わいで、それこそ自分達の家に新聞や雑誌の記者が何人も押しかけてきてマリーを取材したいと申し入れてきたほどである。
王様も民草を守った二人を讃え、表彰状まで送った。これで、来月から始まるマリーの研究も莫大な費用と人材を用意してもらえることだろう。
そこまでは、いい。
問題は、そこから先なのだ。
「現在、この国で魔法を使えるのはマリーだけ。マリーの研究がうまくいけば、多分魔法を使える人間は増えるだろうけど……生粋の魔法使いの血筋であるマリーには遠く及ばないだろうね」
「……そうね。元々、マリーの魔法って異世界のものだし、マリーは元の世界においても優秀な魔女だったと言うでしょ?」
「うん。そして、魔女の血は遺伝によって受け継がれるだろうってこともわかってる。だったら、マリーの血を継いだ人間が増えれば増えるほどいい、とエライ人が考えるのは必然だよね」
つまり、高い確率でマリーはどこぞの高貴な人間との結婚を与儀なくされるだろう、ということだ。もちろん、この国の結婚可能年齢はニ十歳からなので、あと四年は正式な婚約が保留されるだろうけれど。
「元のシナリオでは、私の婚約者であるアンディが、私を婚約破棄することでマリーと結婚し、それで事なきことを得ていた。でももしそうならなかったらどうなる?……マリーは恐らく、好きでもなんでもない別の貴族の男性と結婚させられてしまうことになると思うの」
強い人間の血というのを重要視するのならば、多分それは王宮騎士団の誰かになる可能性が高い。いずれにせよ、マリーは見知らぬ男と強引に婚約させられかねないということ。
それは、少なくとも令和日本を生きていたローラからすれば、あまりにも不幸なこととしか思えてならないのだ。あんなイイコが、恋愛結婚もできないなんて間違っているではないか、と。
「私にとってもう、マリーは可愛い妹みたいなもの。あの子の幸せを何が何でも叶えたい。そして、アンディならば、安心してあの子を託すことができる。アンディも、優しくて優秀なあの子となら絶対幸せになれる」
何度も同じことを言っているのはわかっている。
それでも今までの自分は覚悟が足らなかった。マリーをいじめて、悪役令嬢になりきることもできないくせに、何を言っていたんだろうと思う。でも、今は違う。
「私は元の世界でも、今の世界でも、あの二人に命を救われた。二人を結婚させること以上に報恩はない」
「……それで、どうする気なのよ。少しずつアンディとマリーは親しくはなっているでしょうけど、どう見ても恋仲に至るような状況じゃないじゃない。何より、今のアンディが婚約破棄なんかするとは思えないわ」
ホンモノは渋い顔でローラを見上げる。
「当然だけど、最終的に本人の意志がなければどうしようもないでしょうが。アンディにどうやって婚約破棄させる気なのよ」
尤もな意見である。
アンディに多少の同情があろうが、ローラを好意的に見てくれているのはわかっているのだから。だが。
「その方法なら、いくつか思い付いてる。……こういうのって、外堀を埋めるのが大事なんだよね」
ローラは肩を竦めた。
「元々のゲームのシナリオでは、悪役令嬢であるローラが聖女マリーをいじめまくった結果、其の悪評によってアンディがローラを見限って婚約破棄する……ってことになってる」
「それは聞いてるけど」
「でも、原因ってそれだけじゃないの。さっきも言ったけど、王様的にはマリーに結婚して子供を産んでもらいたいってキモチもあるはずなんだよね。優秀な聖女の血を絶やしたくないもの。だから、多分既に裏で、マリーの結婚相手を探してはいると思うんだ。でもってその候補者となるのは王宮騎士団のメンバーの中でも優秀な人間。私の婚約者でさえなければ、アンディはそもそも候補者の一人なんだよ」
そう。
婚約者でさえなくなれば、いつでも王様の命令が飛んできてもおかしくないのだ。
「王様に、政府のエライ人達に、圧力をかけて貰うように仕向ける。アンディに、マリーと結婚するようにって。それこそ婚約破棄をしてでも」
「どうするわけ?」
「政府高官に口利きできる立場の人間に、マリーの婚約者は王宮騎士団の中から迅速に選んだ方がいいって耳打ちしてもらう。もちろん、アンディは私っていう婚約者はいるけど……聖女様、を狂信的に信仰している人間は多いもの。今回の事件でますますその風潮は高まってる。婚約破棄してでもアンディと、って考えて動き出す人間は絶対いるはずだよ」
アンディと結婚させよう、なんてことは流石に言えない。
でも王宮騎士団の中から選べ、ならばいくらでも言いようがある。そして、それを拡大解釈する人間も確実に現れるはずだ。
「その上で、私の悪評を流す。マリーを虐めてる、酷いお嬢様だって」
噂を流してくれそうな人間に心当たりはある。
本当にマリーに酷いことをするのは絶対嫌だが――「ローラがマリーという聖女をいじめている」という噂を流すならさほど心が痛まない。あくまでマリーを、一方的な被害者として扱うならば。
「侯爵令嬢であるローラ・スピネルの立場は強い。でも……替えのきかない聖女・マリーの価値は、それよりもはるかに重い。あれだけ新聞で英雄視されてるんだもの、世間も間違いなくマリーに同情するはず」
そうだ、せっかく取材も来ているのだから、どこかの新聞社にリークさせてもいい。
これでまず世論が動くだろう。英雄アンディ・ベリルには、聖女マリー・ゴールドが伴侶として相応しい。悪役令嬢ローラ・スピネルは婚約破棄するべきだ――と。
「もちろんマリーはいじめられてる事実なんて否定するだろうけどさ。可哀想な被害者が脅されて真実を口にできない……なんて何もおかしくないよね?なんなら、アンディも脅されているってことにすればいいかな」
「……二人は絶対、貴女が悪役令嬢になるなんて良しとしないわよ」
「わかってる。犯人捜しをするかもしれない。でもね、最終的には……王様から命令が来ちゃえばこっちの勝ちなんだよ」
ふふっ、とローラは笑ってみせる。
「アンディは王宮騎士団のメンバーなんだよ?王様の命令は絶対。王様が、ローラを婚約破棄してマリーと結婚しろと言っちゃえば、アンディは絶対逆らえない。本人がどんなに嫌だと言っても、アンディの家がそれを許さない」
これで確実に、チェックメイトまで持っていける。
自分は婚約破棄され、アンディはローラと結婚し、幸せになることができるだろう。
「……貴女の計画はわかったわ。今までと比べると、だいぶ具体性がありそうってことも、実行できそうってことも」
でもね、とホンモノは続ける。
「それでもやっぱりわたしは、反対よ」
「ごめんね、ローラ。ホンモノのローラには、とても辛いことになるってわかってる。貴女名誉だけは、守ってあげられないんだから」
「本当に馬鹿。わたしが言いたいのはそんなことじゃない!」
彼女はそう言うと、ローラの脛を思い切り蹴りつけてきた。完全な不意打ちに、思わずローラは尻餅をついてしまう。
「あで!?ちょ、な、なにすっ」
「あんたにはこれくらいしないとわかんないでしょうが!」
ホンモノはなんと、ローラの胸倉を掴むと、怒りの形相を向けてきたのである。
「わたしは、アンディが好きよ!だからアンディに幸せになって欲しいってのは同意する。でもね、あんたの考えるアンディの幸せってやつは、どこまで独りよがりでしかないのよ!マリーに関しても同じだわ!!」
思わず、言葉に詰まるローラ。ホンモノは続ける。
「アンディがいつ、あんたと婚約破棄してマリーと結婚したいって言った?マリーがいつ、アンディにあんたを捨てさせて自分が結婚したいって言った?あんたは二人の幸せを考えてるって言ったけど、そこに二人の意志はないでしょ!思い通りになった時、二人がどんだけ傷つくかわからないの!?」
あまりにも、真っ当すぎる意見。ローラは泣きたくなった。この子は、本来こういう風に誰かを思いやる考えができる子だったのだ。
自分は、この子の幸せを、永遠に奪い去ってしまった人間だ。どう転んでも、この子にだけは償うことができないのだ、と。
「わかってる」
ローラはそっと、己の胸倉を掴む彼女の右手首を掴み、俯いた。
「これは、他の誰でもない、私のための計画。私のエゴ。傷つけてでも、ゲーム通りのハッピーエンドを掴んでほしい、そう思ってる私の」
「あんたね、だからっ……」
「他に方法がないの。ニセモノの私が、何もできない私が、あの二人にしてあげられることが」
ごめん、と何度目になるのかもわからない謝罪を口にする。
「もう、決めたから。私は迷わない。迷っては、いけないの」
ここからが、戦いの本番だ。




