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<14・Fake>

 悩み事がない、と言えばうそになる。

 というかむしろでっかい悩み事がある。本来のゲームのシナリオ通りに事を進めたいはずなのに、まったくもってアンディとマリーをくっつけるのがうまくいかないということだ。二人の距離を近づけたい、でもって自分は悪役令嬢として二人に嫌われて婚約破棄されるように仕向けたい。しかし、上手に“マリーをいじめる”こともできていないし、アンディとマリーを二人きりにもできなくてもだもだしている状態である。

 だが、ソキアにもわかるほど自分は様子がおかしかった、だろうか。

 表向きは普通に過ごしていたつもりであるのだが。


「マリーのことを心配している、ということです?」

「あ、まあ……そう、かな」


 嘘、ではない。

 そういう方向で解釈してくれるなら助かる、とローラは曖昧に頷いた。どうせ、本当のことなど話せるはずがないのだから。


「やっぱり、この世界に来て右も左もわからないだろうしさ。使用人たちともうまくいってないっていうのもあったし……なんとかして馴染めたらいいなあって」


――あああああああああああああまたやらかした!


 喋ってから気づく。

 これ、アンディに嫌われる絶好のチャンスだったではないか、と。うまくここでマリーの悪口の一つでもこっそり言ってしまえば、アンディに「嫌な女だなこいつ」と思って貰えたかもしれないのに。

 どうにもこの世界に来てからちっとも嘘がつけやしない。心配だからといって、本来自分は彼女を心配するイイヒトであってはいけないポジションだというのに。


「で、でも、その、マリーのことが迷惑だとかそういうことじゃなくてね?」

「わかっています。わたくしが知るローラは、客人を無下にするような冷たい人ではないですから」


 なんでそんな評価を下すのだろう。アンディの言葉に戸惑うローラ。自分は別に、そんないい人なんかじゃない。もしマリーがまったく見知らぬ赤の他人ならば、もっと冷たい態度でつっかえしていたかもしれないのだから。

 勝手に自分が、ゲームの中のアンディとマリーに恩を感じて、勝手に幸せを願っているに過ぎない。しかも、それは正確にはここにいるアンディとマリーではないとわかっていても、である。


「私、そんないい人じゃないよ。嘘もつくし、ダメなこともするし、自分勝手だし」


 思わずそう返せば、アンディは苦笑いしてローラの額をつっついてきた。


「バカですねえ。本当にダメな人は、自分のことをそう称したりはしないものですよ」

「そう、かなあ」

「ええ。わたくしが思う一番愚かな人間は……自らの過ちを認める勇気がない者です。どれほどそれを指摘しても、他人を恨むばかりで謝罪の一つも口にしない人です。人は誰だって間違いを起こすもの。大事なのは、間違えた後にどうやってそれを乗り越えて成長していくか、なのですから」


 その台詞、と胸がきゅっと鳴った。聞き覚えがあったからだ。

 確かゲームの中で、アンディがマリーに言った言葉だ。魔法の研究がうまく進まず、落ち込んでいたマリーを励ますためにそのようなことを言うのである。


――……ダメだよ、アンディ。


 スカートの上で、ぎゅうっと拳を握る。


――その言葉をかけるのは……私じゃ、ダメだよ。


 自分は、悪役令嬢。

 憎まれ、恨まれ、婚約破棄され。ヘイトを集められて断罪され、みんなに「ざまぁ!」と笑われて、すっきりしてもらうために存在する人間。そんな悪役に、本来同情の余地などあっていいはずがない。共感できる要素なんてものがあれば、断罪された時みんなが気持ちよく指をさして笑えないのだから。自分は嗤われて、追い出されて、みんなに爽快感を与えるためだけに配置された駒であるはずなのだから。

 そう、今はまだ失敗ばっかりだけれど。きっとここから挽回できるはず。自分はちゃんと嫌われる。推したちの幸福のために、悪役になりきらねばならないのだ。だから――だからこれ以上は。


「嘘ではないのでしょう。マリーのことで悩んでいるというのは」


 でも、とアンディは続ける。


「本当は、それだけではないのでは?」

「え」

「お馬鹿さんですね。わたくしが何年……貴女を見てきたとお思いで?婚約者ですよ?」


 彼はそっとローラの手を取って、微笑みかけてくる。


「そう、ずっと貴女だけを見てきたんです。初めてお会いした時から、ずっと。……ローラ、貴女は、違うのですか?」


 その目に、嘘偽りは見えない。

 それでもローラは、アンディの真っすぐな目を直視できずに、視線を逸らしてしまう。


「……それは」


 アンディの手を、振りほどけない。


「それは、家が決めた……婚約者だから、でしょ?婚約者ってことは、将来結婚するわけで。他の人と恋愛なんかしてしまったら、不義理になるから……だから、私のことしかそういう風に見ないようにって、アンディが戒めてきただけじゃないのかな」

「何でそんなことを言うのです」

「だって、友愛と、家族愛と、恋愛って……その境界線ってさ、すっごく難しいものじゃない?」


 ずっと思ってきたのだ。その境界線は、一体どこにあるのだろうと。そしてアンディは自分に好意を寄せてくれてはいるように見えるけれど、それはきっと恋愛感情ではないだろうと。

 何故なら。


「ずっと家族同然に過ごしてきたから、家族愛を恋愛感情だと勘違いしてる……ううん、勘違いしようとしてるだけ、じゃないの?私はもちろん、それでも充分嬉しいけどさ」


 微かにアンディの手が震えたのを感じた。わかっている、今の言葉は確実に彼を傷つけた。だが、これ以上苦しまないためにも、言うべき言葉は言わねばなるまい。だって、自分は。


「私……私は、アンディに相応しい人間じゃないよ」


 本物のローラじゃない。

 そしてゲームのシナリオでいうならば、悪役令嬢のローラ・スピネルはとても優秀な女性だった。成績もいい、運動神経もいい、頭も回る。だからこそ、魅力的な悪役令嬢としてゲームの中で輝いていたとも言えるのである。もしも自分がホンモノのローラに成り代わってしまわなければ、きっと彼女はもっと立派に悪役令嬢の役を演じ切ったはずだ。

 でも自分は?ただ偽物というだけじゃない。

 ホンモノよりずっとできないことだらけ。成績も悪いし、ドジだし、家事の一つもできやしない。どんなに笑顔をとりつくろっても根が陰キャなので、社交界でも上手に人と交流できた試しがない。使用人たちからも、きっと人望なんて得ていないだろう。


「子供の頃からずっと思ってた。アンディは綺麗で、かっこよくて、できることがたくさんあってさ。そんなアンディに、私は相応しくないんじゃないかって。アンディのことは大好きだよ。大好きだからこそ……幸せになってほしいでしょ」

「わたくしは、幸せですよ。貴女と一緒にいられて、とても」

「ありがとう。でもね、私みたいなドジで間抜けな女じゃなかったら、もっともっとアンディは幸せになれると思うんだ。年重ねるたびに、どんどんどんどん、自信がなくなってっちゃって」


 彼にはもっと相応しいパートナーがいる。

 自分だけが、それを知っているのだ。


「私、アンディを幸せにできる自信ないの。大好きだけど、大好きなのに、自分のことは好きになれないから……」


 ダメだな、と思ったらまた涙がこぼれた。こんなの全然、悪役令嬢らしくない。泣き落としで誤魔化してるイヤミな女にもなりきれやしない。

 もっと自分が魅力的だと信じている、傲慢な女であった方が絶対相応しいというのに。こんなことで同情を引いたって、何の意味もないというのに。


「……でしたら」


 アンディがローラの手を握る力が、より強くなった。


「それが、貴女の悩みなら。わたくしが……貴女が貴女をもっともっと好きになれるまで……なれるくらい、貴女のことを好きになります。もっともっと、今より好きになります」

「……アンディ」

「貴女がもし、自分を信じられないのでしたら。貴女を愛する、わたくしのことを信じてはいただけませんか?」


 それとも、と彼が少しだけ寂しそうな目をする。


「わたくしは、そんなに貴女の信頼を得られていませんか?」


 そんな顔、させたいはずがない。同時に、ローラは泣きたい気持ちでいっぱいになった。

 あまりにも卑怯ではないか。そんなことを言われたら、信じない、なんて言えるはずもないのに。


「……ズルいよ」


 好きだ。


「そんな言い方されたら、ダメなんて言えない」


 好きなのだ。


「だって、アンディのことは……本当の本当に、大好き、だから」


 彼の気持ちが、勘違いかもしれないなんて言えない。だって、少なくとも自分の気持ちはわかってしまっているのだ。

 好きなのだ。

 ゲームだけではない。この十年、ずっと一緒に過ごしてきて、想いは強くなる一方だった。

 アンディのことが、好きだ。世界の誰より、愛している。

 でも自分は本物のローラではない。ホンモノのローラよりできることも何もない。本来、彼を愛する資格も、愛される資格もないというのに。


「でも、一つだけ……約束して」

「何をです?」

「……もし、私よりずっと素敵な人が現れたら……その人がずっと貴方を幸せにしてくれる人なら。その時は、遠慮なく、その人と幸せになって。私のことは、忘れていいから」


 そんなに自分のことが信じられないのか、と叱られても仕方ないことを言っている自覚はあった。実際、アンディが怒った気配はあった。でも。


「……わかりました」


 アンディは、頷いたのである。


「まあ、そんな人未来永劫、現れないでしょうけどね」

「わかんないよ。人生って、何が起きるかわかんないものだし。例えば……」


 そんな会話をしていた、まさにその時である。視線の先、ずっと草を食んでいたミニカルホースが急にはっとしたように顔を上げたのだ。そして。


「ヒ、ヒヒイイイン!」

「お、おい、どうした!?」


 まるで何かに驚いたかのように、走り出してしまったのだ。慌てる店主と車を捨てて。キッチンカーの店主は、馬のリードをどこにも繋いでいなかったらしい。


「あれ、なんでお馬さん……」


 どうして逃げちゃったんだろう、と言おうとした時だ。ローラは気づくのである。

 隣に座るアンディが、一瞬にして兵士の目になったことに。


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