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13/27

<13・Pretty>

 自分の世界と違うもの、というのは何を見ても新鮮で面白く映るらしい。列車に乗っている間、マリーはずっと子供のようにはしゃいだ顔をしていた。座席も空いているのに、ずっと窓の前に貼りついては「あれはなんですか!?」「あれ面白い!」の繰り返しである。そのたびに、ローラはアンディとともに答えることになっていた。気分はすっかり、子供を始めて電車に乗せたパパとママである。


――お、おかしいな……そういうお出かけのつもりじゃなかったんだけどな……?


 まあ、マリーが元気になったならいいか、と割り切ることにする。今日は、彼女を元気づけることと、それから隙を見てアンディと二人きりにしていい雰囲気を作ることにあるのだから。

 それに、初めて見るものにわくわくする気持ちは自分も覚えがあるものだ。ローラは八歳でこの世界に来たのでそろそろ新鮮味も薄れてはいるが、この世界に来たばっかりの時は見るもの全てが面白くて両親や使用人に質問ばかりしていたのだから。

 結局、記憶は戻らなかった、ということになっている。

 最初の頃は元のローラの記憶を戻そうと躍起になっていた両親も、次第に諦めたようで十年も経った今は何も言わなくなっていた。今のローラの性格を受け入れてくれているのか、あるいは考えるのをやめたのかは定かでないが。

 ゾイサイト自然公園は、海沿いにある広い公園であり、小さな動物園、植物園、水族館が併設している。同時に子供が遊べるアスレチックや、ボール遊びができる芝生の広場、夏の頃になると軽い水遊びもできる噴水広場もあるので家族連れには人気なのだった。

 ただし、この公園は基本的に中流階級以上の人間しか来ない。理由は。


「はい、ご予約いただいたベリルさんと、大人二人ですね」


 入口には入場ゲートがあり、受付を兼ねた警備員が立っているのである。事前に電話予約をした上で発行された入場許可証を持ち、さらに身分証を提示しなければ入れないのだ。

 この公園、セキュリティが厳しいのである。自然公園なので森林エリアには野生の動物も多く、それらを守るためだと言われている。

 また入場時にお金も多少取られる。大人一人1000リール(自分の感覚で言うと、1リールは多分1円相当くらいだと思われる)なのでそこまで高いわけではないが、貧しい者達はおいそれと払える金額ではない。全員十六歳以上なので大人扱いで、全員大人料金が徴収される。これらの手間と手続き、金銭面の理由から、この公園に来るのは中流階級以上のそこそこ裕福な家に限定されるのだ。

 国立公園なので徴収されたお金は全て公園の整備費用や野生動物の保護活動に当てられると聞いている。そう考えるなら、お金を払うのもやぶさかではないとは思うのだけれど。


「結構警備が厳重なんですね」


 ゲートを通ったところで、マリーが振り返りながら言う。


「公園の整備にお金かかるから、入場料は取るしかないってところなのかな。なんか、すみませんあたしの分までお金払ってもらっちゃって」

「それは仕方ありませんよ、マリー。あなたはまだお仕事が始まっていなくて、自由に使えるお金がないじゃないですか」

「でも、ローラさんから少しお金貸して貰ってるのに……」

「マリー、それは大事に使えばいいんだから気にしなくていいんだよ。ていうかアンディ、私の分も払ってもらっちゃってごめんね」

「それこそ気にしなくていいことですよ、ローラ。ここであなたに自腹切らせたら婚約者の立場がありません。たった1000リールぽっちなんですから」


 そんな会話をしながら、最初に立ったのは公園の案内図である。マリーは目を輝かせて「あの!」と言った。


「あ、あたし……動物園見たいんだけど、い、いいでしょうか!?」


 この子可愛いものが好きか。可愛いかよ。

 思わず顔を覆って呻いてしまったローラだった。




 ***




 ありがたいことに、マリーはこの公園を相当気に入ってくれた様子だった。やはりというべきか、彼女の世界にはいない動物や植物がたくさんあったからだろう。


『うわああああああああああ!ふわふわふわふわふわふわ!あのクマさんかんわいいいいいいいいいいい!』


『え、え?あれ、ヒトデの一種なんですか!?』


『大きな口……あんなに大きいのに、プランクトンしか食べないなんて不思議……』


『ふ、ふれあいコーナーがあるんですか?行きます行きます行きます行きます絶対行きまーす!!』


『あ、すごい、萌える……』


『ぎゃああああああああああああ虫いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?』


『いい香りのお花……いいなあ……』


 どこへ行っても大はしゃぎである。まあ、虫の館は怖いもの見たさで突撃していたようで、ゴキブリの展示なんぞを見ては悲鳴を上げ、蠅を見ては喚き、ハチの巣の展示に尻餅をつくということをしていたが。それから、彼女の世界にも『萌え』の概念があるらしいという、要らんことを知ってしまったわけだが。

 動物や植物の展示も面白かったが、正直なところそんな彼女を見ているのが一番面白かったりする。妹がいたらこんな気分だったのだろうか。どっちかというと、もう自分とアンディでママとパパをやってしまっている気がしないでもないが。


「あはは……マリーってば、元気だねえ」


 最終的に、自分達が戻ってきたのは芝生の広場だった。現在、マリーはトイレに行っていて不在。ベンチにアンディと二人で座って待っているという図である。トイレはかなり混んでいたようなので、戻ってくるまで時間がかかるかもしれない。


「マリーを観察するのが、今日一番面白かった気がするよ」

「あはは、確かにそうです。わたくしとしても、マリーさんが元気になってくださって本当に良かった。その、使用人の方々との折り合いが悪くて元気がなくなっていたと聞いて、心配していたものですから」

「うんうん。今は私も目を光らせてるし……メイド頭のジョアンナなんかはちゃんと優しく面倒見てくれてるから大丈夫だと思うんだけどね」


 目の前には、ホットドックのキッチンカーがある。自分達の世界ならばキッチンカー=ガソリン車だったが、この世界では馬車でキッチンカーをしているようだった。馬車の傍では小さな馬がのんびりと草を食んでいる。あの小さな体で、あんな大きな荷車を引けるのだから凄い話だ。


「キッチンカー、あんまり見ないですものね、近所だと」

「だねえ」


 ローラがそちらに注目していることに気づいたのか、アンディが口を開く。


「さっき動物園で見たお馬さんだよね、あれ。えっと……ミニカルホースって言ったっけあれ。あんな小さいのに、あんな重たそうな馬車引けるんだから凄いなって思って」


 キッチンカー横にいる茶色の馬は、自分が知っているポニー程度の大きさしかない。しかし、よく見ると足は非常にがっしりとしており、力のある種類であることが伺える。


「ミニカルホースは小さい体にものすごい馬力を秘めた馬種として有名ですからね。原種は農耕馬だったはずです。トパーズ王国の古事にもこんな言い伝えがありましてね。トパーズ王国のとある貴族一行が大きな荷物を抱えて動けなかった時、この馬がやってきて大人の男四人でも動かせなかった荷車を軽々と引いて走ってくれた、と」

「あれ、その貴族さんが少し前に森で怪我をしていた馬を助けてくれたから、その恩返しにってことだったよね?」

「はい。もちろんこの言い伝えが本当かどうかはわかりませんが、大人の男四人でも運べない荷車を、あの一頭だけで軽々運んでみせたというのは真実味がありますね。実際、大人十人分の重量だって運べるらしいという話ですから」

「それはすごい」


 相変わらずアンディは博識だ。小さな頃から体が弱くて、たくさん本を読んで勉強していたというのもあるだろう。


「少し遅くなってしまいましたが、お昼ご飯にしましょうか」


 ちらり、と懐中時計を見て判断するアンディ。


「あのキッチンカーのホットドック、試しに買ってみます?奢りますよ」

「また?え、いいよ次は自分で払うよ」

「ダメです」


 ローラの提案をきっぱりと撥ねるアンディ。


「あなたが持っているお小遣いはあなたが自分で稼いだお金ではありません。ですが、わたくしは自分で稼いだお金なので、堂々と何に使っても許されるのです。……ローラ、あなたのお金は、ご両親に感謝して大事に使いなさい。いいですね?」

「うぐっ」


 それを言われると立つ瀬がない。自分も将来、ちゃんと働かないとなあと思う。

 貴族の女は、基本嫁入りしたら仕事なんぞしないことが多い。一般庶民と比べて全体的に就職率が低いのは事実だ。それは女性の就職が不便だというより、結婚したら家庭を守るのが女の務めであるという考え方が根強いというのもあるだろう。

 だが、ローラは将来的にはきちんと働いて身を立てなければいけないと思っていた。無論、今はまだ学生だし大学に行く予定もあるが――自分はアンディに婚約破棄されて一人で生きていく予定なのである。その時、ちゃんと仕事を持っていなければ食い扶持に困ってしまう。スピネル家からも離縁される可能性があるから尚更に。


――はあ。そのための布石を打つために今日ここにいるんだけどな。なんかうまくいかないや……。


 マリーはまだ戻ってこない。

 アンディとマリーを二人きりにするつもりだったのに、なりゆきとはいえ自分とアンディが二人きりになってしまっている。完全に計画倒れだ。

 そもそもアンディとマリーの距離を近づけるところまではできたとて、自分にマリーを虐めたり嫌われるような真似なんかできるのだろうか。最初は心を鬼にしてでもと思っていたが、正直できる気がまったくしなくなってしまっている。

 こんな中途半端では、正しいハッピーエンドに辿り着くことなんかできないというのに。


「ローラ」


 少し黙り込んだのを、アンディはどう受け取ったのか。気づけば彼は、少し心配そうにローラを見つめていたのだ。


「最近、少し様子がおかしいです。ソキアも心配していました。何か、悩み事でもあるのではないですか?」

「え」


 その言葉に、ローラは完全に固まってしまったのである。

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