<12・Gratitude>
ゾイサイト自然公園。そこへ向かうには、列車を二回乗り換える必要がある。
ローラはアンディとマリーと共に、今その列車に乗っていた。三人でお出かけしようと言った時、何故かちょっとアンディが少し残念そうだったのはどういう理由なのだろう。自然が味わえる場所というのは、彼も結構好きだったはずなのだが。
「アンディ、ごめんね。仕事の貴重な休みに、結構疲れてるだろうに」
「いえ、大丈夫ですよ。ただ……」
「ただ?」
「……い、いえ、なんでもないです」
明らかに何か言いたげであるのが気になったが、アンディはそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。
現在、最寄り駅のホームで列車を待っているところである。
この世界、どうやら十五世紀から二十世紀初頭までの文化がごっちゃまぜになっているらしい。列車は蒸気を噴出して走る汽車形態だったが、戦艦や軍艦、爆撃機なんかは存在していると知っている。特定の方面だけに、やたらと文明の進化が偏っているようだった。
ちなみに貴族の家ならばどこも電話はある。馬車がメインとはいえ、ガソリン車もなくはない(ただし、この世界のガソリン車はコスパがよくない上排気ガスと騒音も酷いので、貴族でもあまり使っていないようだ)。テレビは白黒のものが僅かに普及していて、メインの情報収入源はもっぱらラジオと新聞だと言っていい。
流石にパソコンやスマホはない。令和日本の人間として少し不便に感じなくもないが、それはそれ、ネットを見て一喜一憂しなくていいというのは悪いことではないように思われた。
あの頃ならば、こうしてのんびり電車を待つ間も、スマホばっかり見てため息をついていただろうから。
「そ、そういえばマリーはこことは全然違う世界から来た、のでしたね。マリーがいた世界はどんなところだったんです?列車はありましたか?」
何かを誤魔化すように、アンディがマリーに水向ける。物珍しいのかホームに降りてからずっときょろきょろしていたマリーは、突然水を向けられてびっくりしたような顔をした。
そういえば、マリーを結局ローラの家で保護することになってしまったので、現時点でアンディと直接会話する機会はあまりなかったかもしれない。
「え!?あ、そ、そうですね。うーん……どこまでこういう話をしていいのかなあってあたしも迷ってたんですけど」
えっと、と少し考えてからマリーは言う。
「ぶっちゃけるとこの国よりも先進的、だったかもしれません」
「というと?」
「汽車……蒸気機関は、あたし達の国ではもうとっくに廃れてたんです。電気で走る電車と、あと磁力で走るリニアモーターカーが一般的だったんで」
磁力。
ローラは目を見開いた。自分がいた日本であっても、リニアがたくさん走るようになったのはものすごく昔というわけではない。ひょっとしたら、彼女がいた世界は、令和日本と同等かあるいはそれ以上先まで科学文明が進んでいたのだろうか。
なんせ、マリーが元々どういう世界にいたのかについては、ゲーム内でもほとんど語られることがなかったのである。設定資料集にも、魔法使いが当たり前にいる世界で魔法の研究をしていた、としか書いてなかったのだから。
「りにあもーたーかー?……磁力ってのは、磁石の力、ですよね?それで列車が走るのですか?」
「はい」
あたしもそんなに詳しくないんですけどね、とマリー。
「列車のレールと車体が磁石になっている、と言いますか。ほら、磁石の反発する力って、小さな磁石であっても相当強いものでしょ?それを利用して車体を浮かせて列車を走らせるってやつみたいです。普通の電車みたいに摩擦がないから、とにかくすごく速く走れるのが魅力的だって聞いたことがありますね」
「そんな大きな磁石なんて……そんなこと可能なんですか。いえ、電気で列車を走らせるという方も驚きですが」
「可能になったんですねえ。……そういうのを研究して、一生懸命頑張ってくれた人達がいたおかげで。あたし、電車とか家電とか、そういうの見るたびに思うんです。ああ、あたし達の生活って、そういう人たちの見えない努力の上に成り立ってるんだなあって。そういうの、ほんと感謝しないといけないなって」
だから、と彼女は続ける。
「あたしも、魔法を研究して誰かの助けになりたいなって。あたしの名前も知らない、あたしも名前を知らない誰かがそれで笑ってくれたらいいなって。あたし、本当に魔法しか取り柄がなかったんで……」
なんとなく、わかるような気がする。
自分も、誰かの役に立てる人間でありたい。幼い頃は確かにそういう風に思っていた気がする。否、大人になっても、それを思わなくなったわけじゃない。ただ。
年を重ねれば見えてしまうものだ――現実、というものが。
自分は周囲の人間より明らかに基本スペックが劣っている。みんなが当たり前にできることができないことが多い。50%の頑張りでできることが120%頑張ってもできないことさえある。できたところで長続きしない。自分は、誰かの役に立つことではなく、誰かの迷惑にならないことを考えなければいけないようなみそっかすなのだと。
そう、どこかで諦めていたのだ。自分は人の邪魔にならないように生きるしかない、それしかできないと。
――でも、欠点がいっぱいあるマリーは……けして諦めなかった。いつも諦めずに、ゲームの世界でも、今でも、頑張り続けようとしている。
それがどれほど眩しく、羨ましいか。
そして凡人であればあるほどに励まされるのか――きっとマリーはそんなこと、知る由もないのだろうけど。
「素敵な考え方ですね」
目を細めて、どこか嬉しそうにマリーを見るアンディ。
「いつも、常に誰かに感謝して生きる。それができる人間は、きっとまた自分も誰かの役に立てるようになる。わたくしはそう思います」
「ですよね」
「とはいえ、科学も魔法も、残酷な側面があることは忘れてはいけないのでしょうね。テレビやラジオを作る技術の延長線上で、人は人を殺す兵器をも作り上げるのですから。……それを使って人を殺すこともある、騎士団員のわたくしに言えたことではありませんが」
「あっ……」
しまった、という顔をするマリー。
だが、ローラはわかっていた。アンディはけしてマリーを責めているつもりなどないということは。ただ、彼はわかっていてほしいと思っているだけなのだろう。
技術に罪はない。それを築き上げた人達にも罪はない。
ただそれを扱う人間は、時に罪を犯すということは。
「マリーは来月から、魔法の研究を始めると聞いています。陛下が特例で許可を出してくださいましたからね。元の世界に帰るためにも、この国の国防のためにも、それは必要不可欠なことだとは思います」
しかし、と眉を顰めるアンディ。
「その技術が時にそういう使い方をされることもあるということを、努々お忘れなきように。……何故、この国が長らく魔法を禁止してきたのか、についても」
そう、この世界にはかつて魔法が当たり前に存在していた。
マリーが来た後で歴史書をもう一度確認してみたのだが、その戦争の内容は想像以上に凄惨なものであったらしいのだ。
元々は、小さな小国同士の小競り合いから始まったという。トパーズ王国とはまったく無関係の二つの国だ。宗教の違いで長らく犬猿の仲の国だったという。
しかし、くすぶり続けてきた火種は、片方の国でのテロをきっかけに派手に燃え上がることになったのだ。テロを行ったのは敵国だと判断し、テロ被害に遭った国が宣戦布告をしたのである。
もしそれだけで終わるのならば、この小国だけの戦争で決着しただろう。しかし、この二つの国にはそれぞれ同盟国がいる。A国を支援する同盟国たちと、B国を支援する同盟国。いわば代理戦争のような形で、次第に諸外国を巻き込みながら戦火は大きくなっていってしまったのだ。
バックアップする国が、ただバックアップするだけで終わるならばまだ良かった。
しかしA国が召喚した召喚獣がうっかりB国のみならずB国の隣国まで被害を齎したことから、その隣国までもがA国宣戦布告。同じような被害がA国の隣国にも出て――みたいなことを繰り返した結果、最終的に多数の国が参戦し、火花を散らすようになってしまったのである。
やがてトパーズ王国の原型となった国もそれに巻き込まれていく。
最終的には、敵国を滅ぼすためにそれぞれの国があまりにも強大な召喚獣を召喚し、ぶつけあったことで――広い大地を派手に消し飛ばしてしまうことになったのだ。そこに住んでいた大多数の無辜の民と一緒に。
「世界戦争の果て、禁じられた召喚獣同士をぶつけあってしまい、文明が壊滅的な打撃を受けた……でしたっけ」
魔法が使える分、マリーは想像できるのだろう。その顔が僅かにこわばっている。
「生き残ることができたのはその爆心地から極めて離れたところに住んでいた人達と、地下シェルターに事前に避難していた人達のみだった、と」
「ええ。当時の人類の七割がそれで死んだ、と言われています。流石にかつてのそのままの文明を再建することはできなくて……大幅な文明退行ロストが起きた、と」
「そんなことがあったなら、魔法が忌み嫌われるようになるのは当然ですよね。魔法そのものではなく、扱った人に罪があるとしても」
「はい」
わかっています、とマリーは頷く。
「あたしは、この世界で多分唯一……魔法が使える人間なんだと思います。でも、あたしが研究をすれば、いずれあたし以外の人も使えるようになる。なら、ただそれを研究するのみならず、それを正しく使うことをも人々に教えていかないといけないんですよね。かつての悲劇を繰り返さないためにも」
「……そうです。その通りです」
よくできました、と子供を褒めるようにアンディがマリーの頭を撫でる。それによって、マリーはどこか恥ずかしそうに俯いていた。褒められたこともそうだし、価値観が同じだったことも嬉しいのだろう。
傍からそれを見ていたローラは、確信するのだ。
――やっぱり……この二人は、一緒になるべきだ。この世界の未来のためにも。
自分は、間違っていない。
それこそが彼らに救われた己にできる、唯一無二の報恩がなのだから。




