<11・Consultation>
婚約者の自覚はありますか、と言われましても。
ローラとしては「?」マークを頭の上で飛ばすしかないわけで。
「え、だってさ、ソキア。マリーが元気ないと魔法の研究も進まないだろうし?私の家も暗くなるから、無理にでも明るくなってくれないと困るわけだよ?」
「そうだな」
「そのためには、元気づけたいって思うのは普通だよね?」
「そうだな」
「かっこいい男と一緒にいたらやっぱりテンションマックスぶちあがるよね?」
「ま、まあそうだな」
「だったらアンディと一緒に遊びに行くのが一番いいよね?」
「ちょっとまて」
だから、何がおかしいのだ。
右掌をぐいっとこっちに近付けてくるソキアは、何故か冷や汗を掻いている。
「あのな!婚約者を取られるかもしれないとかなんでそこで思わないんだっつーの!出かけるならお前とアンディの二人でデートすりゃいいだろうが!」
「それじゃあ、マリーが元気になれないじゃんか」
「ならマリーとお前だけで遊びに行けばいいだろ!?」
「イケメンパワーが貰えないじゃないか」
「それでてめえの婚約者を動員するのがおかしいっつってんだよ、少しは危機感持てよ」
「危機感とか言われましても」
いや、わかる。理屈はわかるっちゃわかる。
だがこっちは、隙と見てアンディとマリーを二人っきりにする作戦なのだ。ここではいそうですかと折れるわけにはいかない。
ソキアが何を心配してくれているのかは理解しているが、ローラ的にはその間違いが起きてくれることを祈ってるわけなのだからどうしようもない。
「三人で出かけるんだから、間違いも何も起きようがないよ。浮気なんかないない。大体、私はアンディのこともマリーのことも信じてるもの」
これである。
とにかく、こういう話の持っていき方をするしかない。でもって、婚約者を信じています、と純粋無垢な瞳で言われたらこの友人が反論できなくなることをローラは知っていた。昔から、この姉貴分的な友人はこういうアプローチに弱いのだ。
「だからさ、とにかくソキアには、三人で遊びに行くために良い場所ってのを教えてほしいわけだよ。楽しければどこでもいいけど、いかんせんそういうのに疎くてさー」
「……あのなぁ」
ソキアはしょっぱい顔をして言った。
「そういう風に言うなら、ちゃんと婚約者さんとのデートも別に計画しろよな?いくら婚約者だからって、冷たくしたら向こうだってしょんぼりするだろ。本当に愛想つかされても知らんぞ」
「もちろんだよ。今回はマリーを優先するってだけ!」
「本当かよ。マリーが来てから、お前マリーにかかりっきりなような気がするんだけどな……」
そりゃしょうがない。いかんせん、あの子はあまりにも危なっかしいのだから。
「それも今月までだよ。来月はマリーもお仕事が忙しくなるんだから。だから、今月中にお出かけを計画したいの。アンディとのデートは来月以降だって行けるんだから」
まったく、何を心配しているのやらだ。
大体、婚約者となったとはいえ、本来アンディのような美しくて優しくて完璧な男性に、自分のような何にもできないお荷物なんぞ相応しくないのである。ソキアこそ、もっと自分に怒りをぶつけてくれてもいいはずだというのに。
というのも、実はこのソキア、アンディとは親戚にあたるのである。彼女の母方の祖母の妹の孫、というのがアンディなのだ。家系図上、そのポジションの男をどう呼ぶのかはまったくわからないが。
親戚の集まりでソキアとアンディが顔を合わせることも多く、個人的に親しくしているのも知っている。昔からの悪友のようなもの、とソキアは言っていた。
――まあ、ソキアとしては……アンディのことも心配なんだろうな。うまくいってほしいって思ってくれてるんだろうし。
少しだけ、良心が痛んだ。
最終的に自分が婚約破棄されることになったら、この子は紛れもなくショックを受けるだろう。婚約破棄されるようなことをするローラが悪い、とこっちに恨みを向けてくれるならいい。でも、万が一アンディにヘイトが向いたらあまりにも嫌すぎる。
全てはこれから、ローラ自身がそうなるように仕向けることなのだ。アンディは1ミリも悪くないのだから、いつかそこを説得する日が来るかもしれない。
「お出かけの予定、って言ってもねえ」
うーん、と困ったように頭を掻くソキア。
「デートじゃないんだろ?あくまで、マリーが主役で、マリーを元気づけるためのお出かけ、だよな?」
「うん。でもできれば少し遠出したいかな。一日使って、マリーに嫌なこと忘れてもらいたいんだよね」
「ってことは、この町じゃない方がいいか。でもって映画とかよりも……自然がいっぱいある公園みたいなのとか?」
「お、それいいね。候補ある?」
ソキアにも婚約者がいて、よくその婚約者と旅行に行くのだと聞いたことがある。
そんな彼女が過去行った公園や動植物園のうち、特に良かったところというのをピックアップしてもらった。それらをメモして、ローラはよし!と頷く。
どこに行くのかは、アンディにも相談して決めることにしよう。マリーにはサプライズにしたい。ならできれば、アンディが詳しく知っているところや、アンディが好きそうなところでチョイスしたいものである。
「ありがとう、ソキア!じゃあどこがいいか、アンディとも相談して決めるね!」
「お、おう」
ローラはそのまま立ち上がった。ソキアはぎこちなく笑うと、ぼそっと呟く。
「本当はそのへんもデートで行った方がいいスポットなんだけどな……」
その声を、ローラは聞こえていながら無視した。
***
ローラの姿が談話室から見えなくなったところで、はあああ、とソキアはため息をついた。
前々から思っていたが、あの子は少々天然がすぎやしないだろうか。人たらしなくせに、自分への好意はまったく無頓着ときた。こりゃ、周りが苦労するのも無理からぬことである。
「……あのさあ。そんなに気になるならもう、本人に直接言えばいいだろうがよ」
ソキアは本棚の後ろに声をかけた。するとそこから、麗しい金髪の美青年が姿を現す。
王家直属の騎士団に在籍する、アンディ・ベリルである。つまり、たった今立ち去ったローラの婚約者だ。彼はとてつもなくしょっぱい顔をしてそこに立っていた。
実は今日、この学校を騎士団のメンバーが視察に来る日だったのである。ここは国立校なので、時折騎士団メンバーが警備強化もかねて様子を見にくることがあるのだ。そこで来たのがアンディだったというのは――多分本人が希望したことなのだろうが。
「言えるわけないでしょうが」
アンディはこめかみを抑えて言った。
「ローラのお人よしなところ、とっても素敵だと思っています。右も左もわからない少女のことを世話するというのも彼女らしくて素晴らしいし、わたくしとてマリーのことはかなり心配しているんですよ。でも……やっと南方警備が終って少し時間が取れそうって時に……わたくしではなくマリーを優先させると堂々と宣言されてしまっては、もう何も言えないではないですか」
実は、ここのところアンディは結構忙しかった。この国は現在どことも戦争はしていないが、百年前の革命及び紛争の名残でちょいちょい反政府組織が活動していることでも知られているのである。
それらを抑え込むのも騎士団の役目。
南の方で小競り合いがあったので、アンディも少し忙しくしていたのである。マリーが突如現れた時、まさしくそれらがどうにか片付き、戻ってきたばかりであったのだ。
「ここ何か月もほとんど戻れなくて、ローラとも全然デートできてなかったんですよ?楽しみにしてたのに、二人きりでお出かけできないなんてあまりにも寂しいじゃありませんか!わたくしは婚約者なのに、マリーと一緒にいさせてもいいというか、嫉妬の一つもないのはいかがなものか!?」
「だから、それあたしに言われてもどうしようもねーっつの」
「こんなの恥ずかしくて絶対言えないから、察してほしいなーちらっちらってしてるのに……ローラは全然気づいてくれないし。アンディはとても切ないです、しくしくです」
「十八歳の男がウソ泣きすんなや、きめーわ」
大体なあ、とソキアはしょうもない顔をしている男の額をつん、とつっつくと、呆れ果てて返すのである。
「あの子、ものすごく自己肯定感低いし?自分がいまだにお前の婚約者としてふさわしくないんじゃないかって悩んでるっぽいし?……そんなあの子が、言葉にしてもいないお前の好意に簡単に気づくわけないでしょーが」
それである。
何故、言わなくてもわかってくれるだなんて思うのだろう。確かに八歳で出会ってからというもの、恋人というより幼馴染の兄妹か姉弟のような関係のままここに至ってしまっているのかもしれないが。
「伝えたいことがあるなら、ちゃんと言わないとダメだろ。……ああいうタイプは、お前がどんなに好きなのか、どんなに魅力を感じてるのか、ちゃんと口で伝えないとダメだぜ。それで初めて、あの子も自信になるってなもんだからさ」
ソキアは肩をすくめる。
「ま、あたしとしてはだね。お前らがうまくいってくれないとものすごーく気まずいから、なんとかしてほしいって思ってるの。もちろん、その聖女サマもイイコみたいだから、その子のことを蔑ろにしてほしいわけじゃない。それはお前も同じだろ?」
「わかってます。でも……どうしても、マリーに嫉妬してしまうわたくしがおりまして」
「それも踏まえてちゃんと言えつーの。ったく、普段はいけいけどんどんで敵陣に切り込んでいくタイプのくせに、恋愛だけは奥手なんだから」
「すみません……」
だからこそ、ある意味信頼も置けるわけだが。
当たり前だがローラの親友として彼女を任せるにたると思っているからこそ、自分はアンディを応援しているのである。
とはいえ。
――なんか、ちょっとローラの様子もおかしいんだよな。あの子、なんか隠してる気がするんだけど。
残念ながらその隠し事の正体を、この時のソキアは知る由もなかったわけだが。




