<10・Why>
――あ、あるぇー?
マリーを着替えさせて散歩に連れ出したところで、ローラはようやく本来の目的を思い出した。
――お、おかしいな……?私、嫌がらせのためにマリーを叩き起こして朝の散歩に連れ出すムカつく悪役令嬢をやろうとしたんだけどな?これじゃどう見ても、慰めるためにお散歩に誘ってるようにしか見えなくね?
実際、ローラはさっきから涙目になりながら、自分と一緒に庭を歩いている。初夏の朝は非常に過ごしやすい。昨夜少し雨が降ったせいで、草が湿っていて滑りやすいことだけ気を付ける必要があったが。
「ほ、ほら、ここバラ園!私のお気に入りなの。今はクワロローズしか咲いてないから地味だけど、気分転換に散歩するには丁度いいから、ね?」
――ほおおおおおらあああああ!また余計なこと言ってるし!
人が泣いていると、どうすればいいのかわからなくなる。結果、もう空気の読めない慰めしか口にできない。とりあえず人気のないバラ園まで連れていって説明するが、完全に空回っているような気しかしなかった。
ちなみに自分達の庭にあるバラ園は、季節ごとに違う種類のバラを咲かせるという特徴がある。初夏のこの時期は、小さくて白いクワロローズという種類のみが咲いている。一見地味だが、可愛らしい妖精のようでいてローラは嫌いではないのだった。
「う、う、ろ、ローラ、さん……」
「ローラでいいってば。さん付けいらないよ、あなたはお客様なんだから」
「……なんで、そんな、優しくしてくれるんですか」
彼女は嗚咽を漏らしながら、ローラに尋ねてくる。
「あたし、朝起こされた時も、しょうがないなって気持ちだったんです。あたしが自分の世界で、ラボの研究員として採用された時も似たようなかんじだったから……」
マリーが、自分のことを話したがっている。そう感じて、ローラはひとまず近くのテラス席へ彼女を誘導した。少し湿っていたが、まあ座れないことはないだろう。バラ園が真正面に見えるこのテラスで、時々アンディとお茶をしたりするのだ。
イジワルをしなければいけないことは重々承知だが、いかんせんこうもしょんぼりされていてはそれどころじゃない。自分の調子も狂うし、何より罪悪感的に無理がすぎる。とにかく泣き止むくらいまでは落ち着いてもらわねばどうしようもない。――そういう思考になっている時点で、既にドツボにハマっている気がしないでもないが。
「そういえばマリーって、元の世界でも魔法を研究する機関にいたんだっけ?」
残念ながら今はお茶とお菓子の用意はない。それでも白い丸テーブルの前に座ったことで、マリーは少しだけ落ち着けた様子だった。
「はい。あたし、中等部を卒業と同時に、学園に併設されていた有名な教授のラボに就職したんです。研究助手は、大学や大学院生じゃなくてもなれるって知ってたから」
「中等部卒業で就職ってことは、あんまりお金なかったとか?」
「はい。その、あたしあんまり家が裕福じゃなくて。両親が子供の頃に亡くなっちゃって、年の離れたお兄ちゃんが男手一つで育ててくれたんです」
そういえば、そういう設定だったかも、思い返すマリー。ゲームの設定資料集に、そんなことが書いてあったような気がする。
「でも、あたしも早く就職したかったので!……魔力が高いって、もうそれだけくらいしか取り柄なくって。新しい魔法を見つければ見つけるほど、世界中の人の役に立てるって知ってたから。一番大人気の、魔法学の権威って言われてる教授のラボに採用決まった時、本当に嬉しかったな」
でも、とマリーは苦笑いをする。
「同じ中等部の子が落ちちゃって。……ちょっと仲良くしてた子だったのに、結構嫌なこと言われたり、嫌がらせされるようになって。……でも、わからなくはないんです。あたしだって、先輩が成果を出した時は褒めるより先に嫉妬しちゃう時だってあったし」
「今回もそうだと?」
「はい。このお屋敷に来てからメイドさんたちのお仕事も見てましたけど、皆さん本当に頑張ってらっしゃるなって思ってましたから。同年代で、家族でもないのに客人扱いされて……しかも王様から聖女だのなんだの言われて。専用のラボができるまでは、本当にあたし何もしてない、役立たずな人間なわけです。お仕事もしてないし、それなのに家族同然の扱いされてるし。そんなの見て、『なんてお前ばっかり』って思う気持ちもわかります。だから、しょうがないかなって諦めてました」
その言葉に、ローラは眉をひそめる。マリーの言葉から察したのだ。――嫌がらせをされたのは、今回が初めてではない、と。
「前から何か、言われてたの?」
「た、大したことでは!ちょっと無視されたり、足ひっかけられたりしたくらいで」
「いや充分アウトだからそれ!足ひっかけられて転ばされたら大怪我することもあるんだよ!?信じられない!」
あのねえ!とローラは眉を跳ね上げる。
「私、あなたのそういうところがすっごく気に喰わない!」
それは、ホンモノのローラに言われた「なんか悪口でも言ったら?」のネタとして考えていたことでもあった。
相手のムカつくところ、嫌なところを指摘する。それは充分嫌がらせとして機能するし、嫌われたいなら最適だろうと。
「嫌なことをはっきり嫌って言わないのダメなんだよ!あのね、そういう手合いはね、嫌って言わない限りいつまでも免罪符得ておんなじこと続けるの!神経すり減らしてそういういじめに付き合い続けるほど馬鹿なことはないんだよ!?」
「で、でも」
「でも、もだってもない!大体、許せないのはそういうことあったのに私に何も言わなかったこと!一人で抱え込んで潰れる奴って本当に嫌い!だーいっきらい!それってつまり、私のことがそんだけ信用ならなかったってことでしょう?それに、自分だけで解決できるとか思うの、傲慢でしかないって気づきなさいよね!」
あ、あれ?と言っているうちにローラは首を傾げた。なんだか言葉がおかしいような。悪口を言おうとしたつもりが、これではもう、なんというか、完全に――。
「う、うううううう……」
おかしい。
泣き止ませるか、もしくは嫌われるつもりで言ったはずなのに。なんでマリーは、さっきより大粒の涙を流し始めてしまったのだろうか。それも明らかに、悲しくてとか、怖くてというよりは――。
「なんで、なんで、なんでぇ……」
「ちょ、なんで泣くのー!?」
「だって、だってえ……!あ、あたし、本当に何もできなくて、役立たずで……まだ研究始まってないからそっちもできないし、嫌われても仕方ないって思ってて、なのに、なんで、なんで……そんな優し……うわああああああああああああん!」
「ああもう、顔すっごいことになってるじゃん!泣き止んでよー!!」
何やらものすごく失敗した感。ハンカチを取り出して、ごしごしとマリーの顔を拭く。しかし、彼女の涙と鼻水は後から後から溢れ出して、全然止まる気配がなかった。
段々、ローラも自分で自分の心がわからなくなってくる。どうして自分は、こんなにも不安な気持ちでいっぱいになっているのだろう。彼女に嫌われなければいけない、いじめなければいけない。わかっていたのに、マリーが泣くと本当にどうすればいいのかわからなくなってしまう。泣いているより、笑っていてほしいと思ってしまう。
いや、推しの一人だから、そう思うのはしょうがないのかもしれない。だがしかし、ローラの立場でそれをやってしまうのは――。
――本当に、どうしたらいいの!
とにかくローラは、頭を抱えるしかないのだった。
***
「……マジ、どうしたらいいと思う?」
それから、三日後のこと。
ローラは学校にて、同じ高等部に通う友人・ソキアに相談していたのだった。男勝りでこざっぱりした性格のソキアは、なんとこれでも公爵階級のお嬢様である。男性みたいな見た目と喋り方な上、身分をまったく気にせず誰にでも話しかけるのでそんな雰囲気は微塵もないが(それでも社交界などの公の場ではちゃんとお嬢様ムーブできることも知っている)。
「なんつーか……ローラも大変なのな」
ソキアは呆れて、短い黒髪をがしがしと掻いた。
「いやはや、異世界から聖女様が来た、つーニュースはテレビとかラジオでも知ってたけどさあ。よりにもよってその聖女様が、あんたのところで世話になるとはねえ」
「私だってまさかと思ったよ!普通、騎士の家のアンディの家に行くと思ってたんだもん!」
「本人の希望ならしゃあないだろうさ。同性の友達のところにいた方が安心できるのは間違いないだろ?」
「友達……」
友達、なのだろうか。
彼女はヒロインで、自分は悪役令嬢、のはずなのだが。本来、友達になんぞなってはいい相手ではないはずなのだが。
「良かっただろ、むしろ。アンディの家に行ってたら、大変なことになってたかもだぜ?」
ソキアはにやにや笑いながら言う。ちなみにここは談話室なので、多少大きな声で話していても叱られない場所であったりする。
「アンディってかっこいいだろ?マリーとも年が近い。万が一アンディにマリーが惚れたら大変なことになってたじゃねえか。ほらあれだ、小説にある寝取りってやつだ。婚約者寝取られた挙句婚約破棄!とか笑えもしなかったぜ?」
うぐ、と思わずローラは視線を逸らす。正直それを狙っていました、なんて死んでも言えない。
まあ、貞操観念の強いアンディのことである。いくらマリーが誘ったとて、結婚もしてない相手とベッドに入るようなことなどしなかっただろうが。ていうか、マリーもそういう生々しいことをするような度胸のある性格ではないだろうが。
「……あ、アンディは私の婚約者なんだから、そんなことするはずないし!」
とりあえず、ひきつり笑顔でそう言っておくに留める。自分はアンディの婚約者なのだから、とにかく信じてますという態度を取っておくしかないのだ。
「そ、それよりも問題はマリーなの!研究機関の準備が整ったから、来月からはそちらで仕事できるらしいんだけど……まだ時間あるしね。それまで、使用人たちの目もある中で家に何もしないでい続けるのはキツいだろうなって」
「ま、そうだろうね」
「でもって、あの子が泣いてると調子狂うから嫌なんだよ。できれば元気になっていてほしい。だから、ソキアには相談に乗ってほしくって」
ここで、もう一つの計画である。
つまり、どうにかしてアンディとマリーを仲良くさせよう計画、だ。三人で出かける計画を立てて、それとなーく自分は抜けてアンディとマリーを二人っきりにして距離を詰めさせようという作戦である。
「アンディとマリーと一緒に、どこかに出かけたいと思ってるんだけどどこがいいと思う?アンディかっこいいから、一緒に行くとマリーも楽しいし元気出ると思ってるんだけど、場所が問題で!」
「……お前、本当にアンディの婚約者の自覚ある?」
ローラが早口でそうまくしたてると、何故かソキアはずるっと椅子から滑り落ちたのだった。




