春名:急いで準備しなきゃ
「お姉ちゃん、手離さないでって言ったのにー!」
「いいじゃない、後れ毛があるほうが色っぽいわよー?」
「もー! いいもんっ! ママー!」
せっかく上手に出来そうだったのに、お姉ちゃんが手を放したから、後ろのお団子が崩れちゃいそう。
自分でおさえながらママを呼ぶと、はいはい、と溜息をつきながらママが部屋に来てくれた。
「そうそう、ママ、和服のときは下着つけないのが本当なのよね」
お姉ちゃんがママにそんな事を言って、にやりと笑う。
「幾らなんでもそれはうそでしょっ!」
「本当よー。やーだ春名ってば、知らないの?」
「騙されないんだからねっ!」
「あら、よく知ってるじゃない」
「えっ!?」
──って、ほんと!?
ママがあっさり言うから、びっくりして振り返って……
「春名、髪の毛」
「あー!」
その弾みに、ママに縛ってもらってた髪の毛がぐちゃぐちゃになった。
……もう一回やり直し。
かなり早目に準備し始めたんだけど、このままじゃギリギリになっちゃいそう。
いつも春臣が先に来てくれてるから、今日くらいはあたしが先に待っていたいのに、間に合うかな……。
「やーねぇ、春名ってば。そんなの常識よっ?」
「えっ、だって──」
どうしよう、あたし普通に下着つけちゃった。
時間ギリギリになっちゃいそうなのに、今から浴衣脱いで──って、髪もまだ終わってないのに、そんなの、
「──まあ今は普通に下着をつけるけれど」
「……! よかったぁ……!」
どうしようって頭の中いっぱいになりそうだったけど、ママの一言にほっとして溜息をつく。
「あら、もうこんな時間」
鏡に映ったお姉ちゃんが、ちらっと壁にかけてある時計を見た。
つられて見ると、待ち合わせまでもう後少ししかない。
「そろそろ迎え来るから、あたし出かけるねー?」
「はいはい、気をつけていってらっしゃい」
「もー! お姉ちゃんてば一人だけ準備済ませてずるいっ!」
文句を言うと、鏡越しにあたしの顔を見てにやっと笑うお姉ちゃん。
丁度お姉ちゃんの彼氏が迎えにきたんだろう、外で車が停まる音がする。
「それじゃ、お先っ。ママ、あたし今日帰り遅いから。泊まるかもしれないから先に寝ててねー?」
「はいはい、いってらっしゃい」
「春名も、……ねー?」
「なによー!」
意味ありげににやっと笑うお姉ちゃん。
言い返したいけど、何か言ったら絶対また意地悪言われる。
「もー! いいから、気を付けて行ってらっしゃい!」
「ふふっ、春名も、ねー」
くすくす笑いながら、お姉ちゃんが部屋から出て行った。
バタン、と玄関のドアが開いて、閉じる音がする。
それから、みっくぅん、来てくれてありがと、ってお姉ちゃんの声。
──この間の彼氏の名前と違うような気がする……んだけど、……まあ、いっか。




