第十一話 Sī vīs pācem, parā bellum. 其の六『新たな償い』
男は“源次”と名乗ることに。
CEIでは、異常なハードワーク。
追い詰められる程に感じる何か。
この男の行く末は………
静まり返った廊下に、足音が一つ。
規則正しく、迷いがない。
止まる。 扉の前。
僅かに開いている。
中では――源次が、ひとり。
机に向かい、何かを書いている。
灯りは弱い。
だが、その手は止まらない。
紅蓮
「まだ、やっているのか」
源次の手が、止まる。
ゆっくりと顔を上げる。
源次
「……ああ」
短い返答。
だが、その目は、以前とは違う。
濁りがない。
紅蓮は、室内に入る。歩みは静か。
だが、空気が変わる。
机の上に並ぶ紙。書き直された跡。
重ねられた試行。
紅蓮は、それらを一瞥する。
紅蓮
「形にはなっている」
源次の指が、僅かに動く。
――その一言で、十分だった。
だが。
紅蓮
「だが、足りんな」
切る。 迷いなく。
源次は、何も言わない。言い訳もしない。
紅蓮
「お前は、“目の前”しか見ていない」
紙を一枚、手に取る。
「一人を理解させる」
「十人を動かす」
「それで終わりか」
紙を戻す。
紅蓮
「ここは何だ」
問う。
源次
「……人を育てる場だ」
紅蓮
「甘いな」
即答。
「ここは、“国を創る”場だ」
⸻
沈黙。 源次の視線が、僅かに揺れる。
⸻
紅蓮
「教えられる者は多い」
「だが、育てられる者は少ない」
一歩、近づく。
「お前は、どちらだ」
⸻
問われる。 逃げ場はない。
源次は、答えない。
だが。目は、逸らさない。
紅蓮は、それを見る。そして、僅かに笑う。
紅蓮
「……いいだろう」
懐から、一枚の紙を取り出す。
地図。
見たことのない地形。何も書かれていない。
紅蓮
「ここだ」
机に置く。
源次
「……これは」
紅蓮
「何もない」
淡々と。
「だから、作れ」
⸻
間。
⸻
源次
「……何を」
紅蓮
「全て」
即答。
「人を集めろ」
「学ばせろ」
「教えろ」
「回せ」
一歩引く。
紅蓮
「お前のやってきたことを、拡げろ」
源次の視線が、地図に落ちる。
何もない。本当に、何も。
紅蓮
「教えるな」
「“仕組み”を作れ」
言葉が、重く落ちる。
「それが出来て、初めて」
一瞬。 間を置く。
紅蓮
「解るものがある」
源次の呼吸が、止まる。
その言葉。胸の奥に、刺さる。
源次
「……なぜ、そこまで」
問い。
紅蓮は、答えない。ただ、背を向ける。
紅蓮
「いずれ知るだろう」
それだけ。
歩き出す。 扉へ。止まらない。
紅蓮
「準備は、こちらで整える」
振り返らない。
「お前は、創れ」
扉が、開く。
光が差す。
そして――閉じる。
静寂。
源次は、動かない。
机の上。 地図。 何もない。
だが。
確かに、見える。
人が集まり。声が生まれ。場が動く。
その中心に。
自分がいる。
息を吸う。 重い。
だが――逃げない。
ゆっくりと、地図に手を置く。
(……やる)
その時。扉の外。 気配。
菊。
言葉はない。
だが、そこにいる。
源次は、顔を上げる。
一瞬だけ。 息を整える。
そして――再び、地図を見る。
何もない場所へ。
最初の一手を、考え始める。
ここから。
“作る側”が始まる。
◆中央教育機関 CEI
夜。 静寂。
紅蓮の言葉が、まだ空気に残っている。
紅蓮
「……いずれ知るだろう」
背を向けたまま。
去る気配。
だが。
紅蓮
「その前に」
止まる。振り返らない。
「ここから何人か連れて行くと良い」
⸻
間。
⸻
紅蓮
「希望はあるか」
静かに、落とされる。
源次は、動かない。
だが――思考は走る。
誰を選ぶ。 優れた者か。 従う者か。
結果を出す者か。
⸻
違う。 紅蓮の言葉が、蘇る。
⸻
「教えるな」
「仕組みを作れ」
⸻
ならば。
“揃える”のではない。
“回す”ために、必要な者。
源次は、ゆっくりと顔を上げる。
「……おります」
紅蓮は、何も言わない。
源次
「一人は――菊」
扉の外。 気配が、僅かに揺れる。
源次
「さらに……」
言葉が、止まる。
浮かぶ顔。食ってかかる。
反発する。否定する。
だが。逃げない。 最後まで、残る。
源次
「あの男だ」
名は言わない。だが、十分だった。
紅蓮は、僅かに息を吐く。
「……理由は」
試す。
源次は、迷わない。
「負けない為。闘い続ける為」
紅蓮は、振り返らない。
だが。わずかに、口元が歪む。
紅蓮
「いいだろう」
選別は終わった。
源次の中で、何かが切り替わる。
教える側ではない。使う側でもない。
“動かす側”へ。
机の上。 白紙の地図。
そして。選ばれた者達。
まだ、知らない。
これから、自分たちが向かう場所を。
何もない場所へ。全てを創るために。
翌朝。
冷えた空気。
まだ人の少ない時間。
呼び出しは、簡素だった。
源次
「来い」
それだけ。
先に現れたのは、あの男。
相変わらずの目つき。
男
「……何だよ、朝から」
苛立ちの色が露わ。だが、来る。
少し遅れて――菊。静かに立つ。
菊
「お呼びでしょうか」
源次は、二人を見る。短く、告げる。
源次
「ここを出る」
⸻
間。
⸻
男
「は?」
菊
「……どちらへ」
源次
「決まっている」
⸻
一拍。
⸻
源次
「何もない場所だ」
意味は、伝わらない。
だが。
菊は、一歩前へ出る。
菊
「……どこへでも、行きます」
迷いがない。
源次は、僅かに視線を落とす。
すぐに戻す。
男は、舌打ちする。
男の名は、ヒョードル。
ロシアからの移住者だ。
ヒョードル
「勝手に決めんな」
一歩、詰める。
「説明ぐらいしろよ」
睨む。
源次は、受ける。
「する必要はない」
即答。
ヒョードル
「……はぁ?」
源次
「来るか、来ないかだ」
静かに。だが、逃がさない。
男は、歯を噛む。
⸻
数秒。
⸻
ヒョードル
「……チッ」
顔を逸らす。
「行くに決まってんだろ」
低く。
「逃げるなよ、源次」
視線を戻す。
源次は、頷かない。
だが――否定もしない。
それで十分だった。
準備はない。持ち物もない。
必要なのは、人だけだ。
源次は、一歩前へ出る。
「立て」
⸻
二人が、並ぶ。
⸻
その瞬間。空気が、歪む。
足元。 床が、揺らぐ。
ヒョードル
「……っ、何だこれ」
反射的に身構える。
菊は、動かない。源次を、見る。
⸻
信じている。
⸻
空間が、裂けるように開く。
音は、ない。
ただ、景色が“ずれる”。
光が、歪む。
⸻
次の瞬間。
⸻
視界が、切り替わる。
足裏の感触が、変わる。硬い床ではない。
土。湿った、冷たい地面。
風は強い。 匂いが違う。
ヒョードル
「……は?」
振り返る。
そこに、建物はない。見慣れた景色もない。
広がるのは――大地。
どこまでも、続く。 空が、高い。
音が、遠い。
菊
「……ここは」
初めての戸惑い。
源次は、何も言わない。
ただ、前を見る。
“何もない場所”を。
そして、理解する。
ここが――始まりだと。
◆新大陸
風が、違う。
冷たい。
だが、乾いている。
空が、高い。 果てが見えない。
源次たちの立つ場所は、緩やかな丘。
足元には、まだ踏み荒らされていない草。
振り返れば、誰もいない。
来たはずの場所は、もう無い。
⸻
ヒョードル
「……ふざけてやがる」
低く吐き捨てる。
だが、その目は――逃げていない。
他の同行者たちも、息を呑む。
五人。
いずれもCEIで選ばれた者。
言葉が、違う者。肌の色が違う者。
育ちが違う者。
だが、共通している。
“ここに来た”という事実。
菊
「……何も、ありませんね」
静かに。
ヒョードル
「当たり前だろ」
吐き捨てる。
「村どころか、人の気配もねぇ」
地面を蹴る。
「ここで何やれってんだ」
⸻
苛立ち。
⸻
源次は、答えない。
代わりに。
一歩、前へ出る。 視線は、遠く。
――煙。
微かに。地平の彼方。揺れている。
誰かが、 既に、 動いている。
“先に来た者たち”が。
源次
「……いるな」
短く。
ヒョードル
「何がだ」
源次
「人だ」
⸻
それだけで、十分だった。
⸻
ヒョードルの口元が、歪む。
「……なら、話は早ぇ」
拳を鳴らす。
他の者たちも、動く。 恐怖は、ある。
だが。
それ以上に――
“試されている”ことを、理解している。
源次は、振り返る。
六人。
自分を含めて。 まだ未熟。 まだ足りない。
だが。
ここには、何もない。
だからこそ。 全てを、置ける。
源次
「やることは一つだ」
視線を、全員に向ける。
源次
「作る」
それだけ。 説明は、ない。
だが。 伝わる。
ヒョードルが、笑う。
「ハッ……いいじゃねぇか」
荒々しく。
「ぶっ壊すより、面白ぇ」
菊は、静かに頷く。
他の者たちも、それぞれに息を整える。
⸻
風が、吹く。
⸻
まだ名も無き大地を、撫でる。
その中に。 源次は、立つ。
⸻
(……これが、償いか)
⸻
小さく。
だが、確かに。胸に落ちる。
視線を上げる。 広がる世界。
誰のものでもない。
だが――
ここに。
“国”が生まれる。
新たな地。
新たな始まり。
つづく
どうやら不毛の地へ送り込まれた一行。
ここで“創れ”という。
いったいどうなるのか。




