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ならば世界を喰らうまで(旧作品名:新世界の創世者は、魔王ではなく?)  作者: ニャンコ
第三章 開世

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第十一話 Sī vīs pācem, parā bellum. 其の五『男の償いとは』

佐渡の男。

いったい何者なのか。

これから何を為すのか。

ご期待下さい。

◆佐渡・坑道奥


 男は、顔を上げる。

来た。


⸻


 あの少年。


⸻


 だが――

もう、少年ではない。

 背は伸び。

纏う気配は、何故か武士(もののふ)のようだ。


    男

「……来たか」

    自然に、そう口にしていた。


    紅蓮

「久しいな」


 軽く、周囲を見渡す。

坑道。 運搬。 積み上がる成果。


    紅蓮

「ほう……」

    小さく、息を吐く。

「よく回っている」


     その一言。


 男は、何も言わない。

ただ、胸の奥で。 僅かに何かが緩む。


    紅蓮

「金も銀も――」

    指で、壁面をなぞる。

「ほぼ尽きたな」


     断定。


「ここは、次に進む」


⸻


 男は、眉を動かす。


      “次”。


          だが、問わない。


    紅蓮

「良く働いてくれた」

    静かに。だが、はっきりと。


 男は、一瞬だけ目を伏せる。

その言葉は。

 久しく、向けられていなかったものだ。


    紅蓮

「君には――」

    少しだけ、間を置く。

「学んでもらう」

    そして。

「育ててもらう」


⸻


 男の思考が、止まる。


    男

「……は?」

    理解が、追いつかない。


  学ぶ。  育てる。

     自分が?


⸻


    紅蓮

「まあ、そうだろうな」

    口元が、僅かに歪む。

「いずれ分かる」


     断言。

         説明は、無い。


⸻


 男は、考える。

だが――

      追いつかない。


    紅蓮

「さて」

    思考を、断ち切るように。

「ここの者を、何人か連れて行く」

    視線が、男へ向く。

「希望はあるか」


    男は、わずかに息を吐く。

「……言えた義理ではない」

    それが、本音だった。

          選ぶ立場ではない。


 ここにいる理由を、知っている。


    紅蓮

「そうか」

    あっさりと。

「ならば、私の方で決めておく」

    それで終わり。


⸻


 次の瞬間。

男の視界が、揺れる。意識が、沈む。


    男

(……?)

    抗えない。 闇。


⸻


    紅蓮

(信康ともあろうものが、気が付かんのか。

       菊も苦労することになるか)


⸻

◆CEI


「知らない天井」

(…またか)

体を起こそうとする。

 鈍い。だが、動く。


    菊

「気がつきましたか」


⸻


 横から。 女の声。

振り向く。

 そこにいたのは――

            世話係。


⸻


 だが。出会った頃とは、もう違う。

成長した女性。今、何故か気づいた。


    女

「無理はなさらず」

    穏やかな口調。だが、芯がある。


⸻


    男は、黙って見つめる。

(……同じ、か。ずっと、このひとが)


⸻


 面影は、ある。

確かに――あの時の。

            少女。


 だが。

時間が、経っている。

 その間、ずっと居てくれた女(ひと)。

この女が、また居てくれる。そのことに、

安堵する自分。


⸻


 だが、それ以上を思考で認めるには、

状況が異常過ぎた。

 この男を朴念仁とは、言わないでおこう。


⸻


 男の思考。

周囲も。全てが、少しずつ。

        変化している。


(……どういうことだ)

    疑問が、積み上がる。


 だが。

口に出たのは――


    男

「……何をすればいい」

    それだけだった。


    女は、わずかに微笑む。

「はい」

    頷く。

「その前に、少しだけ」

    言葉を選ぶように。

「状況を、ご説明します」


⸻


 静かに。

新しい段階が、始まる。



◆中央教育機関 CEI


 白い天井。 整い過ぎた空間。

男は、ゆっくりと身を起こす。

 見たことのない造り。

だが、不思議と落ち着く。


    菊

「ここは――」

    少し間を置き。

「中央教育機関、CEIです」

    静かな声。


⸻


 男は、辺りを見渡す。

(……寺でも、屋敷でもない)

理解できる範疇を、外れている。


    男

「……何をする場所だ」


    菊

「学び、育てる場所です」


⸻


 簡潔。


⸻


    男は、眉を寄せる。

「儂が、か」


    菊

「はい」

    迷いなく、頷く。

「あなたは、ここで学び」

    一歩、近づく。

「そして、教えます」

    視線が、まっすぐに向けられる。


    男

「……何を」


    菊

「新しき世を」

    その言葉は、重く。突き刺さる。

「そして――

        その世界を担う人々を」


⸻


 男は、沈黙する。理解は、出来ない。

だが――拒否も、しない。

 それが、“償い”だからだ。


⸻


    菊

「ここでは、同時に進みます」


「学びながら、教える」


「教えながら、学ぶ」


⸻


 矛盾。


⸻


 だが、この場所では。それが前提。

男の肩に、見えぬ重みが乗る。


 静かに。 確実に。 逃げ場は、無い。

だが――理由は、知らされない。


 次に備えるため。

その事実だけが、外側にある。


⸻


    菊

「まずは――」

    軽く一礼する。

「私の名を、菊と申します」

    穏やかに。


 数年間、支えてくれた女からの声。


⸻


    男は、わずかに頷く。

「……儂は」

    言いかける。


⸻


 止められる。


⸻


    菊

「その名は、ここでは使いません」

    やわらかく。

      だが、はっきりと。

「あなたは――死にました」


     一拍。


    菊

「これからは“源次”と名乗ってください」


⸻


 新しい名。


⸻


    男――源次は、目を細める。

(……源次)


⸻


 何故か縁(ゆかり)を覚える。

もう、元の名は必要ない。


    源次

「……分かった」

    短く。


    菊

「ありがとうございます」

    静かに、微笑む。

「では、始めましょう」


⸻


 新しい役目。


⸻


 学び。 教え。 人を、育てる。

    それが、償い。それが、役割。

源次は、ゆっくりと立ち上がる。

 まだ――知らない。

自分が“生きている”ということを。




◆中央教育機関 CEI


 鐘が鳴る。まだ、暗い。


 源次は、目を開ける。眠った記憶はある。

 だが――休んだ実感がない。


 体が、重い。 だが、起きる。

次の鐘が鳴る前に。

 遅れれば、置いていかれる。

部屋を出る。同じように、出てくる者たち。

言葉は、揃っていない。顔立ちも、違う。

 だが――皆、急いでいる。


 席に着く。すぐに始まる。


 授業。

知らぬ単語。だが、意味は掴める。


⸻


 算。 書。 産。


⸻


 聞いたことのない話が続く。

水を運ぶ仕組み。 地を掘る技。

 火を扱う工夫。 多すぎる。

しかし、 覚える。

 追いつく。間に合わない。

  鐘が鳴り。 次の授業。 別の部屋。


 今度は、教える側に立たされる。


    源次

「……これは――」


 言葉を選ぶ。

相手は、理解していない。

 当然だ。

自分も、今しがた知ったばかりだ。

 だが――教えなければならない。

説明する。通じない。

 顔をしかめる者。 苛立つ者。


    男

「違う!」

    怒鳴られる。



    源次の眉が動く。

(違わぬ)



 正しい。

だが――通じない。

 それは、意味がない。

     ならば、言い換える。

         時に、手振りを使う。


 汗が、滲む。ようやく。ひとりが、頷く。


 連鎖する。 理解。 その瞬間。

胸の奥で、何かが弾ける。



 だが――すぐに終わる。


⸻


 評価。


⸻


    声

「遅い」

    短い一言。


 突き刺さる。


    声

「説明が冗長」


 次。


    声

「伝達不十分」


 切り捨てられる。

      息を吐く暇もない。

また、鐘。

    次へ。

その繰り返し。

 学び。教え。評価される。逃げ場はない。


 夜。


 ようやく、座る。 手が、震えている。


(……何だ、これは)

    理解が、追いつかない。

だが――次の日も、同じだ。

 そして、その次も。

時間の感覚が、曖昧になる。


⸻


 何日、経った。


⸻


 分からない。

ただ――削られていく。

 無駄が。 言葉が。 思考が。


 残るのは。

伝えるための形だけ。


⸻


 ある日。


⸻


 また、失敗する。   沈黙。

誰も、頷かない。伝わっていない。


 自身では分かる。


だが――言葉が出ない。


    源次

「……」

    詰まる。


 視線が、刺さる。

         その時。

    声

「……こう、です」

    横から。


   すっと、言葉が入る。


 簡潔に、だが伝わる。

皆が、頷く。源次は、横を見る。


⸻


 菊。


⸻


 何事もなかったように、立っている。


    菊

「少しだけ、言葉を削りましょう」

    それだけ。

          去る。


 残るのは。悔しさ。

      強く、拳を握る。


(……負けた)

    誰に、ではない。

 だが、確かに。   負けた。


 次こそ

同じことは、繰り返さない。


      削る。選ぶ。

            伝える。


 少しずつ。だが確実に。

           通じるようになる。


⸻


 怒鳴っていた者が、黙る。

そして。 頷く。


⸻


 その瞬間。

     胸の奥が、熱くなる。

だが――次が来る。


 休む暇は、ない。

ただ。 続く。

       続ける。

それだけが、残る。


(……まだだ)  止まらない。

              止まれない。



 夜。



 静かだ。 誰もいない。

源次は、ひとり座っている。

   息を吐く。  長い。

  肺が、痛い。 肩が、重い。

指先に、感覚が残っている。

 書き。 示し。 掴ませた感触。


(……終わったか)


いや。終わっていない。

 明日も、ある。

その次も。同じように。

 続く。

 目を閉じる。 浮かぶのは。

今日の顔。伝わらなかった顔。怒った顔。


 そして。


 頷いた顔。 笑った顔。

わずかに。 胸が、動く。


⸻


 足音。


⸻


 近づく。


    菊

「まだ、起きていましたか」

    変わらぬ声。


    源次は、目を開ける。

「……ああ」

    短く。


 菊は、隣に立つ。

    何も言わない。

 同じ方向を見る。


     沈黙。


 だが――重くない。


    菊

「今日は、少しだけ」


     間。


    菊

「良かったですね」

    それだけ。


 源次は、返さない。


 だが、 否定もしない。

胸の奥に、残る。 言葉が。


 菊は、去る。

また、ひとり。


⸻


     静寂。


⸻


 源次は、手を見る。震えている。

だが――止まっていない。

 息を吸う。 苦しい。 吐く。 熱い。


 胸が、上下する。


(……何だ)


 分からない。

だが。確かに、ある。


     この感覚。


⸻


 翌日。


⸻


 また、同じだ。

だが――少し違う。

 言葉が、早く出る。無駄が、減る。


  通じる。


 相手が、動く。


    男

「……そういうことか」


 初めての言葉。 理解。

源次の胸が、強く打つ。

 そのまま。

     次へ。

        繰り返す。

             何度も。

 失敗。 成功。 怒り。 苛立ち。

だが――逃げない。

     逃げられないのではない。

     “逃げない”と、決めている。



 ある日。



 限界が来る。


言葉が、出ない。視界が、揺れる。

 膝が、折れる。


    源次

「……っ」

    床に、手をつく。


 呼吸が、乱れる。 止まらない。


   その時。


 誰かの手が、肩に触れる。

  強くない。

だが、確か。顔を上げる。


 教え子。

あの、怒鳴っていた男。


    男

「……まだだ」

    短く。


 差し出される手。

源次は、それを見る。

 掴む。 立つ。 息を吸う。 苦しい。

だが――止まらない。

 再び、前を見る。 言葉を出す。

今度は――通じる。


 頷き。 連鎖する。 理解。

   その瞬間。

 胸が、大きく鳴る。強く。はっきりと。


⸻


 夜。


また、ひとり。

        座る。

 静かだ。

だが――空ではない。

           残っている。

 今日の全てが。息をする。

  苦しい。

だが。止まらない。胸が、動く。

 確かに。


(……生きている)


 言葉には、しない。

ただ。そう、分かる。


 その時。   足音。

          静かに。

 だが、確実に。  近づいてくる。


 この場に。

“外”の存在が、入ってくる。


 源次は、顔を上げる。

       来る。

 あの男が。

    紅蓮が。






       つづく



鉱山の仕事を終えて、新しい償いへ。

CEIは、こんなに過酷な所なの?

いえいえ、そんなことはないデスょ。

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