第十一話 Sī vīs pācem, parā bellum. 其の四『新しい生き方』
さあ、無人の野と化し。
巨大な穴を空けられていた蝦夷地。
いったい、どうなっているのでショー。
◆蝦夷地・西方
風は、荒い。
だが――そこだけ、違う。
大地が、裂けている。
巨穴。
蝦夷地の住民の殆どが、樺太に移住した後。
紅蓮が掘った物。 縁に立てば、分かる。
深い。
だが――底が、見えるようになった。
かつては、闇だったが、今は、違う。
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光。
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淡く、白い。自然の光ではない。
規則的。 直線。 面。 人工。
降りていく。 斜面。 足場。
整えられている。
降りるほどに、空気が変わる。
音は一定で途切れることはない。
金属。 擦れる。 刻む。 削る。
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底。
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そこは――別の世界。
地の底とは、思えない。
壁は滑らか。 継ぎ目が、少ない。
金属の柱は、規則的に並ぶ。
通路。直線で、交差する。
完全に意図がある事を示している。
光源。 天井に、埋め込まれている。
昼でも、夜でもない。
ただ――明るい。
動いている。 無数。
ゴーレム。 人ではない作業する物。
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黙々と。
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掘る。 運ぶ。 積む。 止まらない。
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指示は、聞こえない。
だが――統制されている。
その中に、人もいる。 少数。
歩く。 見ている。 記す。 場違い。
だが――必要。
その一角。少し開けた場所。
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大きな影が一つ。
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背が、広い。腕を組む。
現場を、見下ろす。 足音。
近づく。
振り向く。
現場監督
「おう」
声は、太い。
「来たか」
気負いは、無い。
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豪快。
だが――気さく。距離を、詰める。
互いに、止まる。
現場監督
「随分と掘ったもんだなあ」
笑う。
「やっとだ。底が見えるだろう」
視線は、穴の奥。
そこにあるものを、知っている目。
だが――語らない。
ただ、現場は動いている。
止まらず。
音は、続く。
地の底で。
何かが、形になりつつある。
腕を組み、現場を見下ろす男。
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森長可。
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かつて――
美濃・森家に生まれ。
幼くして家督を継ぎ。戦場に立った。
織田の軍勢にあって。
その名は、よく知られていた。
荒々しく。 真っ直ぐで。 退かぬ男。
戦で、生き。 戦で、示した。
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だが――小牧長久手。
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あの戦の後。その名は、一度消えた。
表の史から。 戦死。 討死。
そう、記された。
だが――消えたのは、“表”だけだ。
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裏では。拾われている。
紅蓮によって。
戦場の混乱。 火。 煙。
誰もが“そう見た”瞬間に。
すり替えられた。
死と、生。 残されたのは、骸。
消えたのは、本体。
そのまま―― 連れられた。
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北へ。
そして――この場所に。居る。
果てしなく掘られた地の底を、
ゴーレムが埋めていく。
人では届かない。作業どころではない。
だが――今は違う。
人の届く深さまで、進んでいる。
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“現場”は、要る。
机ではなく。地面に立つ者。
怒鳴り。 笑い。 動かす者。
それが、森長可だった。
本人は、多くを問わない。
見て。 理解し。
納得すれば――動く。
それだけだ。
長可
「で、どこまでやりゃいい」
顎で、奥を示す。
「ここまでは分かった」
足で、床を叩く。
「だが、この先は――」
紅蓮
「天高く」
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言葉を切る。
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笑う。
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長可
「面白ぇな」
紅蓮
「勝兄」
長可
「よせよ。お前が頭だろ」
多くは語らない。
長可
「それに、今は武蔵だ」
少し照れている。
紅蓮
「そうだったな」
理解している。全部ではない。
だが――“何か”は。
だから、いる。 この場所に。
死んだはずの男が。
今も。
最前で、指揮を執っている。
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音は、止まらない。
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組む。 繋ぐ。 上げる。
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地の底から
世界が、組み替えられていく。
◆佐渡
海は、荒れていない。
だが――寄せつけない。
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島。
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山を、裂く。 削られている。
人の手で。
だが――人だけではない。
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坑道である。
そこは深く。長く続いている。
灯りが、続く。
音が響く。
それは掘る。 或いは割る。 そして運ぶ。
金の匂い。 銀の気配。
ここもまた――動いている。
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その奥に、一人の男。
静かに、見ている。
監督者。
手は、汚れている。
だが――所作は、崩れない。
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元は、武家。
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その名は――
もう、無い。
彼は、知っている。
自分は、――死んだ。
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疑いは、ない。あの瞬間を、覚えている。
刃。 腹。 熱。
確かに――
切った。
だから、死んだ。
それで、終わりのはずだった。
だが――
目が、覚めた。
見知らぬ場所で。
そこにいたのは――
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少年。
静かな目をした、子供。
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◆回想・関東某所(数年前)
冬の始まり。空気は、冷たい。
さる屋敷にて、
数人が、見ている中、
男は、座す。
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覚悟は、出来ている。
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有能だった。
だが――それが、仇となった。
妬みか謀略か、これが
柵というものか。
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最早、やれる事は無い。
刃を、取る。迷いは、無い。腹に、当てる。
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――その瞬間。
世界が、揺らぐ。 誰も、気づかない。
だが――確かに、歪んだ。
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刃は、入る。血が、出る。痛みも、ある。
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まだ――死は、来ない。
周囲は、見る。
そして――“見届けた”。
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終わった。と。
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誰もが、そう認識する。
だが実際には――
終わっていない。
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そのまま。
意識は消える。記憶も、そこからは
音もなく。
周囲には、男の死が遺る。その記憶が。
男ごと。
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◆見知らぬ場所
目を開ける。
「知らない天井」
痛みは、ある。
だが――生きている。
男
「……儂は」
声が、掠れる。
視界の先には、
少年。
立っている。
少年
「気が付いたか」
落ち着いた声。
男
「……儂は、死んだのか」
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間。
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少年
「そうだ」
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否定しない。
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男は、黙る。
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受け入れるしかない。
それが、当然だからだ。そう認識している。
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少年
「だが――」
少しだけ、間を置く。
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少年
「償う必要がある」
視線が、動く。
男
「……何を」
少年
「親を泣かせただろう」」
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刺さる。
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深く。
過去が、浮かぶ。
顔。 言葉。 背。 守れなかったもの。
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男は、目を閉じる。涙は、出ない。
出さない。
だが――理解は出来る。
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男
「……何を、すればよい」
問う。
少年
「君に、機会を与えよう」
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簡潔。
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少年
「先ずは、ここで働け」
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と、言葉を残して
次の瞬間。
消える。
音もなく。
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残された男。
やがて。
別の者が現れる。
世話係。
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説明される。仕事の内容 場所の様子。
全ては、淡々と。
男は、従う。
それが、“償い”だからだ。
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◆現在・佐渡
坑道。
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男は、立つ。
指示を出し、確認する。滞りは、無い。
有能だった。
だから――ここにいる。
だが、違和感はある。
時折、訪れる。あの少年。
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同じ顔。
だが――少しずつ、違う。
背丈。 声。
成長している。
そして、自分も。歳を、重ねている。
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(……妙だな)
思う。
だが――深くは考えない。
考えても、意味は無い。
ここで働く。
それが、全て。
それが――
“償い”なのだから。
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足音。
坑道に、響く。一定。迷いがない。
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男は、顔を上げる。
来る。
あの少年が。
少しだけ――大人になった姿で。
つづく
死んだ。
と思っていた者が、またここに。
男は佐渡にいる。
どうやら資金源の一つデス。
さて、どうなっていくのか。




