第十一話 Sī vīs pācem, parā bellum. 其の三『死人たち』
輝宗公。
その時に備え、防弾着を仕込んでいました。
勿論、半兵衛の采配デス。
輝宗公は、この後どうなるのか。
◆山中・仮の庵
火が、落ち着いている。煙は、細い。
人の気配は――最小。
横たわる、一人。
伊達輝宗。
ゆっくりと、目を開ける。
天井は、粗い。見慣れぬ梁。
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息を、吸う。
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痛みは、ある。
だが――生きている。
輝宗
「……ここは」
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視界の端。 影が、動く。
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重定
「お目覚めで」
静かな声。
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顔を向ける。 見知った顔。
輝宗
「……重定…だったか」
重定
「はい。政宗様の配下にございます」
わずかに、笑う。
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沈黙。
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思い出す。
刃。 命令。 銃声。 煙。
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輝宗
「……政宗は」
重定
「ご無事です」
即答。
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息が、落ちる。
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輝宗
「……そうか」
目を閉じる。
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静かに。
そして――
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輝宗
「戻らねばな」
当たり前のように言う。
家へ。 城へ。 息子のもとへ。
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だが。
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重定
「……それは、叶いませぬ」
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間。
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ゆっくりと、目を開ける。
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輝宗
「……何だと」
重定
「殿は――“討たれた”」
言葉は、淡々。
「ご子息の命により」
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空気が、止まる。
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理解は、早い。
だが――感情は、別だ。
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輝宗
「……そう、か」
否定は、しない。
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あの瞬間。 あの決断。
父として。 武士として。
選んだ。
輝宗
「ならば――それでよい」
声は、揺れない。
だが。
拳だけが、わずかに強く握られる。
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輝宗
「……あやつは」
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続かない。
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重定
「変わります」
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断言。
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重定
「この先、引き返せぬほどに」
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視線が、交わる。
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輝宗
「……独りで、か」
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重定
「ええ」
短い。 だが――重い。
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輝宗は、天井を見た。遠くを見るように。
輝宗
「……ならば」
小さく、息を吐く。
「父は、ここで死んでよい」
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決まる。
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戻らぬと。 戻れぬと。 受け入れる。
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沈黙。 やがて。
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重定
「お会い頂きたい者が」
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立ち上がる。 外へ。
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◆別室
若い男が、いる。
立っている。姿勢は、整っている。
視線。 強い。
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重定
「――中へ」
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戸が、開く。 輝宗が入る。
目が、合う。
瞬間。 わずかに、揺れる。
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輝宗
「小次郎…おまえか」
秀雄
「……今は、秀雄と申します」
頭を下げる。
輝宗
「……ほう」
近づく。 見る。
「面白い目をしておる」
試すように。
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秀雄
「恐れ入ります」
崩れない。
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沈黙。
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輝宗
「しかし……なっておらんぞ」
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看破する。
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輝宗
「お前はまだ、武士の目をしておる」
秀雄
「……隠しきれませんか」
輝宗
「名ばかりの出家」
少しの嘲笑。
「蝮殿も信玄公も変わりはせぬ」
輝宗
「で、何をさせる」
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単刀直入。
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重定
「生きて頂きます」
即答。
「この先の為に」
視線が、変わる。
輝宗
「……先、か」
小さく、笑う。
秀雄
「父上、いや輝宗様」
改まる。
「我等の企みに乗って下さい」
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話す。
影の動きを。新しい世界を。
理解を超えた力を。
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秀雄
「まず、会って下さい、見て下さい」
「必ず、分かってもらえます」
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輝宗
「乗ろう」
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即決。
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輝宗
「面白いではないか」
目は輝いている。
「死して隠居。いや新しき世界か」
秀雄
「はい。向こうには、面白き者達がおります」
輝宗
「昂るのう」
秀雄
「兄者には悪い気がしますが」
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間髪入れず。
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二人で大笑いした。
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新しい関係。
父でも、主でもない。
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協力者。
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裏で動く者たち。
表では――既に、葬られている。
だが、ここにいる。
火は、消えていない。
ただ――見えぬだけだ。
◆江戸近郊・寺
戦の熱は、遠のいた。風は、穏やかだ。
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小牧長久手ののち。
江戸の町は静かに“均されている”。
まだ、都ではない。
だが――形になりつつある。
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城から、少し離れた寺。
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人は、少ない。音も、少ない。
その奥。
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一人の僧。 南光坊天海。
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座している。動かない。
だが――全てを見ている。
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足音。 砂を踏む。 一定。
迷いがない。
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戸口。
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天海
「入られよ」
声は、穏やか。
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戸が、開く。男が現れる。
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紅蓮。
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僧の前に、座す。視線が、合う。
天海
「珍しい客人じゃ」
紅蓮
「静かな場所を好むと聞いた」
天海
「静けさは、よく物を語る」
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間。
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紅蓮
「江戸はどうだ」
単刀直入。
天海
「育っておる」
短い。
「急がず、崩さず」
紅蓮
「らしいな」
わずかに、口元が緩む。
「動く気は」
天海
「無い」
即答。
天海
「少なくとも――今はな」
視線が、細くなる。
「徳川殿は、無闇に事を起こす御方ではない」
紅蓮
「地を固めるか」
天海
「それが肝要じゃ」
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茶が、置かれる。
湯気。 細く、立つ。
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天海
「外は騒がしい」
紅蓮
「内はどうだ」
天海
「静かに動いておる」
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含み。
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紅蓮
「貴殿も、か」
天海
「僧の務めじゃ」
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笑う。
だが――目は笑わない。
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沈黙。
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紅蓮は、茶に手をつけない。
ただ、見る。
(変わらぬ)
内で、確かめる。
(史の流れは――崩れていない)
秀吉。
家康。
どちらも。知る通りに、動いている。
それでいい。まだ、動かす時ではない。
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紅蓮
「確認に来ただけだ」
天海
「そうであろうな」
頷く。
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この場に、無駄はない。
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互いに。 分かっている。世は、静かだ。
だが――
下では、確かに動いている。
見えぬ手が。積み上げている。
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紅蓮は、思い出したように話し出す。
紅蓮
「出家の際は、世話になりました」
天海
「力丸殿の頼み、無碍には出来ませんな」
直ぐ様訂正。
「いや、今は“法印秀雄”さん、ですな」
「………」
「………」
天海
「出家した坊主に天下の情勢とは…」
笑いながら。
紅蓮
「人が悪いぞ」
表情を緩める。
天海
「本当は、何を」
紅蓮
「察しているのだろう」
天海
「伊達で何かを始めるので」
紅蓮
「影働きだけ、な」
続ける。
「今は紅蓮だ。秀雄とは、伊達小次郎」
と言うと、立ち上がり。
「長居したな」
帰ろうと、背を向ける。
天海
「私の出る幕は」
紅蓮
「フッ」
一笑。
「そうだな、輝宗殿も生きておる」
天海
「私のように」
紅蓮
「秀雄と共に働く」
天海
(秀雄と……そういうことか)
「覚えておこう」
その声を聞いたかは、定かでない。
既に姿はなかった。
つづく
南光坊天海。
紅蓮と何やら話していました。
どういう関係なのか………




