第十話 森力丸の記憶 其の五『記憶の中の暗殺者』
石巻の隠れ家。
始まりは、こんな感じで……
ようやく四歳になる。
忍んで鍛錬を続けているが、
勝兄にも及ばない。
魔法無しでは
歩く。
視線は、低い。
子供の視界では、世界が広く感じる。
だが――見ている。
人の流れ。 間。 淀み。
そこに“居る”
異物。
痩せている。
骨が、浮く。
布は、擦り切れ。
色も、形も、失っている。
だが――目は、死んでいない。
鋭い。獲物を見る目。
いや―― 狙う目だ。
こいつ、こちら側……
近づく。
警戒は、強い。視線が刺さる。
「ガキが来る場所じゃねえ」
声は掠れている。
だが、芯は残っている。
まだ、終わっていない目だ。
「飯、もってきた」
袋を置く。
離れ。逃げ道を残す。
男は、見ている。
罠かどうかを。観察する。
やがて――手が出る。
食う。 速い。
時間をかけて。警戒を削っていく。
こちらも観察する。
やはり、只者ではない。
言葉を、少しずつ。やがて――話す。
「……何が欲しい」
男が問う。
「話」
応える。
短い。それでいい。
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沈黙。
風が、抜ける。
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男
「……聞いて、どうする」
力丸
「判断する」
嘘は、無い。
男は、笑う。 喉で。
「は、四つや五つでか」
「何があった」
力丸
長い間。
やがて、口を開く。
「……外した」
それだけ。
だが――重い。
力丸
「………」
男
「当てられた」
肯定。
「当てなかった」
男
訂正。
「……殺りたくなかった」
目が、逸れる。
一瞬だけ。
そして、話続けた。
断片的に、だが理解は出来る。
要約すれば、仕事の依頼。
距離。 風。 配置。
全て、整っていた。撃てば、終わり。
狙撃。
だが――外した。
そして、人質たちは殺された。
沈む。
声が、落ちる。
「帰る場所はねぇ」
「消される」
事実。
力丸
「……だろうな」
男の内側。
静かだ。暴れてはいない。荒れてもいない。
ただ――尽きていく。 火が。
それでも。残っている。
一つ。
男
「……技だけは、残したい」
目が、戻る。真っ直ぐに。
「このまま、終わるのは……」
言葉が、途切れる。だが――十分だ。
理解出来る。
これは、終わる側の人間だ。
だが――終わり方を選ぼうとしている。
価値が、ある。
力丸
「教えろ」
即答。
何故か躊躇わなかった。
暗殺の術ともとれる、狙撃の技を。
暗殺により、二度死んだ。しかし、
暗殺が殺したのでは無い。技は、役にたつ。
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男は、止まる。
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男
「……ガキにか」
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力丸
「今は、それしかない」
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それが現実。
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力丸
「俺は、使う」
正直に。
「だが、無駄にはしない」
男は、見る。奥まで。測る。
そして――小さく息を吐く。
「……いい目だ」
男
「分かった」
「全部、持ってけ」
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場所が、要る。時間が、要る。
力丸
「隠れる」
男
「出来るのか」
問う。
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答えない。
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代わりに。
ずらす。
気配。 視線。 認識。
そこにいる。
だが――見えない。
━認識阻害━
男の目が、開く。
「……ほう」
「上等だ」
決まりだ。
暫く家を、出る。
理由は、 寺。 修行。
不自然ではない。 通る。 許される。
立場が、効く。
外へ。
連れて行く。誰も来ない場所へ。
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力丸は、男を匿う場所へと移す。
“力”で。
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石巻。
米沢まで移り、石巻まで飛んだ。
海近くの古い漁師小屋。
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◆修行の始まり
「まずは歩き方だ」
音を、消す。重心。間。呼吸。
「見られてる前提で動くな」
「見せる前提で、隠せ」
矛盾。 だが――真理。
男
「狙うなら、先に負けろ」
力丸
「……負ける?」
男
「外す位置を知れ」
「当てるより、難しい」
風を読む。距離を刻む。癖を消す。
さらに。
「道具は、借りるな」
「自分で作れ」
鍛治。 形。 重さ。 反発。
全て、繋がる。
日が、落ちる。
日が、昇る。 繰り返す。
精度。 再現性。
全て繋がる。 点ではない。 面になる。
受け取る。
男は、日ごとに削れていく。
命が、減っていく。
だが――目は、満ちる。
技を渡している。経験を残している。
確かに。
名は、問わない、必要ない。
だが――知っている。
繋がっている。あの名に。
杉谷善住坊。
ならば――受け取る。
全てを、 そして。
終わらせる側に、回る。
静かに。
日が、落ちる。
静かだ。
風だけが、抜ける。
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「……そろそろ、終いだな」
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男が言う。
軽い。 だが――決めている声だ。
すぐに理解できた。
ここで区切り。
教えるものは、渡した。
残る理由は、無い。
だから――告げる。
力丸。
「終わらせない」
男が、目を細める。
「……何だと」
力丸。
「まだ、終わってもらう訳にはいかない」
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沈黙。
スゥ
風が、止む。
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男
「……言ったはずだ」
「俺は、もう終わりだ」
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事実。
身体は削れ、力も、残っていない。
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だが――関係ない。
力丸。
「使わせてもらう」
「将来のために」
間。
「拠点を作る」
言葉を、置く。一つずつ。
「ここだ」
地を、示す。
「石巻」
男の目が、わずかに動く。
「ここで、人を集める」
「掘る」
「隠す」
「作る」
単語。 だが――繋がる。
「鉄に、炭」
「場所は、分かっている」
確信。 迷いが、無い。
「十五になる頃」
「ここから、ひっくり返す」
男は、黙る。 見ている。 測っている。
「……ガキの戯言だ」
否定。 当然だ。
「規模が違う。人も、時間も、足りねぇ」
正しい。
「お前一人で、何が出来る」
力丸。
「一人ではない」
即答。
「これから、集めるのだ」
「使える奴だけを選ぶ」
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間。
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「……帰る場所はないだろう?」
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刺す。 事実を。
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男の視線が、落ちる。
一瞬。
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理解している。 選択肢は、無い。
それでも――
「……もう、力がねぇ」
声が、掠れる。諦めではない。 現実だ。
「動けねぇ」
「教えるのも、ここまでだ」
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線を、引く。
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だから――超える。
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「なら、戻す」
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「……は?」
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力丸。
「杉谷善住坊、私の同志になれ」
近づく。 触れる。
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力丸は、薄らと光って見えた。
魔力。
そして、流していく。
奥へ。
男の体内深く。
組み替える。
壊れた箇所を読み取る。
繋ぎ、整える。
まだ、魔力は少ない。
だが――足りる。
男の身体が、震える。
「……おい、これは……」
熱。 巡る。 力が。
血が、戻る。
息が、深くなる。
「……戻ってやがる」
ゆっくりと、目が開く。力丸。
その代わり。膝が、落ちる。
支えきれない。 魔力を、使い過ぎた。
視界が、揺れる。
「……っ」
音が、遠い。だが――倒れない。
男が、支える。
「おまえ………いったい何者だ」
応えられない。
「……馬鹿が」
呆れ。
だが――違う。
「そこまでして、何が欲しい」
問う。本気で。
答えは、変わらない。
力丸。
「創りたい…」
短い。
「壊れない形」
「世界を」
男は、黙る。
しばらく。そして、呑み込む。
理解する。
これは、個の話ではない。
もっと、外だ。
男
「……本気か」
力丸は、黙って頷く。少し微笑んで。
迷いは、無い。
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長い、沈黙。
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やがて。
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「……いいだろう」
吐くように。
「付き合ってやる」
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決まる。
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「ただし」
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目が、戻る。 あの目に。
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「途中で死ぬなよ」
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条件。
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「無駄になる」
⸻
合理。
⸻
「その力、存分に使いきってみせるさ」
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成立。
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動き出す。
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石巻。
何も無い場所。
だが――ある。
下に。
地下資源。 拠点。
鉄、石炭。掘る。 隠す。繋ぐ。
人を選ぶ、集める、使う。
技が、活きる。今度は――逆に。
消すためではない。 残すために。
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こうして。
石巻に、足がかりを築き始める。
隠れ家。 武具。 資源。
全てが、静かに積み上がる。
誰にも知られず。
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十五の時。
その全てが、意味を持つ。
その日のために。
つづく
四歳。子供なのに子供っぽくない。
中身は大人。前世が二十代。
前々世は、何歳?




