第九話 北の大地(ニ) 其の三『無人の野』
厳しい北の地。
何故か蝦夷地よりも住み良い樺太。
住み良い地へ、人々は動いていきます。
蝦夷地。
蠣崎季広が支配していた。
海。
舟が、減る。
来ない。 戻らない。
「……遅いな」
待つ。 だが――来ない。
浜。
網が、干されたまま。
人が、いない。
◆別の村。
「北に行った」
短い言葉。
「いい所だとよ」
誰も、止めない。荷を、まとめる。
出る。
残る者は――少ない。
◆また、別の場所。
「……皆、行ったな」
頷く。
「ここにいても、な」
振り返らない。
蠣崎の館。
「人が、減っております」
報せ。
「漁も、滞っており」
静かに、続く。
「北へ――流れていると」
沈黙。
「……なぜだ」
答えは、無い。
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夜。
影が、動く。
“草”。
「……あっちは、いい」
囁く。
「食える」
「揉めない」
それだけ。
人は、頷く。
次の日――いない。
館。
「また、か」
減る。止まらない。
民がーーいない。
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夜。
風が、鳴る。影が、揺れる。
見えるはずのないものが――見える。
「……なんだ、あれは」
声が、震える。
音。 気配。
近い。
「来る……!」
だが――何もいない。
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翌朝。
また、一人。
消える。
「……祟りだ」
誰かが、言う。
「この土地の……」
否定は、無い。
減る。 さらに、減る。
命じる者は、いる。
だが――従う者がいない。
「守る者が、いない」
言葉が、落ちる。
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浜。 舟が、無い。
網が、朽ちる。
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館。
火が、小さい。
「……退く」
蠣崎が唇を噛む。
決まる。
誰も、反対しない。出来ない。
去る。
振り返らない。
海。
舟が、出る。離れる。
蝦夷地から、人の気配が失われた。
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その後。
風が、変わる。
海が、荒れる。
波が、立つ。
近づけない。
進めない。
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「……だめだ」
引く。誰も、戻らない。
支配を許さない。そう海が訴えているのか。
それ以降、渡ることが出来なくなった。
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浜。
誰も、いない。音も、無い。
ただ――空いている。
奪われたのではない。消えたのでもない。
選ばれなかっただけだ。
それで――十分だった。
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蝦夷地。
この地に人は、いない。声も、無い。
ただ――風だけが、通る。
それなのに。どこか、変わっている。
道が、ある。
前には無かったはずの道が、
まっすぐに、伸びている。
曲がらない。避けない。ただ、貫いている。
踏み固められたわけではない。
最初から、そこにあったかのように。
続いている。
どこまでも。
森。
揃っている。木と木の間隔が、同じだ。
間引かれている。管理されているように。
風が、抜ける。ざわめきが、均一になる。
自然のままに見えて――どこか、違う。
川。
流れが、変わっている。
どことは、分からない。しかし違う。
石が、ある。並んでいる。
規則的に。意味は、分からない。
だが――間違いなく、
“意図”がある。
◆音。
低く。地の奥から。
ゴ、と。
何かが、動いている。
だが――誰も、いない。
掘った跡は、無い。崩れた土も、無い。
それでも。 地は、変わり続けている。
場所が、ある。
何も無いはずの、中央。
そこだけ――開いている。
大地が、落ちている。
円。 深い。
底が、見えない。光が、届かない。
地の底から風が、上がる。
ただ――続いている。
下へ。
さらに、下へ。
埋めない。 隠さない。
そこだけは――残されている。
意図的に。
蝦夷地は、静かだ。
だが――止まってはいない。
見えないところで、進んでいる。
誰にも、知られず。
ただ一人を、除いて。
それが、何かを知る者は――いない。
まだ。
つづく
蝦夷地の人々は樺太へ。
そして和人は、立ち去る。
松前藩は、出来なくなります。




