第八話 北の大地(一) 其の五『誤算(miscalculation)』
集落ごとに得意分野を育て
集落の協力関係が芽吹き始めています
じょんちょー
ですが……
◆北の地。
灯りは、増えていた。
煙が上がり、人が集まり、声が交わる。
和人が来てから――
確かに、暮らしは変わった。
だが。
“変化”とは、良い事ばかりとは限らなかった。
最初は、ひとり。小さな集落。
民
「……寒い」
震えている。風ではない。
別の民
「顔が赤い」
額に触れる。
民
「……熱い」
一拍。
ゴホッ
咳。
火の前にいても、震えは止まらない。
翌朝。動かない。
沈黙。
別の集落。
民
「……だるい」
同じ。 熱。 咳。 衰弱。
さらに別の集落。
子
「……苦しい」
母が抱く。
母
「大丈夫」
その手も――熱い。
沈黙。
オハ。
忍び
「報告」
「複数の集落で同様の症状」
守亮
「範囲は」
忍び
「……広がっています」
地図の上。印が増える。
その時。
別の忍び
「……ひとつ、気になることが」
守亮
「言え」
忍び
「発症した集落」
一拍。
「すべて、我らと接触しています」
沈黙。
誰も、すぐには言葉を出さない。
だが――
別の集落。
火を囲む者たち。
声
「……あの者たちだ」
別の声
「和人が来てからだ」
声
「見たことのない物を持ち込み」
「見たことのない病を持ち込んだ」
沈黙。
否定する者は、いない。
別の集落。
和人の忍びが、物資を差し出す。
民
「……来るな」
明確な拒絶。
忍び
「……」
言葉が出ない。
民
「触れるな」
距離を取る。
恐怖の対象は―― “病”ではなく、
“和人”へ。
オハ。
番忠太
「何故だ!!」
つぐ
「声を荒げるでない」
番忠太
「助けてやっておるのに!」
つぐ
「……そうは見えぬ」
一拍。
「“原因”に見えておる」
番忠太、言葉を失う。
別の集落。倒れた者。周囲は距離を取る。
民
「近づくな」
さらに。
民
「和人に触れた者だ」
視線。 恐れ。
隔離ではない。 排除。
オハ。
守亮
「報告が増え続けています」
紅蓮(通信)
「こちらも同様」
守亮
「……流れが出来ている」
紅蓮
「はい」
一拍。
「和人への敵意が」
沈黙。
これまで築いたものが、逆流し始めている。
力丸
「……」
黙っている。理解している。原因は。
だが。対処が、無い。
一拍。
別の集落。
声
「和人を入れるな」
別の声
「近づけば、死ぬ」
言葉が、広がる。
事実かどうかではない。恐怖が、真実になる。
オハ。
忍び
「……接触、拒否されました」
別の忍び
「石を投げられた者も」
番忠太
「……」
拳を握る。
つぐ
「堪えよ」
番忠太
「だが……!」
つぐ
「ここで力で押せば、終わる」
沈黙。
紫電は、黙っている。
守亮も。
紅蓮も。
そして――力丸。
何も、言わない。
言えない。
一拍。
北の地。芽吹いた変化は、
今、恐怖として、和人へと向けられていた。
◆オハ。
重い空気に覆われていた。
報告が、積まれていく。増加。拡大。拒絶。
忍び
「接触、拒否」
忍び
「物資、放棄」
忍び
「負傷者、あり」
机の上に、置かれる。音だけが、響く。
コト……
コト……
誰も、口を開かない。
番忠太
「……どうする」
答えは、出ない。
守亮
「接触を止めれば、収まる可能性はあります」
紅蓮(通信)
「だが、それでは――」
守亮
「はい。崩れます」
これまで築いたもの。
全て。
沈黙。
紫電
「……」
腕を組む。
力丸
「……」
目を閉じる。考えている。
だが――分からない。
一拍。
その時。
つぐ
「……知っておる」
記憶の中から、浮かび上がる。
静止。
全員の視線が、向く。
番忠太
「何をだ」
つぐ
「その病じゃ」
一瞬。
空気が、変わる。
守亮
「……確かですか」
つぐ
「似たものを、見たことがある」
紅蓮(通信)
「本土で、ですか」
つぐ
「そうじゃ」
一拍。
「ごく稀にしか、おきぬ病じゃがな」
番忠太
「治るのか!?」
つぐ
「治る」
沈黙。
その一言が、場を、止める。
力丸
「……」
目を開く。
「方法は」
つぐ
「薬じゃ」
守亮
「……薬」
紅蓮
「原因は分かっているのですか」
つぐ
「分からぬ。…………だが、効く」
番忠太
「どこにある!」
つぐ
「本土ならば、見つけることも出来よう」
沈黙。
守亮
「距離がある」
紅蓮
「時間がかかる」
番忠太
「間に合わぬではないか!」
力丸
「……間に合わせる」
短く。
全員が、力丸を見る。
力丸
「場所は」
つぐ
「分かる」
力丸
「量は」
つぐ
「かなりの量が入り用になる」
力丸
「……ならば、増やす」
一瞬。
守亮
「……供給路を作る必要があります」
紅蓮
「誰に動かさせます」
力丸
「ナギだ」
一拍。
守亮
「……適任ですね」
紅蓮
「間違いない」
番忠太
「間に合うのか」
力丸
「間に合わせるさ」
繰り返す。
その声は、先程とは違う。迷いが、無い。
つぐ
「もう一つ」
視線が、再び向く。
つぐ
「放っておけば、疑いは消えぬ」
守亮
「……和人への」
つぐ
「そうじゃ」
つぐ
「救うところを、見せねばならぬ」
一拍。
紫電
「……なるほど」
番忠太
「行くのか」
つぐ
「行くしかあるまい」
守亮
「危険です」
つぐ
「分かっておる」
つぐ
「だが……ここで退けば、終わる」
沈黙。
誰も、否定しない。
力丸
「……やる」
静かに、決まる。
絶望の中に、細い、一本の線。
それが――“救い”になるかどうかは、
まだ、誰にも分からない。
◆オハ。
空気は、まだ重く沈んでいた。
力丸
「……行く」
一瞬。
空間が、歪む。
グニャ……
転移。
◆米沢。
転移で米沢に現れる力丸。
出迎えるは、ナギ。
ナギ
「今日は、仮面は無し。ですか」
微笑。
力丸
「済まぬ、兄上。此度は火急ゆえ」
ナギ
「そうでした。軽口を、済まない」
黒脛巾組の者たち
「既に手配済みです」
並ぶ、薬材。袋。束。乾燥された草。
力丸
「薬は」
忍び
「こちらに」
小さな包み。
力丸
「ありがとう」
一拍。
力丸
「丙小隊」
くノ一たち
「はっ」
力丸
「現地で看護にあたる」
丙小隊隊長、荻
「了解」
力丸
「指揮は、つぐ様だ」
全員
「はっ」
転移。
◆再び、オハ。
物資が、積まれる。薬材。器具。
力丸
「……始める」
薬に手をかざす。魔力が、流れる。
構造、構成を読み取る。 理解。
力丸
(……こうか)
再構築。
「良し、これならば」
量産。
次々と、薬が生まれる。
守亮
「……見事」
紅蓮
「これほどとは」
番忠太
「……すげぇな」
だが――止まらない。
力丸
「まだまだ」
さらに、作る。
夜を越えて。
そして――
配備。
つぐ
「行くぞ」
丙小隊
「はっ」
各集落へ。
くノ一たちは、つぐ 同様に本土の町娘のように扮している。
民
「来るな」
拒絶。
くノ一
「……」
引かない。
つぐ
「構うでない」
「ここで退けば、誰も救えぬ」
静かに、前へ出る。
倒れている者。
つぐ
「……飲め」
差し出す。
拒絶。 沈黙。
だが――
弱った声
「……助けて……」
小さな声。
つぐ は頷き、そして、思い出した。
(あの時の子供)
嬉しそうに焼魚を手に、パンをかじり
走り回っていた、あの時の……
つぐ
「荻」
荻
「はい」
短い返答。迷いはない。
荻、前へ出る。
倒れている者の前で、膝をつく。
周囲の視線が刺さる。
民
「触れるな」
荻、反応しない。 そっと、手を取る。
熱い。
だが――離さない。
荻
「……だいじょぶ」
小さな一言。
静かでよく通る。優しさが滲み出るのは、ほんの少し東北訛りがあったのか。
薬を口元へ。拒まれる。
ほんの一瞬。荻の目が、揺れる。
だが――
荻
「……飲んで……ください」
変わらぬ声音。
強くもなく、弱くもない。
そのまま、待つ。
沈黙。
やがて――
かすかに、口が開く。
流し込む。すぐに、背を支える。
布を取り出す。汗を拭く。
動きに、無駄がない。
だが――
指先だけが、わずかに優しい。
水を含ませる。
荻
「……ゆっくりでいいがら」
視線を合わせる。
その目。強くもなく、冷たくもなく、
ただ、真っ直ぐ。
周囲の民が、見ている。
民(小声)
「……あの女」
別の民
「恐れぬのか」
荻、聞こえている。
だが――反応しない。ただ、続ける。
やがて。
倒れていた者
「……楽に……」
荻、ほんの僅かに目を伏せる。 安堵。
だが、すぐに戻る。
荻
「……次の方」
立ち上がる。振り返らない。
次の患者へ。
その背。静かで、揺るがない。
誰かが、呟く。
民
「……救っている」
その言葉に、荻は振り向かない。
ただ――また、膝をつく。
民
「……治るのか」
つぐ、静かに答える。
「治る」
沈黙。
その言葉は、もう、拒まれない。
次。また次。
荻が、動く。触れ、支え、救う。
その姿が――広がる。噂になる。
オハから、さらに外へ。
声
「和人が、治した」
声
「助けた」
恐怖が、変わる。
◆小樽。
同様に。看護。薬。広がる。
感染が止まる。
やがて――静かに、収まっていく。
沈黙。
北の地に
再び、人が、集まる。
だが――今度は、違う。
人々の視線。それは、恐れではない。
信頼。
民
「……ありがとう」
小さな声。
つぐ は、何も言わない。ただ、頷く。
一拍。
◆オハ。
夜。
力丸
「……」
ひとり。
海を見る。
波の音。
ザァ……
力丸(心)
(私の慢心…)
拳を握る。
(予測出来た筈だ)
視線が、落ちる。
(防げた)
一拍。
(これは……失態だ)
風が吹く。だが。
その背に。
つぐ
「終わったことを、悔やむな」
振り向かない。
つぐ
「次に活かせ」
一拍。
力丸
「はい。……しかし、」
「認めたくないものです」
「自分自身の若さ故の過ちというものを」
だが、その声は――以前の悔恨とは、
また別の“強さ”を感じさせる。
波の音。
ザァ……
北の地。
ひとつの試練を越え、国家は、
さらに一歩、形になった。
つづく
ちょっと聞き齧った話です。
全く違う環境の人達が集う時、相手側に
未知の疫病が発症することがあるらしいです。恐ろしいデスね。




